2019.02.18
中條 真弓
YAMAPスタッフ
カメラは、登山の楽しみ方を広げてくれるツールの一つ。山頂からの絶景に、可憐に咲き誇る高山植物、一緒に登った仲間の笑顔などを被写体として捉えることで、その山行はぐっと輝きを増します。
一眼レフを使えばなおのこと……ですが、「重たいし、なんだか難しそう」「自分にはスマホのカメラ機能で十分」なんて思っている人もいるのではないでしょうか?
そこで今回は、登山家・山岳カメラマンとして活躍される中島健郎さんとのフォトトリップを決行。これから一眼レフカメラに挑戦したいと思っている人に向けて、山と一眼レフの魅力、撮影が楽しくなるテクニックなどを教えていただきながら、厳冬期の西穂高岳を目指しました。
今回の旅の相棒は、アウトドア仕様として定評のあるエントリーモデル「PENTAX K-70」。レンズはズーム機能のある「HD PENTAX-D FA 15-30mmF2.8ED SDM WR」と、単焦点の「smc PENTAX-FA 31mmF1.8AL Limited」を使い分けました。
8000m全14座登頂者である竹内洋岳氏の記録映像や「イッテQ!登山部」の撮影を担当される一方、2018年には平出和也氏と共に登山界のアカデミー賞と名高い「ピオレドール賞」を受賞されている中島さん。
仕事では高所登山など過酷な条件下での映像撮影がメインですが、オフの日には一眼レフを片手にのんびりと山歩きを楽しむことも多いそう。
道中、カメラとの出会い、登山を始めたきっかけについて伺うと、話題は「家族との思い出」や「大切な人と過ごす時間」に。
中島さん:「僕は早くに父親を亡くしているんです。山とカメラが趣味だった父が見ていた景色を自分も見たいと思ったのが、登山に興味を持ったきっかけですね。学生の頃は、よく父が使っていたカメラを持って山へ行っていました。今はデジタル一眼がメインですが、父のカメラは今も大切に持っています。
最初は記録写真がほとんどでした。そこから徐々に”登る人”を撮りたいと思うようになったんです。一生懸命登っている人の顔、姿。風景写真も素敵だけど、僕は登る人の方に惹かれますね。
登山自体も、今は一人より誰かと登る方が楽しいですね。その方が安全だし、あれこれ話しながら登る方がいい。つい先日も妻と娘と一緒に冬の谷川岳に行ってきました。ただ、娘はあまり楽しんでなかったかも。僕が娘を背負って登ったんですけど、途中から声がまったく聞こえなくなって(笑)。気づいたらオムツがビッショリになっていて、寒いなか慌てて交換しました」
ここからは、中島さんが今回の山旅で切り取った世界をご紹介します。どれもご本人がPENTAX K-70を使って撮影したものです。普段は景色よりも人を撮ることの方が多いと話す中島さんに、今回の山旅ではあえて”雪山の景観美”にこだわって撮影していただきました。
展望の少ない樹林歩きにも、魅力的な被写体は隠れていると、中島さんは言います。
中島さん:「葉や枝、木の幹、それぞれのかたちや色をじっくり感じられるのは樹林歩きの醍醐味。雪をまとった木々の姿を見られるのもこの季節ならではですね。
空に向かって力強く立つ一本の木の雄大さや、生い茂る木々の合間にぽっかりと現れる真っ青な空間、ふと見上げたときの木漏れ日……。
樹林歩きは退屈だという人もいるかもしれませんが、そういう美しいものを見つけて写真におさめる楽しさもあるんじゃないかと思います」
中島さん:「撮影時、あえてしゃがんで目線を下げることで、樹木のダイナミックさ、躍動感といったものを出すことができます。これはと思う被写体を見つけたら、しゃがんだり数歩戻ってみたりしながらいい位置を探ってみてください。
ズーム機能を生かして葉のかたちにフォーカスしてみたり、光の取り入れ方やあて方を調節して被写体のもつ美しさがより引き立つように演出したり。被写体のかたちと色、光。この三つに着目することで、様々な表現が可能になります。植物や森全体の息づかい、営みをじっくり感じながら樹林歩きを楽しみましょう。
カメラの設定は絞り優先にすることが多いです。背景をボカした象徴的な写真にするのか、全体にピントを合わせたくっきりとした風景などを写すのかを設定しやすいので」
