越後湯沢「大峯百番観音」と「湯沢温泉」を巡る | 東京から約1時間の巡礼登山(1)

上越新幹線の越後湯沢駅から下りると目の前に山が見えます。名前は「大峯山(おおみねやま・1,172m )」。ここに昭和初期に作られた大峯百番観音という巡礼の登山道があることを知る人はあまり多くはないでしょう。
でも全部巡ると大きなご利益があると最近、登山者の注目をあつめているんだとか。山好きイラストレーターの神田めぐみさんが、その人気の秘密を探るべく実際に百番観音を巡ってくれました。今回はその前編をお送りします。(後編は2022年4月公開予定)

2021.11.08

神田めぐみ

山好きイラストレーター

INDEX

越後湯沢で出会ったご利益巡礼登山道

冬になるとたくさんのスキー客で賑わう新潟県湯沢町。スキーと温泉のイメージが強いこの街に、山をまたいだ巡礼の登山道があると聞きつけ、さっそく取材に行って参りました。

突然ですが、みなさんは『日本百番観音』をご存知ですか?

仏教では観音(観世音菩薩)さまは人々を救うため相手に応じて33の姿に変身すると言われており、全国に点在する「三十三観音」という名はこの数字が由来。この信仰から、西国三十三ヶ所(近畿地方周辺)、坂東三十三ヶ所(関東地方)、秩父三十四ヶ所(埼玉県秩父地方)の霊場が定められました。これらを合わせて日本百番観音(33+33+34=100)と呼び、全ての観音様を巡礼すると大きなご利益があるとされてきたのです。

とはいえ、遠く離れた霊場を渡り歩く時間はなかなか取りずらいもの…。

でもご安心を。今回の旅の舞台である湯沢町の『大峯百番観音』は、山中に100体の観音さまを彫った石仏が置かれており、それらを巡ることで、『日本百番観音』を巡礼したのと同じご利益が得られるとされている、ありがたい巡礼登山道なのだそうです!

越後湯沢駅からすぐの大峯山(標高1,172m)と秋葉山(590m)につくられた巡礼路の全体図。全長は11.8km

越後湯沢駅に降り立ち、巡礼登山スタート!

上越新幹線の越後湯沢駅に降り立った取材陣。まずは駅から約2kmの場所にあり、本日のお宿となる『雪国の宿 高半』を目指します。

高半は川端康成が小説『雪国』を執筆した宿として有名な老舗温泉旅館。川端康成だけでなく、北原白秋や与謝野晶子など名だたる文豪が愛したお宿です。

迎えてくださったのは37代目湯守である高橋五輪夫(いわお)さん。なにを隠そう、本日ガイドをしてくださるのは温泉旅館の若旦那さんなのです!

(左)最初会った高橋さんは温厚な温泉旅館の旦那さん (右)山ウェアに早着替えして颯爽と再登場!

高橋さん「大峯百番観音は、昭和9年につくられた巡礼路です。当時は信心深い多くの人で賑わった道だったそうですが、近年は廃れて登山道も荒れていました。でも最近、越後湯沢温泉観光協会が整備をしなおして歩きやすくなったんですよ。さっそく歩き始めましょうか!」

はい、よろしくお願いします!

左:石柱と石段で始まる巡礼路の登山口 右:なかなかの急坂なので心配な方はストックを持ってくださいね

車道を歩いて高半旅館の裏に回ると、「西国三十三番」から始まる大峯百番観音の登山口が現れます。新幹線駅から約2kmでお宿に着けて、さらにその裏が早くも登山口! アクセスの良さにちょっと驚きです。

最初から急な登りが続くなか最初の石仏…ではなく、まずは「これから百番観音巡礼路が始まりますよ」というお知らせの石碑があります。さらに登って、ありました! 想像よりずっと大きくて立派な石柱に、優しい顔をした観音さまが丁寧に彫られています。

高橋さん「本日登る西国三十三番のうち、第一番の札所は那智山青岸渡寺(せいがんとじ)、和歌山県の那智勝浦にあって、”那智の滝”でも有名なお寺ですね。石仏の正面にはそのお寺のご本尊のお姿が、左側面にはお寺の名前と御詠歌が彫られています」

※御詠歌=僧侶ではない一般信者が巡礼する際に唱える歌。五・七・五・七・七からなる和歌に節をつけたもの。

高橋さん「これと同様のものが、この先に99体あります。この重た〜い石をソリに載せて、春の締まった雪の上を滑らせながらひっぱり上げたそうですよ」
背負うより楽とはいえ、なんという重労働! う〜ん、信心の成せる技でしょうか…。

あれもこれも…森のお勉強は楽しい!

