熊野に芽吹いた農業の新しいカタチとは? 「熊野REBORN PROJECT」 第3回イベントレポート

日本を代表する「巡礼の道」として知られる紀伊半島南部の「熊野古道」。世界遺産に登録され、注目を集める熊野古道ですが、実は人口減少や一次産業の衰退によって、その文化は存亡の危機を迎えているのです。

YAMAPでは、この危機を解消すべくユーザーの力を借りて、熊野古道に新たな観光資源を生み出す取り組み「熊野REBORN PROJECT」を2020年10月初旬にスタートしました。第3回目のワークショップとなる今回のテーマは農業。鳥獣害や高齢化、従事者の減少など問題山積の農業を復活させるべく奮闘する熊野のキーマンおふたりをゲストとしてお招きし、開催されたイベントの様子をレポートします。

熊野REBORN PROJECT #03/連載一覧はこちら

2020.12.23

YAMAP MAGAZINE 編集部

INDEX

今回はオンラインでの開催

1回目、2回目と東京駅そばのイベントスペースに集合し開催されていたワークショップ。しかしながら3回目となる今回は、コロナウイルス感染拡大の影響もありオンラインでの開催です。

「現場でしか伝わらない熱量がある。一堂に会した方がいいのだけれど…」開催前はYAMAPスタッフもそういった思いを胸に抱き、正直不安でした。

でも…意外なことに、オンライン開催だと各メンバーが自分の部屋からリラックスして参加できたり、全員の表情が画面越しに一覧で見られたりと、会場とはちょっと違った雰囲気。予想以上の大盛況となりました。

今回のスピーカーは、熊野の農業をリードするおふたり。熊野古道中辺路(なかへち)の玄関口である田辺市上秋津地区の小学校跡を拠点に、農業を活かした地域作りを手掛ける「株式会社秋津野」代表取締役会長の玉井常貴(たまいつねたか)さん、そして熊野古道周辺の田畑を荒らす野生動物を捕獲し、ジビエ商品化に取り組む株式会社日向屋(ひなたや)代表の岡本和宜(おかもとかずのり)さんにご登壇いただきました。

《トークセッション1 》玉井常貴 地域の力を結集して新たな農業のカタチを作る

まず登壇したのは「株式会社秋津野」の代表取締役会長、玉井さん。御年76才ながら今も地域作りの第一線で活躍するバイタリティーあふれる方です。トークセッションのテーマは「地域農業における組織資源の活用について」。熊野に住む人々の力を結集して、農業の新たな可能性を追求してきた実体験も織り交ぜ、お話いただきました。

既存の組織、そして人を活かす地域作り

玉井:皆さん、初めまして。秋津野ガルテンの運営団体である「株式会社秋津野」で代表取締役会長を努めております玉井と申します。

元々はNTTの職員をやっていたんですが、44才の時にひょんなことから田辺市の地域作りに参画して、もう30年を超えて地域作りに関わり続けています。

長い期間この仕事をしていて特に感じるのは、「地域作りは、地域に眠っている資源をどう活用するか?」が最も大切だということ。自然環境や特産物はもとより、特に田舎の場合は様々な組織があるので、この組織資源、そして人的資源をどう活かしていくか? それが重要になってくるんです。
株式会社秋津野が運営する「秋津野ガルテン」は農業とグリーンツーリズムの拠点として設立された施設。通常の宿泊はもとより、農業体験なども行っている

では組織資源・人的資源を活用して、我々はどのようなことに挑戦してきたか? ここからは地域の課題と、その課題を解決するために今までに行った取り組みについて、いくつかご紹介したいと思います。

時代と共に変わっていく地域

まず、最初にご紹介する課題は地域の人口増加について。「和歌山で人口増加」というと、都会に住まわれている方はピンとこないかもしれないんですが、秋津野ガルテンがある上秋津地区は、平成の初頭から現在までで人口が急増しました。具体的には600戸だった戸数が1,230戸までに、まさに倍増です。
上秋津地区の風景。農業振興地域でありながら、農地の周りには民家が密集している

これは、自然の豊かさ・交通の便利さ・住環境の快適さなどに惹かれて隣接するエリアから人が移り住んできたことが主な理由なのですが、やはり地域内の人口が急激に増えると様々な問題が出てきます。

