人気連載「低山トラベラー大内征の旅する道具偏愛論」。第2回目のテーマは、登山での食事やちょっとしたティータイムにも大活躍の「ボード」。なぜ“板”が登山をよりよいものにしてくれるのか? 年間100座をゆうに超える全国各地の低山を登り、テレビをはじめとしたメディアにも多く出演する低山トラベラー大内征さんに、「ボードの活用法とその魅力」を語っていただきます。めくるめく道具偏愛論の世界を、今回もご堪能ください。
低山トラベラー大内征の旅する道具偏愛論 #02/連載一覧はこちら
2020.08.22
大内 征
低山トラベラー/山旅文筆家
山梨の岩峰の頂で遭遇した“落下事故”は、その後のぼくの登山道具観に影響を及ぼした出来事だった。
ずいぶん昔なのだけれど、 不安定な岩盤に座って休憩していた時のことだ。突然、うわー!という叫び声が背後から聞こえてきた。見ると、沸騰してボコボコいっているクッカーから熱湯が噴き出していて、バーナーの火を止められずにパニックになっている男性3人のグループが、その声の主だった。やや傾斜のある岩の上の方で、お湯を沸かしていたらしい。1人の手には、カップ麺が握られていた。
バーナー等の火器は水平な場所で使用するのが鉄則だということ、火力を調節するつまみ部分をあらかじめ利き手側に向けておくこと、このシンプルな前提を満たしていないことがパニックの原因。つまみの操作ができないものだからお湯の沸騰はますます盛んになり、そもそも斜めになっている場所で使っている時点で、結末は想像できるというものだろう。たっぷり入った水の重みに耐えきれなくなったクッカーは次第にズルズルっと滑りはじめ、果たして熱湯をまき散らしながら転げ落ちていったのだった。
下に人がいなかったのは幸いだけれど、屹立した岩壁から眼下に広がる樹林の中へと豪快に落下していったのだから、あれではもう探す術もないだろう。なにより周囲の人の荷物にお湯がかかってしまい、ちょっとした“事故現場”さながらだったことを、いまも記憶している。
あの時に“一枚の板”でもあったなら――。
それ以来、ぼくは必ず「ボード」や「テーブル」を山に持っていくようになった。もちろん使わないこともあるけれど、軽いし、荷物の少ないザックやクッカーを収納した袋の形を整えられるし、工夫すればいろいろ使い道もある。持っておいて損はない。
今回は、そんなボードやテーブルのことをテーマにしようと思う。
登山を始めた頃は、新しく買い揃えた山道具が嬉しくて、ついつい全部持っていこうとしてしまう“足し算”型のパッキングだったことを思い出す。初心者あるある、青かったなあ。
しかし経験を重ねるうちに持ち物も使い方も洗練されてきたからだろうか、今度は“引き算”をしてパッキングを整えていくようになった。きっと読者のみなさんも、同じような経験をしていることだろう。
そんな中、引き算をしても絶対にザックに残しているアイテムのひとつが、まさしく「ボード」なのである。なんてことはない「一枚のシンプルな板」とか「カッティングボード」とかをザックに入れておくだけ。地味なアイテムだけど、これがあるだけで山旅の質は確実に向上するのだ。
ボードと言っても、ただの板、まな板、サーブ用のボードなど、デザインも色合いも多種多様。アウトドアショップのキャンプコーナーや、生活雑貨を売るお店(特にキッチン用品)、ハンドメイドの木工品などをチェックしておくと、きっとお気に入りを見つけることができるに違いない。
日ごろから道具の市場調査を怠らない(というか、買い物が好きな)ぼくは、より使えそうな“板”を試しているうちに、気がつけばボードをたくさん購入していた。写真に出していないものまで含めると、10枚以上は所有している。見て気がついた人もいることだろう、中には雑誌の付録まである。付録とはいえ、十分なクオリティ。こういうものは、即買いしてしまう。
「ああ、もう“板”なしの登山なんて、考えられない!」
……というと、いささか大袈裟かもしれないけれど。ここからは、ぼくが持っているボード類の中でも使用頻度の高いものを、山旅での利用シーンとともに考察していこうと思う。