稜線や山頂からの景色は、やはり格別。ここまで登ってきたのだという達成感とともに、圧倒的なスケールで見る人の胸に迫ってきます。ところが、いざシャッターを切ろうと思うと、「どこをどう切り取ったらこの感動を写真に残せるんだろう?」と首を傾げてしまうことも。納得のいく一枚を撮るには、何かコツがあるのでしょうか。
中島さん:「山頂からの風景写真は、画面を構成する要素の割合で印象がガラッと変わります。でも、山と空の比率にこれといった決まりはありません。
青い空に心奪われたなら、思い切って空をメインにして大きく取り入れてもいいし、逆に山並みが幾重にも重なる様子を画面いっぱいに撮ってもいい。
ズームレンズは画角の調節が簡単だし、一眼レフはレンズ越しに見ている景色がそのまま画角になるので、その時いいなと感じたものを直感的に残しやすいと思います」
中島さん:「冬は空気が澄んでいるから、遠くの峰々まできれいに見渡せて、なんとも爽快ですね。今日みたいによく晴れている日は、白と青のコントラストが本当に美しい。
一方で、山並み以外の被写体に注目してみるのもおすすめです。上の写真では、冬の風物詩であるエビの尻尾や、日光に照らされてできた雪面の陰影に焦点をあてました。
あるいは下の写真のように、背景に稜線からの峰々を写しつつ、岩肌に付着した細かな雪のざらつきを捉えてみたり。
稜線、山肌、山容……。自分の気持ちの赴くままに、山のいろんな表情をたくさん撮っていきましょう」
日が暮れはじめると、それまで雪面を眩しく照らしていた光が和らいでいき、あたりはほんのりと赤く柔らかな世界へと変わっていきます。夕食の時間を利用して、西穂山荘の周りで夕暮れ時の撮影を行いました。
中島さん:「日没が近づくにつれ、山の陰影が濃くなって立体的になります。同じ山なのに、影の入り方で昼間とはまったく違う山に見える。昼間の山も綺麗だけど、被写体としてはこっちの方が好きかもしれません。沈みゆく夕日を浴びて刻一刻と変わりゆく山々の姿は、山に泊まるからこその絶景ですね。日が沈んで、しばらく経ってからの空はグラデーションが特に美しいと思います。
そうした美しい変化を逃さない為にも、事前にカメラの感度をISO400、800くらいに上げておきましょう。それでも光の量が足りなかったら1600に、逆に撮ってみて明るすぎたら露出のマイナス補正をしてみてください」
中島さん:「被写体は山や空だけではありません。こんなふうに木々をモチーフにするとバリエーションが広がります。木のシルエットが夕日に重なって、空のグラデーションがより際立って見えます。
逆に木々をシルエットに夕暮れ時の幻想的な世界を表現する方法もあります。さらに一つの木にグッと近付いて、夕映え色の輝きを受けた枝に焦点をあててみてもいいですね。枝に積もった雪の色も、昼間の真っ白な輝きとはまた違った、柔らかな印象を与えてくれます」
山で見る星たちは都心で見るより近くて大きく、存在感があります。凛と輝く星たちを眺めていると、寒さも忘れてしまうくらい。
中島さん:「冬の星空はちりや埃が少なく澄みきっているので、四季折々の中でも特に美しいといわれています。この輝きをスマホのカメラで撮るのは厳しいですが、一眼レフを使えば星空や夜景をきれいに撮影できますよ。
星空撮影の際は三脚でカメラを固定し、バルブ撮影機能とタイマー機能を使ってシャッターを切るのが基本になります。星の光は微弱なので、光を多く取り込めるよう、できるだけ明るいレンズ(F値が小さいもの)を選ぶのがコツです」
今回の撮影では、PENTAX K-70本体にGPSユニットO-GPS1を装着して、アストロトレーサー機能(※1)を使用しました。
(※1)アストロレーサー:カメラ本体に内蔵された手ぶれ補正機構“SR(Shake Reduction)”とGPS情報を連動させた、天体追尾撮影機能。長時間露光しても星が流れることなく、点像のままで撮影することができる。専用の赤道儀等を使用することなく、三脚だけで簡易的な天体追尾撮影が楽しめる便利な機能。
