【後編】写真家・遠藤励が見た『北極先住民族』わたしたちへの問い|Patagoniaトークイベント レポート

北極先住民族の原生的で​​独特な生活に魅了され、暮らしをともにしてきた写真家・遠藤励(つとむ)さん。遠藤さんの作品とともに、各地域に根差したゲストを招いて北極先住民族のいまを紹介するPatagonia主催のトークイベントが2023年11月、国内各地のパタゴニアストアで開催されました。

福岡での開催回に、極北の動物や人々の暮らしを撮影し続けた写真家、故・星野道夫さんに憧れ、アラスカでの滞在経験をもつYAMAP CEOの春山慶彦が参加。後編では、極北で起きていることと対峙してわかった、ローカルや風土とともに生きることの意義について語り合います。

2024.03.18

YAMAP MAGAZINE 編集部

INDEX

システムの影響力

春山:見るってことは見られるということ。問いを投げるっていうのは問いが自分に戻ってくるっていう風に思っています。遠藤さんがグリーンランドの自然環境とか狩猟の人たちを見て、実際に日本・大町市に戻ってきて、自分の生活や暮らしっていうのが逆照射され、変わったことって、何かありますか?

遠藤:「戻ってきて感じた」っていうよりは、僕は今も文化が残ってる辺境地みたいなところ、原始的なところにどんどん入っていってというか、入っていっちゃって。人間の原点って何だろうと、ずっと探しながら大奥地に行った感覚で。

だけど、要はその小さな30人とか1人とかの消滅集落に行けば行くほどこっちの世界が見えたんですよね。僕らの暮らしだったり、僕らが侵しているかもしれない地球への影響っていうのが、すごく「体感として見れる」って言ったらわかりますかね、なんか不思議な感覚なんですよ。

探していたのはそっちじゃないはずなのに、自分たちの影響、生活が体感として見える。そこから自分の生活が及ぼしていることとか、選んでいるものの背景だったり影響であったりをすごく考えるように変わってきましたね。

春山:その中で、遠藤さんから見て「近代化」はどんな風に捉えてますか?

遠藤:彼らの狩猟民としてのアイデンティティでいうと、やはり食べる物を直接自分で手に入れるか、買って食べるか。その違いみたいなところ。あと資本の影響っていうのは当てはまるんじゃないかなと。それがいい悪いとか、そういうことではなくて。一体どっちが幸せなんだろう。豊かさみたいなところはどこに繋がるんだろうっていうことを考えますね。春山さんはどうですか?

春山:そうですね、僕もそこは結構考えて、僕なりに出した近代化は、やっぱり土地から離れることだと思ってるんですね。土地から離れても暮らせる社会・暮らせる状態。つまり自分で獣を獲らなくても、農業や漁業をしなくても食べられる状態があるっていう。

で、アラスカにいた当時思ったのは、僕らは彼らのことを先住民族って言うけど、自分や自分たち自身は一体何なんだろうと。風土から離れて生活できる人なんて生き物である限りいないのに、なんかどこかで分けてるっていうのがすごく変だなと思って。

だから、彼らの暮らしを見てリスペクトするがゆえに、自分の住んでる土地や場所を掘り下げる。ローカルと接続して生きることが3.11以後もコロナ以後も、すごく大事な社会になってきていると切実に思ってるんです。

遠藤:それは僕も考えますね。今日皆さんにすごくお伝えしたかったことも本質は同じで、僕も最初は北極の先住民を図鑑のように、色んな側面を多角的に取材することに興味があった時期があるんです。

でもことごとく上手くいかないというか自然と調和しないというか、ああ撮れなかったね、みたいな感じが続いてすごくモヤモヤした時期が続いてたんです。
でも、さっきのカユワンガ(前編参照)。心の信頼ができた友達といると、自然のサイクルも全部含めてうまくいってるような一体感に入るんですよ。獲物を獲ろうと思ってた時期はどんどん逃げていってたんですけど、カユワンガと時間を過ごしてると、自然なサイクルの中で撮れていくんですよね。