かつては純然たる農村だった地域のあり方は変化し、住民同士の関係性も徐々に変わってきました。新旧住民のトラブルなども発生していたんです。そうなると地域作りにおいては、これらの変化をどう受け入れるか? そして新しい地域像をどう作っていくか? ということが課題になってきます。

その課題を解決するために着目したのが、すでに存在する地域組織の力。例えば公民館や消防団、町内会に老人会、JAの各種組織など、地域には多くの組織がありました。「であれば、力を合わせて、課題を解決する大きな組織を作ろうよ」そういう呼びかけを行なって、平成6年に各種組織が連携した「秋津野塾」という連合が立ち上がりました。
秋津野塾の構成組織一覧。実に多様な組織が参加していることがわかる

現在では、この組織の中から4つの法人が立ち上がるまでになりました。資本金の総額は1.4億円ほど。そして、その4つの法人を中心として、今も秋津野では様々な地域作りの取り組みがなされているのです。

未来の地域像を見据えたマスタープラン作り

では、地域作りの取り組みとは、具体的にどういうことなのか? 重要なのは地域の未来に向けたプランをきちんと作って、実行していくということだと私達は考えました。そのため、まずは2年半の時間をかけて、地域をどう作っていくか? 秋津野塾はどう活動していくべきか? みんなで話し合ってマスタープランを作成したのです。

さらに、その議論の中でまとまった考えを一冊の本にして、地域住民に配り、理解してもらい、地域全体で実践していく。まずは、そういった活動からスタートしました。
秋津野塾のマスタープランがまとまった一冊。2000年から2002年にわたって、数多くのアンケートやヒアリング、議論を経て作りあげられた

取り組みの主体は行政ではなく地域住民

そして、その活動が最初に実を結んだのが、集落の直売所「秋津野直売所 きてら」。創業した当初は有志で10万円ずつ出し合って作った、小さなソーシャルビジネスの会社でした。
設立当初の「きてら」。最初はプレハブの小さな施設だった

このきてらですが、その後だんだんと成長し、2003年には新築移転、2011年には柑橘類のオリジナルジュースを製造する工場「俺ん家ジュース工場」を新設するなど順調に発展を遂げ、今では資本金が5,252万円の株式会社にまでなることができました。
移転後のきてら。今では田辺市の名所のひとつに数えられるほどに成長した

また、マスタープランの中では「都市と農村の交流をどうしてくか?」という話題にも触れられているのですが、ちょうどプランをまとめ終わった頃に発生したのが、上秋津地区にある廃校の活用問題。当初は行政が財源とするために土地を売って宅地化すると言う話も出ていたんですが、もっといい活用法はないか? 何とかして地域作りに活かせないか? と言う議論になり、グリーンツーリズムや地域交流の拠点に活用する案が出てきました。

市役所の担当部門に「宅地にせず、地域の拠点としてなんとか残して欲しい」と掛け合いましたが、行政としてはすぐに売却して財源化したいという思いもあり、なかなかスムーズには話が進まない。何度も相談を重ね、結果的に、この土地と建物を秋津野塾の組織「社団法人 上秋津愛郷会(当時)」が買い取り、運営会社を作って新しい事業を始めるということで決着がつきました。
秋津野ガルテン。木造のノスタルジックな校舎をリノベーションした施設だ

それが現在の秋津野ガルテンになるわけですが、こちらも、計画当初は1.3万人の交流人口を創出する計画に対し、2019年には実に累計8万人となり、都市と農村の交流に大きく貢献できるまでに成長しました。

宿泊をはじめ、農業体験、貸し農園、みかんの樹のオーナー制度など様々なやり方で、多くの方に来ていただけるようになったのです。

「小水力発電」「農業スマート化」 秋津野塾が仕掛ける新たな挑戦

試行錯誤しながらも、なんとか地域作りのために秋津野塾を発足させ、その中から先ほどお話しした「秋津野直売所 きてら」や「秋津野ガルテン」といった取り組みが生まれました。農業を軸にした地域作りとしては、一定の成果が出てきたわけですが、ではこれだけで十分かというと、そうではない。持続可能な地域作りのためには、まだまだやるべきことが多くあると考えています。

例えばエネルギー。太陽光や小水力などの再生可能エネルギーを生産して得た利益で地域を活性化していくために「一般社団法人 ふるさと未来への挑戦」という組織も立ち上げて、様々な挑戦に取り組んでいます。
小水力発電の設置予定地。秋津野地域の川を利用して、サスティナブルなエネルギーを得ようという取り組みだ。「地域の自然を破壊しないインフラを構築していきたい」と玉井さんは語る

