すべての人の「使える」を目指して|YAMAPのアクセシビリティ推進

8月11日は「山の日」。

夏の山行を楽しんだり、次の計画を練ったり、それぞれの山との関わりを思い起こしているユーザーさんもいるのではないでしょうか。

そんな「山の日」にお伝えしたいのは、私たちがアプリやウェブサイトを通じて担う「安全登山への貢献」において、重要な要素であるアクセシビリティ推進の取組みについてです。

2024.08.11

松山麻理

YAMAP コンテンツディレクター

INDEX

「山の日」に伝えたい、安全登山のはじめの一歩

男性エンジニア

YAMAPのフロントエンドエンジニアであり、アクセシビリティ・リードの齋藤

「アクセシビリティ」とは「サービスや情報を利用できる人や状況の幅広さ、またその度合い」という意味の言葉。
障害やケガの有無・程度、言語の得意・不得意といった要因によらずにサービスや情報を利用することができる状態を「アクセシビリティが高い」とし、その逆を「アクセシビリティが低い」と表現します。

今日は、YAMAPのフロントエンドエンジニア、齋藤秀行へのインタビューを通じて、事例や取組みにかける想いをお伝えします。

フロントエンドエンジニア 齋藤秀行(以下、ヒデ):こんにちは。YAMAPのアクセシビリティ大臣こと、齋藤ヒデです。さっそく、アクセシビリティに関するこれまでの具体的な取り組みをいくつかご紹介します。

YAMAPのアクセシビリティ推進事例3選

【事例1】YAMAPストア のカルーセル UI 改善

Before(改善前)

ECサイトのトップページのスクリーンショット

YAMAPストアの過去のカルーセルUI(改善前の状態)

山道具を扱うYAMAPストアでは、ページ上部の画像が自動で切り替わる「カルーセルUI」を取り入れています。このようなUIは、サイト運営側にとっては、注目度の高いスペースに多くのコンテンツを表示することができるメリットがある一方、ユーザーさんにとっては様々な問題が発生してしまいます。

  • ユーザーの集中力を削ぎ、注意を妨げることがある
  • 好きなタイミングで操作できないことがある
  • 興味を持ったコンテンツをクリックしようとしても、間に合わず別のページへ行ってしまい、慌ててしまう    ──など
  • 自動で切り替わるコンテンツについては、ウェブアクセシビリティの国際的なガイドライン「Web Content Accessibility Guidelines」内でも特に強く言及されており、「ガイドラインを満たさないことで、最悪の場合、ユーザーがウェブページ全体を利用できなくなってしまう」とまで言われています。

    そのため、YAMAPストアでは以下の対応を行いました。

    After(改善後)

    ECサイトのトップページのスクリーンショットと改善点のマークアップ

    YAMAPストアの現在のカルーセルUI(改善後)

  • 一時停止・再開ボタンを設置
    デフォルトでは自動で切り替わる設定になっていますが、その動きをユーザーが止められるようになりました。
  • ページ送り・ページ戻しボタンを同じ場所に集約
    ユーザーが好きなタイミングで次の画像に進めたり、戻したりできるボタンも、同じ場所にまとめて一連の操作がしやすくなりました。
  • スライド上にマウスカーソルが置かれた際、一時停止するように
    ユーザーが慌てることなく確実に目的のコンテンツを操作できるようになりました。
  • またデザインも見直し、前後にどのようなスライドがあるのか分かりやすく改善しました。

    アクセシビリティの向上を目的とした改善でしたが、改善後は10%以上のクリック率の向上が見られる嬉しい副次的な効果もありました。

    【事例2】アプリ新機能「登頂済みの山フラグ」をわかりやすく提案

    デザイン検討案
    スマホアプリの画面デザイン案が横並びに3つ配置された画像
    YAMAPアプリには、登山頻度の高いユーザーさんを中心に、「登頂済みの山が一目でわかるようにしてほしい」というご要望を多数いただいていました。

    そんなリクエストから「登頂済みの山判定」機能を開発する際に、多くの方にわかりやすいUIデザインを検討しました。

    例えば、デザイン検討案を見ると、右の未採用B案では未登頂を示すアイコンが緑、登頂済みを示すアイコンが赤となっており、一見わかりやすく思われます。

    色覚シミュレーター確認版
    スマホアプリの画面デザイン案が横並びに3つ配置された画像

    ところが、色覚シミュレーター確認版で、赤色と緑色の区別が付きにくい人(1型2色覚)の見え方で確認すると、未採用パターンでは山マークとの色の差が小さく、採用パターンが最も区別がつきやすいことがわかります。

