圧倒的な山行日数を誇る人気山岳/アウトドアライター、高橋庄太郎さんによる連載「いつかは行きたい! 山の 名 (珍) スポット」。 毎月1ケ所「え、こんなところにこんなものが?!」と驚く、知られざる名(珍)スポットを紹介します。
高橋庄太郎の「いつかは行きたい!」山の名スポット、珍スポット #04/連載一覧はこちら
2020.03.31
高橋 庄太郎
山岳/アウトドアライター
「あの並んだ山は、なんという山ですか?」
この質問、後立山連峰にいるときに、これまで何度聞いてきたことか…。
北アルプス剱岳の東側に位置し、白馬岳や五竜岳が位置する後立山連峰の方向から見ていると、剱岳の北側へ独立するように立ち並ぶ大きな連山が目に入る。それが「毛勝三山」だ。有名すぎる剱岳の存在によって、その周囲の山々はノーマークになりがちなのだが、毛勝三山もそのなかのひとつ。だが実際に目にすると、思わず「あの山の名前は?」と聞きたくなる気持ちがよくわかる、堂々たる連山なのである。
読みは「けがちさんざん」ではなく、「けかちさんざん」。標高2,400m前後の3座が南北に並び、北から毛勝山(2,415m)、釜谷山(2,415m)、猫又山(2,378m)という山名だ。「山」という漢字は、このような風景から生まれたのかなと想像してしまうほど、じつに見事な存在感である。剱岳からは池ノ平山、赤谷山と北方稜線でつながっているが、途中のブナクラ峠(ブナクラ乗越)でいったん1600m近くまで標高を避けるため、北方稜線おんあかでは「三山」がずっしりと独立して見えるのだ。
「毛勝山」は日本200名山である。しかし毛勝山といっても、三山のいちばん北にある毛勝山のみを指すのではなく、実際は毛勝三山全体をとらえていると考えるのが自然だろう。際立った山体の「三山」は遠望すれば巨大なひとつの山塊であり、わざわざそのなかのひとつだけを日本200名山に選ぶ理由はないからだ。
三山の最高峰は、毛勝山と数十cmの差で、中央の釜谷山。この地域では「谷」を「たん」と読むので、山名は「かまたんやま」となる。軽いウンチクとして覚えておくと、なにかのときにイバレるかもしれない。
ひとたび認識さえすれば、いつかは登ってみたいと思うほどの存在感なのに、毛勝三山を貫く縦走路は付けられていない。北側の毛勝山と南側の猫又山にはそれぞれ頂上までの登山道があり、山頂往復が可能なのだが、そのどちらからも中央の釜谷山につながる登山道は延びていないのである。もちろん、いわゆる“ヤブ漕ぎ”をすればバリエーションルートとして三山縦走は不可能ではないが、どれくらい時間がかかるのかまったく読めない。しかも途中に水場はなく、エスケープルートもほとんど考えられない。だから、三山の縦走は非常に難しいのだ。
だが、釜谷山を含む三山を一気に縦走するチャンスがないわけではない。ゴールデンウィーク付近の残雪期を狙うのだ。
この山域は世界有数の豪雪地帯で、真冬に登るのは真のエキスパートのみ。先に述べたように、無雪期はヤブで大変だ。しかし雪が安定し、ヤブが雪中に埋もれている残雪期は、ある程度の雪山経験があれば挑戦できる。雪を溶かせば飲み水も得られ、雪の上ならテントも張りやすいのもメリットだ。
登山口までのアプローチが大変なこともあり、三山縦走をする人は休日でも多くはなく、静かな時間を過ごせる。休日の涸沢などの大混雑を想像すると申し訳なくなるほど自由で恵まれた環境で、うれしさで思わずニヤけてしまうかもしれない。
たんに日本200名山踏破を目標としている人は、日帰りで毛勝山だけに登っても満足できるだろう。だがテント泊縦走で三山すべての踏破を狙い、山中で過ごす夜は気持ちがよいものだ。では、ここからは縦走路がない「毛勝山~釜谷山~猫又山」の区間を紹介しよう。
残雪期の縦走は、雪さえ適度に残っていれば歩行自体はそう難しくない。むしろ夏ならば迂回しなければならない岩場やヤブの上もスムーズに進める。ただし雪庇が発達していたり、深い亀裂ができていたりと、さすがに安全とはいいがたい。残雪の状況は年によって大きく変わるため、以前の記録は参考にはなるが、最終的には現場で自分が判断するしかないのだ。三山の縦走は、それなりの経験を積んでからか、山岳ガイドの同伴が望ましい。
毛勝山から順調に進めば、二時間程度で釜谷山だ。たとえ北アルプスのすべての山に登ったと豪語する人がいても、それは間違いなく「登山道がある場所」。三山のなかで、唯一の登山道が延びていない釜谷山に登ったことがある人は、まずいない。統計がないので計算できないが、槍ヶ岳に登った人数に比べれば、おそらく釜谷山はその数百分の1、もしかしたら千分の1以下の可能性もあるのではないだろうか。
釜谷山から猫又山の間も、雪の状態さえよければすいすいと進んで行ける。ただし雪解けが進むとハイマツが現れて、急速に歩きにくくなるので、入山するタイミングは重要だ。
猫又山は単体でもすばらしい山である。ゆるやかな山頂付近はのんびりとした雰囲気で、なにより目の前にそびえる剱岳は絶景そのもの! この角度から剱岳を見たことがある人は少なく、ここで写真を撮っておくだけで自慢できるだろう。
考えてみれば、間違いなく日本200名山に登ったといえる「毛勝山」、縦走路がなくて登頂者に希少価値がある「釜谷山」、そして絶景極まる展望台としての「猫又山」と、毛勝三山はどれも大きな個性を持っている。等間隔で3座並んでいても、それぞれのよさがあるのだ。
それを踏まえて、もしも僕がひとつだけ選ぶならば「釜谷山」だ。“登山道がない”山に登ったというだけで、非常に大きな達成感を得られるからである。ただでさえ知名度が低い毛勝三山のなかでも、いちばんマイナーな山でもあり、ちょっと通ぶれるのもいいではないか。
そういいながらも、猫又山からの絶景も捨てがたい。夏に馬場島から山頂往復するだけでもいいのだが、残雪期のようにテントは張れないため、相当な時間をかけて山頂往復する必要がある。体力勝負の山なのだ。また、猫又山から釜谷山への登山道はないとはいえ、かすかな踏み跡は残されている。“作戦”によっては、いっしょに2座を歩けるかもしれない。
じつは毛勝三山縦走を真夏に行なっている人もいないわけではないようだ。挑戦心が極度に高いのか、よほどのマゾなのか…。僕は夏に縦走しろと言われたら、きっとお断りする。強烈なヤブで全身ボロボロになり、熱中症でフラフラ。飲料水不足を起こし、池塘や水たまりの茶色い水をガブ飲みしている姿が想像でき、尻込みしてしまうのだ。しかし残雪期ならば…。あの静かな時間を味わい、あの絶景を眺めるために、近いうちに再訪したいものである。
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