日本から遠く離れた北極圏に住む先住民族。その原生的で独特な生活に魅了され、暮らしをともにしてきた写真家が遠藤励(つとむ)さんです。辺境の変化と対峙することで見えてきた生きることの本質と、学びとることのできた現代社会の課題とは──。
各地域に根差したゲストを招き、遠藤さんの撮影写真とともに北極先住民族のいまを紹介するPatagonia主催のトークイベントが2023年11月、国内各地のパタゴニアストアにて開催されました。
アラスカの大自然に身を置き、極北の動物や人々の暮らしを撮影し続けた写真家、故・星野道夫さん。その姿に憧れ、アラスカでの滞在経験をもつYAMAP CEOの春山慶彦が参加したパタゴニア福岡での模様をお届けします。
発展を前提とした社会の“ツケ”をどう捉え、生きるべきかを考えます。
2024.03.18
YAMAP MAGAZINE 編集部
遠藤:写真家の遠藤励と申します。今日は長野県の大町市からハイエースにうちの妻と犬を連れて、ここまでドライブしてやってきました。福岡には初めて来たのでめちゃくちゃ楽しみにしていました。今日はよろしくお願いします。
春山:極北の話を福岡でできる機会はこういう場では初めてになるので、僕も楽しみにしていました。僕自身はヤマップという会社を2013年からやっていて、その中で「なんで本拠地が福岡?」とか「東京じゃないんだね」とか聞かれることがあります。遠藤さんとのお話の中で、なぜローカルか、みたいな部分もお話しできたらと思います。
遠藤:よろしくお願いします。今日は進行などをかちっと決めてはいないんですが、まず僕から何をやってるか、ざっくりと説明して、そこから本題に入っていきましょうか。
僕は長野県の大町市という雪国で育って、スキー、スノーボードにハマって19歳のときからスノーボードの写真家を生業としてずっと続けてきました。今26年目ですかね。
仕事を通じて自然と関わったり、バックカントリーと呼ばれる人の手の入ってない自然の雪山に分け入ってスノーボードをするっていう活動を続ける中で、気候や環境の変化を感じたり、自然に対して感動したりする機会がすごくあって、2007年ぐらいからスノーボード以外に「雪」を撮り始めました。
「雪」を表現したい、「雪」を伝えたい、これを守りたい──みたいなことがどんどん発展していって、ある時アイスランドの氷河に行ったんですね。氷河も雪の堆積で、地球の重力で年月をかけて固まったものなので、元々は雪。
そこから地球の水の循環、雪になってまた溶けて、天に還ってっていうようなことを表現した時期があり、その延長線上にあったのが「雪の民族」というところで北極の先住民民族に興味を持ちました。それが今、展示している「POLAR EXPOSURE(ポーラエクスポージャー)」というプロジェクトです。
僕の中で、いわゆるエスキモー・イヌイットって呼ばれる人たちが、どんな生活をしてるんだろうとか。トライブ、原始的な民族・部族や彼らの狩猟みたいなところに興味があって。なるべくその原始的な暮らしをしている人たちを2018年からグリーンランドの最北の地域で探していました。
ただ、現地に行って思ったんですけど、グリーンランドの最北の地域もどんどん近代化が進んでいて、いわゆる僕らが想像するエスキモーの人たちってほとんどいなかったんですよね。
春山:そうですね。僕も2005年あたり、アラスカに滞在していたとき、やはりアメリカなのでグリーンランドよりも遥かに近代化は進んでたと思います。昔のいわゆる狩猟スタイルを含めて伝統的な暮らしを維持している場所は少なくなってきてるんじゃないかなと想像します。
遠藤: ですね。アラスカはグリーンランドより、たぶん20年ぐらい早かったと思います。僕が2017年からリサーチを始めたとき、カナダの東部やアラスカの方にも数回足を運んだのですが、ほぼほぼ僕らと同じような生活。洋服を着て、狩猟もしなくなって、商品を買って食べる生活に変わっていることはもう分かってました。
ただ、辛うじてグリーンランド北部。あそこなら、まだそういう文化が残ってるかもよ?みたいな状況で。最初思ったんですよ。「はあ…、10年遅かったな」って(笑)
春山:星野道夫さんも1980年とか1990年のときに「もう30〜40年前に生まれてきていたら」っていう話をされてたのは僕も記憶に残ってます(笑)。
僕がアラスカに滞在していた頃、星野さんも訪れたシシュマレフ村とベーリング海にあるデーリング村にお世話になったんですけど、やっぱり彼らにとっては言語を取られたっていうのが大きかったと思っています。
つまり、おじいちゃんおばあちゃんと孫たちが会話できないんですね。もともとロシア領だったところにアメリカが入ってきて教育が英語に置き換えられたので、先住民言語の話し手が減り、消失していく。良かった部分もあるとは思うんですけど、いわゆる昔のエスキモー・イヌイットたちの世界観と子供たちの世界観はもう『断絶』していたというか。
