YAMAP10周年にちなみ、10年後の2033年を予測する特集シリーズ「DESIGN 2033」。本稿では「山とテクノロジーの10年後」と題し、2033年の登山シーンを大胆予想。テクノロジーが登山の悩みをどう解決しているのか、その未来をモビリティ(乗り物や移動手段)と人間拡張工学(肉体や認知能力の拡張の研究)の専門家に伺いました。前編では、登山の一連の流れのうち、登山口までのアクセスから、登り始め、そして山頂までをお届します。
後編「スマホ常時接続と生体モニターで遭難事故が激減?」はこちらから
2023.03.10
Jun Kumayama
WRITER
「山とテクノロジー」と聞いて、「へっ、しゃらくせえ」と感じた方もいらっしゃるのではないでしょうか。ひとたび山に入れば、そこは経験と体力がものいう世界。ロープウェイや車道が山頂まで通じている山でない限り、登山とは自力で山に登り、自力で下りてこなければいけない行為なのですから。
一方で、テクノロジーが登山をより安全に、より快適にしてきたことも事実。化学繊維は装備を軽く丈夫にしましたし、携帯電話やGPSは遭難のリスクを減らし、迅速な救助にも役立っています。いっさいテクノロジーに頼らない山登りなんて、もはや無理かも。
逆に言うと、この先もテクノロジーによって登山がより安全で快適になる可能性があるということ。果たして10年後、2033年の登山はどうなっているのか? まずは、モビリティジャーナリストの楠田悦子さんに助言を請い、悩み多き「登山口へのアプローチ」から予測します。
登山前の2大問題といえば「スケジューリング」と「アプローチ」。スケジューリングには「いつ休みが取れるのか?」「天気はどうなるのか?」とさまざまな不確定要素が含まれ、テクノロジーだけでは解決できない面もあります。そんなわけで、ここはひとまず「アプローチ」に焦点を当てましょう。
そもそも、登山口までのアクセスは登山者にとって大きな悩みのひとつ。マイカーにせよレンタカーにせよ自分たちでクルマを運転していくのか、はたまた電車やバスなどの公共交通機関に頼るのか。
クルマであれば駐車場の心配がありますし、登山口と下山口が同じピストン登山ならまだしも、下山口が異なるスルーハイクだと登山口に停めたクルマを取りに戻るのも大変。
かたや公共交通機関も、メジャーな山域こそ直行便が出ていますが、ハイシーズンだと満席で乗れなかったりします。また、途中で忘れ物に気づいたり食料を調達したくなったとしても、アウトドアショップやコンビニに自由に立ち寄ることもできません。さらに、マイナーな山だとそもそもバス路線がなかったり、タクシーが見つけにくかったり…。
でも、さすがに10年後は、スマホアプリで配車した無人の自動運転タクシーが登山口まで乗せていってくれるのでは?
「私もYAMAPユーザーなので、ぜひそういう未来が来てほしいんですけど、正直、2033年だと『登山口まで自動運転』というサービスは無理かなと思います」
そう話すのはモビリティジャーナリストの楠田悦子さん。コロナ禍の2021年夏に登山をはじめるやいなや、ソロでほぼ関東近郊の山を登り尽くし、ついぞ剱岳登頂を果たしたうえにトライアスロンまで始めたという肉体派でもあります。
まさか、そんな…。だって世界中で自動運転車がバンバン走っているじゃないですか。
「技術的にはまだごくごく限られた地域内で、ゴルフカート程度の速度のクルマが行ったり来たりしているレベル。これが自宅から登山口までとなると、実現にはまだ時間がかかりそうです。仮に自動運転技術が普及したところで、登山口まで配車するサービスが実装されるかは別問題で、むしろこっちのハードルの方が高いんです」
こっち、と申しますと?
「有人・無人にかかわらず、需要があるかどうかわからないエリアにクルマを走らせることは、ビジネス上できないということです。この『需要』がとても大切で、いま実証実験で自動運転車を運行できているエリアは、限界集落などで高齢の住民が病院やお買い物で使いたい、というハッキリとした需要が見えるからこそ。一方で、外から遊びに来るハイカーの需要は、地元自治体やバス・タクシー会社からは見えづらいんです」
その需要、どうやったら伝わるんでしょうか。陳情?
