福岡市内から車を走らせ約3時間半。熊本県の西側、有明海に面した天草へ。年間通して観光客が絶えないこの場所は、風光明媚な景色が万人を魅了する熊本屈指の観光地。豊富な海産物や温泉、島に暮らす人々の温かな人柄…。海と山の魅力を知り尽くしたプロたちが、未知なる冒険の扉を開く1泊2日の旅に誘ってくれました。
2021.02.17
中城 明日香
編集者・ライター・インタビュアー
美しい海と海岸線が続く有明海の入口、熊本県天草地方。この地を舞台に1泊2日で紺碧の海と緑豊かな山を楽しむツアーが11月に開催されました。筆者と一緒に旅を体験してくれるのは、普段から家族ぐるみで仲がいいという高村さんと竹野さん一家。2組の家族とともに行く天草の旅には、どんな冒険が待っているのでしょうか。
今回の旅の始まりの場所となったのは、天草地域の玄関口・上天草市にある「ミオ・カミーノ」。天草の魅力(モノ・トコロ・ヒト・コト)に出合える複合施設として、2020年にオープンしたばかりの話題のスポット。海と陸の多彩なアクティビティを楽しむ基地であり、とっておきのお土産やベイサイドテラスのあるカフェなど、訪れるだけでリフレッシュできる空間が広がっています。
まずは、「ミオ・カミーノ」のテラスで顔合わせ。やや緊張した面持ちの子どもたちを和ませてくれたのは、海のエキスパート「アンプラグド」の船原英照(ふなはらえいしょう)さん。緊張をほぐすには、身体を動かすのが一番! と言わんばかりに、早速カヤックのレクチャーをスタート。一見、難しそうに見えるカヤックですが、初心者でもコツさえ掴めばカヤックのゆったりとした乗り心地を十分に堪能することができます。
不安や恐怖を感じる間も無く、いざ海原へ! 「天草の海には、120もの島が浮かんでいるんですよ。約3000年前の地殻変動でできたと言われています」という船原さんの言葉に触発され、好奇心がムクムクと湧いてきた一同。みんな夢中になって漕ぎ出します。
カヤックを漕ぐことに少し慣れてきたころ、海の中に白い島が現れました。ここが最初の目的地。通称「シェルアイランド」と呼ばれる無人島。一見、砂浜に見えた白は、大量の貝殻が堆積してできた島だったのです。周りにいくつも島がある中で、なぜここにだけ貝殻が集まっているのか、その理由を考えるだけでも想像力が掻き立てられます。
「台風で偶然流れ着いていた」という流木をベンチに、みんなで昼食を。今回は、天草で人気の懐石料理店「福伸」に、船原さんが特別にオーダーしたという、天草の名物がギュッと詰まった特製弁当を堪能! 地鶏の天草大王に、車海老、和牛のデミソースなど、どれも本格的な味わいで、途端にみんなの顔がほぐれます。
カヤックを夢中で漕いだ先にたどり着いた非日常空間で、とっておきのお弁当を食べるひと時。食後は、岩場にできた潮溜まりで生き物を探したり、流木のベンチを楽器に見立ててリズムを刻んでみたり、貝殻のビーチを歩いてみたり。
「ヒトデがいたよ!」「見てみて!カニがいる!」と、周囲を見渡せば発見の連続です。
海の真ん中でひとしきり心が喜ぶ時間を過ごしたら、抱えていた緊張も不安も、一気に吹き飛んでしまいました。
「あそこに石切り場の名残がありますね。他にも古墳がある島、サギのコロニー(巣)、ハクセンシオマネキという大きなハサミを持つカニの住処など、天草の無人島は、それぞれが違った個性があるんですよ」と、カヤックの上でもそれぞれの島の特徴を丁寧にレクチャーする船原さん。フェリーや釣り人たちとの絶妙なコミュニケーションも、カヤックの醍醐味です。最初は、うまくオールが漕げずに、挫けそうになった瞬間もあったけれど、帰路に着く頃にはすっかりカヤックと友達になっていました。
「天気や潮の満ち引きも掛け合わせれば、一日たりとも同じ海はないから、飽きることはないですよ」。そう明るく話す船原さんの言葉に、きっとまたこの海へ戻ってこようと決意したのでした。
カヤックを降りたら、何だかもっと身体を動かしたい気分になるから不思議。そんなわけで、今度は「ミオ・カミーノ」の施設内にあるボルダリングに挑戦です。
常駐のインストラクターが、レンタルシューズの選び方から、ボルダリングコースまで、しっかりアドバイスしてくれるので、誰でも安心してトライできます。
また、レンタルE-Bike(電動アシスト自転車)も家族で丸一日楽しめるのでおすすめ。急な坂道もアシスト機能で楽々登れるE-Bikeなら、子どもの有り余るパワーに負けずに進むことができるのです。疲れ知らずのE-Bikeで風を切る開放感と、そこで出合える美しい景色を体感すれば、一気に天草という土地に愛着が湧いてきます。
日が傾き始めた頃、次なるフィールドである「白嶽森林公園キャンプ場」へ。今夜はここで焚き火体験とBBQ。美味しいご飯を食べられるかどうかは、子どもたちの腕次第?! 果たして無事に焚き火を起こすことはできるのでしょうか?