日本でいうと標準語化がはじまった明治時代から今までの変化、おそらく140〜150年で経験してることを30〜40年の間でぎゅっと経験しているから、その断絶がすごく見やすかったんだと思います。だから自分たちも何かそれと同じような経験してるんじゃないかなっていうのは、行ってて感じたところはあります。
遠藤:グリーンランドもまさにその狭間を見ている感覚です。資本が入り、文化が置き換えられていく。最初は狩猟だったり、なるべく原始的なものを探し続けていたんですけれど、「僕がいま経験しているのはその変容過程だ」ってある時に気づいて。そういった過程も自分の写真の大切なテーマとしてどんどん撮り始めていきました。
春山:僕は叔父が猟師で、父がイノシシ猟とかシカ猟をやっていた影響もあって「他者の生命をいただいて生きる」という人間の原点を自分でももっと経験したい。狩猟を生活の真ん中に据えているところで生活してみたいという願望もあってアラスカに行きました。
ただ現地に行ってみるとフライドポテトとかハンバーガーとか、びっくりするぐらいアメリカの食事をしていたんですね。自分たちで狩ったものを食べていて、彼らのアイデンティティを強く感じることができたのは狩猟の時期でした。
僕が同行させてもらっていた親世代は食べるのに、子供たちは幼少期からの食べものが変わってきた影響で、狩るだけで食べるのを嫌がったりしていて。調理中に捨てたりする大人も実際見て、狩猟がちょっとハンティングになっている印象がありました。「食べ物としての獣」というよりも「ハンティング対象としての獣」という、世代間で異なる捉え方を垣間見て、ちょっと影を落としているというか。
遠藤:北米は特にトロフィーハンティングのような飾るために狩る文化も白人が取り入れ始めているので、そういう“食べない狩猟”を嫌でも目にしてしまう可能性に繋がっている、もしくは加担してる可能性もありますよね。
僕のリサーチや体感だと、グリーンランドで専業の猟師と呼べる人たちはごくわずかで、おそらく50人もいないと思います。あのめちゃくちゃでかいグリーンランド全土で、です。それくらい猟師としての生活が立ち行かなくなったと感じ始めてるんですね。お金が必要になったから。世界的な差別だったり輸入輸出が厳しくなったこともあって、彼らにとって大事な収入源だったアザラシの毛皮が全く売れなくなってしまった。
そこからどんどん狩猟が衰退し、皮をなめせる人が集落にほとんどいない。獲って食べるんだけど犬の餌にしたり、捨てられてたりっていうのは、特にグリーンランド南部の町でよく見るようになりました。
昔は全てを衣類に活用して、余すところなく脂も、毛皮も皮も、命をいただいてたんですけど、その環境もどんどん変化している状況が、今まさに僕が見ていることですね。
僕のプロジェクト(POLAR EXPOSURE)ではグリーンランド最北の集落から、ツーリストが行けないようなところに人づての紹介だったり、言葉を覚えてからだったり、どんどん入っていって。彼らの狩猟民としてのプライドであるイッカク、セイウチ、シロクマという三大大型哺乳類と向き合う専業猟師のなるべく自然な姿に立ち合うことを目的としていました。
それぞれの哺乳類にはそれぞれの地域があって狩りの時期も決まっている。なので狩りに立ち会うには、その場所に行ってコミュニケーションをとって立ち会うことをやらなければならないんですけど、なかなか簡単に立ち会えるものではなくて。いま5年が経過してようやくグリーンランドは撮り切ったかなという感じです。
で、今日はちょっと僕の友人の話をしたいと思います。その友人は近代化が進む600人の村、北緯77度と相当な僻地に住んでいました。僕が彼にはじめて会ったのは2018年で、2019年にイッカクの狩りを一緒にして。コロナがあって僕は2年間グリーンランドに行けなかったんですけど、その間に彼はもっと奥地というか、普通の交通手段がないような場所。今から10年くらい前に「消滅集落」として認定されてしまった廃村に1人で行って狩猟生活を始めました。元々彼の実家があった場所で、そこに戻って生活を始めた新しいパターンのイヌイットですね。
これが彼の写真(上)。名前を「カユワンガ」と言います。犬ぞりのむちに使うヒゲアザラシの皮を歯で噛んで、柔らかくほぐしてる場面です。彼らは犬ぞりから狩猟具から防寒具まで、手作りで作ってきた人たちで、非常に知恵というか、極北で生きるすべみたいなものを持っていました。
春山:グリーンランドのエスキモー・イヌイットの人たちはいまだに犬ぞりがメインなんですか?
