埼玉県奥秩父|神宿る秩父三峯で、心も浄化されるワーケーショントリップ

新しい働き方として、昨年来大きく拡がりを見せた「ワーケーション」。カフェやキャンプ場など、自分時間を楽しみながら仕事環境を変える人が増えていますが、旅先に“神社”を選ぶ、そんな選択肢もあることをご存知でしょうか? 拠点は関東有数のパワースポットとして名高い三峯神社。普段通り仕事に取り組みながらも、様々なアクティビティを通して秩父の大自然を満喫。日常のような非日常のような、三日間の旅の記録をお届けします。

2021.02.12

武石 綾子

ライター

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旅のベースキャンプは秘境の神社

「着いた…!」
電車とバスを乗り継ぎ峠超えした先に、雄大な山並みと最盛期の紅葉が広がっている。雲一つない秋空のもと、都心より少しひんやりとした風が耳の横を通り抜けた。単純な私は、その風景だけでここまで来たかいがあったなあと考えてしまう。

標高約1,100メートル。都心から来るには少し…、というか、結構遠いのだけれど、時間をかけてでも自分の身体を遠くに連れ出すことによって、そこにしかない体験が得られることを、山好きの人ならよく知っているだろう。

この秘境ともいえる場所に滞在し、様々なアクティビティを交えながら仕事も片付けてしまおう、というなんとも楽しそうなお誘いを受け、登山用のザックに着替えとパソコンを詰めこんでやってきた。到着したのは、旅のベースキャンプとなる三峯神社だ。

三峯神社は、秩父多摩甲斐国立公園の南東に位置する三峰山の一角に鎮座している。その歴史は古く、日本武尊(やまとたけるのみこと)が神威の養護を願い、伊弉諾命(いざなぎのみこと)・伊弉冊命(いざなみのみこと)を祀ったことに始まる。その後、日本武尊の父・景行天皇が息子の戦跡であるこの地を訪れ、三山が高く聳え立つ様子を見て「三峰宮」の称号を授けたという。三山とは「雲取山」「白岩山」「妙法ヶ岳」の総称。近年は奥秩父登山への起点―まさにベースキャンプ的存在として知られる。御嶽山神社や宝登山神社などと同様、神使として狼(お犬さま)が祀られており、境内の御神犬像を拝してまわるのも楽しい。もちろん、特に予備知識なく訪れて参拝するだけでもご利益はありそうだけれど、興味があればその伝承や由来を調べてみると、旅がより味わい深いものになるだろう。

あ・うんの表情でも魔除けの狛犬とは異なり、御眷属(ごけんぞく)として祀られている ※御眷属・・・神の使者。

宿泊するのは宿坊「興雲閣」。
宿坊というと、「修行」とか「精進料理」とか、私の場合はそんな安易なことばかり考えてしまうのだけれど、到着してみれば想像をはるかに超えるなんとも快適な空間。部屋からは見とれてしまうほどの美しい紅葉の景色を楽しむことができるし(訪れたのは11月の中旬)、地のものをふんだんに使った食事も温泉もおもてなしも、長旅の疲れを癒してくれる。

朝夕の食事では様々な“地のもの”が楽しめる

ヨガに御祈祷、はじめての浄書。都会の喧騒から離れた先に

とにかく朝が弱くて普段はなかなか布団から出られない私だが、翌日は夜明け前に目を覚ました。朝風呂で身体を温めた後に、大広間へと向かう。楽しみにしていたアクティビティの一つ、”神社で早朝ヨガ”。

まずはゆったりと目を瞑って大きく深呼吸し、自分の身体と対話する。神社の広間という環境に身を置くだけで、なんとなく心身が清められているような気がしてくるから不思議だ。

秩父出身の小泉先生が優しく指導してくれる

「大切なのは深い呼吸です。いらないものを捨てないと新しいものが入ってこないので、思い切って吐き出してしまいましょう」。

なんとかバランスを保って目一杯両手を伸ばし、目を閉じて深く息を吸って吐く。(あ、足がぷるぷるする…。久しぶりだし…。)などといいわけが頭に浮かんでくるけれど、身体を動かしていると少しずつ集中できるようになってくる。なんだか先生の言葉もいつもよりすっと入ってくるような、雑念が消えてだんだん思考がクリアになっていくような感覚。

あっという間の時間が終わって時計を見ると7時をまわったばかり。充実した1日になりそうな予感を抱きながら御祈祷を受けるため本殿へ向かう。足裏にひんやりとした空気が伝わり、一層頭が冴えてくる。時間が来るのを待ちながら、前日に御祈祷の申し込みを行う際に選んだ「お願いごと」を思い出した。「心身健康」と「事業繁栄」。うーん、我ながら現実的。本当はもっとお願いしたいこともあるけれど、ここは欲張らずに。