だから結局、僕がグリーンランドに5年間通った中で、狩猟(獲物)を追っている姿を友人のカユワンガ以外と見たことがないんですよね。彼がもうウサギに始まり、シロクマに始まり、イッカクに始まり、たまたま一緒に共同生活をしてる中で僕に見せてくれた。

そんな中で、僕も解体とか狩猟を手伝うわけです。で、最初この血を見るのってすごい怖くて。うわっと思ってしまう僕らの感覚もとても大切な感覚だと思うんですけど、狩猟に興味があるくせに、どこかでこう好奇な視線というか。 “野蛮人”っていうのが、やっぱりどっかにあったんですよね。血が「怖い」、血が「気持ち悪い」って思ってたんですけど、彼と生活をして、それを手伝うようになってある時、血が「きれいだな」「美しい」「もっと見たい」って目覚めていくような変な感覚があって。

狩猟本能としての本能的なところに繋がっていったのか。全てを見せてくれた友人に対する理解なのか、どっちもかな。なぜかはまだわからないんですけど、気づいたんです。

僕のね、普段の生活でいかに血を見なかったか。見たことなかったんですよ、血を。
で、それって僕はその都合の悪いものを見ないシステムの中にいたなって。それが集落から見えた景色だったんですよ。

©️ Tsutomu Endo

普段僕が食べている、スーパーで買うような肉や魚。それにも全部血があって殺生があってっていうことをあらためて感じて。命をいただいている罪悪感だったり、感謝みたいなものだったりを考えないシステムの中で食べていた自分がちょっと恥ずかしいというか、微妙な気持ちになっちゃったんですよね。

でも彼らの、自分で全部責任を取って、その副産物も本当は活用している生活だったっていうところに僕もやっぱりすごいリスペクトが生まれてきて。シロクマだったり絶滅危惧種を獲って食べてるんですけれど、それを絶滅危惧種としたのはもしかしたら我々の責任。彼らは何も変わってなくて、世界を変えてったのは、自分たちだと。自分たちが歩んでいる、資本が進もうとしている世界の延長の歪みの部分みたいなものに気づいていった感じです。

弱りゆく生命圏への感受性を取り戻す

©️ Tsutomu Endo

春山:極北はやはり自然がダイナミックで、極夜だったり太陽の動きがすさまじいので、比喩ではなく本当に宇宙が近く感じて、気候変動などのインパクトも速くわかりやすくあらわれますよね。

だからこそいま極北で起きていることは、僕らがこれから先に経験すること。あるいはもうすでに経験していると捉えると、彼らと僕らの暮らしは鏡というか、全然人ごとじゃない。なので僕らも“ネイティブ”と考えたほうがこの先やるべきこと、やらないといけないこと、やめるべきことが結構見えてくると思っています。インター“ナショナル”はまやかしで、インター“ローカル”の集積が地球という、そんな感覚です。

遠藤:僕らの世代というか、もっと上の世代から、その感覚は気づかれ共有されはじめている感じが僕にもあります。身近な友人が狩猟を始めたり、野菜を作ったり、オーガニックマーケットを自分たちで主催したりとか増えてるんですよね。地域社会の重要性に気づいて力を持ち始めている感じがします。

春山:特に人間にとって一番重要な食とかエネルギーをどうローカルなコミュニティで自活していくか。コロナのとき、物流が止まったら食料が入ってこないかもって、みんな切実に想起できたと思うんです。

もう一度、自分たちで暮らしをどう守り、作っていくか。概念ではなく日々の延長としてやっていく時代になっていくと思います。そして経済指標だけで地域の価値が測られたり、豊かさの定義がされるのもある程度卒業を目指していかないといけない。

遠藤:そのビジョンに向かって、もしみんなが今すぐ始められることって何かありますか?

