2022年10月10日〜11日、紅葉シーズンの真っ只中に開催された「“楽しみながら、山を守る”天然記念物ライチョウの生息地火打山 登山道整備ツアー」。ガイドツアーに加えて、登山道整備のトライアル体験までできてしまうYAMAPユーザー限定のレアな企画です。2日間の様子をライターの武石綾子さんがご紹介します。今後も継続的な開催を予定しているので、興味のある方はぜひご一読を。
2022.11.17
武石 綾子
ライター
「新潟県妙高市の皆さんと連携して、登山道整備のツアーを企画しているんです」。
ヤマップからそんな連絡を受けたのは、夏も終わりかけ「そろそろ紅葉登山でも計画しようかな」と考えていたある日。いつもと違うのは、「楽しむ」に「山を守る」というコンセプトが加わり、無理なく登山道整備を体験できるという新たな試みが盛り込まれていること。実施時期は10月半ばの2日間、場所は紅葉の名所として名高い火打山(2,462m)。
紅葉が最盛期であることはもちろん、これまでのツアーにはなかった「山の楽しみ方」の提案に、なにやら新しい企みが始まるぞ…とワクワクが込み上げたことを憶えています。
火打山を含む「妙高戸隠連山国立公園」が誕生したのは2015年。「上信越高原国立公園」から独立した32番目の国立公園です。初心者向けから上級者向けの岩稜帯まで様々な山を楽しむことができ、季節ごとに全く異なる表情を魅せるフィールドは多くの登山者から愛されています。
一方で忘れてはいけないのは、多くの国立公園と同じように課題も抱えているということ。
火打山は特別天然記念物「二ホンライチョウ」が生息する国内最北の地としても知られていますが、推定される生息数はわずか20羽程度。妙高市をはじめ自治体と環境省による保護活動が進められていますが、依然としてさらなる減少が危惧されています。
また、限られた予算や人員の中、全長100kmにもおよぶ長い登山道の整備は現状僅か3名で行われています。日々自然の猛威にさらされる登山道は当然ながら人の手による維持・管理が必須。私たちが快適に山を歩くことができることは、決して「当たり前」ではないのです。
上記のような課題を背景に、2020年には主に妙高山・火打山への「入域料」が導入されました(詳細はこちら)。
支払いは任意でありながら多くの登山者が積極的に協力をしており、週末には登山口に設置された集金箱が満杯になってしまうこともあるのだとか。その結果からも、「できることがあるならば協力したい」そんな想いを持っている登山者が少なくないことがわかります。もちろん、私自身もそのひとりです。
「受け入れる側」と「山に入る側」。どちらか一方に負担が偏るのではなく、みんなで楽しみ、みんなで自然を守る。そんな双方の想いの循環、それによる自然保護の実現。とても壮大ではあるけれど、きっと実現不可能ではない。今回のツアーの背景には、妙高市×ヤマップによるそんな構想が秘められているのです…。
さて、少々筆に熱がこもってしまいましたが、ここからは想い出深いツアーをレポートしていきましょう。
しとしとしと…。
初日の朝、集合場所の長野駅に到着すると路面が濡れています。中止にするほどではない、なんとも絶妙な量の雨です。あいにく、ではなく恵みの雨だと思うことにしましょう。
集合後、メンバーを乗せたバスは「妙高高原ビジターセンター」へ。
今年4月に開館したばかりの館内には展示室、ラウンジ、ショップにカフェが並び、センスと遊び心あふれる仕掛けがたくさん。カフェを併設した広々としたラウンジには、窓の向こうに広がる「いもり池」の景色を眺めながらコーヒー片手にくつろぐ人たち。なんと優雅なんでしょう…。周辺は雄大な自然に取り囲まれ、妙高の山々と季節の植物を愛でながら散策するだけでも楽しめそう。登山者はもちろんのこと、ドライブや散歩で自然を満喫したい人たちにもおすすめの快適なベースキャンプです。
オリエンテーション終了後は、展示室にて館長の松井 茂さんによる妙高・火打山に関するレクチャーへ。雪のトンネル(を模した入り口)を抜ければ、野鳥の声がこだまします。あぁ、癒される…。見て、聴いて、触って、老若男女問わず楽しめる空間です。季節ごとの妙高の植生の変化や、2日間で歩くルートの説明などを聞いているうちに段々気持ちが高まっていきます。
ビジターセンターを後にし、バスで30分ほど移動すると「笹ヶ峰登山口」へ到着。初日のゴールは「高谷池ヒュッテ」。片道約3時間程の道のりです。空模様は相変わらずの雨andガス。雫に濡れて輝きを増す紅葉の中を歩くのも時には良いものでしょう…。青空は翌日に期待! 2日間の行程をリードしてくださるのは菅野由起子ガイド。入念に準備体操をして活動開始、YAMAP起動も忘れずに。
登山口から1時間程はゆるやかな木道が続きます。うっかり足をすべらせそうなものですが、これがなんとも歩きやすい。きめ細やかな木道の整備に頭が下がる思いです。写真を撮ったり、はじめて見るキノコに驚いたりしていると美しいブナ林に到着。紅葉が少しずつ進んだ葉の色のグラデーションが季節の移ろいを感じさせます。
前半と後半で登山道の山容が大きく変わるのも火打山の面白いところ。緩やかな木道でうっかり気をゆるめていると、「十二曲り」と称されるカーブ続きの道が始まります。後半はゴロゴロっとした岩場や急坂も出てくるので要注意。まさに核心部!