「今望んでいること」についてじっくり考えてみるのも、自分と向き合う良い機会かもしれない。

御祈祷を受けた後にいただけるお札と御神供

旅先にいながら、始業はいつも通りの時間に

旅の前半はワークタイムもたっぷりとある。この日はため込んでいた仕事を一気に片付けようと意気込み、パソコンを開いた。神社で黙々と仕事をしている自分の姿が最初は少し不思議だったけれど、珍しくあっという間にタスクが片付いてしまった。大広間で仕事をするのもよし、作業に疲れたら景色の良い部屋でのんびりとお昼寝するもよし。朝早くから活動しているのだから、少し怠けるのも休息のうち、この旅ではおおらかにいこう。

外に出て、山々を眺めながら散歩するのも良い気分転換になる。私はといえば、隠れた場所にあるかわいいカフェを見つけ、山を眺めて日向ぼっこしながらケーキと珈琲で一息。

カフェの店主さんがおまけで秩父カエデの綿あめをつけてくれた

あまりの心地よさにそのままついうとうとしそうになって、あわてて宿坊へと戻る。午後一番、“浄書体験”の時間だ。「浄書」は「清書する」という意味で、今回の体験では、神道の祭祀に用いられる祝詞(のりと)の一つである”大祓詞(おおはらえのことば)”を書き写していく。

まずは正座をして背筋を伸ばす。小筆の墨を整え、若干緊張しながら一字一字丁寧に筆を進めていく。時にしびれる足をさすりながらも手を動かす。するとだんだんと無心になってくる一方で、詞(ことば)そのものの意味がすっと入ってくるようになる。1時間半ほどですべて書き上げると、こみあげてくるのはなんともいえない達成感。自身で清書した大祓詞は持ち帰ることができるので、その内容をじっくり調べながら後々読み返してみるのも面白い。

ヨガに御祈祷、浄書に仕事。早朝から心身を使って自分と向き合う時間を過ごしていると、少しずつだけれど雑念が消えてすっきりしていくような感覚を得る。なんとなくこころの奥にある普段は使わない部分を開いたような、そんな不思議な体験をした日。これがいわゆる“マインドフルネス”だろうか。明日は今日以上に身体を動かすことになりそう。そんなことを考えていたら普段より2時間程も早く眠りについてしまった。

早朝の澄んだ空気の中、境内を独り占めできる贅沢

実は前日、朝風呂に向かう途中に窓から見えた朝焼けが驚くほどに赤く美しくて、「明日は絶対に遙拝所で朝日を見よう」と決めていた。
宿坊の外に出るとまだ辺りは薄暗く、キンとした空気が顔を冷やす。ネックウォーマーで顔を覆いながら昨日のヨガさながらに大きく息を吸い込むと、澄んだ空気が身体の中を浄化してくれる。

遙拝所に到着すると、柔らかく赤い光が広がっていくのが見えた。雲と朝日が美しいグラデーションとなって、やはり、目を奪われてしまう。気候等の条件が合えば、この場所から雲海を楽しむこともできる。山中の秘境ならではの朝時間だ。

日中は人で溢れる本殿前も参道も、早朝であればこの静かさ

陽が境内を照らし始めた頃駐車場まで足を伸ばすと、周辺の山容がはっきり見える。今日は三峰のひとつ、妙法ヶ岳登山・奥宮の登拝からスタートだ。

今回の登山ルートである、三峯神社から妙法ヶ岳へのピストン。YAMAPの地図はこちら

五感と全身をフルに使って、知られざる秩父を味わう

妙法ヶ岳には三峯神社の奥宮がある。山頂までは登山口から概ね1時間程度、もちろん十分注意する必要はあるけれど、スニーカーでも問題ない程度に道は整備されている。
比較的易しい山でありながら、標高を上げるほどに絶景が広がっていき、天気がよければ両神山など秩父山塊の景色を楽しむことができる。
絨毯のように広がる落ち葉を踏みしめながら、一歩一歩。ここでも深呼吸をしながら登っていく。

陽が差し込む登山道。よく整備されていて歩きやすい

登山と瞑想はよく似ていて、歩くことに集中しているとだんだん雑念が消えていく。そして自分にとって大事なものが残る。私が山に向かう理由のひとつもそれだ。

のんびりと歩を進め、山頂前の岩をロープ伝いに登ると奥宮に到着した。初対面の人も含め、ともに登ってきたメンバーで「お疲れ様でした~」と声を掛け合う。山頂で景色を眺めながら飲む温かい珈琲は格別においしい。

秩父名物の味噌ポテトを下山後のおやつに。もちろんこの後ランチもしっかり食べました

E-BIKEで峠道を一気に下りさらに山奥の“秘密基地”へ

「この自転車すごい!」
午後の移動手段として使用するE-BIKE (電気自動車)にはじめてまたがったメンバーが声をあげる。もちろん山道だからアップダウンが予想されるのだけれど、これなら坂道もすいすい登ることができそうだ。

