過去にYAMAP MAGAZINEで、道具に対する異常な偏愛っぷりを語る連載「旅する道具偏愛論」を担当していた低山トラベラーにして文筆家の大内征氏。そんな大内氏が今回、初夏の伊豆に連れていった山道具は日本のカメラブランド「OM SYSTEM」がこの春に発売したミラーレス一眼カメラ「OM-3」です。
山でも街でも使いやすいと、登山界隈でも話題になっている「OM-3」。果たして大内氏の評価やいかに? 久しぶりの道具偏愛論をお楽しみください。
2025.05.29
大内 征
低山トラベラー/山旅文筆家
つい先日、届いたばかりの「OM-3」を持ち出して、伊豆半島に出かけてきた。新しいカメラを試す山歩旅(さんぽたび)である。ただそれだけの目的なのに、このワクワクはなんだろう。ただそれだけの目的だからこそ、かえって贅沢なのかもしれない。カメラを試した印象は、もちろんここでレポートする。
ぼくは日本中の低山を旅して歩き、その魅力を探究する低山トラベラーだ。人の営みの色濃い低山や古道をメインフィールドとして、諸説ありの伝承・神話をたどり、いまなお山中に残る歴史の痕跡を訪ねている。その土地ならではの風景と風土を見聞し、文章や講話などで発信することを生業としている。使用する写真は、もちろん自分で撮ったものだ。
新しいカメラというのは、本当に気分が高まる。購入してから使いこなしてなお、幾度となく「ああ、いいカメラだなあ」と心を躍らせる瞬間がやってくる。それはきっと、読者のみなさんも同じだろう。
たとえば“開封の儀”は、そのひとつ。届いたばかりのカメラを箱から出すことを「unboxing」と呼ぶ。SNSなどで人気のコンテンツになるくらいだから、ただの開封作業というわけではない。
ダンボールの外箱にカッターを入れる瞬間は、見ているこちらもドキドキだ。箱から実機を取り出すシーンでは、焦らす人がいたり、もったいぶらず一気に広げる人がいたりと、十人十色なのが面白い。ガサゴソと緩衝材に触れる音も臨場感があって好き。
意中のカメラを初めて手にし、胸の前で構えたときの高揚感たるや。少し触ってみた質感や操作感についての第一印象を、シナリオなしのリアルな反応として綴っていく。この一連の流れがあってはじめて「unboxing」がエンターテインメントとして成立する。
試しにYoutubeで「OM-3 unboxing」と検索してみてほしい。気になる“儀式”を見つけたら、覚悟をして閲覧しよう。なぜなら、それを見ているだけで「OM-3」が欲しくなるからだ。そうなった場合は、ぜひ自分自身でも「unboxing」を楽しみたいものだ。
……と、いきなり購入する前提で話を進めているけれど、読者のみなさんには重大な告白をしなければならない。伊豆の旅へ持ち出したこのカメラ、じつはぼく自身の所有機ではなく、カメラブランドの「OM SYSTEM」から借りたものなのだ。みなさんの買い物魂の灯に油を注いでおきながら、なんだよ買ってないのかよ! と突っ込まれそうだけれど、これには理由がある。
つい昨秋、ぼくは別のメーカーのミラーレス一眼カメラを購入したばかりなのだ。しかも、同クラスの性能と価格……。あのころはまだ「OM-3」は世に出ていなかった。もし出ていたら……と思うことはある。ことさら評判のいいカメラだけに、別機種を買ってしまった身としては、あまり目に入れたくないというコンプレックスも、正直なところ少しはある。
ところが、そんな「OM-3」のレポートを引き受けることになったのだから、自分の気持ちなんてわからないものだ。OM SYSTEMさんもYAMAPさんも心が広い。もし「OM-3」の良さを知ってしまった結果、こっちも欲しい! なんてことになったら、いったいどうしてくれるんだ。いや、待てよ。もしかして、それが狙いなのかも?