木工品には、山で使える道具が多い。だから山旅で訪れた地域に木工品を扱うお店があったら、必ずチェックする。たとえばこの写真の2つのボードは、それぞれ京都と熊野で手に入れたものだ。
もっとも使用頻度が高く、もうずっと手離せない板が、長方形の多目的ボード。京都の柴田漆工房が手掛ける「erakko」の木工品だ。一見して、何の変哲もないように見えるけれど、これがとにかく抜群に使えるのだ。
仕様と特長は、こんなところ。
・サイズは、横28cm、縦15cm、厚さ8mm程度
・IWATANI PRIMUSのガス缶(小・直径9cm)とメスティン(小・16cm×9cm)を置くとちょうどよいサイズ感
・すべての角が丸くなっているのでケガのリスクが小さい
・横の一辺がやや内側へカーブするように削られており、持ったときの収まりがよい
・丸穴に細引きのロープなどを通して簡易的なストラップをつけられる
これらを踏まえると、こんな感じの使い方がある。
・ザレた地面に水平を作り、バーナーを安定して設置できる
・カップやコッヘル等の食器類を置くのに便利
・まな板として使える
・鍋敷きとして使える
・下敷きとして使えるので、紙にメモをするときなどに便利
・切り分けた食べ物を周囲にお裾分けする際、ボードごと差し出せる
・バーナーの風防としても使える
……などなど。まだまだ使い道はあるだろう。そういえば、暑い日に団扇代わり(熱中症対策としても有効)にしたこともあったし、焚き火をする際、火に風を送り込むことにも役立った。とにかく、このボードは必ずザックに入れておくことにしている。
熊野古道・中辺路の高原地区にある「岩見木工所」で見つけた木製のコースター。IWATANI PRIMUSの小型ガスがちょうどよく置けるサイズだ。マグカップやコッヘルを置くのも、これで十分いける。
・サイズは、10cm四方、厚さ7mm程度、取っ手部分は4cm
・IWATANI PRIMUSの小型ガス(直径9cm)を置くのにちょうどよい
・マグカップ、コッヘル、缶ビールを置くにもピッタリ
・鍋敷きとして使える
・カップラーメンを置くにも、フタを押さえたい時にも、両方便利!
……などなど。こちらも、まだまだ使い道はありそうだ。
ボードはボードでも、そこに脚が付けば「テーブル」になる。アウトドア領域では、今やさまざまな素材でできた折りたたみ式のテーブルがリリースされていて、アウトドアショップに所狭しと並んでいる。ひと昔前と比べると、材質や形状などが格段に進化しているので、見ているだけで楽しくなる。実際に使えば、もっと楽しい。
ここは、材質ごとに考察してみよう。
◎アルミ、ステンレス、チタン
丈夫で軽く、汚れにも強い。登山はもちろん、キャンプに持っていけば自分専用のソロテーブルとして必要最小限の設えになる。デザイン的にも洒落たものが多く、所有欲も満たされそうだ。ちょっと高いし、ぼくは持っていないけれど。
◎木製
木製でも軽いものが多い。もちろん丈夫だし、経年変化や傷などは“味わい”ともなるから、個人的には金属製よりこちらが好み。脚が別パーツになっている場合は板だけで使うこともでき、一石二鳥だ。特にアウトドア向けに開発されたものは組み立て方に工夫があり、よく考えられた道具だなあと感心してしまう。
◎その他の材質
「アウトドアらしさ」で言えば、ポリプロピレンなどの材質でできたものが気分だろう。たとえば「Cascade Wild(カスケードワイルド)」のウルトラライトテーブルは、抜群にいい。
天板と脚が一体型になった組立式のミニテーブルで、重量はわずか60g程度という圧倒的な軽さ。折りたたんで携帯できるから、ザックのサイドポケットに差し込んで持ち歩いてもよい。そこそこ丈夫だし、登山やキャンプの食事で使うだけなら問題ないだろう。
このテーブルの特筆すべきところは“連結”できるということ。組み立てる際に用いる側面のスナップボタンは、その連結の用途でも活きるわけ。同じものを2個持ちして、ひと回り大きなテーブルにすることが可能なのだ。ギア好きの心をくすぐる、実にギミックに溢れた仕様である。