さっき山に登ったと思ったら今度は一気に峠を下るまさに登山のような1日。目的地は山奥の秘密基地。山沿いの斜面に沿って民家が並ぶ“秘境の集落”栃本にある「栃本ふるさとテラス」だ。

いざ走り出すと、少しペダルを回すだけでぐんぐんと速度が上がっていく。スピードメーターには「32km」という表示!乗り始めはちょっと緊張したけれど、慣れてしまえば爽快そのもの(とはいっても峠道なので、自転車に慣れていない人は、無理せずゆっくりと)。

今回のE-BIKEのルート。三峯神社駐車場から栃本集落へ向かう。YAMAPの地図はこちら

ところどころ絶景ポイントがあり足が止まる。それもそのはず、私たちがE-BIKEを走らせているこの国道140号、奥秩父山塊の美しい景色を楽しめることから、「日本の道100選」に選ばれているのだとか。今回は紅葉で真っ赤に染まる木々が楽しめたけれど、きっと季節によって様々な景色・表情を魅せるのだろう。

思わず歓声をあげてしまうほどの紅葉

目的地付近まで来たところで「栃本関跡」に立ち寄る。
国道140号は別名を“秩父往還”ともいい、甲斐(山梨)と武蔵(埼玉)の往来路として古くから存在していた。戦国時代、秩父に進出した武田信玄により関所が設けられ、時代の流れとともにその役割を変えながら、国の史跡として現在もその形を残している。栃本は国と国をつなぐ重要な地だったというわけだ。

そんなことを考えながら跡地をまじまじとながめていると、「お疲れ様でした」と声をかけられた。様々な資源を活用しながら栃本の魅力を伝える活動「栃本ふるさとプロジェクト」を推進している吉本さんが柔らかな笑顔で迎えてくれる。その活動拠点にお邪魔し、木材を削って箸を作るのがこの旅最後のアクティビティだ。

のこぎりとチェーンソーを持った吉本さんに付いて地元の山に入る。栃本区長の山で、どうにか有効な資源として使いたいと頭をひねっているところなのだそう。

箸づくりに使う木を皆で協力して切っていく

「草木が自然に生えてくる状態が理想なのですが、陽があたりにくい場所でもあり土が硬くなって雨がそのまま流れてしまうんです。」

そんな悩みをこぼしながら吉本さんが大木にのこぎりを入れていく。資源もこの山の木々も、どうしたら有効活用できるのかな―そんなことを考えていると、のこぎりをチェーンソーに持ち替えていた吉本さんから「やってみますか?」と声をかけられた。おそるおそるチェーンソーを握る。自分で木を切ってみると、その手触りや香りがより直に感じられる。

ナタとハンマーを使ってさらに細かく割り、箸作り用に好みの木片をチョイス

いよいよ本日の目的地、栃本ふるさとテラスに入ると、ちょうど陽が落ちようとする瞬間だった。窓からは甲武信ヶ岳が見え、「本当に秩父の山奥まで来たんだ」と実感。早速吉本さんのレクチャーを受け、それぞれが選んだ木片を理想の箸へと近づけるべく小刀で削っていく。手元のみ使っているように思えて、意外と全身を使うこの作業。「今日のBBQはジビエがありますよ~。」という吉本さんの声がけをモチベーションに一心不乱に小刀を動かしていくと、ちょっといびつながら、なんとか箸が完成した。

BBQでは吉本さんお手製のジビエハンバーグ(分厚い!)に地元でとれた野菜、お肉にぴったりの赤ワイン等がふるまわれた。栃本でもブドウの栽培をしており、将来的には、仲間とともにワイナリーを作りたいという夢があるそう。お酒を交えつつ話を聞きながら感じるのは、やっぱりこういうご縁が、旅の醍醐味だということ。

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はじめは「長い道のり」と感じても、終わってみたらあっという間で名残惜しい。山を下りる時も、旅が終わる時も、それは同じだ。「雪の雲取山も良さそうだなー」などと妄想を膨らませながら都心に向かう特急に乗り込む。次来る時もまた、ベースキャンプは三峰神社、登山バッグにはパソコンをしのばせてこようかな。秩父の山々がどんな表情で迎えてくれるのか、今から楽しみだ。

武石 綾子

ライター

武石 綾子

ライター

静岡県御殿場市生まれ。一度きりの挑戦のつもりで富士山に登ったことから山にはまり込み、里山からアルプスまで季節を問わず足を運んでいる。コンサルティング会社等を経て2018年にフリーに。執筆やコミュニティ運営等の活動を通じて、各地の山・自然の中で過ごす余暇の提案や、地域の魅力を再発見する活動を行っている。