中島さん:「三脚さえあれば、低感度でも長時間露光ができて簡単に星の点像が撮れるのはいいですね」
中島さん:「樹木や山脈のシルエットを入れると星空をより際立たせることができます。また、街の灯りをあまり拾いにくい場所、暗い場所を探して撮るのも、きれいな夜空を残すためのポイントです」
2日目は朝からどんより曇り空。途中から雪も舞い始めました。この日は朝7時に西穂山荘を出発して西穂高岳を目指す予定でした。
「残念、いい写真は撮れないか……」とカメラをしまおうとしたところ、「きれいに晴れわたっているときだけが絶好の撮影タイム、というわけではありません。むしろ、こういう天候だからこそ撮れる一枚もありますよ」と、中島さん。
「たしかに天気が悪いと山や空の色はきれいに出ません。ですが、白いガスで覆われた世界は非常に幻想的です。暗く沈んだ山肌に雲や霧が漂う様子も、どこか荘厳で美しい。あたりがガスで覆われてきたら、その環境を利用して幻想的な世界を撮影してみましょう」
中島さん:「画像の仕上がりをモノクロにしてしまうのも手です。白と黒のトーンのみで画面が構成されるので、光と影をより意識して捉えることができます。雪山では、雪の白さと岩の黒い部分が対照的に立ち上がってきて立体感が増してくるのも魅力ですね」
中島さん:「一眼レフの良さを知るにはちょうど良いエントリーモデル。コンパクトな単焦点レンズを付けて撮影に臨めば、コンデジにはない世界が広がっていくのを感じられるのではないでしょうか。発色もいいですし、何よりコストパフォーマンスが高いと思います。
また、APS-Cサイズに最適化された小型軽量で高画質なレンズの種類が豊富なので、『フルサイズまでは必要ないが写真をいろいろと楽しんでみたい』という人にとっては選択肢が多く、楽しみ方の幅も広がるのではと感じます(※2)。
その中から超軽量薄型タイプを用途に合わせて組み合わせれば、『一眼レフは重くてかさばるから……』という理由でアウトドアシーンでの使用を敬遠していた人でも気軽に撮影を楽しむことができます。防塵防滴構造であることも心強いですね」
(※2)APS-Cサイズとフルサイズ:どちらもデジタルカメラのイメージセンサー(固体撮像素子)のサイズ規格のこと。 画角、ボケ量、画面サイズ、質量などに違いがある。
【写真】キャプションに「▲」表記のあるもの:中島健郎、それ以外:「YAMAP mag.」編集部
HD PENTAX-D FA 15-30mmF2.8ED SDM WR
smc PENTAX-FA 31mmF1.8AL Limited ブラック
「これから一眼レフを始めてみたい」「軽めのレンズが欲しい」という方には、こちらのレンズがおすすめです。
HD PENTAX-DA 35mmF2.8 Macro Limited
HD PENTAX-DA 18-50mmF4-5.6 DC WR RE
*1日目
富山駅-バス平湯温泉行き(富山〜神岡・平湯)-新穂高ロープウェイ-第一ロープウェイ-第二ロープウェイ-西穂高口駅-西穂山荘-丸山-西穂山荘(ピストン)
*2日目
西穂山荘-丸山-独標-西穂山荘(ピストン)-西穂高口駅-第一ロープウェイ駅-第二ロープウェイ駅-バス(富山〜神岡・平湯)-富山駅着
中島健郎(なかじま・けんろう)
1984年生まれ。奈良県高取町出身。
幼少の頃から自然に親しみ、関西学院大学在学中は山岳部に在籍。学生時代にネパールの未踏峰2座に登頂する。大学卒業後、トレッキングなどを手掛ける旅行会社に勤務。その傍ら、当時8000m14座登頂に挑戦中の竹内洋岳氏の記録映像を担当したことから本格的に山の撮影をはじめ、イッテQ!登山部にカメラマンとして参加。個人の山行を行いながら、高所登山をメインとした映像、スチル撮影も手掛けている。2017年には、平出和也氏と共にパキスタンのカラコルム山脈にあるシスパーレを未踏のルートから登頂。それが世に認められ、ピオレドール賞を受賞する。
第2話(3月15日) 中島健郎 × 春山慶彦 対談 山と写真の奥深き世界
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