ハードシェルの可能性を広げる着心地 | アークテリクス・ベータ ジャケット

アークテリクスから、春の新作シェルジャケットが登場しました。登山やハイキングなど、山で行なうさまざまなアクティビティで使える耐候性と快適性を兼ね備えた1着です。ほかのシェルジャケット同様に、シンプルで美しいルックスですが、アークテリクスのラインナップとしては、少しイレギュラーな位置づけ。すでにシェルジャケットを持っている人も、買い替えを検討している人も、初めてシェルを手に入れようとする人も、「こういうものが欲しかった」と気づかされる、魅力的なアイテムに仕上がっています。

2022.03.18

小川 郁代

編集・ライター

INDEX

アークテリクス製品のカテゴリーとネーミングの仕組み

数あるアウトドアウェアのなかから、本当に自分の目的に合った1着を選ぶのは、それほど簡単なことではありません。特に、形や見た目に大きな差が出にくいシェルジャケットは、何がどのように違うのか、どれを選んだらいいのか、違いが見極めにくいものの代表でしょう。

そんなときに役に立つのが、製品に付けられた名前。アークテリクスのシンプルな商品名には、どんな場所でどんな用途に使うのか、どんな特徴があるのかなど、製品を選ぶための重要なヒントが隠されています。

アークテリクス製品のうち、山岳アクティビティで使えるハードシェルは、スキーなどのスノースポーツで使うものを除くと、大きく2つのグループに分けられます。

この2つのグループ分けとは別に、もうひとつ設けられている分類が、4つのサブカテゴリー。それぞれの製品で、特に重視される機能や特徴が、アルファベット2文字で表されます。

SV(severe): シビアな環境や悪天候に対応する、機能と耐久性
AR(all-round): オールラウンドに使用できる、軽さと耐久性のバランス
LT(light): 機能や耐久性を備えつつ、軽さを重視したデザイン
SL(super light): 快適性の範囲で軽さや携行性を追求したミニマルデザイン


この2つのカテゴリーと4つのサブカテゴリーの組み合わせで、それぞれの製品の個性を的確に表現するのが、アークテリクスのネーミングルール。これがわかれば、シェル選びの第一歩は、ほぼクリアできたと思っていいでしょう。

ベータ ファミリーのニューフェイス「ベータ ジャケット」

登山やハイキングで活躍する「ベータ」の名を持つものにも、いくつかの種類があります。山岳アクティビティというフィールドを共有しながら、それぞれの個性が際立つ、ユニークな製品の集まりが「ベータ ファミリー」。

ここに新たに加わった期待の新作が「ベータ ジャケット」です。

ここで、おそらく多くの方が首を傾げたことでしょう。

ついさっき、「アルファ、ベータの2つのカテゴリーと、アルファベット2文字の4つのサブカテゴリーの組み合わせで、商品名が付けられる」と説明したばかりなのに、この新製品の名前には、ARやLTのようなアルファベットのサブカテゴリーがありません。

もちろん、付け忘れや気まぐれであるはずもなく、これにはちゃんとした理由があります。
「サブカテゴリーをつけない」ことが、アークテリクスのこの製品に対するコンセプトや、ほかのファミリーメンバーとの関係性、この商品の位置づけや役割を表現するのにふさわしいと考えたからこそ、あえてイレギュラーともいえるネーミングがされているのです。

ベータ ジャケットにアルファベットが付かない理由

アークテリクスの製品コンセプトは非常に明確で、製品ごとに想定する使用シーンが、かなり狭い範囲に絞りこまれています。目的のシーンで最高のパフォーマンスを発揮するために、必要な要素を厳選し、妥協なくこだわりぬくからこそ、完成度の高い製品ができ上がり、結果として、アルピニストやアスリートを含む、多くのユーザーの信頼や支持を受けているのです。

一方で、用途を絞って満足度を追求するということは、使用範囲を狭めることにもつながります。

特定のシーンに用途を絞りこむのではなく、もっと幅広く使える便利なものを、ある程度の性能を確保して作るほうが、より多くのユーザーをカバーするには得策でしょう。しかし、そのために、本当に必要な何かに妥協することを、アークテリクスは選択しません。

ベータ ファミリーに以前からある、ベータ ARとベータ LTの2つのシェルも、名称にサブブランドを冠し、使用シーンを明確に絞り込んでいます。

ベータ AR ジャケット

ベータ AR ジャケットは、山のあらゆるコンディションに、オールラウンドに対応。ゴアテックス プロのなかでも、特に耐久性に力を入れた素材を使用しているので、目の粗い岩やとげのある植物、クサリやハシゴ、アイゼンなどとの接触に神経質になる必要がありません。横なぐりの雨や雪、周りの音をかき消すような強風もシャットアウト。全天候型万能ジャケットの原点の名にふさわしいモデル。

