山から里、そして海へ…。「茨城県北ロングトレイル」の知られざる魅力とは

茨城県の県北エリア6市町にまたがり、その奥深い自然と山里の暮らしの魅力を感じることができる「茨城県北ロングトレイル」。全長320kmを目指して整備が進んでいるトレイルの一部を、登山系YouTuberでモデルの山下舞弓さんが歩きました。本記事では、その山旅の様子をお届け。記事の最後では、茨城県とYAMAPが実施予定のキャンペーンについてもお伝えします。この秋、知られざる魅力たっぷりの茨城県北ロングトレイルを訪れてみませんか?

※茨城県北ロングトレイルは、2023年10月1日から「常陸国ロングトレイル」(ひたちのくにロングトレイル)に名称が変わります。

2023.08.31

寺倉 力

編集者+ライター

INDEX

「茨城県北ロングトレイル」とは?

茨城県をブーツの形に例えると、県庁所在地の水戸が位置するのは、ちょうどくるぶし付近。そこから上部、スネから膝下あたりまでの一帯が今回の主役「県北エリア」である。県の1/3ほどを占める広大な北部エリアに、市街地は海沿いを中心にごくわずか。内陸のほとんどを占めるのは里山と田園地帯の広がりだ。

この自然豊かな県北エリアをぐるりと一周するのが「茨城県北ロングトレイル」。埋もれていた古道や廃道を掘り起こし、各地のハイキングコースや景勝、文化遺産をつなぎ合わせ、新たな価値として再構築したもので、3年前から部分的に公開されて以来、多くのハイカーを迎えている。2023年現在、公開からの延長距離はすでに堂々105km。全線開通すれば全長約320kmという、国内屈指のロングトレイルになる予定だ。

特徴的なのは、県北エリア6市町(日立市、常陸太田市、高萩市、北茨城市、常陸大宮市、大子町)を巡る、ラウンドのトレイルであること。どこからスタートして、どこに下りるか、自分好みに自由に設定できるのだ。

さらに、巡るのはいずれも標高500m前後の里山なので比較的エスケープもしやすく、デイハイクやセクションハイクの選択肢も豊富。里から山に入り、再び里に下りて田園風景を歩きながら次の山に入る日々は、日本の原風景を縫って歩くロングトレイルハイクであり、ぬくもりある里山文化体験になるはずだ。

1日目:逸話と伝説のパワースポット「竪破山(たつわれさん)」

山旅のスタートは、太平洋に面した日立市だった。東京から常磐線特急で1時間40分。ここをベースに2日間にわたって茨城県北ロングトレイルを歩こうというのが、今回の計画だ。山下さんにとっても、茨城県の山は初体験。朝からスマホでマップのチェックに余念がない。

※今回歩いたトレイルに関する地図はこちら

私たち一行を迎えてくれたのは水戸のアウトドアショップ「ナムチェバザール」のオーナー、和田幾久郎さんだ。和田さんは茨城県北ロングトレイルの発案者で、茨城県と協力しながらトレイル開拓プロジェクトの先頭に立つ旗振り役。今回のナビゲーターとしては、これ以上ない人物である。

市街地から西へ車を走らせると、すぐに道路は緑豊かなワインディングロードに入り、小さな峠を越えると御岩(おいわ)神社。「今回歩くパートではないのですが、ここもロングトレイルコースの一部なので、ちょっと立ち寄って行きましょう」と和田さん。

水戸光圀公をはじめ、代々の水戸藩主も参拝に訪れたという由緒あるこの神社。樹齢数百年の巨大な老樹が聳える朝の参道は、凜とした空気が心地良く、それだけで心が洗われるようだった。

次に御岩神社から車で40分ほどの竪破山登山口に向かった。「竪破山」と書いて「たつわれさん」と読む。読み仮名なしで読むのは困難だろう。ここは県内では以前から人気のハイキングコースで、道はよく整備されていて歩きやすい。

