日本を代表する国立公園として知られる阿寒・摩周。季節によって様々な楽しみ方ができ、観光名所としても有名なエリアですが、森も湖も山も一面雪におおわれる冬は格別の美しさがあります。旅のコンセプトは自然と文化の魅力をアクティビイティを通して体験する「アドベンチャーツーリズム」。現地に伝わるアイヌの文化に触れながら、北海道の大自然に飛び込んだ四日間の記録をお楽しみください。
2021.03.22
武石 綾子
ライター
北上していく飛行機の窓から、山々の地形がくっきりと見える。この景色があるから、飛行機の旅は特別だ。向かうのは北海道、釧路空港。旅程は3泊4日、阿寒湖を拠点に、アイヌの文化について触れながら、冬の北海道の大自然を満喫する予定。
釧路空港に到着するとひんやりとした風が吹き付ける。気温は2度。極寒を想像していたけれど、思ったより寒くない。
宿泊先は阿寒湖畔に位置するニュー阿寒ホテル。 部屋から阿寒湖・雄阿寒岳などの景色を望むことができ、地のものを楽しめるビュッフェや夜空を眺めながらの天空スパなどが魅力の快適なベースキャンプだ。
旅をナビゲートしてくださるのは サイクリングガイドツアーや観光タクシー事業を展開する阿寒観光ハイヤーの松岡さんと小泉さん。地元の方とのふれあいがあるほど、旅は楽しいもの。ところどころでこの地の話を聞かせてくれ、丁寧にサポートしてくれるお二人の存在はとても安心感があり心強い。
阿寒湖におりたつと、一面真っ白の湖面に車が多数止められ、バナナボートやバギーを楽しむ観光客の姿が見える。ここが湖だとは。初日はその横に並ぶテントで、ワカサギ釣りからスタート。
「釣れて釣れてしょうがない」所謂入れ食い状態になる予定だったのだが、いざやってみると…あれ?なかなかかからない。おかしいな…。
数分経過すると、テント奥からは「釣れた~」という声が続々聞こえてくる。
静止している私の竿を見て「なんとか釣らせてあげたい!」と言いつつ何度も餌を取り替えてくれる松岡さん(良い人…!!)。
私含め、依然釣れない入り口付近のメンバーが「これ、もしかして場所が悪いんじゃないですかね…」。といいわけを口にし始めたところでようやくかかった! 嬉しい。釣果は予想より少なかったけれど、つい時間を忘れてワカサギとの駆け引きに夢中になってしまった。
ワカサギは湖畔の食堂「海兵」にて、薄塩の天ぷらでいただく。揚げたてはさくさくで箸が止まらなくなるおいしさ。ワカサギ釣りの魅力にすっかりハマった私たちはバギーやバナナボートもしっかり楽しみつつ再びテントに戻り、その後も湖底に糸を垂らすのだった。
日が暮れたころ向かったのは「アイヌコタン」。コタンはアイヌの言葉で “集落”を意味する。古式舞踊や火まつりなどイベントの開催を通じてアイヌの文化について学び、体験することができるエリアだ。軒を連ねるお土産屋さんでアイヌ伝統の品を見て回るのも楽しい。
今回はアイヌコタン内にある「オンネチセ(“大きな家”の意)」にてアイヌの伝統工芸品を見て回りながら、古式舞踊を教えてもらう。
案内人は秋辺デボさん(以下デボさん)。阿寒の地にアイヌとして生まれ、民芸品店の経営をはじめ、ユーカラ(歴史の伝承)劇の脚本演出や劇場プロデュースなど、様々な方法でアイヌの文化を伝えている。
展示物はとても興味深い。例えば鮭の皮でできている手作りのブーツ。鮭を釣った後、中身は所謂“鮭とば”にして、はいだ皮をぬいあわせて造る。実際に触ってみるとこれがおどろくほど硬く頑丈な仕上がり。裏側にはさらに皮の厚い部分を重ねあわせ滑り止めにしているという。