つい山へと連れ出したくなる“お山歩カメラ”なのだ
そんなわけで、他メーカーのユーザーとして、読者のみなさんに「OM-3」の魅力を伝えていくことになった。隣の芝は青いという言葉が示す通り、だからこそ感じられる「OM-3」の良さがわかるというものだろう。すでに多くのメディアで語られている話題のカメラでもあるため、ぼくとしては“山歩カメラ”としての個性と実力を、自分なりの視点で試す機会としたい。そしてそれが、みなさんの参考になるなら、これ幸いである。
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で、結論から言うと、「OM-3」は山歩に持ち出すための必要条件をすべて兼ね備えたカメラだということだ。個人的に重視している3つのポイントに整理したけれど、本当にお見事。これはいいカメラだね。
◎マイクロフォーサーズの利点である「小ぶりなボディ」
◎軽量だけど堅牢なマグネシウム合金ボディとクラシカルなデザイン性の高さ
◎グリップレスですっきりさせつつ、右手だけで持てるサムレストの配備
◎山歩には必須の「防塵・防滴」と「耐低温」設計
◎レンズ交換時に心強い「ダストリダクションシステム」
◎ボディ内に実装された強力な「ボディー内5軸手ぶれ補正機構」
◎カメラ内で完結できる色彩設定「カラープロファイルコントロール」
◎特徴的な絵作り機能「コンピュテーショナル フォトグラフィ」
では、これらの3つのポイントについて、もう少し解像度を上げながらひも解いていこう。
OLYMPUS往年のフィルム一眼レフカメラ「OM-1」を継承した魅惑のデザイン!
荷物を詰めたザックを背負う山歩において、小ぶりなカメラが使いやすいことは間違いない。その点「OM-3」は、ミラーレス一眼カメラに最適化されたセンサー「マイクロフォーサーズ規格」に準拠しているため、もともと小ぶりな設計なのが嬉しい。これは、Micro Four Thirds Systemと表記する通り、センサーのサイズが3分の4型と小さいことに由来している。
OM SYSTEMは、OLYMPUSのカメラを前身としている。思い返すと、ぼくのデジカメデビューは、まさにそのOLYMPUSだった。機種は覚えていないものの、そのカメラで撮った写真はオリンパス・ブルーと呼ばれる青空の色彩が素晴らしかったことをよく覚えている。空海の青や森林の緑などビビッドな色彩を好むようになったのは、OLYMPUSのデジカメで撮った写真の影響が、個人的には大きい(と思っている)。
右手のグリップはないものの、このさりげない背面のフック「サムレスト」に親指をひっかけられる
ボディが小ぶりに感じる秘密は、前面と背面のデザインの影響だろうか。というのは、右手側にグリップパーツがないのだ。その分、前面がアンバランスに広く感じる。しかし実際に「OM-3」を持って構えてみると、そこには指を寝かせてカメラを覆うようにして持てるような配慮がある。細かな仕様には、ちゃんと理由があるのだ。
一時的に片手持ちスタイルをとることはあるだろう。それも不安なくできたのは嬉しい発見だった
さらには、背面に配備された小さな突起部分(サムレスト)に親指をひっかけることによって、片手持ちスタイルも可能だった。はじめはグリップレスな構造に懐疑的だったけれど、この背面のサムレストが優秀な仕事をしてくれるおかげで、意外と片手持ちでも馴染む感覚がある。これはいい発見。
【作例】マクロレンズではないはずが、めちゃめちゃ寄れる!
マイクロフォーサーズは接写性能の高さも大きな長所だ。被写体に寄れるという点で、非常に優れているカメラだといえる。今回装着したレンズ「M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO」にはマクロという表記はないけれど、他メーカーのユーザーからすると、かなり近くまで寄れたのは大きな驚きだった。この写真のように、標準でも植物の産毛まではっきりととらえている。
ファインダーをのぞくのが難しいアングルは、バリアングル方式がとても便利!
おまけに液晶モニターには角度を変えられるバリアングル方式が採用されている。しゃがんで小さな植物を撮影する人にはうれしいポイント。これ、ぼくもよくやる。
ということで、小さなボディ、寄れるセンサー、角度を変えられるモニター。もうこれだけでも十分にアウトドア向け。そこに加えて、フィルム式の一眼レフカメラ「OM-1」を彷彿とさせるクラシカルなデザインとマグネシウム合金&レザー調の質感が目を引く。
都会的な雰囲気を醸し出しているカメラだけれど、山の中でもよく映える。そのまま町へと持ち出しても違和感はない。町歩きなどの文化的な寄り道や、温泉街といった旅情あふれる山旅を好む人には、最適解になり得るカメラだろう。
突然の冷たい風にも焦らなくてよい!
