大分県日田市下筌ダム&御前岳・釈迦岳|秋を愉しむ紅葉カヤックツーリング&登山

木々が赤や黄色に染まり、1年で最も美しい姿を見せる秋。「紅葉登山」という言葉もある様に、山は多くの人で賑わいます。でも実は紅葉を楽む方法は、登山だけではないのです。今回ご紹介するのは、秋の大分県日田市奥日田エリアで満喫する1泊2日のアウトドアトリップ。「下筌(しもうけ)ダム」では、カヤックに乗って湖畔の森を染める紅葉を楽しみ、さらに福岡県最高峰の「釈迦岳」では、美しい原生林と果てしなく広がる眺望を満喫します。 11月初旬の日田には珠玉の秋がありました。

大分県西部、日田・玖珠・九重の絶景アウトドア。特設Webサイトはこちらから

2021.02.26

米村 奈穂

フリーライター

INDEX

船上から楽しむ紅葉狩り

カヤックに乗って紅葉狩りをしませんか? という魅力的な誘いをいただいた。場所は日田の温泉街から30分ほどの場所にある下筌(しもうけ)ダム。ダムでカヤックできるの?? ダムで紅葉見られるの?? 最初はピンと来なかったけれど、そんな心配は無用だった。

案内役は、日田市在住の河津聖駒(かわづせいま)さん。以前にYAMAP MAGAZINEに掲載された記事「パックラフトで激流を満喫! 緊張と興奮の冒険ダウンリバー」でもガイドを勤めてくれた方だ。カヌーやカヤックのフリースタイル日本代表としてワールドカップに出場したこともあるアスリートで、現在でも日田市を中心としてダウンリバーのガイドなどをしている。自宅のカヤックラックには大小様々なカヤックが並ぶ。それらをひょいと抱えて、軽々と車に積み込む。ルーフに3艇のカヤックを積んだ車の後ろ姿を冷や冷や見つめながら、今日の目的地、下筌ダムに到着した。

駐車場で、ズボンの上から雨具のパンツを重ねばきし、その上から長靴を履く。携帯と水筒はドライバッグの中に。「カヤックの上でメモはできるだろうか…?」と迷いつつメモ帳も入れた。河津さんは自分の乗るカヤックを肩に担ぎ、もう一方の手で私の乗るカヤックのスターン(船尾)を持った。私はバウ(船首)だけ持って駐車場を降り、いざ入水。

(写真上)軽々と船を担ぐ河津さんの前を、ふらつきながら歩きなんとか水辺までたどり着く。(写真下)まずはお尻から乗る。丁寧で、分かりやすいレクチャーを受ける

シーカヤックには何度か乗ったことがあった。しかし、ダム湖でのリバーカヤックは初めて。「手で漕ぐというより自分が前に出る感じ。お尻歩きをする感じで」と言われ、さっぱり分からなかったが、聞いたままのイメージで漕いでみると、体が水の上をスーッと滑った。

今日は少し波打っているけれど、無風でベタ凪だと、鏡のような湖面に紅葉が映り美しいのだという。そんな時、湖に浮かぶ小さな島々が湖面に映ると、まるで紅葉の球体のように見えるのだとか。チャプチャプと船を漕ぐ水音と、時折聞こえる鳥の声だけが響く空間。とても静かだ。言われた通りに漕ぐと、船が湖面を滑り出す。パドルが立てる水音が心地いい

終始笑顔が絶えないカナディアンカヤック組が少し羨ましかった

「水鳥の羽ばたく音を聞いたことありますか?」と河津さん。「???バサバサという音ですか?」と私。「いや、意外な音がするんですよ」と言われ、鳥が飛び立つたびに耳を澄ませる。すると、バサバサという音と同時に、金属音のような高い音が聞こえた。うまく例えられないのがもどかしいが、まるで油が切れた機械のような…。とにかく意外すぎた。カヤックはエンジンがないので、生物との距離を縮めることができる。陸から隔離され、生き物の存在感が薄まるようだが、逆に際立つ。
山にいる時よりも、鳥の存在を感じる水の上