「刺繍あり、木彫りあり、アートあり。全部が一つの町で完結します。アイヌの人はね、一人ひとりに作家性があるんです。ここは特にそれを紹介するための施設なんですよね」。
確かにこの独特の感性、芸術性、それを形にする技術は誰もが身に着けられるものではなく、厳しい季節を独自の文化で乗り越えてきたアイヌだからこそと言える。まさに先人の知恵。
時にユーモアを交えながら、でも真剣に、デボさんの話は続く。
「アイヌは言葉も独特。文字はなくて、音だけでコミュニケーションする。それを明治新政府ができたころに、漢字を使うよう強制されたんです。同じ国にいながら、アイヌは一方的に言葉や文化を変えられてしまったんですよ」。
デボさんによると、現在自らをアイヌと公表している人は1万2千人程度だが、実際は20万人以上と想定されているそう。なぜ現代になっても言えないのか、考えると胸が痛む。
アイヌの歴史や文化への興味が高まっている昨今。しかしその風潮が出てきたのはごく最近。それもアイヌの存在を守り、様々な方法で伝承してきた語り部の存在があってこそのこと。単純に表面をなぞって楽しむだけでなく、できる範囲ででも過去に起きたこととその背景を知り、そこから何を学べるのか。想像力を膨らませて考えてみたい。
2日目の早朝。カーテンをあけると雲間から青空がのぞいている様子が見えひと安心。
天気を心配していたのは、楽しみにしていたアクティビティがあるから。雪上を走るスパイクつきのE-bike体験。雪道で自転車を走らせるなんて、通常のツアーではまず聞かない冬の北海道ならではのアクティビティだ。
なんだか少し危なさそうな印象もあるが、スパイク付きのタイヤでの走行は事前にしっかりと安全確認され、安定感も抜群。慣れればすいすいとこげてしまう。通常の道路とは違った不思議な乗り心地が楽しい。
乗り始めたタイミングで風が強く吹いてきたけれど、ペダルをこげば、顔にあたる冷たい雪さえも心地良い。
「気持ちいーーー!!!」「楽しーー!」
ぐんぐんスピードを上げながらメンバー皆が声を上げる。
おそらく降ってまもないであろう雪の道をスパイクタイヤで走り抜ける。積もっている箇所にわざとタイヤを乗りあげてみると、ぎゅぎゅっと雪の音が鳴った。
きーんと冷えた空気の中、新雪の積もった車道を疾走する。参加者全員はじめての体験に大興奮。時にスピードを競いながら、雌阿寒岳登山口へと一気にペダルを踏みこんだ。
到着後、E-bikeの興奮冷めやらぬうちにスノーシューを装着。といっても、雌阿寒岳に登るのは翌日。この日向かうのは、雌阿寒岳の西麓に位置する湖、「オンネトー」だ。
オンネトーは周囲約2.5km、面積0.23㎢ほどの小さな湖。(“オンネ”は年老いた、“トー”は湖・沼の意) 天候や風向き、見る位置などによって湖水の色が様々に変化することから“五色沼”ともよばれる。雪と氷に覆われた湖面を歩き横断できるのが、この季節だけの楽しみだ。
登山口からオンネトーまでは樹林帯を歩く、1時間程度の道のり。樹々の様子は八ヶ岳を思わせるが、こころなしかさらに天高く伸びているような気もする。
樹林帯を抜けオンネトーに到着。降雪後の真っ白な湖面にはまだひとつも足跡がついていない。
ガイドの松岡さんが慎重に先を歩きながら氷の硬さを確認する。湖底から温泉が湧き出ている為一部氷が薄くなって「ドボン」が心配されるとのことだが、今日のところは問題なさそう。
少し足元を気にしながら展望台方面に横断していると、左手に雌阿寒岳、阿寒富士の雄大な姿が見えてくる。