また、高齢化によって不足してくる農業の担い手としてのワーキングホリデーや移住、アグリツーリズムの促進、最新技術を活用したスマート農業の実践なんかも、これから着手していかなければならない分野だと思っています。そのための組織として「株式会社 秋津野ゆい」という農業法人を発足させました。スマート農業の一環として地域内に気象観測の装置を設置し、Web上でデータを集約・分析することで、地域内農業をより適地適作化していくことにも着手しています。

地域に最新テクノロジーを根付かせるためにICTオフィスも建設しました。今では地元出身者が設立した企業が2社、東京の企業が1社、そして大学の食品研究所が入居しています。これらの企業や研究所には地域と連携して産業、特に農業を発展させていく取り組みにも参画してもらっています。
秋津野ガルテンに隣接するICTオフィス。全4室が満室となる大盛況だ

地域作りというと、どうしても行政主体で地域に住む人々は受け手側に回りがちです。でも、私はそれだけではとても足りないと感じています。やっぱり自分の住む土地、自分達の子や孫が将来にわたって住み続けていく土地をより良くするためには、地域に住む人々の自発的な行動が必須なんです。

だからこそ上秋津では、地域に住む人々、そしてそこに拠点を置く組織が力を合わせ、地域を作っていく取り組みを続けているんです。

さらに皆さんの様な外側に住む方々の力も借りながら、この取り組みをより良いものにしていければと思っています。

《トークセッション2》岡本和宜 鳥獣害を新たな観光資源に

続いてのスピーカーは田辺市熊野古道周辺の田畑を荒らす野生動物を捕獲、ジビエ商品化に取り組む株式会社日向屋の岡本さん。農業を本業とするかたわら、地域に蔓延する鳥獣害を解決するために奮闘する様子をお話いただきました。

農家の頭を悩ませる深刻な鳥獣害とは?

岡本:皆さんはじめまして。株式会社日向屋の岡本と申します。私は本業で梅と柑橘類の農業をやっていて、梅は紀州南高梅、柑橘類は約20品種を育てています。
岡本さんが活動拠点とする田辺市上芳養(かみはや)日向(ひなた)地区の風景

この写真の中心に小さな集落が見えるかと思いますが、これが農園のある田辺市上芳養(かみはや)の日向(ひなた)地区。人口は上芳養全体で大体1600人くらい、日向地区だけだと約700人といったところでしょうか。ここで農業を営んでいるわけですが、頭を抱えていたのが鳥や獣による食害。いわゆる鳥獣害というやつです。

この鳥獣害というのは、皆さんが思っている以上に深刻なんです。例えば、「さあ!みかんを収穫しようか」と畑に行ってみると、1個も残ってない。あるのは食い荒らされた皮だけ。ひどい時は、大切に育ててきた果樹自体を折られてしまうなんてこともあります。

みかんの木は大体12年ほどの長い期間をかけて成木に育てていきます。でも、イノシシがみかんを取ろうと木に寄りかかって、丹精込めて育てた木が根元からポキッと折れてしまうなんてことも頻繁に起こってしまうんです。
野生のイノシシ。大きいものは体重100kgを超え、果樹をたやすく倒してしまう

その瞬間、木を育てるために費やしてきた手間も様々な費用も全てがパーに。手塩にかけて育ててやっと成木になって「さあこれからお金が入ってくるぞ!」っていうタイミングで折られてしまうと、経済的・心理的にも非常に大きな損失なんです。

和歌山県の令和元年鳥獣害被害状況(和歌山県 農林水産部 農業生産局 果樹園芸課 農業環境・鳥獣害対策室 Webサイトより)

この図は、和歌山県の鳥獣害の状況を示したものなんですが、左のグラフを見てもらってもわかるように、果樹が一番ダメ。被害額の大半を占めているのがわかります。被害を発生させているのは主に「イノシシ」。残りは「シカ」「サル」「アライグマ」です。

「この問題を、根本的に解決しなければ、農業を続けていくことはできない」そういう状況まで追い込まれていたのが、数年前の私たちの姿でした。

鳥獣害の根本解決を目指して結成された若手農家団体「チーム日向」

そこで、この問題をなんとか解決できないか? 日向地区を中心に地元の若手農家を集めて結成したのが「チーム日向(後の株式会社日向屋)」なんです。

チーム日向発足時の写真。中央が岡本さん

まずやったのは、狩猟免許の取得。というのも国や県、市町村が補助金を出してやっている鳥獣害対策は、田畑を電気柵やワイヤーメッシュで囲んで、シカやイノシシを中に入れないようにするといったもの。これはこれで一定の効果があるんですが、シカやイノシシを追い返すことしかできない。鳥獣害の根本的な解決にはならないんですね。
田畑を守るために設置された電気柵。野生生物が触れると感電する仕組みだ