その後も、十一面観音さまや千手観音さまなど、少しずつ持ち物やポーズの違うお姿を観察しながら歩いていると、これまでよりも明るい広葉樹林にさしかかりました。

高橋さん「この辺りはブナ林ですね。ブナは日本海側の豪雪地帯に多く自生し、我々にはとても馴染みのある木なんです。漢字にすると『木へんに無い』と書くように、昔は家具にも建材にもならない役立たずの木と思われていましたが、土壌にたくさん水を貯えるので、今では緑のダムと呼ばれて見直されています。秋になる実は小さいけれど栄養価が高くて、クマの大好物なんですよ」

ブナ林の木漏れ日が美しい! あぁ、深呼吸をすると身も心も浄化されてゆくよう…。

森の中で高橋さんが近くに落ちていた木の枝を折って、匂いを嗅いでみてくださいと手渡してくれました。おそるおそる嗅いでみると、なんとも言えない良い香り!

高橋さん「これはクロモジという木で、香りが良いため高級な爪楊枝に使用されるんですよ。ブナ林に一緒に生えていることが多いです。名前の通り、枝が黒いので分かりやすいですね」

クロモジの枝は、山椒のスパイシーな香りに少し甘味を足したような独特な香りがしました

さらに歩くと、次はこの匂いを嗅いでみてください! と、カラマツの木の樹液を指し示す高橋さん。ベタベタする樹液を指につけて鼻に近づけると、こちらはスーッと爽やかな香りが鼻を抜けていきます。カラマツがこんなにいい香りがするとは知らなんだ…。「私、この香りが大好きなんですよ〜」とニコニコ笑顔の高橋さん。

樹液をペタペタ。カラマツさん、失礼しまーす

湯沢町や百番観音のことだけでなく、自然についてもこんなに詳しいだなんて。見事なガイドっぷりに、旅館の若旦那さんであることを忘れてしまいそうです。

湯沢町を訪れた文豪たち

西国第十一番まで巡ると、突然森が途切れてスキー場に出ました。雪のないスキー場には、刈り払われた部分を残して一面にススキが生えていました。陽に透けたススキがキラキラしてきれい! …なのはいいのですが、ルートはこのスキー場を直登するそう。

えっちらおっちら、必死で斜面に対峙していたところ高橋さんに声をかけられて振り向くと、わぁ! 周囲の山を見渡す展望が広がっているではありませんか!

大きく写っているのが飯士山、その左後ろに八海山が見えました

高橋さん「すぐ目の前の山は飯士山(いいじさん・1,111m )です。深田久弥が『日本百名山』を刊行する前、ご家族で高半旅館に1年間ほど疎開をしていたのですが、いつも私の祖父と一緒にこの辺りの山を遊び歩いていたそうですよ。飯士山はいいトレーニングの場だったと聞いています」

え…? 川端康成や北原白秋が宿泊していたのは存じておりましたが、深田久弥ですって…!? 登山界のビックネームが突然登場して取材陣は騒然。

高橋さん「文豪つながりでお話すると、じつはこの大峯百番観音があったからこそ川端康成の名著『雪国』が生まれたんです。

大峯百番観音の開通式が、昭和9年に高半で盛大に催されたそうで、湯沢の芸妓さんがみんな式に呼ばれて出払っていたところ、当時、高半に宿泊していた30代の川端康成が芸妓を呼んでほしいと言ってきたそうです。芸妓はいないが半玉(見習いの芸妓)ならいると言って川端康成の相手として呼ばれたのが、その後『雪国』のヒロイン駒子のモデルとなる松栄さん。二人はすぐに意気投合したそうですが、このとき別の芸妓さんが呼ばれていたら『雪国』は生まれなかったんじゃないでしょうか」

日本を代表する作家の著作にここまで直接的に影響を与えていただなんて…。歴史ある老舗旅館ならではの壮大なエピソードが次々と飛び出すので聞き入ってしまいます。

賑やかな観光地で腹ごしらえ!

スキー場を登りきると、湯沢温泉ロープウェイの山頂駅がある『アルプの里』に出ます。ここまでは登山者に一人会っただけでしたが、こちらは観光客で大賑わい!

