スポルティバ・トラバース X5 GTX|大ヒット登山靴の人気の秘密

山に登っていると、他の登山者の装備って気になりませんか? 「あのザック、良さそうだな」とか、つい見てしまいます。最近、よく見かけるのが、イタリアの登山靴メーカー、スポルティバのシューズです。多くの登山者が使っているアイテムには、人気の理由があるはず。それを山岳ライターの森山憲一さんが探ってみました。

2023.09.27

森山 憲一

山岳ライター/編集者

INDEX

冒頭の写真の靴、山でよく見かけませんか?

私もよく見かけるのでずっと気になっていました。丹沢や奥秩父のような1,000~2,000m級の山ではもちろんのこと、この夏、北アルプスの剱岳に登ったところ、そこでもけっこうな数の人がこの靴を履いていて、あらためてその人気を確認した次第。

スポルティバ・トラバース X5 GTX

これがこの靴の正式名称です。「TX5」なんて略して呼ばれることもよくあります。私も2年くらい前からずっと履いてみたいと思っていたのですが、このたび晴れて実地使用レビューできることになりました。そこで以下詳しく、トラバースX5(以下TX5)の人気の秘密を探ってみようと思います。

アプローチシューズとはなにか

レビューの前にうんちくを。

スポルティバ公式サイトを見ると、「MOUNTAIN」「CLIMBING」「TRAIL RUNNING」「APPROACH」とカテゴリーが分かれていることに気づきます。そしてTX5はAPPROACHにカテゴライズされています。

APPROACHというのは、アプローチシューズのこと。近ごろこのアプローチシューズという用語を聞く機会が増えましたが、いったいどういう靴なのかわかっていない人も多いのではないでしょうか。

これはもともと、クライミングで岩場まで歩いていくときに履くシューズのこと。「岩場までアプローチする」――これが名前の由来となっています。

そこで必要になる機能は以下のようなものになります。

・岩場やガレ場で歩きやすいこと
・軽くて軽快に歩けること
・脱ぎ履きしやすいこと

それらの機能を実現するために、トレイルランニングシューズやトレッキングシューズと比較したときの外見的な違いは以下のような点になっています。

・足がブレないように爪先近くまで締められるシューレース
・ブロックが浅めかつ比較的フラットで摩擦力の高いソールを備えている
・爪先からサイドにかけてランドラバーで覆い、足の保護性を高めている

岩場へのアプローチは長くても1〜2時間ほどなので、長時間歩行時の快適性はそれほど必要ありません。また、登山のような重荷を背負うわけでもないので、足首のサポート性もほどほどで十分。そこで、アプローチシューズはローカット仕様で、ゴアテックスなどの防水性も備えていないのが通常です。

ところが近年、岩場やガレ場などの不整地に強いというアプローチシューズならではの特性が、クライミングだけでなく登山でも有用だということが徐々に知られるようになってきました。そして各メーカーが多様なラインナップをそろえるようになってきています。

現在、スポルティバでも大きく分けて以下の6モデルを展開しています。

トラバースX2 最も軽快なモデル。マルチピッチクライミングに最適
トラバースX4 軽快さと歩行の安定性をバランスよく備えたモデル
トラバースX5 アプローチシューズの特性をベースに、本格登山にも対応させたタイプ
ボルダーX 岩場での強さに、歩行の安定性と防水性をプラスしたタイプ
TXガイド トレイルランニングシューズとアプローチシューズの性能を併せ持つ上級者向けハイブリッドモデル
TXキャニオン 沢登りなど濡れた場所での歩行性能に特化したウォーターアクティビティ向けモデル

 

すなわちTX5は、アプローチシューズのなかでも、最も登山に寄せて作られたモデルなのです。見た目はもはやアプローチシューズというよりトレッキングシューズ。公式サイトで「APPROACH」にカテゴライズされていることに違和感を覚えるほどです。「MOUNTAIN」のカテゴリーでいいのではないのか…!?

とまあ、うんちくはここまでにして、以下、実際に山で履いてみて、TX5の特徴を探ってみたいと思います。

足を隙間なく包み込むような最高のフィット感

スポルティバの靴の最大のストロングポイントは、足全体を隙間なく包み込むような最高のフィット感にあると私は考えています。

TX5もまさにこれ。足を入れた瞬間「ああ、これはいい靴だ…」と、”ひと履き惚れ”してしまいました。まるで靴と足が一体化したかのように感じます。

私の足型がスポルティバに合っているだけかとも以前は思っていたのですが、いろいろな靴を履いてきて、それだけではないと考えるようになりました。スポルティバは、登山靴だけではなく、クライミングシューズメーカーでもあります。登山靴よりもはるかに精度の高いフィット感が求められるのがクライミングシューズ。そんな世界で30年以上リーディングブランドの座を保ち続けているメーカーだけに、足型作りのうまさは一歩先を行っているように感じられてならないのです。