鳥の羽ばたきさえ聞こえるような静寂の中、湖面の上から紅葉を間近に見上げる。人気の観光地や山々は、この時季、人でごった返しているだろう。だが、この湖には我々だけ。紅葉を独り占めしているような贅沢な時間が過ぎる。しばし漕ぐ手を休め紅葉狩りを満喫していると、河津さんが「カワセミ!」と声をあげた。目を凝らすと、赤や黄色の木々の間に、真っ青な生き物が浮き上がって見えて来た。
船上では、いつもと違うアングルで紅葉を楽しめる

山の水が辿り着く場所

しばらくすると、陸と島に挟まれた、まるで紅葉の門のような場所に出た。赤く染まった木々が水面に枝を伸ばす。その下をくぐるように船を漕いで進む。所々で、遠くから沢音が聞こえる。沢からダムに注がれる水の音だ。突き当たりが入江のようになっているらしい。その奥まで漕いでみることにした。

流木を船でかき分けツタにひっかかりながら、陸にどんどん近づいていく。先ほどの広い優雅な湖面とは違い、ジャングル探検のような様相になってきた。空気が変わったのを感じる。入江は温度が低く、ここから紅葉が始まるそうだ。
探検気分で漕ぎ進む

山の水がダム湖に注がれる地点に着いた。船を降りて沢の水を触ると、キンとした冷たさが手に伝わった。沢の奥を覗いてみる。この源流は明日、登る予定にしている御前岳・釈迦岳だという。山から下りて来て、そのままカヤックで湖に出る。そんな水の流れと同じ旅路を辿れたら面白いだろうなと想像する。全身が冷えてきて、慌ててカヤックに戻る。入江から離れて水に手を入れてみると、お湯のように暖かく感じた。

船を降りたとたん足取り重く、長靴に感じる沢の冷たさ

河津さんは、元は陸上の選手だった。陸から水へ。生物の進化とは逆だ。カヤックと陸上と、どちらがきついかという愚問を投げかけると、陸上の負荷に比べれば、カヤックの方がずっと楽だと答えてくれた。そういえば、足が不自由な人が初めてカヤックに乗った際、水の上にいる間は自分に障がいがあることを忘れていたという話を聞いたことがある。水上では、浮力が私たちを解放してくれる。
日田の自然の話も興味深い、河津さんのガイド

鹿があるコーヒースタンド

湖での貸切りの紅葉狩りを楽しんだ後、すぐ隣の梅林湖の駐車場にあるコーヒースタンドに立ち寄った。コーヒー1杯で冷えた体が一気に温まる。野良カフェは女性一人で切り盛りするキッチンカーを利用したコーヒースタンド。しかし、なぜか「夏鹿あります」というポップが。なにやらオーナーの旦那さんは猟師で、奥日田獣肉店という獣肉処理場を営んでいるのだとか。旦那さんの捌いた動物のツノや、骨でアクセサリーを作り販売もしているそう。運が良ければ、獣肉も手に入るというなんとも奥日田らしいワイルドなコーヒースタンドだった。

冷えた体にホットコーヒーが沁み渡る

下筌ダムを後にし、その日の宿泊先である日田温泉街を目指す。横を流れる大山川は徐々に川幅を広げ、温泉街で玖珠川と重なり、広く静かな三隈川となる。宿の露天風呂から、夕日に染まる三隈川が見えた。カヤックを漕いでいたのはこの上流か、などと思い起こしながら、どこまでが空でどこまでが川か分からない合わせ鏡のような川面に見惚れ、すっかりのぼせてしまった。


River to summit 川から山へ

翌日は、カヤックを漕いだダム湖の源流である津江三山の御前岳・釈迦岳を縦走することにした。前日の美しい景色があまりにも鮮烈で、この体験を独り占めするのはもったいないと急遽招集した友人2名も一緒だ。

