登山の服装、登山ウェアの着こなしにはちょっとしたコツがあります。それは「レイヤリング」、つまり「重ね着をする」こと。特に登山を始めたばかりのビギナーの方や、これから始めたいという方はマストで押さえておきたい基礎知識です。快適な登山を楽しむために欠かせない登山服の着こなしルールを解説します。
山道具の教科書|登山初心者必見の「服装&持ち物」完全マニュアル #05/連載一覧はこちら
2024.04.17
岩田 京子
登山ガイド
登山の服装、着こなしにおいて最も大事なのは「レイヤリング」という考え方です。レイヤリングとは、端的に言えば「重ね着」のこと。
登山中は運動量の増加による体温の変化や、急な風雨などの天候の変化がともないます。このとき、レイヤリングにしっかり対応していれば、その時々のコンディションに応じた「脱ぎ着」がしやすく、こまめな体温調節が可能になります。
このように、必要なウェアアイテムを組み合わせて体温調節を行う考え方を、レイヤリングと言うわけです。
登山ウェアは基本的にどれも高性能ですが、組み合わせを間違えると効果が半減してしまうことも。
詳しくは後述しますが、高性能なジャケットでいくら風をさえぎり、雨をはじいても、直接肌に触れるベースレイヤーに吸湿速乾性能がなければ、せっかくの高性能も十分に発揮されません。レイヤリングができているかどうかで、山行中の安全性や快適さが大きく変わるのです。
レイヤリングの基本は、一度覚えてしまえば年間を通じてあらゆるシーンの山行に応用できるものなので、登山初心者の方はもちろんですが、レイヤリングをあまり意識したことがないという人がいたら、これを機にぜひ覚えておくことをおすすめします。
ベース、ミドル、サーマル、アウター。レイヤリングは、この4アイテムを基本に考えます。
直接肌に触れる、一番下に着用するウェア。汗を吸いとり、水分を発散させ、肌をサラサラの状態に保つ効果があります。意外に忘れがちなアンダーウェア(下着)もここに分類できます。
ベースレイヤーから移動してきた水分(汗)を素早く吸収して拡散(乾燥)する役割があります。
ダウンやフリースなどの保温を目的とするウェア。ミドルレイヤーとアウターレイヤーの間にサーマルレイヤーを挟むことで、温かい中間層が生まれ、体温が保たれます。
一番外側に着用するウェア。防水性・防風性のあるレインウェア(雨具)や雪山用ジャケットなどがここに分類されます。
※サーマルレイヤーをミドルレイヤーの一つとして位置付け、3アイテムで構成する考え方もありますが、ここでは上記4アイテムで話を進めていきます。
ベースレイヤーとは、肌に直接触れるインナーのこと。汗は体を冷やしてしまうため、水分を吸収し発散してくれる「吸湿速乾性」であることが大前提です。
細かく分ければ、保温性を失わない天然素材のもの(ウール素材)や、吸水をしない繊維を使ったタイプ、化繊素材とウール素材のハイブリッドなどがありますが、ベースレイヤーで一番重要なのは「肌から水分を離すこと」なので、撥水性や疎水性のある”肌をドライに保てる”機能素材を選ぶのがベストです。
次に重要なのはフィット感。フィットしていないウェアを着用していると、素材の性能が有効に機能しなかったり、肌が擦れてしまうといったトラブルもあります。素材と合わせてチェックするようにしてください。
以上の考え方はアンダーウェア(下着)にも応用できます。上半身はベースレイヤーでしっかり汗冷え対策していても、下着を忘れている方はちらほらいるものです。でも、バックパックが当たる腰部分は汗で濡れやすく、下着まで濡れることもあります。そうなるとお腹の冷えにも繋がってしまうので、上半身と同じように、吸湿・速乾性のあるパンツを着用するのが得策です。
女性の場合はバストの方も然り。直接肌に触れるブラジャーにも、ベースレイヤーと同じ視点が必要です。運動用のブラジャーでは窮屈で嫌だという人もいますが、そんな方にはブラトップ型をおすすめします。ブラトップはお腹もカバーしてくれるので、お腹が冷えやすい私は夏でも着用しています。
ミドルレイヤーとは、シャツなどの中間着のこと。ベースレイヤーから移動してきた水分(汗)を素早く吸収して拡散(乾燥)する役割があります。購入時にチェックすべき点は、やはり素材です。購入時はタグを確認するなどして、吸水性、速乾性の機能があるウェアを選びましょう。
ところで、吸水性という点では「綿素材」も該当します。綿は肌触りが良く、通気性にも優れているため、通常の衣類に使われることも多い素材です。けれど、基本的に登山にはおすすめできません。なぜなら「乾きが遅い」という欠点があるからです。ベースレイヤーの箇所でも触れましたが、登山シーンの「濡れ」は大敵です。汗や雨によって濡れた状態が長く続くと、体温が奪われ低体温症のリスクにもつながるため、基本的に綿素材はNGと考えましょう。