左:アルプの里はアトラクションや遊具がある公園。冬はスキー場になります。右:真っ赤なコキアの群れに「コキア君」が隠れてる!

お昼時でお腹もすいたので、展望レストラン「エーデルワイス」で腹ごしらえ。一面ガラス張りの明るい店内。窓の外には素晴らしい展望が広がっています。メニューには魚沼産のコシヒカリをはじめ、地元の食材がふんだんに使用されています。

『魚沼まいたけ天重』香り高い魚沼産の舞茸を使った天丼。お米はもちろん魚沼産コシヒカリ!

お腹がいっぱいになったら、アルプの里の敷地内にある残りの観音さま巡りへ。十一番からいきなり三十番に飛びますが、この辺りはスキー場を作った際に石仏の位置を動かしているので、番号が前後したり一ヶ所に何体か並べて置かれていたりします。

ここからは低山歩きというよりルンルン観光気分♪ 美しいあやめヶ池や、春になると多種類の高山植物が咲くロックガーデンを歩きます。

「この観音さまは彫りがはっきりしている」だとか「こちらは他とちょっと違うポーズ」などと見比べながら歩くのも楽しい! 仏像に詳しければもっと発見があるんだろうなぁ。


アルプの里を一周して、西国第三十二番まで巡りました。本日はここで終了! 下山の前に、朝のうちに買っておいた地元のお肉屋さんのカレーパンでおやつタイム♪ コクのあるカレーがみっちり入っていてウマ〜!

左:あやめヶ池は絶好のフォトスポット。周囲をぐるっと歩くことができます。右:湯沢駅前で買ったカレーパンでおつかれさまの乾杯〜♪

下山はロープウェイで楽ちん。…待って待って、西国の三十三番は?とツッコんだ鋭いアナタ。実は西国第三十三番、秩父第三十四番、坂東第三十三番の三体は、とある場所に三体並んで安置してあります。こちらは、来年の春にアップされる『秩父・坂東編』の際にご紹介しますので、しばしお待ちください!(大峯山の山頂の様子も次回です!)

ロープウェイは家族連れで大賑わい。向かい側の飯士山が越後湯沢の町を見下ろしています

【山の情報】
大峰山
標高 1,172m
公共交通機関:JR上越新幹線 越後湯沢駅から徒歩(約20分)で登山口
車:関越自動車道 湯沢ICから約10分

【情報】
湯沢温泉ロープウェイ
新潟県南魚沼郡湯沢町大字湯沢490
運行期間:夏季4月下旬から11月上旬/冬季12月中旬から3月下旬
運行状況は気象状況・季節により変更となる場合あり
湯沢温泉ロープウェイHP

展望レストラン エーデルワイス
新潟県南魚沼郡湯沢町湯沢高原
営業期間:夏季4月下旬から11月上旬/冬季12月中旬から3月下旬
営業状況は気象状況・季節により変更となる場合あり
エーデルワイスHP

肉の大久保(カレーパン)
住所:新潟県南魚沼郡湯沢町湯沢2-6-1
定休日:水曜日
肉の大久保HP

奇跡の温泉で、ゆ〜ったり

山歩きのあとは、お宿に戻っておまちかねの温泉です。

改めて、今回お世話になる『雪国の宿 高半』は1075年(なんと平安時代!)に創業され、946年続くという老舗中の老舗。今日歩いた登山口のすぐ横を流れる川で、高橋半六という人物が温泉が湧き出ているのを偶然見つけ、その地で温泉宿を始めたのが現在の高半なんだとか。そもそも「湯沢」という地名がこの川の名前、湯之沢からきているそうで、高半は湯沢温泉の歴史の発端であることが分かります。

湯沢温泉にある4つの源泉のうち、上述の源泉温度は約43.5度。加温、加水をせず、自然湧出したそのままを掛け流しにしているなんとも贅沢な温泉なのです。「卵の湯」と呼ばれる通りふわっとゆで卵の香りがするアルカリ単純硫黄泉(P.H値は9.6!!)で、お肌がつるつるになります。

卵の湯は、抗酸化作用が高いため飲泉によって身体の内側から若返るのだとか。まろやかな味で飲みやすい(写真提供:高半)

高台に建っているため、お部屋の窓からは湯沢の街を一望できます。天気の良い日には谷川連峰も見えるそう! これが、かの文豪たちが愛した景色なのだなぁ。老舗旅館らしい落ち着いた和室でのんびりしていると、日頃の疲れがふわふわと飛んでいくようです。

左:高半館内には『雪国』に関連する書籍を集めた文学資料館があり、川端康成が当時宿泊していた『かすみの間』もそのまま保存してあります。右:図書コーナーは、落ち着いた雰囲気で読書を楽しめそう

【情報】
雪国の宿 高半
住所:新潟県南魚沼郡湯沢町湯沢923
雪国の宿 高半HP

新潟の夜といえば、美味しい地酒とお料理!