いつもおだやかに晴れているとは限らないのが山である。それがたとえ低山であっても、自然の中で起こる現象は、ぼくらの想定をあっさり超えてくるものだ。
とくに雨と風はカメラの難敵。カメラ本体やレンズに浸水を許せば、故障の原因となってしまう。風は塵や埃を運んでくるし、寒い季節ともなれば風速次第で本体を凍りつかせてしまうだろう。
したがってボディ本体の防塵・防滴設計は必須条件。いや、筆頭条件といっても差し支えないくらいだ。加えて耐低温設計なら、なお安心。「OM-3」は、防塵・防水等級 IP53に対応しており、突然の豪雨に遭遇しても十分に耐えうる。しかも、低温下においてはマイナス10℃までの使用を想定して設計されている。春夏秋冬あらゆる過酷な環境において、このカメラなら写真を撮る楽しみは、やめなくていい。
ダストリダクションが効いて、屋外でのレンズ交換も心強い!
ぼくの場合、じっくり向き合って撮影するような作品撮りではなく、スナップが中心となることが多い。それゆえ標準ズームレンズの中でも、純正の明るいレンズは必ず一つ持っておくようにしている。広大な風景にも可憐な花にも思うままにレンズを向けて、二度とこないその一瞬をおさめるのだ。
とはいえ特定のテーマをもって山へ赴き、粘り強くその瞬間を待つことも、もちろんある。そんなときは、単焦点レンズをいくつか持っていくから、屋外でレンズ交換を想定しておくことも大切。
センサーを守るためにカメラ本体を下に向けるだけでは心もとないだろう。「OM-3」はダストリダクションシステムを備えているから、レンズ交換等でセンサーに付着した塵や埃を排除してくれる。これも山歩には嬉しい機能だ。おまけにボディ内には強力な手ぶれ補正機構が実装されているから、動きの速い被写体や、やや暗い森の中での撮影でジワリと効いてくる。
ということで、自然の環境のもとで使用するカメラとしては、これ以上ない設計とデザインであることは間違いない。個人的には、この段階ですでに欲しくなってしまった。どうしてくれるのだ。さすがに同クラスのカメラを購入した直後だから、おいそれとは買えないけれど。
とはいえ、つぎのポイントで、ますます心が揺らぐことになってしまった。それが「OM-3」ならではの特徴的な絵作り機能である。
慣れてくれば、ファインダーをのぞきながら設定を変えることも
寄稿文には、だいたい自前の写真を添える。登山誌をはじめ、書籍、ウェブマガジンなどが中心だ。週刊誌、会報誌、新聞なんかの連載もある。トークイベントや講演会、講座などでも、もちろんスライドに写真を用いる。テレビ番組などに写真だけを提供するケースも、稀にある。
自分が伝えたいこと。テーマ、視点、シーン。そういったものを表現する手段として、写真はとても優れている。ぼくは本業が物書きだから、言葉よりも雄弁に伝える一枚を選び、あえて語らないことも多い。文字と写真の役割分担。カメラマンではないけれど、ちょっとしたテクニックを知っておかなければならないのは、そういう職業的背景があるからだ。
ではここからは、伊豆で撮ってきた作例をもって説明していこう。
【作例①】浄蓮の滝が描く、美しき白糸。ライブND(ND64)で撮影。なかなかいいスロー感!
浄蓮の滝で撮ったこの写真は、いわゆるシャッター速度や露出を変えて撮ったものではない。ここで使った機能は「コンピュテーショナル フォトグラフィ」のひとつ「ライブND」。こんな雰囲気のスローシャッター効果が効いた写真が撮れる。これ、めちゃいいぞ。
【作例②】駿河湾から届く風が描く、笹の絨毯。ライブND(ND64)で撮影。ちょっとした風でも、この通り!
仁科峠で撮ったこの写真も「ライブND」を使用して撮影。もう少し強めの風を期待して待ったものの、この日はおだやか。とはいえ、弱い風でもここまで笹の揺れをスローにとらえることができたのは驚きだ。しかも晴れ間の明るい環境で。
カメラ内設定のみの撮って出しでこの仕上がりなのだから、ライブNDの実力たるや、恐るべし。思わず「おお!」と叫んだほど、抜群にいい機能だと思う。ND2~ND64まで6段階の調節が可能だから、撮りたい完成形をイメージして、何度も練習してみるといいだろう。
【作例③④】三島大社の境内にて。ライブGND(GND8)で撮影。比較するとその違いがよくわかる!