イノシシやシカが増えることで僕達が一番危惧したのは通学途中の子どもや地域に住むおじいちゃん・おばあちゃんが遭遇して、事故が起きてしまうこと。畑を守る・地域を守るために、増えすぎたシカやイノシシを減らしていかなければならない。そういう考えから狩猟免許を取得したんです。

免許を取って、山に罠を仕掛けると面白いように獲れました。大体年間平均で120~150頭ほどでしょうか。

最初は罠を仕掛ければすぐに獲れるから面白いんです。釣りと一緒で獲れれば楽しい。でも、僕達が取得した狩猟免許というのは捕まえて肉を食べるためのものではなく、畑を守るためのものでした。なので、取ったシカやイノシシは穴を掘って埋めなければならないと法律で決まっていたんです。
狩猟の際に使われるワイヤートラップの設置風景。枯れ葉の中に隠された輪の中にシカやイノシシが足を入れるとワイヤーが締まり、動けなくなる仕組みだ

当然、生きたまま埋めるわけには行きません。活動当初は、猟銃免許を持っていなかったので、かかった個体を金属バッドで撲殺してました。でも、バットで殺そうとすると泣くんですよね。その声や表情がだんだんと辛くなってきて…。

命を活かすための新たな挑戦

そういうことを1年ほど続けた頃、「やっぱりこれは違うんじゃないか? 続ける意味があるんだろうか」という気持ちがメンバーの間に湧いてきたんです。

せっかく発足した狩猟チーム。存続するために、命を無駄にしない活動に舵を切らなければいけないと考えました。その一環として、ただ殺処分するのではなく、命をきちんと使わせていただくために、上芳養の中心地にジビエの加工場を誘致したんです。

通常、こういった解体施設というのは地域住民の反対などもあって山奥に作るんですが、この施設ではそれがなかった。「若い農家が農業を守るために始めた取り組みなのであれば、地域としては暖かく見守ってやろう」ということで、地域住民の方にも応援していただけたんです。この声は本当にありがたかった。
加工場の様子。主に地域周辺で捕獲されたイノシシの解体が行われている

その後、ここでシカやイノシシを解体し始めたわけですが、僕らには、ジビエを食材として扱うノウハウが全くなかった。そこで、長野県でフレンチシェフとして働いていた上芳養出身の更井くんという後輩に声をかけたんです。

そうしたら更井くんがOKしてくれて、上芳養で「ジビエを知る会」という料理のイベントを開催してくれました。それがきっかけとなって、更井くんは地元にUターン、田辺市街地にあるカフェバー勤務を経て、今では自分のお店を持つまでになってくれたんです。まさに田辺におけるジビエのキーマンに成長してくれました。
田辺市街地にあるカフェ兼宿泊施設である「the CUE」に更井さんは一時期勤務していた。今もこの施設では、ジビエ料理を楽しむことができる

「命の大切さ」を広める活動にも着手

僕らは狩猟のほかにグリーンツーリズムの活動も行っています。日向地区は本当に観光資源が少ない。梅の花が咲く2月のお花見くらいしかお客さんが来ないんです。

そこで、ジビエを観光資源に活用しようと思いつきました。今までは、農業と鳥獣害というのは対立する関係にあった。でも、日向屋の取り組みによって農業も元気を取り戻しつつあるし、鳥獣害の原因であったシカやイノシシもジビエになった。このふたつを活用して、グリーンツーリズムを地域に定着させようと思い至ったんです。今では、農業体験・狩猟体験・解体体験を組み合わせたグリーンツーリズムを年間6回くらい実施するまでになりました。参加者はコロナ前で年間400人くらい。
狩猟体験の様子。命の原点を知ってもらおうという取り組みだ

また、地元の教育機関とも連携しています。植育(農作物を植える体験)や食育(食べる体験)を通して、子ども達に命の大切さ、地域農業の素晴らしさを伝えているんです。

例えば保育園では、とうもろこしの種を子ども達に植えさせ、きちんと育てるにはどうすればいいのかを自分自身で考えてもらうようにしています。自分達で考えながら育て、そして収穫、食べるところまで体験させる。そういった活動に取り組んでいるんです。
トウモロコシの苗を熱心に観察する子ども達