福岡県と大分県の県境に連なる2座は、福岡県内では釈迦岳が最高峰、御前岳が第2峰というツートップ。福岡県在住の身からすると、大分側から登るなんて考えたこともなかったけれど、福岡市内から大分側の御前岳登山口へのアクセスは意外と簡単。日田インターを降りてから、40分ほどで登山口にアプローチできるのだ。これは目から鱗。しかも、大分側には日田温泉の他にも、スノーピーク奥日田キャンプフィールドなど、ベースとなる宿泊地も充実している。山に登るだけではなく、観光や登山以外のアウトドアと組み合わせてゆっくり山麓を楽しむことができる。
今回の登山コース。YAMAPの該当地図はこちらから

宿泊先の日田温泉街から前津江町の「シオジ原生林御前岳登山口」までは、車で30分ほど。登山口には水場があり、ボトルにたっぷり水を汲んで出発をした。水郷日田の山で水に困ることはなさそうだ。登山口は2ヶ所。大きな看板の横を進む整備された沢沿いの道と、舗装路を少し進んだ先から入る尾根道。どちらを進んでもすぐ先で合流する。今回は、尾根道から取り付くことにする。
登山口の水場でたっぷり水を汲んで出発

急登を登ると、左手の沢と並走しながら登るようになり、次第にシオジの森となる。御前岳のシオジ林は、国内有数の規模を誇り、この原生林は、「豊の国名水15選」に選ばれた御前岳湧水を抱く。筑後川の源流でもあり、ここから湧き出た水が、昨日宿から眺めた三隈川を流れ、福岡の浮羽や久留米を巡り、有明海へ注ぐ。登山道を少しそれるとシオジの大木があった。ダウンのようにフカフカした苔をまとった幹に、思わずほおずりをする。ここからさらに奥に進むと湧水源に出る。
秋色に光る原生林を行く

中宮から上宮へ

しばらく進んだ先で、御前嶽神社の中宮である田代岩屋に寄ってみることにした。急な階段に息を切らせ登り、右へトラバースすると、樹間から岩屋が見えてくる。途中、明らかに植林とは違う古いスギの大木が道案内をしてくれた。修験道では、山伏が峰入りをする際、山に入る前にスギの苗を植える習わしがあったという。古いスギの大木を探せば、峰入りのルートが分かるとも聞く。修験者のように大木に導かれ進むと、巨大な岩屋が現れた。5人家族が生活できそうなくらいの広さである。
古いスギの大木に導かれ進む

よく見ると、岩屋の天井が黒く煤けている。聞くと、山伏が護摩焚きをした跡だとか、はたまた地元の人の焚き火の跡だとか…。先ほどのスギの大木からすると、行場であったことに違いはない。岩屋には木花佐久夜毘売(このはなさくやひめ)が祀られている。御前岳の神様が大山祗命(おおやまずみのみこと)なので、中宮に娘、山頂に父ということになる。しばらくこの岩屋の陰で休憩とする。

田代岩屋。神話の昔、景行天皇が訪れたことを記す石碑もある

展望の頂を越え、さらなる展望を目指す

登山道に戻ると、その先は山頂まで急登が続く。ひたすら登り、一汗かいたところで稜線に出た。山頂はもうすぐそこ。木々の間から空が見えてきた。山頂は360度の大展望。大分と福岡の県境らしい景色に囲まれる。北に英彦山、嘉穂アルプス。南には手前に八方ケ岳、その横に酒呑童子山。
御前岳山頂。展望が良すぎて難しい山座同定

