新しい「バルトロ」 | グレゴリーの全てを注ぎ込んだ大型バックパックとは

GREGORY(グレゴリー)を代表する大型バックパック『バルトロ』が、この春、4年ぶりにフルモデルチェンジを果たしました。世界に数本しかない極秘のプロトタイプ(開発途中のテストモデル)を、長年のヘヴィユーザーでもあるアウトドアライターのホーボージュンさんが北アルプス・立山で実際に体験。大きく変わった『バルトロ』の魅力を世界最速で紹介します。

2022.02.25

ホーボージュン

全天候型アウトドアライター

INDEX

すべてを背負って

誰しも、愛用の道具というのがあるだろう。自分の仕事やライフスタイルに欠かすことのできない道具、ヒトとモノの関係を超えて“相棒”と呼べるような道具…。例えばギタリストにとってのギターとか、料理人にとっての包丁とか、フォトグラファーにとってのカメラとかがそうだ。もし僕にそんな存在があるとしたら、それはたぶんバックパックだ。

僕が「バックパッキング」という文化に出会ったのは20代のころだ。「衣・食・住のすべてを背負って旅に出る」というスタイルは僕に強力なインパクトを残した。自己完結しているから泊まる場所を選ばない。無人島から高山までこの地球上のすべての場所が自分の家になる。食糧と水だけ補給すればいつまでも旅ができるし、どこまでも旅を続けられる…。それは若い僕にとってまるで新しい翼を授かったような強烈な体験だった。

その中核となる道具がバックパックだ。当時の日本では60ℓを超える大型パックは学生山岳部で使われるキスリングや一本締めのクライミングザックばかりだったが、アメリカのREIなどのアウトドアショップにはジュラルミンパイプが剥き出しになったフレームパックや最新のリップストップナイロンを使ったカラフルなバックパックが並んでいて僕をドキドキさせた。

なかでもGREGORYの製品はエルゴノミックな3Dデザインや見たこともないほど大型のジッパー、本革のプルタブがめちゃくちゃスタイリッシュだった。さらに商品タグに書かれた“Don’t Carry it,Wear it. / パックは背負うのではない。着るのだ。”という大胆なコピーが僕をそそった。

実際、コピーの通りGREGORYはフィッティングには徹底的にこだわっていた。ショップでは専門のパックフィッターが客のトルソー(背長)や腰回りを測り、ハーネスの高さや幅を調整してくれたり、内蔵のジュラルミンフレームを背骨のカーブに合わせて曲げてくれたりした。

まるでスーツやシャツを仕立てるようなそのスタイルにウブな僕は感動した。これまで日本の常識では考えたこともない世界だったからだ。気後れする僕にショップのイケてるお兄さんはこう話してくれた。

「…でも君はこれから毎日何時間もこのパックを背負って暮らすんだろ? だったらスーツやシャツを仕立てるよりよっぽど大切なことだと僕は思うけどな」

「山に登る」でも「旅する」でもなく「暮らすんだろ?」と言われたことが僕の胸に突き刺さった。バックパッキングはただのアクティビティではなく、ライフスタイルそのものなんだと実感した瞬間だった。

それから30年以上、僕はバックパックを背負って世界のあちこちを旅をしてきた。この間、ヒマラヤやアンデスの縦走や6,000m峰への高所登山もしているけど、そういう登山も僕の中ではバックパッキングの一部だ。「衣食住のすべてを背負って旅する」ことはもはやアクティビティではない。僕のジンセイの一部なのだ。

新型モデルを極秘テスト!


GREGORYの旗艦モデルであり、世界中の登山者や旅人に愛されてきた『バルトロ』シリーズが、この春、4年ぶりにフルモデルチェンジを果たした。

僕は初代バルトロ以来、5代・16年に及ぶ熱烈なユーザーで、GREGORYの公認バルトロマニア(笑)にもなっているのだが、今回のモデルチェンジに先だって最終プロトタイプを受け取り、約6カ月に渡って先行テストを行う機会に恵まれた。

あらためて紹介すると『バルトロ』は2006年に初登場した本格的バックパッキングモデル。最大の特長はショルダーハーネスの付け根にピボット(支点)を備え、ハーネスがフリーに動くことだ。これによってユーザーの体型に合わせて自動的に角度が調整されるだけでなく、歩行時には身体の動きに連動してハーネスが動き、つねに良好なバランスを取ってくれる。このA3(オートマティック・アングル・アジャスト)システムは多くの賞を受賞し、GREGORYを代表するテクノロジーとなった。