また、小学校では、もう少し難しいこともやっています。僕の父親がやっていた時代の農業、そして今、僕が手掛けている農業の様子を伝え、さらには子ども達が大人になった時の未来の農業を一緒に考える。農業の過去・現在を知り、そして未来を考える教育にも挑戦しています。

地域外の力も課題解決には必要

やはり地域課題というのは、地域の人と連携して取り組んでいかないと根本解決はできないんですね。だからこそ、我々はここまでで話してきた様な取り組みに重点を置いているわけです。

でも、それだけで良いかというと、やはり地域内の力だけでは解決できない課題もある。そのために地域外の方々の力も貸してもらう活動にも着手しています。

田辺市では、ソトコトさんとコラボして「たなコトアカデミー」という関係人口の取り組みを実施しています。県外から受講生の方に来ていただいているんですが、その方々にもイノシシの解体体験やみかんの収穫体験をしてもらって、意見をもらっているんです。
たなコトアカデミーのひとコマ。みかんの収穫体験の様子

また今現在、日向屋には10名程度のスタッフがいるんですが、その半分は地元外の出身です。我々の活動を目にした県外の方が「一緒に田辺を盛り上げていきたい」と移住してきてくれたんですね。
株式会社日向屋の現メンバー。出身地は地元に留まらず、東京や大阪、広島や山梨など多岐にわたる

今回の「熊野REBORN PROJECT」の取り組みも同じだと思います。地域の外の人だからこそ見えるものがある、我々が気がつけていない魅力を発見してくれる。そういう期待を持っているんです。

未来に向けての新たな挑戦

これからの課題としては玉井さんの話にもあった農業、そして狩猟のスマート化。今は罠をかけたら毎日、山に入ってシカやイノシシがかかっているかをチェックしなければいけないんですが、それだけで1日30〜40分はかかってしまう。そこをテクノロジーの力で省力化できれば、僕達はもっといろいろな活動ができるんです。例えば、鳥獣害で困っている他の地域での活動もできるし、新しい取り組みも始められる。テクノロジーの力を使って、今までできなかったことを実現し、農業の姿を変えていきたいと思っています。

そうやって「あそこの農業はちょっと他とは違う」という姿を子ども達に見せることができれば、農業をやってみたいという子も増えるかもしれない。そうすればきっと地域の農業の持続可能性が高まっていくと思うんです。

まだまだ始まったばかりですが、そういう子ども達が少しでも増えて、農業が少しでも元気になるように、これからも活動を続けていきたいと思っています。
日向地区で農業や狩猟に従事する若手人材

《フリーディスカッション》農業スマート化? 狩猟? 馴染みのない世界に参加者も興味津々

ふたりのプレゼンテーションの後は例によってフリーディスカッションの時間。参加者の面々から、多くの質問が寄せられます。いつもなら、挙手でマイクを渡して…といったやりとりになるのですが、今回はオンラインなのでチャット機能を使って質問を募集することに。

あっという間にチャットには質問が並び、参加者の旺盛な好奇心が画面越しに伝わってくる様です。

どれも鋭い質問ばかり! 本来ならその全てを紹介したいところではありますが、スペースの関係もありますので、ここからはいくつかを抜粋してご紹介したいと思います。

Q.玉井さんは多くの方を巻き込んで事業を実行されていますが、皆さんに納得いただくのは大変じゃないんですか?

玉井:我々は地域作りをやっているわけですから、地域の合意形成というのはとても大切なんですね。でもやっぱり、100人いたとしてその全員が賛成してくれるわけではありません。大体、前向きな方が20〜30人、大半は傍観者、残りは猛烈な反対者…。合意形成は本当に大変です。何回も何回も会合を重ね、膝を突き合わせてとことん話し合うと言ったことを愚直に繰り返していますね。

でもそうやって地域の中で合意形成を取ってばかりいてもダメだと、ある時に気がついたんです。外の人からも意見をもらって、地域の中の意見との相乗効果を生み出していく様な思考でないと、新しいものはできないと思ったんです。

先ほど説明したICTオフィスの設立やワーケーション誘致、それに今回の取り組みなんかは、外の方の力を借りるために推進している事業でもあるんです。

Q,ジビエ肉って臭くないんですか?