遠藤:犬ぞりがメインです。スノーモービルが始まる直前ですね。例えば、集落のゴミ収集とかには、スノーモービルが使われています。だけど、カユワンガが言うには「フェアな狩猟をする」っていうのがモットーにある、と。
春山:アラスカではもうほとんど見なかったですね。犬ぞりはどっちかというと白人の人たちが競技として滑ったりで。狩りで使ってる場面なんて全く見なかったです。
遠藤:そこは僕もリサーチしたときに、色んな集落がもうスノーモービルになってるっていうのを聞いて。じゃあ生活としての犬ぞりはどこに存在するんだろうって。それがグリーンランドの北緯77度付近。チュンエイって呼ばれるエリアなんですけれど、現地の言葉で「果て」みたいな意味で。そこの地域の本当に数人だけがまだしてたりとか、そんな状況ですね。でも犬ぞり文化はまだ残ってます。
春山:僕、実は世界で一番好きな乗り物が犬ぞりで。あのシャーっていう音と犬の吐息だけで移動できるのって最高だな、と。もちろん非効率かもしれないですが、いま仰ったような自然と対等に向き合って、狩る者・狩られる者という対等性・平等性の意味で素晴らしい乗り物だと思います。
遠藤:そうですね。僕もカユワンガのいう「フェアな狩猟」はすごく共感できました。やっぱりその人工的なエネルギーだと簡単に獲れてしまったりとか、動物のいる環境自体を遠ざけてしまう可能性があるので。
カユワンガのいう面白い話で「僕がここに生まれて育ったときには、集落の周りにこんなにセイウチが出なかった。でもいま消滅集落になって、自分で戻ってきてみたら、動物がこんなにたくさん戻ってきている。これは僕が子供の時には見てなかった光景だ」と言ってたんです。
春山:それは「狩る人が少なくなったから増えた」ということですか?
遠藤:彼曰くですが、廃村になる前は100人ぐらいが生活をしていたそうなんです。当時、彼の子供時代になるからおよそ40年前とかに「ポンポン船」みたいな、石炭をエネルギーにした船みたいなものがあったらしいんです。そしてハンターもたくさんいたっていうので、セイウチが出てくることはなかったらしいんですよね。でも今はもう獲り放題のような状況でそれも感慨深いんですけれど。集落の周りでどんどん動物が出てくると彼は嬉しそうに語っていましたね。これがセイウチですね。デカいでしょう?(笑)
春山:言語でわかることが本当に少ししかないって思ってますよね。こいつは何者で、どういう人間なのか。言語以外ですごい見てるなと僕も感じて、アラスカでは信頼してもらうためにトイレ掃除と皿洗いをひたすらやりました。汚い仕事を綺麗にやる人間であれば信じてもらえるだろうし、みんなが嫌がるようなこともやる姿勢を見せたら、「こいつ本気だ」と思ってもらえる。そしてそれは万国共通だと思って(笑)。
なのでもし「自分何すればいいの」とか、言葉で入ってたら受け入れてもらえなかったんじゃないかなというのは、ちょっとカユワンガさんとのお話を聞きながら思いました。
遠藤:そうですね。僕は薪作りをとにかくやりました。100人が暮らしていた消滅集落なので朽ちた空き家だらけで。崩壊している家を解体して、その木材をのこぎりで切り、それを薪に暖を取る。今みたいにチェーンソーとかあればいいんですが、のこぎりで薪を作るのはけっこう大変でした。でもそれを手伝うことで自分が在るというか。住まわしてもらっているし、食も何もない状況で彼から色々と提供してもらって。だから役に立っている実感があったのは、嬉しくてしょうがなかったですね。