ウール素材は吸湿性に優れますが、綿素材同様に乾きが遅いのが欠点。最近では、化学繊維が使われたウェアが多く活躍しています。なかには抗菌や防臭加工も施されているものもあるので、自分に合ったものを選んでください。
サーマルレイヤーとは、「ダウン」や「フリース」などの保温着、防寒着のことです。ウェアの内側の熱を外に逃がさず、温かい空気を保つものですね。
軽量でコンパクトになる羽毛ダウンは、寒いときにサッと広げて羽織れるので非常に重宝しますが、行動中の着用には不向きです。理由は、羽毛は汗や雨で濡れてしまうと保温力がなくなり、乾くまでに時間がかかるから。ダウンを着用したままの登り下りは、かえって汗冷えの原因になってしまいます。ダウンを使うのは「休憩時」や「小屋での停滞中」が基本、と覚えておきましょう。
一方、行動中に使用したいのであれば、濡れても乾きやすく、多少は保温力を保持できる「フリース」や「化繊の保温着」がおすすめです。羽毛仕様のダウンよりはかさばるかもしれませんが、使い勝手は抜群です。
また、中綿の量や厚さ、生地によっても温かさやかさばり具合が異なるので、使用するタイミングや行く場所、自分の体感に合わせて選ぶのが良いと思います。
アウターレイヤーは、その名の通り一番外側に着るもの。特徴は「防風性」や「防水性」といった機能を持ち、雨風などの外的要因から身を守ってくれる強度のあるウェアのことです。
細かく言えば、各種メーカーから独自の素材や性能を備えたアウターが出されていますが、春・夏・秋であればレインウェアで代用可能です。
まず最初の一着をということであればレインウェアの購入をおすすめします。ただし、風を防ぐ目的で真夏にレインウェアを着用して歩くと、余計に汗をかいてしまうことも。そんなときは薄手のウィンドシェルなどを活用しましょう。
アウターレイヤーを選ぶ際に気をつけたいのは、着用時のサイズ感です。一番外側に着るものなので、多少大きめをセレクトする人も多いのですが、あまり大きすぎるのもいけません。大きすぎて隙間がある状態で着用していると、その隙間から冷気や雨水が入ってくる原因になります。
逆にサイズが小さすぎても、可動域が制限されてしまい動きにくさを感じるでしょう。雨天時、動いているうちに裾が上がってきて肌が露出してしまうこともあります。購入時には必ず試着して、軽く動いてみて支障がないかをチェックしてからセレクトしましょう。
ボトムスに関しても、時にはレイヤリングが必要です。基本的にはトレッキングパンツを着用しますが、寒い季節にはインナータイツを、雨や雪のシーンではレインパンツやシェルパンツを履きます。
ボトムスでの体温調節は、アウターパンツ(オーバーパンツ)で行うのが一般的です。風が出てきて寒さを感じたらレインパンツを履き、暑くなったら脱ぐ、といった具合に、こまめな脱ぎ着ができるためです。
一方、インナータイツには脱ぎ着しにくいという欠点が。一度履いて歩きだしてしまうと、暑くなり脱ぎたくなったときに、靴を脱ぎ、ズボンを脱ぎ、タイツを脱ぐ…という手間がかかるので、気候や行く場所などを考慮して組み合わせましょう。
ちなみにサポートタイツを防寒着として考えるのは正しいとは言えないと思っています。たしかに重ね着ではあるのですが、レイヤリングとは、ただ枚数を重ねればいいわけではないからです。
レイヤリングは、ただやみくもに重ね着をすることではありません。ベース、ミドル、サーマル、そしてアウター。それぞれの特徴と役割を理解し、適切に組み合わせることが大切です。
登山ツアーにいらっしゃるお客様のなかには、重ねる枚数に着目して「今日は6枚も着ているのにまだ寒い」などと話す人もいます。見せてもらうと、インナーのような薄いものを何枚も着ていたり、ウィンドブレーカーのようなものを2~3枚重ねて着ていたり…。
このように薄手のベースorミッドレイヤーや防風シェルを重ねても、サーマルウェアがなければ保温力に欠けます。あるいは、防寒着としてソフトシェルなるものを準備される方もいますが、「シェル」と言われるものはあくまでアウターの仲間。防寒の性能を持たないものが多く間違えやすいので注意してください。
枚数にとらわれた重ね着は、レイヤリングとしてじつはほとんど意味がなく、逆に枚数を重ねすぎたことで圧迫され血流悪化を招いたり、動きにくさを感じる原因にもなったりします。
寒い時期なら温かい空気をできるだけ保持できる組み合わせ、暑い時期であれば汗を肌から遠ざけて有効に拡散させる組み合わせを心がけましょう。また、行動中なのか、休憩中なのかでも、選ぶウェアや組み合わせは変わります。不快感を感じることなく快適に登山を楽しむべく、登山時の服装はレイヤリングの観点で出発前にしっかり準備したいものです。
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