案内してくれたのは、山歩きのエキスパート久津摩雄一郎(くつまゆういちろう)さんと泉雄樹(いずみゆうき)さん。
久津摩さんと泉さんは、「県立天草青年の家」のスタッフとして、多彩なプログラムの実施から森の管理まで何でもこなす、自然とフィールドワークのプロフェッショナル。
お2人の言葉が子どもたちの“やる気スイッチ”となり、それぞれの持つチャレンジ精神を巧みに引き出していきます。
豊かな森に囲まれたキャンプ場で、まず初めに行ったのは“火起こし”。
森の中の至る所に転がっている松ぼっくりや松の葉を拾い集めたら、薪用の木材と組み合わせて、どうすれば着火できるかみんなで考えます。
“クツマン”こと久津摩さんが子どもたち一人一人を見守りながら、考えを促します。
「このマッチでどうやったら火が起こるかな?自由にやっていいよ!」と久津摩さんの言葉に
「ヤッホー!チャレンジだ!」と、最初に反応したのは、最年少・5才のSくんです。
ドキドキしながらマッチを擦って、薪にマッチの火を移そうとするものの、火は燃え移ることなく、あっという間に消えてしまいます。
4人の子どもたちが挑戦するも、とうとう誰のマッチも点くことはありませんでした。
「火は上に昇って来るんだよ」という久津摩さんのさりげない声がけに、ハッとひらめいた4人。
Eくん「下の方にマッチを入れたらどう?」
Rくん「面白そうじゃん!」
Kくん「いいね!いいね!やってみよう!」
火の入れ方がわかったら、今度は火種を大きくするには、どうしたらいいだろう?と頭を捻ります。うちわで仰ぐことに気づいたのは、特攻隊長のKくん。すると、みるみるうちに火が立ち上がりました。その時のみんなの嬉しそうな表情といったら…!
風向きによっては自分に襲い掛かってくる火の危なさや、放置しすぎると薪が燃えて火が小さくなってしまうことなど、少しずつ火との距離感を体得しながら、子どもたちは、変わるがわる火の番に徹します。
「自分たちでゼロから起こした火には、愛着が湧くものなんですよ。自然教育の良さは、生きる力を育むこと。言われたことだけをする“指示待ち”だと、何も進まないということに自分で気づけるんです。他人に言われてやるよりも、自分で気づいたことの方が身に付きます。だから親は、子どもたちに口出しせず、信じること。親の成長の場でもありますよね」と、語る泉さんは優しく子どもたちを見守ります。
焚き火も終盤に差し掛かった頃、子どもたちが明るいうちにノコギリでカットしておいた直径15cmほどの太い薪を加えて、子どもたちはコテージへ。さまざまなアクティビティで体力を使い切ったのか、すぐさま夢の中へと旅立っていきました。
翌朝。取材班が朝7時に集合場所へ行くと、焚き火場には何とすでに火が起こっていました(驚)! 火を起こしたのは、他でもない子どもたち。
薪に残っていた小さな火種を見つけると、あの手この手で立派な焚き火を復活させていたのです。最年長のEくんがふとした瞬間に口にした「僕たちが育てた火」と言った言葉を、筆者は今でも忘れられません。
朝食は、その焚き火を囲んで焼き上げた“カートンドッグ”(この日は、ホットドッグ用のパンに、千切りにしたキャベツとウィンナーを挟んだもの)。
具材を挟んだパンをアルミホイルで包み、空の牛乳パックに入れて、焚き火で着火。立てたまま燃えていく牛乳パックが、バランスを崩して倒れたら完成。
森の朝の瑞々しい空気とともに、文句なしに美味しい朝食でした。
天草の旅、2日目はいよいよ登山です。目指すは、千元の森嶽(233m)の山頂。スタート地点は、海抜0メートル、通称“カームビーチ”こと「西目海水浴場」。海と山の距離が近い、天草ならではの地形を生かした自慢の登山コースです。一見、緩やかに見える斜面の反対側には、断崖絶壁が現れる不思議な山の形状も、天草の地形の特徴。さて、そこにはどんな景色が広がっているのでしょうか。案内してくれるのは、前日に引き続き、泉さんと久津摩さんのお2人です。
いざ登り始めると、早速、両手両足を駆使しなければ登り切れないほどの急斜面が現れます。子どもたちの頑張る気持ちを引き出すため、久津摩さん率いるこども班と少し離れて、泉さん率いる大人班が登ります。驚いたのは、筆者が勝手に心配していた最年少5歳のSくん(右から3番目)が、どんどん歩を進めていたこと!大人班では、竹野さんのパパが「子どもたちの見たことない顔をたくさん見たな〜」としみじみ。
最初こそ急な斜面もありましたが、子ども班も大人班も順調に斜面を登り進めます(筆者だけが高所恐怖症で時折悲鳴を上げていましたが…)。登山道には、水晶や木の実、珍しい草花など、好奇心をくすぐる出合いもたくさんありました。
夢中で歩を進めると、時折パッと開ける視界の先は、木々に覆われた断崖絶壁。そして、その向こうにはコバルトブルーの海に浮かぶ無人島の見事な絶景が広がっていました。そんな風景にパワーをもらいながら、いよいよ山頂となる巨石の上へ。すると、360度見渡す限りの絶景が視界に飛び込んで来ました!その光景は、今でも鮮明に記憶に刻まれています。
1泊2日の締めくくりに用意された登山。遠目に見ると山は緑にしか見えません。
ですが、実際に山の中を歩けば、石や土、揺らぐ木々、水晶や珍しい草木など、その土地ならではの発見や、頂上に近づくに連れて広がる景色まで、全てが新鮮な発見の連続でした。
行動することで、これまでとは違った景色が広がるのは、人も自然も同じ。
大切なのは、五感をフルに使って全身で自然を感じることなのだなぁ、と改めて思い知りました。
海や山に身を置けば、日常生活の中ではなかなか見えてこない、新たな自分や景色に出会えます。自然の中で出合う一期一会の風景と、一人ひとりの心と向き合うフィールドワークは、“旅の思い出”という言葉では括れない程、大きな宝物を与えてくれるのだなと、そんな風に感じました。