遠藤:面白い体験がもう1つあって。僕はこのグリーンランドとは別にシベリアの遊牧民を追ってるんですけれど、そのネネツ族っていう遊牧民は「ありがとう」っていう言葉を持ってないんですよ。
ある時、通訳の方を通じてそのネネツ族の長に質問したんですよね。「なんであなた方は私達の感覚でいう、ありがとうっていう言葉を持ってないんですか」と。
すごい印象的だったのが「あなたの言う、おそらくそのありがとうっていう言葉に代わるものは、我々の文化の中では『態度で示すべきだ』と我々は捉えてる。だから僕らにはそのありがとうっていう言葉が必要ないんだ」って返されて。それは今でもすごく覚えているというか、そうありたいというか、思いました。
春山:言葉になる前の態度と姿勢。言語になる前の感覚ですよね。
遠藤:そうですね。あと、言葉にしてしまうと案外残念なことってあるじゃないですか。今一緒にいいよねって共有している中で、いいよねって言っちゃうと台無しになるとか。
春山:ありますね。植物も名前を覚えて、これは何々の花って言ったら、わかるつもりになってるけど名前を知ってるだけで、別にその花が何なのかとか、どういう条件で咲くのかって実はわかってなかったりしますよね。人間にできることは名づけだと思うんですけど、名前をつけたからといって、その存在のことがわかってるわけではないっていう。
遠藤:人のコミュニケーションっていくら言語を勉強しても深さだったり、心の繋がりに直結するかって言ったら、僕がこういう民族とかを訪ねてる感覚で言うと、いくつ言葉を知ってて交わしたかっていうのはそんなに重要じゃない。
例えば、この民族がわからない缶ビール。何なのかを懸命に説明してお互い理解できたとしても、心の絆ってもっとはるかに深いレベルにいきなり行くようなものな気がします。
春山:言葉よりも同じ経験をするほうに重きが置かれてるのは、狩猟民族ならではなのかなと思います。
遠藤:多分そういう感覚って、僕らも本来持ってたはずだと思うんですよね。ただ、みんなすごく生き方が器用になってきているというか、システム化されていって、その中でもしかしたら「本当のつながり」みたいなところを無視しても生きられる状況に世の中が変わってきている可能性もありますよね。
北極先住民族の原生的で独特な生活に魅了され、暮らしをともにしてきた写真家・遠藤励(つとむ)さん。遠藤さんの作品とともに、各地域に根差したゲストを招いて北極先住民族のいまを紹介するPatagonia主催のトークイベントが2023年11月、国内各地のパタゴニアストアで開催されました。
福岡での開催回に、極北の動物や人々の暮らしを撮影し続けた写真家、故・星野道夫さんに憧れ、アラスカでの滞在経験をもつYAMAP CEOの春山慶彦が参加。後編では、極北で起きていることと対峙してわかった、ローカルや風土とともに生きることの意義について語り合います。
写真家・遠藤励が見た『北極先住民族』わたしたちへの問い|Patagoniaトークイベント レポート【後編】
北極に残存する最後の先住民たちの狩猟生活を垣間見える写真展。現地住民との信頼関係がある遠藤さんだからこそ撮影できる、北極圏の生活様式や風景景色をお楽しみください。
日時:2024年3月15日(金)〜3月28日(木)午前10時〜午後7時(最終日は午後4時)
場所:フジフイルム スクエア(六本木・東京ミッドタウンウェスト1F)内の富士フイルムフォトサロン 東京 スペース3
入館料:無料
写真展の詳細を見る:遠藤 励 写真展「MIAGGOORTOQ(ミアゴート)」―北極先住民・最後の伝承―富士フイルム 企画写真展
トップ画像:©️ Tsutomu Endo