その後バルトロは2009年、2011年、2015年、2018年と4回のアップデートを経て完成度を高めてきたが、今回のアップデートは過去最大とも言える劇的なもの。背面構造が大きく変わり、外周フレームと3Dメッシュパネルを用いた“ベンチレーションパック”に変貌したのである。

GREGORYの東京オフィスで初めて現物を見た時にはかなり戸惑ったが、背負った瞬間、僕は「これはバルトロ史上最高のモデルになる!」と確信した。なぜなら初めてGREGORYを背負った時と同じく、吸い付くようなフィット感を感じ取ることができたからだ。

ただバックパックの本当の実力は、背負ってみるだけではわからない。荷物を満タンに詰め込み、歩き、泊まり、旅することでしか見えない部分がたくさんある。だから僕はこの新型バルトロに、先代バルトロに積んでいたのとまったく同じ装備を詰め込み、2泊3日で北アルプス登山をしてみることにした。

世界に数本しかない極秘プロトタイプを背負っての山行は期待と緊張がない交ぜになったエキサイティングな経験だったのだが、本稿では北アルプスのフィールドテストで感じた全てをお伝えしよう。

6代目は驚くほど“優しく”なった


実際に旅してみて驚いたのが背負い心地だ。パックに後から抱きつかれているような、あるいは赤ん坊をオンブしているような、とてもソフトで優しい背負い心地になったのだ。

これまで歴代のGREGORYは、どちらかと言うと硬くシャキッとした背負い心地が特徴だった。とくに大型モデルやプロモデルは剛性感のカタマリで、他のライバル、例えばオスプレイやドイターなどとは明らかにテイストが違っていた。

そういう硬さをハーネスが動くことでバランスさせていたのだが、今回はまったく印象が違う。これは外周フレームに張られた3Dメッシュがトランポリンネットのような作用を果たして弾力性を産むとともに、背中全体に応力を分散させてくれるからだと思う。

さらに驚いたのが腰回りのフィット感だ。なんというか「まとわりつく感じ」がすごいのである。

写真を見てもらうと、腰を包むベルトが二重構造になっているのが分かるだろう。ヒップベルトは2枚のフレックスパネルを介して外周フレームに取り付けられていて、ベルト全体と下側のクレイドルは外周フレームから独立して動くようになっている。そのため歩行時には腰回りの動きに追従して自然とフィットし、よけいな締め付けのないまま気持ちのよい足運びができるのだ。

さらに腰回りにはもうひとつ秘密がある。それが腰のくびれ部分に配置されたランバーグリップだ。

これまでのバルトロは腰骨(お尻の上)にかなり厚手でしっかりしたパッドを配し、ここに荷重がグッと乗るようにしていた。それはそれで快適なのだが、しっかり荷重を乗せるためにはヒップベルトを強く絞り混む必要があり、どうしても窮屈な感じがあったのだ。

その点、今回の新型ランバーグリップはバックを腰の高い位置に保ちながらヒップベルトの締めすぎを防いでくれる。ヒップベルトのアタリの柔らかさや通気性のよさと相まって、これまでにない気持ちよさを生み出した。同社は「GREGORY史上最も快適なヒップベルト」と豪語しているが、僕も間違いなくそうだと思う。

めちゃくちゃ涼しく不快感ゼロ

今回のウリは背面のベンチレーションシステムなのだが、真夏の登山、特に急峻な登りや風の通らない樹林帯を進んでいるときには、この背中の涼しさにめちゃくちゃ助けられた。

これまでのフォーム(スポンジ)は完全に排除され、背面は90%がオープンエアとなる3Dメッシュになった。このパッドは接触面を減らして高い通気性を実現するだけでなく、サスペンション効果も高い。またポリジンテクノロジーによる防臭処理がされていて、臭いの原因となるバクテリアの増殖を防いでくれる。

新型バルトロの凄いところは背中と本体の間に大きな隙間があるにもかかわらず、重心が体の遠くにあるように感じたり、バックとの一体感が乏しく感じたりしないことだ。これまでの多くのベンチレーションパックは涼しさと引き換えに違和感やなんらかの不便を強いることが多かったが、この新型バルトロにはそれがない。このあたりのチューニングはさすがGREGORY。歩く楽しさを後押ししてくれる優れたシステムになっていた。