春山:自然や環境の議論って、目の付けどころがバラバラだと難しいと思うんです。「ローカル」といっても、九州(島)か県か市区町村か、まずは単位や定義、共通認識を揃えないといけない。なので「流域で区切る」が僕の考えです。ある地域では水が枯れる・水があふれるというように、地球は水の惑星ですから、気候変動も要するに「水との付き合いかた」だと思っています。

山から川、町から海へ、流域ごとに暮らしを捉え、それぞれに特徴的な“自然観”や“ローカル観”をまずテーブルの上に乗せてから議論する。

そうすれば、ダムの建設や川の護岸よりも、森林や土砂が流れて「はげ山」になっているエリアの保水力を高めなくてはならない必要性に気づくことができたり。自然経験が豊富な方がいたら、ここまではOK、ここからはNGの線引きもできる。私たちを取り巻く生命圏を踏まえて課題を設定することで、食料自給率やエネルギー自給率を上げていくための議論や対策ももっと本質的なものにしていけるはずだと、そう思っています。

もし、九州を知らない人に「九州ってどんな島なんですか?」「どんな特徴があるんですか?」って聞かれたら、今日お越しのみなさんは何と答えるでしょうか。答えがあるわけではありませんが、僕は『これほど自然豊かで、活きた山があり、海もあって、人が暮らしてる島って、世界でもやはり珍しい』と感じますし、ちょうどいま近くで「水俣・福岡展」が開催されていますが、『人類で2回目に原爆を落とされて、人類で初めての公害である水俣病を経験しながらも、今も人間を含む生き物たちが暮らしている島』とも表現できる。

土地とか風土を考えるきっかけってそのくらい誰にでもある、普遍性にあふれているものだと思います。だからこそ、そこから離れた生活をしていたら、僕らの感じる力や生きる力は当然弱まってしまう。

遠藤:まさに僕も活動を通じてやりたいことのひとつで、自然と人をつなぐ中間の役割として存在していたいと思っています。昔からスノーボードがめちゃくちゃ好きで、雪を毎日触ってるわけですけど、小さい頃から45歳の今まで年間100日以上雪上に立つ暮らしは1年も休んだことがないくらい本当に雪が大好きで、自然を感じています。その経験を通じて、僕はこの自然を守りたいんだ、っていう実感を持てているのは、やっぱり自然に感動しているからだと思うんです。

だから、そうした自然経験や実体験を持ってる人のハート、愛の部分ってやっぱりすごく強いと思うんですよね。

「この犬がもう本当に好きだから大事にしたい」とか、「かわいいから守りたい」とか、そういう本当にシンプルな気持ちだと思うんですよ。この子を守りたい。この美しい水を守りたい。美味しい水が飲みたいっていうような。

なので、実際にフィールドに出て自然に触れる。植物や野菜を育ててみる。そんな小さな体験が、地球のエネルギーを育てることにつながる。僕はそこをやりたくて、何かできないかって常に考えてるんですけど。やっぱり無償のエネルギーを放ち続ける芸術の力みたいなものって、すごく大きいなと。

普段の暮らしの延長線上で、ちょっとずつみんなにもできる役割がそれぞれにあると思うんです。誰しも役割があり、みんなにもできるよと、その気運の高まりをいかに育てていくかが、僕はこの先すごく重要なテーマになりそうな気がしています。

写真家・遠藤励が見た『北極先住民族』わたしたちへの問い|Patagoniaトークイベント レポート【前編】を読む

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遠藤励さんの写真展「MIAGGOORTOQ(ミアゴート)」が3月15日に開幕

北極に残存する最後の先住民たちの狩猟生活を垣間見える写真展。現地住民との信頼関係がある遠藤さんだからこそ撮影できる、北極圏の生活様式や風景景色をお楽しみください。

日時:2024年3月15日(金)〜3月28日(木)午前10時〜午後7時(最終日は午後4時)
場所:フジフイルム スクエア(六本木・東京ミッドタウンウェスト1F)内の富士フイルムフォトサロン 東京 スペース3
入館料:無料
写真展の詳細を見る:遠藤 励 写真展「MIAGGOORTOQ(ミアゴート)」―北極先住民・最後の伝承―富士フイルム 企画写真展

トップ画像:©️ Tsutomu Endo

YAMAP MAGAZINE 編集部

YAMAP MAGAZINE 編集部

登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。