オンネトーをぬけ、さらに樹林帯を1時間ほど歩いて展望台へ。前方から「もう少しですよ~。」という声が度々聞こえるが、こういう時の「もう少し」は、だいたいあてにならない。予想通り登り坂はさらに続く。
勝手に極寒を想像して厚手のシェルを着込んでしまったが、拍子抜けしてしまうほど暖かく、途中体温調整しながら歩を進める。
ようやく展望台に到着!珈琲とお菓子片手に、眼前の雌阿寒岳を眺める。あの頂上に立てると思うと、翌日の登山がより一層楽しみになってくる。数えきれないほどの集合写真をカメラに納めた後、往路とは別ルートで再び登山口へ。ウォ―ミングアップは十分。存分に雪を楽しみ、充実の2日目も暮れていった。
3日目、ついに本命の雌阿寒岳へ。
深田久弥氏の日本百名山にも数えられる雌阿寒岳は標高1,499m、阿寒摩周国立公園内で最も高い。別名「マチネシリ(“女の山”の意)」。平成20年の噴火により一時登山禁止になったものの、現在はすべてのルートが開放されている。火山活動自体は活発に続いており、山頂付近の火口からそのダイナミックさを間近に感じることができるのが特徴だ。登山口は複数あるが、今回は阿寒湖温泉ルートから、約6km、登り3時間半、下り2時間半の道のりを行く。
オンネトーとおなじく、樹林帯の道がしばらく続く。前日同様に気温もそこまで低くなく、というより想定よりはるかに暖かく、登っているうちに汗がじんわりとにじむ。
歩いていると雪の中に気になる痕跡が。聞くと、エゾリスの足跡だという。想像以上に大きい!雪についた野生動物の足跡のような”フィールドサイン”を見つけられるのも、冬ならではの楽しみ。
ようやく樹林帯を抜けると雌阿寒岳の全容、眼下には昨日登ったオンネトーが見える。登山口付近に停めた車はもう大分小さい。とは言いながらまだこの地点は4合目にも到達していない。ここからが本番だ。
時折雪交じりの強い風が吹き付ける。けれど頂上に近づくにつれてテンションはどんどん高まる。どこを切り取っても格好良くて、皆シャッターを切る手が止まらず、ところどころ立ち止まってしまう。
極めて危険な箇所があるわけではないが、登るほどに岩稜の様子が険しくなり、傾斜がきつくなる。アイゼンの刃をしっかりと雪にかませながら少しずつ標高を上げていく。
頂上の手前までいったところで、先頭を歩いていたメンバーが歓声を上げる。
「地球、生きてる!!」
「すごい~!!」
爆裂火口がついにお目見えした!切り立った火口に複数の噴出孔から煙が吹き出す様は「大迫力」の一言。
山頂に到着すると、太陽の周辺を覆っていた雲が晴れ、青空が広がった。まさかこんなにクリアに展望を見渡すことができるとは、なんて運が良いんだろう。空の青と雪の白のコントラストは、思わず声を失って立ち尽くしてしまう美しさ。個人的な印象では、3,000mクラスの山にもまったく引けを取らない圧倒的スケール。
強風の中ひとしきり山頂を堪能し、20分程で下山開始。するとまもなく雲が広がり、あれだけクリアに見えていた山頂付近が完全にガスに覆われてしまった(盛っているのではなく本当の話)。
「日ごろの行いですかね~」と言いながら風が強くなってきた下山ルートを早足で下りる。
まるで私たちを待っていて、歓迎してくれたかのような天候の変化。山に登っていると時に出会うこういう不思議な瞬間。
山旅をさらに印象深いものにしてくれるそんな奇跡は、翌日に再び起きることとなる。
時間がたつのはあっという間で、ついに最終日。
天気は雪。若干ホワイトアウトに近い状態。
(…..これ、今日行けるのかな…..?)