休憩地点の「富士見平」に到着したところで再び景色に目をやると…私たちを包み込むようにさらに濃くなるガス…。目を凝らしながら、靄の向こうに広がっているであろう山々に想いを馳せます。「明日は晴れ予報ですよ! 一応…」と励ましてくれる菅野ガイド(あまりのガスっぷりに0.0001%だけ「ほ、本当かな…」と思ったのはここだけの話です)。
高谷池ヒュッテまではあともう少し。再び続く緩やかな道。雨はあがり歩くにはほどよい気候ではあったものの、それまでの降水をたっぷりと含んだぬかるみや水たまりが皆の足をずぶずぶとつかみます。翌日整備するのはまさにこんなぬかるみの道。初日に歩きにくさを体感したおかげで、作業にも一層気合が入りそうです。
さらにトラバースの道を行くとついに高谷池ヒュッテの三角屋根が! 歓喜する一同。豪雪地帯ならではの特徴的な佇まいに心が躍ります。
入り口付近で雑談していると、「お疲れ様でした~」とスタッフさんが陽気に迎えてくれます。入った瞬間から、どことなく懐かしさを感じさせる空間。山小屋ってどうしてあんなにほっとするのでしょう。木のぬくもりを感じる蚕棚タイプの就寝スペースは相部屋とは言え十分にゆったりできる広さ。
お疲れ様の乾杯をして、名物のハヤシライス×カレーのあいがけディナーを満喫。食堂に全員集合して談笑していると今日が初対面であることなどすっかり忘れて話し込んでしまいます。とは言えそこは山小屋。皆で天気予報を確認して早めの就寝。ここまで来たらなんとしても紅葉の絶景が見たいところですが、結果はいかに…?
明朝6:30。朝食を終え出発準備をしていると、段々と朝陽が登り暖かな光が窓から差し込みます。菅野ガイドが仰っていた通り! 2日目は快晴の様子。これは嬉しい! 前日ガスに包まれながら登ってきた分テンションが上がります。
「この景色が見たかった……!!」
小屋を出ると目の前には最盛を迎える紅葉の赤、オレンジ、赤、黄色。その様を映し出す凪いだ高谷池。「日本の最も美しい場所31選」(米CNN)にも選ばれたというその様子はまさに「地上の楽園」。
ヒュッテから数分の場所に広がる池塘群がまた素晴らしいのです。絶景続きでシャッターを切る手が止まらずなかなか前に進めません。
木道の湿原「天狗の庭」を抜けて登っていくと小屋がどんどん小さくなり、視界が開けます。
二ホンライチョウの生息地であるという「雷鳥平」を経由し(好天だったからかこの日はライチョウの姿は拝めず)、ヒュッテからゆっくり歩いて2時間ほど、ついに火打山山頂へ到着! 青空の山頂はやっぱり嬉しいですね。少し雲がかかっていましたが、周辺の山々、おとなりに坐する雨飾山の紅葉もよく見渡せました。
ひとしきり山頂を楽しんだ後は、いよいよ登山道整備の時間。火打山で導入されている「近自然工法」は、地質や環境に合わせた登山道整備を実現する考え方で「できる限り自然の中にある素材・自然に還る素材を使用し、環境負荷を軽減する」整備手法と言われています。
まずは参加者が力を合わせ、火打山山頂と高谷池ヒュッテの中ほどにある階段の整備に着手。環境省の許可のもと古くなった木の道標を再利用し、特に段差が大きく足運びがしにくいスポットに階段として設置します。
スコップで必要な分だけスペースを作り、道標をセット。動かないよう、釘を打ち込んで固定します。「こっちに石があるよ」「反対側おさえて~」など、声を掛け合いながら順調に進む作業。たった一日一緒に過ごしただけとは思えないチームワーク! すきまに石をはめこんで平地にし、さらに枯れ葉を敷けば、あっという間に新しい階段が完成。少しの違和感もなく、すっかり馴染んでいるその様子はまるで以前からそこにあったかのよう。