夕食は、越後湯沢駅の東側にある『地酒Bar 山新』へ。新潟は日本随一の米どころ。とくれば、ここはやっぱり日本酒でしょう。こちらのお店は、酒屋の息子さんが隣にお店を構えた居酒屋さんです。

立派なナラの木のカウンターの向こうには大きなガラス戸の冷蔵庫があり、中に新潟の地酒がずらり。ワイングラスで一杯300円からリーズナブルに日本酒を楽しめるという人気店で、今日もお店はほぼ満員。

まずは取材陣一同、日本酒スパークリングで乾杯! スッキリとした甘味と炭酸の爽快感に、思わず顔がほころびます。

左:新潟県小千谷市の日本酒スパークリング「N-888」。1200回もの試醸の末、888回目が理想に一番近かったためについた銘柄だとか。右:食事も美味しい! 紫色のお料理は、新潟で古くから食べられている食用菊「かきのもと」の酢の物

その後は各々、マスターの高橋善徳(ぜんとく)さんに「こんな日本酒が飲みたい」と好みを伝えて選んでもらいました。私のオーダーは「華やかだけどスッキリ」、カメラマンの川野恭子さんは「旨味がしっかりした純米吟醸」、同行したYAMAPスタッフさんは「コレは攻めてるな!っていう面白い日本酒」(笑)

そんなリクエストを受け善徳さんが選び出した日本酒を口にすると、自分のオーダーと実際の味がむすびついて「ほほー、なるほど!」と思わず声が出てしまいます。

どの日本酒がオーダーに近いか、冷蔵庫を前にして少し考えてからスッと瓶を手にとる善徳さん。所作も美しい新潟の地酒ソムリエさんです

最後は隣の酒屋の閉店作業を終えたお父上と、用事を終えた高半の高橋さんも合流して(お二人は仲良し!)賑やかな越後湯沢の夜がふけていったのでした。

【情報】
地酒Bar 山新
新潟県南魚沼郡湯沢町湯沢3-4−10
定休日:水曜日
地酒Bar 山新HP

まとめ

日本百番観音をコンパクトにした大峯百番観音は、想像以上に歩きがいがありました! 自然に触れる森歩き、スキー場からの大展望、最後はわいわい賑やかな観光地散策と、観音巡りをしながら表情豊かな山登りを楽しめるのが魅力です。

2022年4月には、後編となる【大峯百番観音(秩父・坂東編)】の記事がアップされる予定です! こちらもぜひお楽しみに!

「百番観音トレッキングルートでデジタル御朱印」を実施中!
越後湯沢温泉観光協会では「大峰山百番観音コース」を構成する 3 コース(西国 33番、秩父 33番、坂東 34番)を踏破しデジタル御朱印を獲得すると、宿泊券やステッカーが当たるキャンペーンを実施しています。
気になる方は越後湯沢温泉観光協会HPの「大峯百番観音巡礼路 デシタル御朱印キャンペーン」をチェック

*今年10月から「大峯百番観音」の地図(大峰・秋葉山・清津峡)がYAMAPでダウンロードできるようになりました。ぜひチェックしてみてください。
「大峰・秋葉山・清津峡」の地図ダウンロードはこちら

本記事に登場するスポットの場所は以下のMAPからご確認いただけます。

湯沢温泉へのアクセスと交通


詳しくは越後湯沢温泉観光協会でアクセス情報をチェック

文・イラスト:神田めぐみ
写真:川野恭子
協力:越後湯沢温泉観光協会、雪国の宿 高半

神田めぐみ

山好きイラストレーター

神田めぐみ

山好きイラストレーター

山岳雑誌を中心に活動中。山に関するイラストルポや図解を多く描いている。取材で訪れた山小屋は130軒を超える。プライベートでもマイペースに山を楽しみ、夏は高山、冬はライトな雪山にと一年を通して出かけている。もうすぐ、神奈川県の海と小さな山のある街に移住する予定!