「YAMAPさんのように、大勢のハイカーの需要を集められるコミュニティが、自治体に働きかけるのが大きな影響力を持つと思いますね」
「自動運転タクシーよりもずっと現実的なのは、相乗りマッチングサービスです」と続ける楠田さん。
マイカーの相乗りマッチングサービスといえば、アメリカ生まれのUber(ウーバー)が有名ですよね。日本でも一部のエリアで相乗りサービスが開始しているものの、本命のUberはいまだタクシー配車アプリにとどまっています。
「そんな日本でも、いま運転手不足で地方のタクシー会社の廃業が相次いでいるんです。アメリカのUberのような相乗りマッチングサービスが本格的に広がっていくのは時間の問題だと思います」
確かに。登山者の需要が高そうな東京奥多摩エリアでも、タクシーは基本1台しか走っていないと聞いて驚きました。
「それこそYAMAPに相乗りマッチングサービス機能が付くといいですよね。アプリで登山計画を立てると、クルマを出す人と相乗りしたい人が自動的にマッチングされる。謝礼と経費はアプリ決済。お小遣い稼ぎができるとわかれば、下山口で地元のドライバーがハイカーを待っているなんてことも期待できそうです」
マイカーだから公共交通機関と違って、融通が利きそうなのも嬉しいポイント。装備や食料を忘れても途中で補給できそうですし、トイレ休憩やお土産購入、下山後の温泉などにも自由度高く立ち寄れていいことづくし。山を愛するYAMAPユーザー同士だから、犯罪に巻き込まれるリスクも低そうです。
「YAMAPさん、ぜひ、ご検討ください!」
楠田さん、ありがとうございました。
さて、2033年はYAMAPの相乗りマッチング機能で、無事に登山口につけそうですが、登山とそのお悩みはここからが本番です。
今回の記事作成にあたり、あらためて登山にまつわる苦悩をピックアップしてみたのですが、それが────
装備やカラダが重い、疲れる/装備を忘れる/歩きにくい/グループのペースに付いていけない/暑い/寒い/喉が乾く/おなかが空く/ケータイ電波が届かない/トイレがない/ゴミ箱がない/お風呂に入れない/現金しか使えない/混雑で山小屋やテント場に泊まれない/ソロだと自分の写真が少ない/植物や生物、山の名前がわからない/濃霧、降雨、夜間で視界が悪い/熱すぎ・寒すぎで電子機器が起動しない/テントが暑く・寒くて眠れない/登山を途中でやめられない/化粧が崩れる/日焼けする……
といった項目たち。
ざっくり分類すると「疲れる」「暑い/寒い」「お風呂に入れない」「通信環境が悪い」あたりに集約されるでしょうか。これら登山にありがちなお悩みをテクノロジーはどうやって解決するのか? 人間拡張工学やバーチャルリアリティ、ジェロンテクノロジー(バリアフリー)などが専門の檜山敦・東京大学 先端科学技術研究センター特任教授を直撃しました。
実は楠田さんと同じく、檜山先生もガチンコの登山愛好家。妙義山や谷川岳、北穂高岳(ゴジラの背)といった岩山がお好きなのだとか。これは10年後の予測も精度が高そうです!
まず最初に、登山にまつわる「疲労」をテクノロジーがどう解決するのか? そもそも、装備も重いし、登り・下りの繰り返しで体力は消耗します。
「装備が重いというのであれば、ボストン・ダイナミクス社(ロボットの研究開発を行うアメリカの会社)が長年開発している四足歩行ロボットに運ばせる方法が考えられますね。ガソリンエンジンで駆動するものはバッテリーよりは効率的です。水素エンジンで駆動できるようになると環境にもよいですね。
より速い運搬方法であればドローンが最適。ドローンはひと足先に山小屋の物資運搬で普及していそうですね。ヘリコプター輸送よりも安価ですし、操縦者が乗らないぶん安全です。10年後には、ヘリコプターや歩荷に変わる山の輸送手段になっているかもしれません」
最近ヘリコプター会社が撤退したり、利用料金が爆上がりしたりしているとも聞きますから、ドローン導入は山小屋にとって福音かもしれません。輸送コストが安くなれば山小屋でのビールや食事の値段も下がりそう。テントポールを忘れた! となっても届くといいなあ。
「アマゾンならぬヤマゾンですね(笑)」
ははは。一方で体力のなさをカバーするには?
「いま介護の現場で開発・導入が期待されるパワードスーツのような補助器具が有効でしょうね。介護する側がされる側を起こしたり支えたりするときに使うようなものです。そんなスーツに、平衡感覚を感知・維持するジャイロを組み合わせれば、歩きにくい路面でも転倒しづらくります。
問題はバッテリー。現在の技術では1日に何時間も行動できるほどの電力は賄えないし、山で充電環境を整えるのも難しい。理想は小さくて高効率なバッテリーなんですが、この先10年で技術的なブレイクスルーが起きるかどうかが鍵だと思います」
確かに、スマホも電気自動車も今ボトルネックになっているのって、ほぼバッテリーです。
「ただ、これらのテクノロジーが実装されたとして、パワードスーツで山に登って、荷物をドローンで運んでもらうのが『登山』なのかは疑問が残るところですよね。自分の身体を使って歩くのが登山の醍醐味でもありますし」
ごもっとも。肉体的な苦痛を感じたくなければ、VRゴーグルであたかも登山しているかのうような体験ができるバーチャル映像を観ていればいいわけですし…。
「そうなると、現実的な落としどころは『テクノロジーで楽する』のではなく、『困ったときだけテクノロジーを介して人力で解決する』ことが2033年の登山の楽しみ方だと思います」と檜山先生。
…と言いますと。
「シェアリングエコノミーですね。例えばマッチングアプリを使い、高齢者や体力がない人、疲れてもう荷物が持てない人に代わって、体力のある人が荷物を持ってあげる。じゃあ、高齢者は若者に頼ってばかりかというとそうではなくて、経験を生かして初心者に山の知識や楽しみ方といった有益な情報を提供する。
これら人と人を繋ぐプラットフォームづくりにテクノロジーが使われていく。こうして、年齢や性別に関わらず、困りごとをマッチングしてお互いに助け合うのが10年後だと思います」
その考え方って、登山口までの相乗りマッチングサービスを提案した楠田さんと同じですね。
「ぼく自身、さまざまな地域で高齢者の知見をシェアするサービスの社会実験をおこなっていまして、『ジーバー(GBER)』って言うんですけど(笑)」
なるほど、UberならぬGBER。つまり2033年の登山は、テクノロジーを介して人と人とが今よりもっと繋がる。これは、YAMAPエンジニアは大変だ…。
というわけで、ぼんやりと2033年の登山シーンの変化が見え始めたところで前編は終了。後編では、登山中に発生する遭難や急患、救助、まだまだ拾いきれていない登山者のお悩みが解決されていくのかどうか、引き続き予測していきたいと思います。
イラスト:牧野 良幸
写真:鈴木 千花
原稿:熊山 准