無敵のサイジング


さて、どんなに優れた機能を備えていても、パックが自分の身体に合ってなければクソの役にもたたない。僕がいくら褒め讃えたところで、それは絵に描いた餅だ。

でもGREGORYなら大丈夫。フィッティングの細かさについてはあいかわらず世界一。多くのブランドのサイズ展開が2サイズなのに対し、バルトロはS、M、Lの3サイズ展開をしている。しかも3サイズとも上下3インチ(76mm)の範囲でトルソー調整ができるのだ。

その結果、それぞれのサイズが対応できる範囲は大きく重なっている。いっけんこれは無駄なように思えるが、さにあらず。それぞれのショルダーハーネスは1.5インチ(38mm)ずつ異なり、ヒップベルトのフィット幅も26~48インチ、28~50インチ、30~52インチと2インチずつ違う。つまり同じ背長のユーザーであっても、各自の体型にあわせて(つまり肩回り、腕回り、胸回り、腹回り、腰回りのフィット感にあわせて)ベストサイズがチョイスできるのだ。

ちなみにGREGORYは昔から男女のフィットの違いにこだわってきた。今回も、もちろんそうで、女性用の『ディバ』にも同じく3サイズを用意し、バスト回りのフィット感を高めるためにショルダーハーネスのカーブをより緩やかにし、ヒップベルトは女性の骨盤にあわせて男性用より大きな角度を付けている。どんな体格、体型、性別の人にもベストフィッティングが約束されているのである。

集合知の宿るディテール


僕がバルトロを愛する理由のひとつに「集合知が詰まっている」ことがある。70年代から延べ何万人・何十万人という旅人たちに使われ、そこで培われ、取捨選択を繰り返してきたディテールが盛り込まれている。ポケットの位置やジッパーの角度、ストラップの滑り具合やドローコードの柔らかさに至るまで「わかってるなあ〜」と感心させられる部分が多いのだ。ここから先はそういったディテールについて見てみよう。

■アクセスの早さ

バルトロの美点のひとつがメインコンパートメントへのアクセスしやすさだ。開口部はドローコードで絞る古典的な方式なのだが、これが使いやすいのなんの…!ドローコードの太さと滑り具合、ロック部品の構造、コード端末のループ処理、オープン時に引くタブの位置などすべてが完ぺきで、荷物の出し入れにストレスがない。

ここは一日に何度も操作する部分だけにこれは嬉しい。敢えて注文をつけるとすればプルタブを黒以外の目立つ色にして視認性を上げて欲しいが(3代目バルトロなどはそうだった)それ以外は満点である。

■2気室構造


初代から続くスタイルで、ボトムに独立した荷室を持つ2気室構造だ。僕はここにテントとグランドシート、そしてキャンプサイトで履くサンダルを入れておくのが習慣になっている。目的地に着いたらシートを広げて荷物を降ろし、重たい登山靴をサンダルに履き替えて足を解放し、ストレッチをする(あるいはビールを飲む)。それからテントを建て、ぼちぼち夕飯の仕度にかかる…というのが旅のルーティンなのだ。そういう使い方に2気室はぴったりである。

上下を隔てるディバイダーはトグルで留める簡易な方式で1気室↔2気室の切り替えも簡単。ディバイダーの両脇には隙間があるからテントポールなどの長尺モノもしまえる。もはや完成の域に達した感がある。

■フロントポケット

初代から3代目までは正面の大型ポケットがデザイン上の大きなポイントになっていたが、4代目からはこの上にストレッチメッシュポケットを備えるようになった。

このポケットは左右にアクセスジッパーを持つ2気室構造で、僕は右側にレインウエアとパックカバーとゲイター、左側にグローブとカラビナとスリングを入れ、トレイル上ですぐに取り出せるようにしていた。

新型ではこの構造をさらに推し進め、デュアルジッパーポケットの真ん中にフローティングディバイダーを装備。中の荷物の容量に応じて左右の容量が変化するようになっている。

使ってみるとこれが便利!容量が可変な点をうまく使えないか(たとえばゴミの収納に使うなど)試行錯誤を始めている。ユーザーの工夫が活きるポケットだ。

なおメッシュポケットは脱いだジャケットを挟んでおいたり、ビーニーやハットを突っ込んでおいたりなんにでも使える。長旅のときにはココに洗濯物を入れて乾かしながら歩いている。