トレイルの途中には、奥州遠征時の八幡太郎義家にまつわるいくつもの奇岩が点在している。その極めつけは、山名の由来にもなったという太刀割岩(たちわれいし)だろう。

戦勝祈願でこの山に登った八幡太郎こと源義家は、夢枕に現れた神さまから授けられた黄金の太刀を振るうと、巨岩が真二つに割れたという伝説が残る。「あの国民的人気アニメに登場する有名なシーンは、もしかしたら、この伝説の岩にヒントを得たのかもしれませんね」と和田さんは笑う。

山頂は標高658m。展望台に上ると一気に視界が開け、眼下には緑の大地がどこまでも広がっていた。見えている範囲には国道や県道も通っているはずだが、人工物らしき物は遠方の山に立つ鉄塔以外には見当たらない。これぞ茨城県北エリアの豊かな自然環境だ。

「遠くに見えているのが日立アルプスと呼ばれる山並みで、その向こう側は太平洋です。山並みから右に目を移すと、今朝立ち寄った御岩神社があります。実はこの山頂から御岩神社までは、ずっとロングトレイルが続いているんですよ」と和田さん。

「へぇ〜、そうなんですか?!」と目を丸くする山下さん。さらに和田さんは続ける。

「ここからは360度、見渡す限り県北エリアが広がっていますが、あのはるか彼方までロングトレイルが続いているのです。総延長320km。それを思うとすごいですよね」

駅舎の目の前に海が広がる絶景も…トレイルの拠点は日立駅周辺がおすすめ

竪破山から下山すると、高萩市街地で遅めのランチを、ということになった。向かった先は人気のレストラン「ラ・フォレ」。ムク材と白壁を生かした店内の居心地は最良で、大きめの黒板に書き出されたメニューは料理への期待が膨らむというもの。

山登りと同じくらい食べることにも熱心な山下さんが、さんざん悩んだ末に選んだのは、キッシュとグリーンサラダにハンバーグのデミグラスソース。「本日のデザート」からは、チョコレートのパンナコッタ。実際、フレンチをベースに旬の素材を生かした料理は素晴らしく、大満足の山下さんだった。

濃厚なデミグラスソースは「味噌を使ってコクと深みを出している」そうで、教えてくれたご主人は実は登山好きと聞いて、さらに話が盛り上がった。「ちなみに、味噌は隣にある老舗の味噌蔵で作られたものを仕入れています」ということで、さっそく私たちも向かってみようということに。

レストランの裏手を抜けると竹林の小道。その先に「たつご味噌醸造」があった。常陸の小京都と呼ばれる高萩らしい佇まい。創業は安政元年(1854年)というから驚かされる。昔ながらの製法で丹念に作られた数種類の味噌をあれこれ悩みながら選んでいると、「味噌蔵も見ていきますか?」というありがたいお誘い。予約をすれば工場内見学ツアーや、味噌づくり体験もできるそうだ。

つかの間の高萩を楽しんだ後は、朝出発した日立市に戻った。今回訪れている茨城県北ロングトレイル「南東エリア」は、2022年に開通したコースである。現状ではトレイル上に山小屋はなく、キャンプサイトも限られている。そこで私たちは、常磐線日立駅周辺に泊まってレンタカーを借り、2日間かけて2つのパートを歩くことにしたのだ。

翌朝、トレイルに出発する前に、気になるスポット「シーバーズカフェ」でモーニングを食べようということになった。JR日立駅に隣接して、まるで海の上に浮かんでいるかのようなこのカフェは、国際的に活躍している建築家であり、日立市出身の妹島和世さんの作品。同じく海を見渡せる渡り廊下にはストリートピアノも置かれてあり、駅舎とは思えないほど洗練された空間。これは一見の価値アリだ。