岡本:ジビエを臭い・硬いと思っている人って本当に多いんです。でも実は、きちんとした素材を適切に処理したジビエっていうのは臭くないし柔らかい。

加工場を作った時、山で捕獲した獣をなんでもかんでも処理するのはやめようと決めました。理由は、やっぱりどう処理しても臭い季節・個体というのが存在するからです。そのため、狩猟を担当するスタッフは獲物の血抜きをする際に「この個体はジビエとして活用できるか?」を判断するんです。現場で確認して、使えると判断したものだけを加工場に入れる様にしています。

だからこそ、安定供給は難しい。品質にこだわっているからこそ、多くのお店から注文をもらえるんですが、多くは獲れないのでどうしても待っていただく様なことも出てきますね。ミシュランで星をもらっている様なレストランや、これからのシーズンは旅館で出すボタン鍋の引き合いなんかも多くなってきます。

Q. 発電事業に取り組もうと思ったきっかけはなんだったのですか?

玉井:東日本大震災で、再生可能エネルギーが注目を集めた際に、政府から補助金が出るということで、それなら地域作りに役立つ太陽光発電をやってみようということで手がけたのが始まりでした。

自然由来のエネルギーを自分達で作り出すことができれば、災害時にも地域を守ることができる。近隣の学校や秋津野ガルテン、直売所のきてらなんかも災害時には避難所として活用できますので、そこに発電設備が加わればいざという時、地域の命を守れると思ったんです。平常時には発電したエネルギーを売れば利益も得られる。そういった発想から始めた事業です。

先ほどお話しした小水力発電は太陽光に比べて中々発展が遅れている分野なんですが、せっかく地域内に適した場所があるのならということで、はじめてみたんです。

Q.鳥獣害は活動前後でどのくらい減少したのでしょうか?

岡本:被害は激減しましたね。でも実は僕らの力だけではないんです。地域内に加工場が出来て、そこで状態が良い個体を買い取り始めると、猟をする人の数自体が増えたんですね。

僕らを含め地域内の農家は、鳥獣害を防ぐために細々と罠なんかを仕掛けていました。そこに加工場ができたことで、獲ったイノシシを有効に活用できる様になった。そうすると、やっぱり地域の中に猟をする人が増えるんですね。猟をする人が増えれば、おのずと獣の数も落ち着いてくる。良い循環が生まれています。

《アイデア発表》 「コンサルティング会社設立」から「ジビエを使った町おこし」まで! 白熱のアイデア共有

フリーディスカッションの後は、各自が今日のインプットを整理します。そして、最後はお決まりのアイデア共有会。今回も実に多様なアイデアが参加者から発信されました。

「熊野REBORN PROJECT」は全3回のワークショップ&現地ツアーの後、最後に各人から事業プランを発表してもらう予定なのですが、それぞれの会でも、ジャストアイデアを共有する場を設けています。ここで共有されたアイデアが混ざり合い、磨かれ、そして最終的なプランにつながっていくと考えているためです。

今回は各自、自宅などのリラックススペースからの参加ということもあり、前回にも増して発表はヒートアップ、多様なアイデアが出てきました。ここからは発表されたアイデアの幾つかをご紹介します。

地域に小水力発電を根付かせる「運用保守」ビジネス(ベンケイ)


小水力発電の取り組みについて、発電設備の運用保守にビジネスチャンスがあると考えました。自分たちで発電設備を持とうとすると設備投資などを自前で用意しなければいけませんが、ここにお金がかさむ。

先ほどからお聞きしていると、山中での罠の監視や、農業のスマート化といった話題が出ているんですが、これは現在電気が引かれていない場所で、これから手がけていくことだと思うんです。であればそういった場所に電気を運ぶ、もしくは近隣で電気を作る必要が出てくる。なので、狩猟やスマート農業をする事業体に発電設備を販売したり、リースしたりして、その運用保守で利益をあげてはどうかと思いました。この方法であれば初期投資は小さくて済むし、地域内に再生可能エネルギーを根付かせる一助になるのではないかと思っています。

再生可能エネルギーのビジネスで高齢者の生活を支える(ほしぴー)