高谷池を眺めながらしばしの休憩後、ぬかるみ道の整備にトライ。昨日ずぶずぶと足をとられた道に橋をかける作業です。1メートルほどの木板を複数用意し鎹(かすがい)で接合、四隅には釘で角材の足を打ち付けていきます。
ヒュッテから歩いて数分ほどの道。雨を含んだぬかるみに橋がかかり、新たな「登山道」が完成しました。その瞬間に感動していると、後方から何も知らない1人のハイカーが…。皆がじっと見守る様子に若干戸惑いながらも快適そうに橋を渡っていきます。「おぉ~~」。思わず拍手。登山道が変わる様を実際に目にすることができるのは嬉しいものですね。
実は前日、「ちょっと地味な作業だし、みんなに楽しんでもらえるかな…」とスタッフ間では若干心配の声があがっていたのです。しかし皆さんがチームワークをフルに発揮してスピーディーに作業を進めていく様子を見ていてひと安心。一緒に山に登って、小屋で一晩過ごした仲間とだったらどんな作業でも楽しくなってしまうもの。初対面だなんてことは全く関係なく、都会ではなかなかぬぐえない人と人の垣根さえいつのまにかなくなってしまうのは、山の懐(ふところ)に抱かれているからなのでしょうか。「楽しみながら山を守る」とはどういうことなのか、なんだかわかったような気がします。
下山は少し早足で往路と同じ道をピストン。一寸先はガスだった前日の天気のおかげで、山々の紅葉が美しく、一層輝いて見えます。段々と小さくなっていく高谷池ヒュッテの様子がより鮮明に、より印象に残り、2日間を忘れられない想い出へと変えてくれたのでした。
地道な作業の積み重ねで私たちのようなハイカーが快適に山を歩くことができること、感謝の念を抱かずにはいられない体験ができた2日間。
「皆で作った登山道の様子を見に、また火打山に来たいです!」「登山道整備がどのように行われているのか知ることができ貴重な体験でした」。帰り際に立ち寄った妙高の温泉で、参加者の皆さんにツアーの感想を聞いてみたところ、とても晴れやかな表情でそう話してくれました。
「国立公園妙高」の自然保護に向けた最初の一歩として開催された今回のツアーは無事終了! 妙高市とヤマップの今後の取り組みにも、ぜひご注目ください。
妙高市では、本記事でご紹介した登山道の保全・維持のほか、「環境サポーターズ」というボランティア登録制度を通じて、ライチョウを保護するための生態調査や生息地回復事業、自然体験プロジェクトなど自然保護のための様々な取り組みが行われています。入会金や年会費などはかからず、都合に合わせて参加することができます。「楽しみながら、山を守る」活動をご一緒しませんか?
妙高戸隠連山国立公園の自然保護には、人材や財源の面でさまざまな課題が潜んでいます。これらがさらに顕在化する前に、登山者の皆様とともにできる限りの保護活動を行い、未来に渡って美しい自然を残していきたいという想いを持っています。今後も新たな取り組みを進めていきますので、妙高戸隠連山国立公園にぜひご注目ください!
YAMAPでは、「地球とつながるよろこび。」というパーパス(企業理念)実現のため、“登山者が増えるほど山の自然が豊かになる”ことを目指す取り組みを進めています。今回のツアーを皮切りに、国立公園の自然を登山者の皆さんとともに守るための仕組みづくりを推進していきたいと思います。
登録・お問合せなどの詳細は以下よりご覧いただけます。少しでも興味のある方はぜひアクセスを!
文章:武石綾子
写真:宇佐美博之
協力:新潟県妙高市