こちらの二枚は、三島大社で撮影。使用した機能は「ライブGND」だ。明暗差の大きい状況で、範囲を切り分けて明と暗をはっきり取り込むことができる優れた機能。
上の写真は、なにも考えずに撮ったもの。空の明るさに雲が潰されてしまい、神社も暗く影響を受けている。下の写真は、その直後にライブGND(GND8)で撮影したものだ。空に浮かぶどんよりした雲がはっきりとらえられ、神社は明るく感じる仕上がりとなった。切り分けのラインは神社の屋根。そこで上と下とに明暗差をつけている。
ここまでの作例は、すべてカメラ内で設定しただけの撮って出し画像。さらに自宅でちょっとレタッチでもすれば、より自分が望む絵作りができるはず。
【作例⑤⑥】カラープロファイルコントロールで、特定の色味の濃度を変える!
この二枚の写真を見比べてほしい。中心には被写体として黄色い花が写っている。それぞれの黄色の色味が違うことは、一見してお分かりだろう。これもカメラ内の設定でできること。デジタル技術ってすごいなあ。
「カラープロファイルコントロール」は、このように特定の色を指定して、その濃淡を好きなように設定することができる機能だ。ポイントは、全体の濃淡ではなく、特定の色をピンポイントで変えられるということ。これも、めちゃいいぞ。
カラープロファイルコントロールはこのボタンで操作。グリップがない理由がこれなのかも?
ぼくはオリンパス・ブルーに薫陶を受けたビビッドカラー大好き人間なので、緑はより緑に、青はより青に、黄色はより黄色にしたい。いいか悪いかではなく、自分が好きなように撮ればいい。そんなスタンスだから「カラープロファイルコントロール」のような機能で好みの色彩をささっと強調できるのは、とてもありがたい。
【作例⑦】川辺で粘っていたら、偶然にも人が。いま、ここ、その瞬間。これぞ写真の楽しさ!
こちらは、別の日の一枚。いつもトレーニングで歩くホームマウンテンの渓谷道で、鮮やかな新緑の水面に出合ったときのものだ。ちょっと粘って、好きな緑の色味を出すことができて嬉しい。さっとスナップしただけでも、その場で設定した色味で印象的な風景を切り取ることができる。すべては自分次第の、本当にいいカメラだと思う。
「カラープロファイルコントロール」の画面を見ながら少しずつ緑の設定を変えて撮影するひと手間も、自分の理想とする仕上がりを目標にすることで楽しい時間になった。だれにも邪魔されず、ひとり「ああでもない、こうでもない」と言いながら被写体とカメラと向き合った、尊い時間。帰宅してからパソコンで見返すのもまたお楽しみのひとつ。もし上手くいかなかったなら、また「OM-3」を連れて山歩にいけばいい。
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さて、恐ろしいことに、まだまだ言及したい機能はある。さすがは山界隈の友人知人がこぞって話題にしているカメラだと感心した。とはいえ、ぼくとしてはスナップ主体の“山歩カメラ”として、その個性と実力を自分なりの視点で試すことが今回のレポートの目的。ここまで丁寧に読んでくれた読者のみなさんには、山歩カメラとしての実力は十分に伝わったことだろう。
個人的に慣れない点をひとつ挙げるとすれば、電源スイッチが左にあることだろうか。いつも右手でカメラのグリップをつかみながら、同時に電源を入れてしまうスタイルに慣れているから。まあそれは慣れ次第でどうにでもなることではある(後日聞いた話によると、カスタム設定で右側CPボタンのレバーに電源ON/OFF操作を付与できるとのこと)。
伊豆の山歩では、本当に楽しい撮影ハイクをすることができた。すでに「OM-3」を愛用している川野恭子先生に手ほどきを受けながら、ぼくはぼくでお気に入りの山を彼女に紹介することもできた。
伊豆の山歩をともにしたYAMAPの編集担当とともに二人三脚で原稿を書き終えた今、まだ自宅に「OM-3」と数々の名作レンズがある。ちょっと名残惜しいから、返却するまでもう少しだけ遊ばせてもらおう。もうレポートのことは気にしなくていいのだから、こんどは超個人的にテストができる。まさかその結果、ぼくの「unboxing」がきたりして!?
写真(作例)・文:大内征
写真(作例以外):川野恭子