中高年の方にとって将来どこに住むか? というのは結構大きな問題だと思うんですね。今後、行政の財政次第では思った以上に税金が取られてしまう様な地域も出てきそう。

お話の中にあった再生可能エネルギーのビジネスを投資の対象にして、中高年の方を中心に出資を募り、その出資額に応じて様々な地域サービスを受けられる様にすると良いかと思いました。地域の中でお金を循環させながら高齢者の生活を支える様なセーフティーネットも構築する。投資したお金の用途を決定する際にも投資した人の意見が反映される様な仕組みがあるといいと思います。

ジビエと農産物を活かしてオンリーワンの美食の町を作る(まみ)

ヨーロッパのバスク地方にサン・セバスチャンという街があるんですが、街全体でレシピを共有してお料理を目玉に多くの観光客を集める、とても魅力的な街です。ここは旅行者がとても行きづらい場所なんですね。まさしく田辺市と同じ様な環境だと思います。

田辺市も農作物とジビエを使って「ここに来れば美味しいものが食べられる」といった美食の地域作りをすると良いと感じました。ここでしか食べられないものがあるから、交通の便が多少悪くても旅行に行く。そういった観光活性化の方法もあるのではないかと思っています。

地域作りに奮闘した30年間を記録として残したい!(まりこ)

玉井さんが30年以上地域作りに携わってきた経験、それ自体が貴重なヒストリーだと思うんです。地域作りのマスタープランを本にしたというお話があったんですが、その続編として今までやってきたことを振り返って、その成果や苦労といった情報をもう一度分かりやすくまとめてはどうでしょうか。これはもう映画やドキュメンタリーになりうるストーリーだと思うんです。

ひょっとすると「熊野エコビレッジ講座」的な学問にもなり得るかもしれない。体系だったものにまとめることができれば、田辺に住む人やこれから田辺と関係を持つ人が、地域の全体像を理解する助けになると思います。

成功事例をパッケージ化して他地域にも展開するといいかも(ゆーみん)


今まで3回にわたってスピーカーの皆さんのお話をお聞きしてきましたが、本当に活動の幅も多岐にわたって、その完成度も高いと感じています。成功事例も多くお持ちなので、このノウハウをパッケージ化して、他自治体のコンサルティングなんかもできるのではないかでしょうか? コンテンツとしてはかなり分厚い物だと思うので、このままにしておくのは本当にもったいない。

地域の課題を楽しみながら解決するコンペを開催!(まどか)


個人的な話になってしまうんですが私はNHKで深夜にやっている「魔改造の夜」という番組が大好きなんです。これはプロの技術者が本気で機械を改造するという番組なんですね。例えば、歩く犬のぬいぐるみを徹底的に改造して、すごく早く走れる様にするとか(笑)。トライ&エラーで何かを改善していくってとても楽しいことだと思うんです。なので、小水力発電や罠のスマート化なんかもコンペ形式でアイデアを募ると、面白い結果になるのではないかと感じています。

ジビエの先進地区として田辺をブランディングしたい!(よこた)


私は食べることが大好きでジビエもよく食べるんですが、ジビエの知識ってもちろん学校では教えてくれない。興味を持った人が個人で知識を収集するくらいで、多くの人はほぼ知らないというのが現状だと思うんです。

ジビエについての知識があまり世の中に定着していないせいで、人と獣の関係が理解されていない面もある。害獣駆除がニュースになっても、場合によっては「動物を殺すのは悪だ!」みたいな捉え方をされてしまう。でも、これって自然環境や獣と人の関係を理解できていないから発生する誤解だったりするわけです。

日向地区はジビエの先進地域として地域作りをしてはどうでしょうか? 住んでいる人もジビエに詳しくなって、そしてジビエの魅力を外部に発信していく。一点突破でジビエをテーマに地域をブランディングしていくのも面白いなと思っています。

次回待望のフィールドワーク!遂にメンバーが熊野に足を踏み入れます

全3回にわたって開催されたワークショップも終わり、次回はいよいよメンバーが実際に熊野を訪れ、リアルな現地を体験します。2泊3日のフィールドワークで彼らは何を感じ、発見し、そして最終的にどういったアイデアを思いつくのでしょうか?

いよいよ物語は佳境へ! 次回もご期待ください。

今回のグラフィックレコーディングはこちら!

そして今回も会の様子がひと目でわかるグラフィックレコーディングを作成。記事と合わせて読んでより理解を深めても良し、時間がない場合はこのグラフィックだけを見て概略を押さえるもよし。充実の仕上がりとなっています。

YAMAP MAGAZINE 編集部

YAMAP MAGAZINE 編集部

登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。