■U字ジップアクセス


バルトロはトップローディング式なのだが、正面に逆U字に開くジッパーを備えている。これは歴代変わっていない。

当初は「こんなのいらないよ」と思っていたのだが、あればあるでけっこう使う。特にフル装備でパックがパンパンの時はちょっとだけ開けて必要なものが取り出せるので便利だ。また狭いテントの中ではダッフルバッグのように中の荷物が見渡せるので整理しやすい。

■トップリッド


先代から大きく改良されたのがトップリッドのポケットだ。ここはパックを降ろしたときに最も手が届きやすい場所なので、行動食のほか、ガイドブックやビーニー、ヘッドランプなどの小物を入れるのにいい。先代モデルはリッドを引き絞ってしまうとジッパーの開け閉めがしづらくなったのだが、新型は形状を改良し、つねにスムーズにジッパーを開閉できるようにした。これは嬉しい改良点だ。
またリッドの1番上には小さなジッパーポケットがあり、薄手の荷物を入れておける。

ちなみにリッドの裏側にはキーリング付きのシークレットポケットがある。本来はパックカバーを入れる場所だが、僕はここに家の鍵や保険証、パスポートなど普段出し入れしないモノを入れている。

■サイドメッシュポケット


トレッキングポールや飲料ボトル、グローブなどを突っ込んでおけるメッシュポケット。良く伸びるのでかなりかなりの容量がある。サイドコンプレッションベルトはこのポケットの上を通すことも中を通すこともできる。

■ナルゲンボトルホルダー


30年以上続くGREGORYの伝統で、1ℓのナルゲンボトルをぴったり収納できるホルダーが右腰に付いている。以前のものは角度が悪くてボトルを落としてしまったり、ホールド用コードが使いづらかったりイマイチな部分が多かったのだが、年々改良が進み、新型は歩きながらの出し入れもしやすくなった。使わない時は小さく折りたたんですっきりと格納しておけるところも良い。

このホルダーはハイドレーションパックやスクイーズチューブを使う人には無用の長物だが、ナルゲンは今もバックパッカーの定番アイテムなので、僕個人としては継続されて嬉しい。

■ウェストポケット


先代モデルはここにスマホを収納できる防水ポケットがついていたが、サイズが小さくてiPhoneが入らない上に、水が溜まってスマホを水没させてしまうというシャレにならない代物だった。

今回のポケットはベルトの締め付け具合にかかわらずいつでも出し入れがしやすく、行動食など歩きながら出し入れしたい小物の収納にとても役だった。

グレゴリー・バルトロとどこまでも


長い間、バルトロを使ってきた。バルトロの前身である『トリコニ60』の時代を含めるともう四半世紀の付き合いになる。

ともに世界中を旅してきた。パタゴニアの最南端にある“フィン・デル・ムンド(世界の果て)”と呼ばれるトレイルを歩いたり、ヒマラヤの奥地にあるブータン王国を旅したこともある。

先代モデルは新品のままモンゴルの大草原に連れて行った。この時は現地の遊牧民と馬に乗って旅をした。可哀想なバルトロは猟銃や折り畳み式薪ストーブと一緒に裸馬の背中に麻縄でギュウギュウに縛り付けられ、一週間もしないうちに馬の汗と油でテラテラになり、それに何万匹ものハエがたかって真っ黒になった。たぶん世界一不運なバックパックだろう。

「いや、世界一シアワセさ」

そんな声がどこかから聞こえる。大きな空の下で、こてんぱんに旅をした。この世界の広さと美しさを感じ、原始の風の臭いを嗅いだ。もしそれがバックパッキングの醍醐味ならば、僕のバルトロはそれを満喫した。ほんとうに申し訳なかったけど、ボロボロになるまで使い倒した。

そしていま、僕のもとに新しいバルトロがやって来た。

きっとこれから世界的なトップセラーモデルになるだろう新型モデルの、最初に作られた1本だ。

「さて、次はどこへ行こうか?」

春めいてきた空を見上げながら、背中の相棒と僕は旅の相談を始めている。
(了)

原稿:ホーボージュン
撮影:大塚伸
協力:グレゴリー

ホーボージュン

全天候型アウトドアライター

ホーボージュン

全天候型アウトドアライター

ペンネームのHOBOとは英語で「放浪者」の意。シーカヤックによる外洋航海から6,000m峰の高所登山まで、フィールドとスタイルを問わない旅を続けている。山岳装備への造詣も深く『山と溪谷』で最新ギアのフィールドテストを行う。マイ・ファースト・パタゴニアは1989年に買ったリバーシブル・シンチラ・アノラックとボンバッチャ。