「スポルティバの靴は幅が狭い」というイメージを持っている人が少なくないようですが、むしろどちらかというと広め。私の足は幅広気味なのですが、まったく問題なくフィットします。靴幅の広い/狭いは外観からはわかりにくいものですが、TX5はしゃもじのような足先形状をしており、見た目からも広めであることを感じさせます。

ただし拘束感は強めです。「スポルティバは狭い」と感じる人がいるのはこのせいかもしれません。初めてスポルティバの靴を履いた人が、この強いフィット感を「きつい」と感じてしまうことはありそうです。しかしこの靴で一日山を歩いてみればわかるのですが、足を包むようにぴったりフィットした靴のほうが歩行は安定します。逆に、店頭でラクに感じた靴は、実際に山を歩くと、靴の中で足がズレて歩きにくいはず。「足幅が狭い」と「拘束感が強い」は別物なのでご注意ください。

TX5のアッパーは、滑らかな一枚地のヌバックレザー。革製なので、履き込んだときの足なじみもよいはずです。ゴアテックスが使用されているため、雨の日や濡れた路面でも安心です。

しっかりホールドしながらも自由に動く絶妙な足首

スポルティバの靴でもうひとつ私が好きなのは足首の作り。しっかりサポートしてくれる一方で、とても柔軟に動きます。ハイカットの靴は、足首をがっちり固定してくれるけれど、そのぶん動きの自由度に欠ける。もしくは、足首を動かしやすいけれどサポート性がほとんどない。そのどちらかになりがちなのですが、スポルティバの靴はなぜか不思議にサポート性と動きやすさが両立します。

 

メーカーでは、この絶妙な足首の作りに「3Dフレックスシステム」なる名前を付けていますが、どのような理屈でこれが実現しているのかはよくわかりません。ただし、もう20年以上も前からこの絶妙な足首を備えていたので、効果があることは間違いないと思います。

実際、TX5も、すねが前傾する登りや、接地面が斜めで脚が左右にブレるような岩場でも、へんに当たったり抵抗を感じたりすることなく、とてもスムーズに歩くことができました。

ところで足首とは関係ないのですが、TX5の特徴的な点をふたつ。

ひとつは、ソールの外側が張り出しているところ。ソールの接地面を広くして安定感を高めると同時に、脚が外側に倒れるのを防止する効果があるといいます。歩行中とくにこの効果を感じたわけではないのですが、私のようにO脚で足外側に重心がかかりやすい人にはよいかもしれません。

もうひとつは細かいポイントですが、シューレースのフック。返しが付いているため、シューレースをほどいてもこのようにフックから外れません。より重要なのは、この返しがあるためにズボンの裾や逆側の靴のシューレースを引っかけるおそれがほぼないことです。逆側の靴のシューレースをここに引っかけて転倒した経験のある人は少なくないと思います。TX5のフックなら、それはかなり起こりにくいです。登山靴のフックは全部このタイプにしてほしい。

アプローチシューズならではの岩場性能

さて、岩場はアプローチシューズ本領発揮の場。これを試してみたくて、鳳岩という有名な岩場がある乾徳山にやって来ました。

鳳岩は、垂直に近い20mほどの岩場となっています。その下半分は、足場がほとんどないツルツルに磨かれた岩壁。靴を岩に押しつけて摩擦を効かせたり、限られた小さな段差に爪先をかけて登っていかなければいけないところなのですが、実に安定して登ることができました。クライミングシューズで登っているような感覚です。

 

この登りやすさにはいろいろ複合的な要素が関係しているのですが、もっとも体感しやすく大きな要因としては、やはりソールの性能があげられるでしょう。

TX5に採用されているソールは、ビブラム・メガグリップ。ビブラムソールのなかでも、摩擦力を高めたラバーを使用しているソールです。さわってみると粘りがあるようにも感じられ、いかにも滑らなさそうです。

この滑りにくさに注目しながら歩いてみましたが、やはり通常のトレッキングシューズと比べて、滑りにくさは一段上に感じます。

たとえばここ。湿ってコケっぽいツルッとした岩。見た目はいかにも滑りそうですが、あえて歩いてみたところ、ギリギリ踏ん張ってくれました。

あるいはここ。斜めになった倒木は、登山道で遭遇する最高の滑りポイントといってもいいですが、なんとここでも滑りませんでした。腐った木の皮に食い込んでくれたからだとも思いますが、これは驚きです。

ところで今回の写真を撮影してくれた矢島慎一カメラマンは、長年のTX4愛用者で、今回も買い換えたばかりのTX4 Rを履いてきていました。

TX4はソールのパターンがTX5とは異なり、単純な岩場性能でいえばTX5より上です。ただしパターンが浅くて密なため、泥路面ではTX5のほうが有利です。

 

左がTX4、右がTX5。TX5のほうが泥はけがよく、泥づまりが少ないのがわかります。せっかくのビブラム・メガグリップでも泥で覆われてしまうと性能を発揮できません。通常の登山では、岩場を歩いている時間よりも土路面を歩いている時間のほうが長いもの。TX5が「最も登山に寄せたアプローチシューズ」であることは、このソールパターンにも表れているわけです。