南西に目を凝らすと、まるで富士山のように雲仙普賢岳が雲の中から頭を出した。南東には薄く阿蘇根子岳のギザギザが、その横に中岳・高岳。さらに祖母山。なんとも山座同定の楽しい山頂だ。これだけ見えると誰もが探してしまうのはくじゅう連山。しかし見えない…。次のピーク、釈迦岳へはさらに東に進む。ということは、くじゅうを拝めるかもしれないと期待しながら山頂を後にした。
薄っすらと雲仙普賢岳の山頂が顔を出す

釈迦岳までは、気持ちいいブナやカエデの稜線を進む。ところどころにシャクナゲの木も見られ、花咲く春の尾根道を思う。尾根の左側は大分県、右側は福岡県。足を大分に置いてみたり、福岡に置いてみたり、反復横跳びをしながら進む。岩場をいくつか登ると、御前岳から1時間ほどで釈迦岳山頂に到着した。釈迦岳は二峰からなり、こちらが本釈迦と呼ばれる。もうひとつは北東にそびえ、気象観測レーダーのある普賢岳だ。
稜線から遠くに気象観測レーダーが見えた

本釈迦山頂には、美しく柔和な表情をしたお釈迦様が座す。振り返ると、御前岳の美しい尖塔が見える。ついさっきまであのてっぺんにいたとは思えないくらい遠くに見える。縦走は、来た道に後ろ髪引かれ、行く道に背中を押されるのがいい。
釈迦岳山頂のお釈迦様に下山路の無事を祈る

下りは、第二峰の普賢岳を経由して、スノーピーク奥日田キャンプフィールドの入り口に下山する。その後は林道を歩いて出発地点の登山口に戻る予定だ。

普賢岳は展望台になっており、くじゅうが綺麗に見え大満足。再び山道に戻り、この後は長い階段のアップダウンが続く。途中、並走している車道が見えたことは、仲間には秘密にしておいた。最後の分岐がやや分かりにくいので要注意。尾根が鉄塔に向かって延びていて直進しそうになるが、右手にある釈迦岳の道標に従い下る。途中の展望所では、正面にくじゅう、左手に由布岳の双耳峰がくっきりと見える。真下にスノーピークのキャンプフィールドを見つけ少しホッとした。

振り返ると見える御前岳の勇ましい尖塔

急な岩場を下りきると舗装路に出た。ここからは林道を歩き登山口まで戻る。所々で見え隠れする展望に癒される。万年山越しにまた由布岳が姿を現した。由布岳は九州一見つけやすい山だ。湧蓋山の奥には三俣山が。玖珠の風力発電の風車も見える。最後まで展望を楽しめる山行だった。夕方の光に目を細めながら、いつまでも赤や黄色に染まる山腹を見上げた。次に来る時は、スノーピークをベースにして、御前岳、釈迦岳、渡神岳の津江三山を登ってみよう。

林道からも景色を見下ろす。最後まで展望を楽しめる山行だった


日田でカヤックツーリングをご希望の方はこちら

美しい奥日田の湖をカヤックで巡る珠玉の体験。興味がある方はぜひ、下記にお問い合わせください。河津さんが主催する「オースタイル Trace the River」では、初心者向けのパドルレッスンを中心に、今回のようなツアーガイドサービスも行っていく予定とのことです。

「オースタイル Trace the River」Webサイトはこちらから


大分県西部、日田・玖珠・九重の絶景アウトドア。特設Webサイトはこちらから

北部九州のほぼ中央、福岡市街から車で約1時間の場所に位置する大分県日田市・玖珠町・九重町。大分県西部と呼ばれるこのエリアは、美しい山々と川に恵まれた、九州を代表するアウトドアの聖地です。登山に川遊び、キャンプ…。ファミリーでライトに楽しむのも、ひとりでディープに楽しむのも思いのまま。絶景のアウトドアフィールドがここには広がっています。

米村 奈穂

フリーライター

米村 奈穂

フリーライター

幼い頃より山岳部の顧問をしていた父親に連れられ山に入る。アウドドアーメーカー勤務や、九州・山口の山雑誌「季刊のぼろ」編集部を経て現職に。