2日目:キャンプと合わせて楽しめる「土岳(つちだけ)」

2日目は、高萩市内から車で15分ほどの距離にある花貫渓谷からスタートした。紅葉の名所としても有名で、なかでも汐見滝吊り橋周辺は、一面のモミジに覆われている。

吊り橋を渡って対岸のトレイルを少し歩くと「小滝沢キャンプ場」。渓流に沿った小さなサイトが点在するキャンプ場で、土岳への登山口もここにある。

標高599mの山頂まではコースタイムで1時間15分。最初のピークに出るまではそれなりの急登が続くが、そこを超えれば、ゆるやかな稜線歩きが待っている。

山頂からのトレイルをさらに進むと、滑りやすい急な下り道を経て、角度によってクジラに見える奇岩「クジラ岩」。そして「けやきたろう」という巨木を過ぎると、すぐに芝生サイトが広がる「けやき平キャンプ場」に出る。このキャンプ場は土岳の中腹に位置するため展望が良く、晴れた日には太平洋が望める。

土岳には、茨城県北ロングトレイル沿いにある稀少なキャンプサイトが2か所あり、これらを上手に利用すればキャンプ&ハイクが楽しめる。なお、土岳山頂から昨日登った竪破山山頂までは、約2時間半の行程で、そのままトレイルを歩き通すと、南部の常陸太田市付近までは約20kmもの延長距離になる。

茨城県北ロングトレイルに込められた想いとは?

ゆるやかな草原が広がる土岳の山頂で、和田さんに話を訊いた。

山下:和田さんはなぜ茨城県北ロングトレイルを作ろうと考えたのですか?

和田:このあたりはハイキングやキャンプをしたりと、昔からよく遊びに来ていたエリアなんです。大人になってあらためて思ったのは、「よくぞ手付かずで残ってくれた」ということ。中途半端に開発されることなく、日本の原風景のような山村や里が残っていて、今もそこで人が生活していた。これは価値じゃないか、と思ったのがきっかけです。

山下:たしかに、車で走っていても街道沿いの景色には目を惹かれました。

和田:そうなんですよ。日本の正しい田舎がしっかり保存されているというか、観光地然とした店や看板もなく、集落の佇まいも美しいままなんですよね。

山下:コースはどうやって設定したのですか?

和田:茨城県には140を超える里山があり、その大半が県北エリアに集中しています。ただ高い山がなく、いずれも標高1,000mに満たない小さな里山で、短いハイキングコースが各地にありました。それだけでは特徴はないのですが、そこに里と山を行き来できるようにトレイルをつなげると、「歴史と文化を感じられる場所」としての新しい価値が生まれると考えたんです。

山下:トレイルの整備はどう進めたのですか?

和田:トレイル全体の構想を練って茨城県に提案して、2020年に正式に採択されました。そこからボランティアで協力隊を募って草刈りから始めました。

山下:トレイル作りに参加できるなんて素敵ですね。

和田:自分が作った道、と言えるわけですからね。リピーターも少なくないです。実際の作業では1日に進む距離は場所によりますが、キツければキツいほど、充実感は大きいです。今は登録者だけで660人くらい。そのなかから毎回20〜30人で作業しています。もっと多くの人から参加したいと言っていただけていますが、一度に山のなかで作業できる人数は限られていますからね。

山下:山と山はどう結びつけたのですか?

和田:新たに稜線を切り拓いたところもありますし、里では国道が開通したことによって使われなくなった廃道や古道を掘り起こしました。昔の生活道は山を越えて里から里へ抜けるときに、できるだけ歩きやすいところを通っている。それがヒントなんです。今はヤブで覆われているけど、草を刈ってみると道が現れる。そうした道を縫うように利用しています。

山下:実際に歩くに際して必要な、トイレや水場も整備されているのですか?

和田:そこは既存の施設を利用することになりますが、まだ十分とはいえません。ホームページからダウンロードできる「茨城県北ロングトレイルマップ」には、トイレや水場、コンビニの位置などが明記されているので、それを参考にして準備いただければと思います。

山下:テントサイトや宿泊施設はどのくらいありますか?