クッション性は低めである

ということで、きわめて快適に歩くことができ、最高に気に入ったのですが、下りでひとつ気づくことがありました。一般的なトレッキングシューズに比べてクッション性が低めということです。そのため、長い下りが続くと足裏が疲れてくる感覚があります。

これはTX5を真横から見たところですが、拇指球下あたりのミッドソールが比較的薄めであることがわかると思います。クッション性が低めなのはこのためだと思われます。

ただしこのことは欠点とはいえません。薄めのミッドソールを備えているからこそTX5は岩場に強い性能を得ているからです。

どういうことかというと、ひとつは足裏感覚。小さい足場や滑りやすい路面では、足を接地したときの微妙な感覚が重要になります。ソールが厚くて足裏感覚が低い靴ではこれが感知しにくいため、突然スパーンと滑ったりします。TX5はソールを薄めにすることで、この足裏感覚を高め、路面から得られる情報量を増やしているわけです。実際、急傾斜の厳しい箇所になるほど、そのメリットは感じられました。

もうひとつは、重心が低くなること。ソールが厚い靴は、そのぶん重心が上がり、バランスを保つのが難しくなります。わずか数ミリの違いなので、安定した路面では大して違いを感じませんが、急傾斜の不安定な路面ではこの数ミリが重要になってきます。TX5が岩場で安定する理由として、この重心の低さは間違いなくあると感じました。

スポルティバTX5 ローカットモデルの特徴

TX5にはローカットバージョンもあります。履き比べてみたところ、足さばきの軽快さはやはりローカットのほうが上でした。登山用としてではなく、本来のクライミング用にしっかりしたアプローチシューズが欲しい、もしくは、脚力の強い人が妙義山のような極度に困難な岩山に行くときには、このローカットのほうがいいと思います。

このローカットモデル、ハイカットモデルの足首を単純にカットしただけではなく、よく見るとシューレースのシステムが異なっています。

カカトの後ろに紐が回してあり、シューレースを締め上げるとカカトもグッと締まるようになっているのです。この仕組みがあるとないとでは、足首周りのフィット感がかなり違うように感じました。

ちなみにこれ、往年の名作クライミングシューズ「ミトス」で採用されていたシステムです。こんなところにもクライミングシューズメーカーのノウハウが生かされているなとニヤッとしてしまいました。

自分の山行スタイルに応じて靴を選ぼう

さて、TX5を一日山で履いてみた感想としては、「やわらかくてとても歩きやすく、それでいて岩場にも強い」ということです。へんなクセがなくて使える範囲も広く、人気が高いのも納得かなという印象です。

とはいえ、里山のような低山ハイキング専門とか、「私は岩場のある山には行かない」という人には、TX5はオーバースペック――というか、よさを生かすことができなくてもったいないです。

そういう人であれば、個人的にはTX5よりも「ウルトララプターⅡミッド GTX」をおすすめします。

この靴はTX5と特性が逆で、岩場にはあまり強くありませんが、クッション性が高くてフラットな土路面の歩行が非常に快適です。この靴、私、とても気に入っておりまして、TX5ほど見かけませんが、隠れた名シューズだと思っているのです。

逆に、岩場や急傾斜のガレ場のある山にもよく行く、あるいは、岩場が苦手で不安という人には、TX5がベストマッチになるでしょう。このふたつの靴、似たような価格帯で迷うこともあると思うのですが、そんな感じで選び分けるのではいいのではないでしょうか。

原稿:森山憲一
撮影:矢島慎一
協力:日本用品 スポルティバジャパン・ディビジョン

森山 憲一

山岳ライター/編集者

森山 憲一

山岳ライター/編集者

1967年神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学教育学部(地理歴史専修)卒。大学時代に探検部に在籍し、在学中4回計10カ月アフリカに通う。大学卒業後、山と溪谷社に入社。2年間スキー・スノーボードビデオの制作に携わった後、1996年から雑誌編集部へ。「山と渓谷」編集部、「ROCK&SNOW」編集部を経て、2008年に枻出版社へ移籍。雑誌『PEAKS』の創刊に携わる。2013年からフリーランスとなり、登山と ...(続きを読む

1967年神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学教育学部(地理歴史専修)卒。大学時代に探検部に在籍し、在学中4回計10カ月アフリカに通う。大学卒業後、山と溪谷社に入社。2年間スキー・スノーボードビデオの制作に携わった後、1996年から雑誌編集部へ。「山と渓谷」編集部、「ROCK&SNOW」編集部を経て、2008年に枻出版社へ移籍。雑誌『PEAKS』の創刊に携わる。2013年からフリーランスとなり、登山とクライミングをメインテーマに様々なアウトドア系雑誌などに寄稿し、写真撮影も手がける。ブログ「森山編集所」(moriyamakenichi.com)には根強い読者がいる。