ちなみに、このテーブルの脚の部分に注目すると、適度な凹みになっていることがお分かりだろう。この構造を活かさない手はない。たとえば丸太や倒木のような場所でも、こうしてテーブルの脚をひっかけることによって、その上に水平面を作ることができるのだ。
とはいえ本体自体はかなり軽いので、風が吹いたりすると飛ばされてしまう。そんな場合にはボードを天板に載せて重しにすると安定する。且つ、熱いものなどを置いた際に天板を保護することに役立つ。こんな風に使い方をちょっと工夫するだけで、ボードもテーブルも使い勝手がよくなっていくのだから楽しくなる。
で、実はこの逸品、YAMAP STOREで取り扱っているのだ。写真とともに詳しく紹介されているので、そのあたりの解説はそちらに譲りたい。幸運にも在庫がある時は、ついでにポチっとしておこう(笑)
ボードの実力は、水平の面を作りたい環境下でもれなく発揮される。
たとえば山の頂は、岩やら石やら木の根やらで地面が凸凹しているケースがほとんど。そんなときにザックからさっとボードを取り出して、速やかに水平面を作ることができれば、もうそれだけで(使い古された言い方だけど)ワンランク上の山ごはんタイムを過ごすことができる。
山中のテント泊では、山行記録や一日の出来事を書き残す。そんな時は、ボードを下敷きにしてメモをする。河原や渓谷では大小さまざまな石があって不安定だから、そんな時でもボードやテーブルがあると重宝するはずだ。
脚のない一枚板なら、こんな使い方も便利だ。膝の上に載せて水平を作って、そこで調理作業をしたり、食事のテーブルにするのだ。ただそれだけのことなのだけれど、それ以上でもそれ以下でもない基本的な使い方の中に、板という道具の真髄めいたことを感じる。
ちょっと立ち上がって別のことをしたい場合は、そのまま地面に置いておくことが容易にできる。こういうところも、ボードならではのメリットだろう。
山ごはんをメインテーマにした山行の場合は、ちょっと大きめのボードを持っていく。ザックから取り出した食材や食器などは、意外と煩雑なものだ。それらを一時的に置いておくセントラルスペースにすると、これが意外と有効となる。あちこちに置き散らかしていちいち探したりすることが減るし、調理作業がやりやすくなるから。
ぼくはこのIKEAで購入したマンゴー材のまな板がお気に入り。キャンプで盛り付けに使ったりもできるし、食べ物を載せておくサービングボードとしても使える。長さ52cm、幅22cm、厚さ1.8cmと大きく、いささか荷物にはなるけれど、労を惜しまずザックに差し込む。大きな作業テーブルがあると仕事が捗るのと同じことだ。
さて、ここまでずいぶん個人的な考察になったけれど、こんな風に「ボード」というものについて考えてみるだけで、登山の楽しみ方が無限に広がっていく気がしないだろうか。シンプルな道具だけに、人それぞれの使い方があるだろうし、読者のみなさんがどんな風に使うのか、それも非常に興味深い。
道具の選択肢、使い方の選択肢。そうした選択肢の多さそのものが、そのまま登山の自由となり、未来へとつながっていくのだと、ぼくは思っている。
ちなみに、ボードを偏愛する前は「牛乳パック」を折り畳みまな板のようにアレンジして、よく持ち歩いていた。いまでは荷物を極限まで減らすとかでない限り、あまり出番はない(キャンプのときに、焚き火の焚き付けとして使うことはあるけれど)。
ああ、そうだ。
お寿司を盛り付けるに相応しい、こんな重厚なまな板はどうだろうか。
家庭で使うことを想定しているからだろう、土台になる太めの脚は、洗って乾かす時に立てて自立させることができるようになっている。これなら、地面に立ててバーナーの風防にすることもできそうだ。
いやしかし、さすがにこれを山に持っていくことは…ないかな(笑)
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