ベータ LT ジャケット

オールラウンドに対応する強さを備えるARに対して、ベータ LT ジャケットは軽さが自慢。ゴアテックスを使用し、山のアクティビティに必要な機能はしっかりと備えつつ、軽さにも注目したバランスのよさが特徴です。ほどよい厚さで長いシーズン使え、縦走登山やロングトレイル、ハイキングはもちろん、残雪期のスノーアクティビティにまで活躍します。

厳しいコンディション全般に対応するAR、比較的安定した環境向けの薄手で軽量なLT。同じベータ ファミリーでありながら、ARとLTとでは、違う場面で使うことを想定して作られていることがわかるでしょう。

「着心地」を軸に、シーンを越えて快適性を追い求める

このラインナップに新たに加わった「ベータ ジャケット」には、ARやLTとは少し違う個性があります。

アウトドアのフィールドで使えるハードシェルジャケットとしての、防水性、透湿性などの基本的な機能は同じですが、ARやLTが「使用シーン」を軸に必要な機能を積み重ねて作られたのに対して、ベータ ジャケットは「着心地」という、別の軸を製品のベースに掲げて作られています。

悪天候の高山や雪山登山などにおいて、シェルの機能として最優先されるのは、命を守るためのプロテクション性能でしょう。運動量の多い縦走やスルーハイクなら、軽さや温度調整のしやすさなどが、一番に重視されるかもしれません。

けれども、アクティビティの内容や環境によっては、それらの大切な機能以上に、着心地が優先される場面は少なくありません。

例えば、身近な日帰りのハイキングなら、道なき道を藪漕ぎすることも、岩に体を押しつけて体勢を整えなければならないことも、ヘルメットが必要な場面もありません。激しい雨や風に長時間さらされることも、立ち止まる時間さえ惜しんで先を急ぐ必要もないでしょう。

一番に求められるのは、着心地や動きやすさなどの、快適性。コケを探して歩く雨の森、自慢のカメラと過ごすベストショットのための時間、テントやハンモックで過ごすレストの1日、渓流釣りやボルダリング、サイクリング、ロゲイニングなど、思い浮かぶシーンはフィールドのあちこちへと広がります。

低山や身近なフィールドに限らず、どんな場所でも状況によっては、プロテクション性能が高いハードシェルを、オーバースペックだと感じることはあるはずです。

ベータ ジャケットに、アルファベットのサブカテゴリーがないのは、シーンや用途に関わらず、快適性が求められるすべての場所と時間で使えるから。重量や透湿性のように数字では表現できない、「着心地」という曖昧で主観的なものを、製品の軸に据えたことの表れなのです。

着心地を形にする「GORE® C-KNIT™ バッカ―」の力

「ベータ ジャケット」の個性がもっとも色濃く表れているのは、素材に「GORE® C-KNIT™ バッカ―」を使用していることでしょう。

3レイヤーのゴアテックスは、ご存じのように表生地、防水透湿メンブレン、裏地の3層から構成されますが、C-KNIT™ バッカ―はその裏地にあたる部分。ゴアテックスの優れた防水透湿性を、いかに着心地のよいものにするかをテーマに開発された技術です。

その名のとおり、GORE® C-KNIT™ バッカ―は、細い糸を特殊な方法で編み上げた、非常に薄くて軽い丸編みニット。縦横の糸を組み合わせて作られる織物や、トリコットと呼ばれるタテ編み素材に比べて、格段に軽く、しなやかな風合いに仕上がります。

ゴアテックス特有のゴワゴワとした風合いは、優れた耐久性や耐候性の裏付けでもありますが、着心地という面においてはデメリットとしてとらえられることが多いのも確か。ハードな環境で使用するものは、着心地を多少犠牲にせざるを得ないこともありますが、着心地が優先される環境で使うなら、C-KNIT™ バッカ―の柔らかさは、この上ないメリットとなるでしょう。

通常のトリコットに比べて、最大で軽さは10%、透湿性は15%アップ。なめらかな表面で滑りがいいため、レイヤリング時の脱ぎ着がスムーズで、半そでやタンクトップの上に直接着ても、汗で張り付いたり擦れやゴワつきを感じたりというストレスもなし。

雨や風が止んでシェルが必要ない状況でも、ソフトシェルに近い感覚で、1日中脱がずに、快適に着続けることができます。

全体のシルエットは、トリムフィットのすっきりとした印象。雨風を避けるためではなく、スタイルを楽しむためにも選びたくなる軽やかなデザイン。緻密に計算されたパターンによって、動きを妨げるストレスとは無縁。脇下には、大きく手を上げる動きに対応する、ガゼット(マチ)が設けられています。