和田:そこもこれからの課題です。この土岳の周辺には2か所のキャンプ場がありますが、ロングトレイル全体ではまだまだ。現状ではトレイル付近の宿泊施設は限られているので、今回の山下さんのように、里や街に宿泊して、トレイルに通うという楽しみ方がお勧めです。

山下:セクションごとに麓に下りて、また翌日、そこから登り返してと。

和田:そうですね。ただ、必ずしもトレイルをつなげて歩き通す必要もない。この茨城県北ロングトレイルはラウンド型なので、始めも終わりもない。どこからどう歩こうが自由なんです。エリアごとに性格が違うので、たとえば週末ごとに通って、1年掛かりで踏破するといった楽しみ方もできます。飽きないですよね。

山下:和田さんのお勧めのコースを教えていただけますか。

和田:今回の海に近い南東部エリアのほかに、内陸に位置している「中央エリア」があります。そちらは、JR水郡線に沿ったトレイルも多く、アプローチしやすいです。そのなかでも、「茨城のジャンダルム」と呼ばれる「生瀬富士」や、徒渉もある「袋田の滝上流」、岩盤が大きく割れた「地割」など、歩いていただきたいパートは少なくありません。ただ歩くだけでなく、その土地の歴史的背景や文化、地元の人との触れ合いも含めて、魅力に満ちたロングトレイルになっていると思いますよ。

トレイルは山から里、里から海へ進化していく

2日間にわたって茨城県北ロングトレイルを歩いた後、高萩の街まで下って、砂浜に出てみた。今年度は高萩市から北部の約100kmほどの区間のトレイル整備が予定されており、なかにはビーチに至るプランも検討中という話を聞いたからだ。

どこまでも遠浅のビーチには、まるで「ウユニ塩湖」のような美しい光景が出現していた。水を張った鏡のようになった水面は、周囲の景色と光を写し込んでいる。このような現象が起こるには、遠浅で、砂がきめ細かいことが絶対条件。それは同時に、海に流れ込む川が護岸工事にさらされることなく、自然のままの姿を維持していることを意味していた。山から川、そして海に至る水の流れは、茨城県北エリアの美しさそのものだった。

自然の魅力を凝縮したようなこのロングトレイルは、まだまだ発展途上である。けれども、これから進化することで、思ってもみなかった魅力が生まれる可能性がある。そのうえ、その気になれば「協力隊」メンバーとしてトレイル整備にも参加できる特典付き。これは今後も要注目だ。

この秋、茨城県とYAMAPがコラボした手ぬぐいキャンペーンを開催!

YAMAPでは、茨城県とコラボして今回ご紹介したコースを含む「茨城県北ロングトレイル」をYAMAPアプリを使って巡ると、デジタルバッジやオリジナル手ぬぐいがもらえるキャンペーンを開催します。

キャンペーン期間は10月からの予定。詳細が決まり次第、YAMAP MAGAZINEにてお知らせします。この秋、奥深い自然と山里暮らしの魅力あふれるトレイルを歩きに茨城県を訪れてみませんか?

※2023年10月2日追記

現在、「常陸国ロングトレイル×YAMAPデジタルバッジキャンペーン」実施中。詳細は以下の記事をご覧ください。

取材・文:寺倉 力
撮影:西條 聡
モデル:山下 舞弓
協力:茨城県県北振興局

寺倉 力

編集者+ライター

寺倉 力

編集者+ライター

高校時代にワンダーフォーゲル部で登山を始め、大学時代は社会人山岳会でアルパインクライミングを経験。三浦雄一郎が主宰するミウラ・ドルフィンズを経て雑誌「Bravoski」の編集としてフリースキーに30年近く携わる。現在、編集長として「Fall Line」を手がけつつ、フリーランスとして各メディアで活動中。登山誌「PEAKS」では10年以上人物インタビュー連載を続けている。