一抹の不安を感じながらながらひとまずワゴンに乗り込む。行先は世界でも有数の透明度を誇る摩周湖。ここまで来たのだから一瞬でも“摩周ブルー”を見てみたい。
回復する可能性を伝える天気予報に望みをかけて、摩周湖ビジターセンターでしばし待機。吹雪が弱くなったところで再びスノーシューを装着。ルートを予定より短いコースへ変更して、いざ出発。
パウダースノーを蹴り上げながら歩く。想定通り徐々に穏やかな天気になってきた。
40分程歩いたところで前日の雌阿寒岳同様、抜群のタイミングで雲の切れ間から太陽が…!
湖畔の高台に登るとうすぼんやりと摩周湖の姿が見える。ついさっきまでホワイトアウトの中にいたことを考えればこれだけでも嬉しいが、しばらく待っているとサー…ッと雲が抜け、湖の全貌が見えた。
「見えた~!」
「やっぱり私たち持ってますね~。」
そこからは美しい摩周ブルーを横目に歩く。表現するならば、青というより濃紺のイメージ。対岸には「カムイヌプリ」(“神の山”の意)摩周岳の姿を拝む。靄がはがれていくその様子はまさに神の佇まい。
こんな奇跡が数回起きた今回の旅。ヤマップスタッフによると、YAMAP(アプリ)を起動すると天気が回復するらしい(笑) 。天気が悪い時はアプリを使ってみると良いかもしれない…(いや、天気が良い時も使いましょう)。
最終日は北海道グルメも忘れずに。お昼は摩周駅前の人気店、ぽっぽ亭。名物の雪見ラーメンやボリュームたっぷりの豚丼は雪遊びで空腹のメンバーには嬉しい一品。
昼食を終え次の目的地に向けてワゴンが走りだすと、見えなくなるまで店主が手を振ってくれていた。おもてなしの気持ちに胸がじ~んとなる。
午後も予定が盛りだくさん。少しずつにはなるがご紹介しよう。
次の目的地は硫黄山。「アトサヌプリ」(“裸の山”の意)の名の通り、むき出しになった岩肌から眼前で大量の硫黄が噴出する火山だ。噴気孔は大小合わせてなんと1500以上。前日の雌阿寒岳にしろ、硫黄山にしろ、これだけ間近で活発な火山活動の様子を見られる山はなかなかないだろう。
阿寒湖、摩周湖とくれば最後はもちろん屈斜路湖。越冬中の白鳥にご挨拶。中心部は凍るが、砂場付近は地熱で凍りきることがない為、羽を休めにやってくるそう。優雅におよいでいるイメージの白鳥、屈斜路湖では岸に上がって普通に歩いたり喧嘩したりしているのが面白い。今回立ち寄ったエリア以外にも屈斜路湖全体で400羽ほどの白鳥が飛来するという。
そして最後、旅の締めくくりは名湯川湯温泉。摩周湖の伏流水が硫黄山の地下を通り抜ける際に熱せられて湧き出る強めの硫黄泉は、やはり火山が創り出す自然の強さを感じさせてくれる。
熱めのお湯で冷えた身体がぽかぽかに温まった。名残惜しさを抱えながらも帰路につくべく女満別空港へ。空港への道には、北海道らしい吹雪が舞い戻っていた。
文化に触れ、考え、全身で大自然のアドベンチャーを遊びつくした4日間。アイヌの伝統、新雪を走るE-bikeにダイナミックな火山、パウダースノーをラッセルするスノーシューツアーなど、書き出したらキリがないほどに冬の北海道の魅力をぎゅっと詰め込んだ旅。
それにしても本当に楽しかったなあ。書いていたら、旅の記憶が蘇ってきた。こちらのエッセイによると、夏秋のシーズンは全く違った遊び方ができて楽しそう。五色に輝くオンネトーも、訪れたい。きっと予想を上回る表情を魅せてくれるはず。山旅の候補が、またひとつ増えた。