ベータ ARやLTには、脇下に内部の換気をするための大型ビットジップが設けられていますが、ベータ ジャケットにはありません。そのぶんソフトで軽く、腕周りの動きもスムーズ。透湿性に優れるので、ビットジップなしでも、充分に快適な衣類内環境を保つことができます。

フードは、後部のドローコードを引くだけで手軽にフィッティングが可能。ヘルメット対応のARやLTのフードと違い、頭にナチュラルにフィットするコンパクトな作り。小さなツバが雨をうまく逃がして、頭を動かしても常に視界を確保します。素材が柔らかいので、動いても耳元でガサガサとうるさくないのもうれしいところ。

使わないときもコンパクトに収まって、襟元もほどよい深さ。シルエットを邪魔せず、フードが風でバタつくこともありません。

裾のドローコードや細身のカフスアジャスターが、巻き上げるような風雨もシャットアウト。パーツもコンパクトで、肌あたりやごろつき感もなし。

大型のハンドポケットのほかに、内側にはファスナー付きのセキュリティポケットもあり。濡らしたくない大切なものの収納に役立ちます。

そして、ベータ ジャケットのもうひとつの大きな特徴が、豊富なカラーバリエーション。
アークテリクスらしいニュアンスのあるカラーが、着る人の個性を豊かに表現してくれます。ギアとしての機能とファッションアイテムとしてアパレルの両方の要素を、思う存分楽しむことができるでしょう。

左側の6色がメンズ、右側の6色がウィメンズ

ARやLTに比べると、ライトでカジュアルな印象がありますが、ベータ ジャケットは、初心者用モデルでも、手に入れやすい普及版でもありません。

快適性のためにできることを妥協なく追及し、無駄をそぎ落とした結果、シンプルで扱いやすい1着に仕上がっただけ。このジャケットを使う場面では、次々と記録を更新するアスリートにも、初めてのハイキングに胸を躍らせるビギナーにも、平等に最高の快適性が与えられます。

用途をピンポイントで絞り込んだARやLTが、それぞれの場面を任せられる最強のパートナーだとしたら、ベータ ジャケットは、どんなフィールドにも寄り添ってくれる、サポーターのような存在でしょうか。

ベータ ジャケットを手に入れたら、雨の1日は、「悪い」天気から、いつもと違う景色が楽しめる贅沢な時間に変わるでしょう。コンパクトに収納できて持ち運びにも便利ですが、雨降りだけに使うなんてもったいないことはせず、外で過ごす時間をできるだけ長く一緒に過ごしてください。使えば使うほど、このシェルの着心地のよさが実感できるはずです。

片足立ち不要のフルオープン仕様「ベータ パンツ」

最後に、「ベータ ファミリー」に加わった、もう一つの多才なニューフェイスをご紹介しましょう。

ベータ ジャケットと同じく、「GORE® C-KNIT™ バッカ―」を使用したハードシェルパンツ。ジャケットよりも厚手の、70デニールの生地を使用しています。

C-KNIT™素材の柔らかさに加えて、ガゼットクロッチ(股下のマチ)や複雑な立体構造のパターンを採用することで、驚くほど高い動きの自由度が確保されています。ストレッチ性があるわけではないのに、まったくストレスのない、驚きの動きやすさは、体験する価値ありです。

レイヤリングしやすいレギュラーフィットなのに、見た目もすっきりときれい。風でバタつくこともなく、しなやかでごわつきがない自然な履き心地。

そして、最大の特徴が、両サイドのファスナーがフルオープンにできること。

裾に足を通す必要がないので、シューズやスノーシュー、スキー板を履いたままでも着脱が可能。途中までファスナーで開くタイプのものはたくさんありますが、フルオープンにできるタイプで、これだけ完成度の高いものは貴重でしょう。

裾の内側には、ラミネート加工のインステップパッチ(裾の内側を補強するあて布)も備え、摩擦による消耗や破れを防止。耐久性に優れる多機能アウターパンツとして、さまざまなコンディションで幅広く活躍してくれます。

ほかにもさまざまなアイテムが揃うベータ ファミリー。厳選されたラインナップのなかに、探していたもの、必要なものが見つけられるでしょう。フィールドで行動範囲を広げようと思ったら、まずはこのファミリーのドアをノックしてみてください。フィールドへの一歩の手助けになるはずです。

原稿:小川郁代
撮影:中村英史
協力:アークテリクス カスタマーサポートセンター/アメア スポーツ ジャパン

小川 郁代

編集・ライター

小川 郁代

編集・ライター

まったくのインドア派が、ずいぶん大人になってから始めたクライミングをきっかけにアウトドアの世界へ。アウトドア関連の雑誌、書籍、ウェブなどのライターとして制作に関わるかたわら、アウトドアクライミングの環境保全活動を行なう、NPO法人日本フリークライミング協会(JFA)の広報担当としても活動する。