葛城の山に足を踏み入れると、ふと歩みを止めてしまう瞬間がある。
風が変わり、木々のざわめきが遠くなり、森の奥から“人ならぬ気配”が滲み出してくるような──そんな感覚だ。
1400年前、人々から“呪術師”と呼ばれた役行者(えんのぎょうじゃ:本名は役小角(えんのおづぬ)という)は、この地で修行を重ねていた。
鬼を従え、神と対話し、山そのものを力の源にしたと語られる存在。彼の名の周りには、いつも不思議な伝説がよりそう。
しかし伝説の奥にあるのは、自然を畏れ、山と共に生きてきた人々の感覚そのものだ。
役行者の足跡をたどって歩くと、葛城の山はただの登山道ではなく、“異界へと続く物語の道”へと姿を変える。
本記事では、そんな葛城の山で息づく世界へ案内する。
イラスト=大西土夢
2026.01.23
大堀 啓太
ライター・編集
役行者は飛鳥時代に活躍した修験者で、奈良県御所市にある吉祥草寺が生誕の地とされる。境内には役行者の産湯に使われたとされる「産湯の井戸」や、修行の際に腰を下ろしたと伝わる「腰掛石」が今も残され、葛城修験のはじまりを静かに伝えている。

山に入る前にこの地を訪れると、役行者という存在が、伝説上の人物ではなく、確かにこの土地で生き、修行を始めた人だったことを実感できる。やがて、役行者は里を離れ、葛城の山そのものへと身を投じていく。
若くして山に入った役行者は、尾根から谷へ、谷から峰へと歩き続けながら、祈りと修行を重ねた。のちに吉野・大峯へと続く修験道の原点を築いたとされている。
そして、葛城山域には役行者の修行にまつわる行場や経塚が点在している。巨岩、断崖、深い谷、苔むした祠──それらはすべて“自然がつくった修行場”。
なかでも葛城修験の中核とされるのが、二十八の法華経の経典を山中に埋めたとされる経塚を巡る修行。経塚を辿りながら歩くことで、山そのものを修行の場として捉える。行場は点ではなく、歩くことでつながっていくのだ。

※①~㉘は経塚の位置を示す。
修験者にとって山は、人の理が通じない異界だ。
険しい道を歩き、寒さや静寂を受け入れながら祈り続けることは、自分の弱さを見つめ、乗り越えるための試練でもあった。
その厳しい試練の末に、彼らが習得した不思議な力が「験力(げんりき)」であり、修験者はその力を持って人々を助けることが役割だとされていた。
さしずめ、山で厳しい修行を続けた役行者は、当時の人々にとって「異界のような山で修行し、特別な力を得た存在」として映ったのだろう。
「役行者が鬼を従え、神と対話した」といった伝説が生まれた背景には、この“山の特別性”が深く関わっている。

“山”という特別な場所で修行した役行者は、人々の想像をはるかに超えた存在としても語られてきた。
葛城山から吉野金峯山へ、鬼神や神々を使って石の橋を架けようとした──。
役行者の伝説の中でも特に有名なのが、この大胆な説話だ。
人の力では動かせないような巨石を動かし、山の地形そのものに手を入れる。そう語られるほど、役行者は“常識の外”にいた行者だった。

葛城修験を巡ると、そうした説話を思い起こさせる場所が今も残っている。そのひとつが、不動山に点在する巨石群だ。石の橋の痕跡ともいわれるこれらの岩は、役行者の説話とともに語り継がれ、修験の道が物語の中だけではなく、実際の山の風景と結びついていることを静かに伝えている。

役行者と切り離せない存在が、鬼神である前鬼・後鬼だ。鬼と聞くと恐ろしい存在を思い浮かべがちだが、修験の世界では、山の荒々しさや人が抱える弱さを象徴する存在として語られることもある。
恐れや不安を“鬼”として見立て、その力を受け入れ、乗り越えていく──
この考え方が、修験の根底にある。
興味深いのは、役行者が鬼を退治したのではなく、“従え、共に歩いた”と伝えられる点だ。自然の脅威を拒絶せず、理解し、調和しようとする修験者の姿勢がそこに表れている。

岩や地形といった山の痕跡だけでなく、人の営みの中にも役行者の伝承は受け継がれている。
和歌山県紀の川市にある中津川行者堂周辺には、前鬼の五人の子どもの子孫と伝わる家々が今も暮らす。彼らは代々、行者堂や行場の管理、山道の整備や修繕などを担い、修験者たちを支えてきた。
山を歩き、行場や道が今も保たれていることに気づいたとき、修験は過去の信仰ではなく、人の営みとして現代まで続いている文化なのだと実感させられる。

役行者の修行を語るうえで欠かせないのが、蔵王権現(ざおうごんげん) の伝承だ。
金峯山で深い修行を続けるなか、役行者は“山の気配”の中から、祈りに応えるような強い存在を感じ取った──それが、のちに蔵王権現という神仏として姿形を与えられたと伝わっている。
蔵王権現は、日本で生まれた独自の尊格で、山の厳しさ、自然の力、祈りによって生まれる力強さを象徴する存在だ。役行者がその姿を山桜に刻んだという伝承が、吉野の桜文化の源流にもつながっている。
山と向き合い、恐れを受け入れ、祈り続けるなかで“何か”が姿を持つ──蔵王権現の顕現譚(けんげんたん)は、そんな修験者の体験を象徴的に語り伝えるものだ。葛城の行場にもその信仰の痕跡が残り、訪れると役行者が見ていた世界を垣間見ることができる。

役行者の境地までいけなくとも、実際に修験を体験できる場所がある。葛城修験の中心的行場である大阪・犬鳴山(七宝瀧寺)。 役行者が最初に開き、古くから「女人大峯」として女性の修行も受け入れてきた場所だ。
ここでは、今も一般の滝行体験を受け入れている。 轟音と共に激しい水を浴び、無心になる時間。修験の世界を、肌を通して感じられるはずだ。

苔むした祠、木立に差し込む光、谷の底から響く水音──。
葛城の行場には、修験者が歩いた痕跡が今も息づいている。
現在、YAMAPでは葛城修験道バッジキャンペーン(キャンペーン期間は3月末まで、1月31日からはオリジナル手ぬぐい配布)を実施しており、行場を巡るきっかけとしてぴったりだ。

葛城修験×YAMAP限定手ぬぐい
一歩踏み出せば、1400年前の役行者と、同じ山の気配を感じながら歩くことになる。
伝説を知り、痕跡を見て、そして自分の足で歩く。
この冬、伝説と歴史が重なる道を、自分自身の体験として確かめに行こう。