    このように、時にはシミュレーターを通して色覚特性のある人の見え方を確認するなどして、実際のUIデザインを検討し、アプリの機能として実装しています。

    【事例3】当事者へのヒアリング調査

    複数人が参加しているオンライン会議の様子のスクリーンショット

    聴覚障害のあるYAMAPユーザーさんへインタビューを実施した時の様子。手話通訳さんにご協力いただき、zoomの手話通訳ビュー機能を活用しながら実施した

    ヤマップではユーザーさんを知るために不定期でユーザーインタビューを実施していますが、これまで障害のあるユーザーさんへのインタビューは検討されてきませんでした。

    450万人のユーザーさんの中には、何かしらの障害がある方もいらっしゃいます。
    そういった方々の存在やお困りごとをきちんと認識した上でアクセシビリティの向上に取り組みたいと考え、まずは聴覚障害のあるユーザーさんへインタビューを実施しました。

    実際にお話を伺うと、こちらが勝手に「こんなことで困っているはずだ」「これが課題のはずだ」と思い込んでいたものが見当外れだったりと、気を付けていても無意識に「都合のよい障害者像」を作り上げていたことを痛感し、反省しました。

    インタビューに臨んだメンバーのほとんどは障害のある方とのコミュニケーション自体が初めての経験ということもあり、非常に有意義な経験となりました。インタビューさせて頂いたユーザーさんもとても喜んでくださいました。

    フロントエンドエンジニアとして貢献できることを

    雑談しているエンジニア

    日頃エンジニア同士のやり取りはオンライン中心だが、この日は福岡にあるYAMAP本社ショールームに集い、意見交換が行われた

    ──さっそくの事例紹介を、ありがとうございました。
    「アクセシビリティ」とひとくくりにしても、抱えているお困りごとやつまづいてしまう点、それを解決するための工夫や理解のための取り組みなど、アプローチも多様なのだということがよくわかりました。

    ところで、ヒデさんはなぜアクセシビリティに関心を持ったのですか?

    ヒデ:まず「弱い立場の人が生きやすい社会は、誰にとっても生きやすい社会である」ということ、そして「マイノリティが生きやすい社会を作ることはマジョリティの責任である」というのが自分の基本的な考え方です。

    マジョリティ中心の社会の中ではマイノリティは不利な立場に置かれがちです。そして、マイノリティとされる性質や属性の多くは個人の意思で変えることが困難ですし、変えさせようと強制すべきものでもありません。障害や老いといったものもそのひとつですよね。

    それにもかかわらず、日々の暮らしや、文化資源、社会保障へのアクセスに格差が生じるのは非常にアンフェアだと思います。僕がいま特に不自由なく生活できているのも、たまたまこの社会で多数派とされる性質を備えているからに過ぎません。

    僕の持っているソフトウェアエンジニアとしての技術を生かしてフェアな社会の実現に一歩でも近付くアクションができないだろうか、と考えていたときに出会ったのがアクセシビリティでした。

    ──ヒデさんの軸に「フェアな社会を作りたい」という想いがあり、具体的にアクションできることとして、アクセシビリティにたどり着いたのですね。

    これまでの取り組みで、特にやりがいや難しさを感じた出来事は?

    ヒデ:「取り組む人を増やすこと」です。これまでに何度か社内勉強会を開催し、その度に「勉強になった」「アクセシビリティは大切だと分かった」といったポジティブな反響を頂きました。アクセシビリティの推進に反対する人も特にいません。

    ただ、そこからもう一歩踏み込んで手を動かす人が出てくるかというと、なかなかそうはならない難しさがあります。その分、自分で考えて積極的に手を動かしてくれるメンバーが増えると涙が出そうなくらい嬉しくなります(笑)。

    そんな中で大きな手応えを得られたのが、先ほど紹介した YAMAP ストアのカルーセル UI の改善でした。

    ──なるほど。理解は得やすいが、共に実行してくれる仲間を作るのには、ハードルとやりがいが両方あるということなのですね。
    最後に、未来に向けてやっていきたいことは?

    ヒデ:色々ありますが、障害があることで山の遊びを楽しむことができない、または楽しみにくいという場面を減らしていくことが大きな目標です。アプリやウェブサイトにおける課題の解決に取り組むのは当然ですが、障害のある方々が実際の山の中で体験する困りごとにも向き合いたいと考えています。

    車椅子でも楽しめる山の情報や、視覚障害や聴覚障害のある方に対応できる山小屋の情報なども発信できれば「行ってみるまで分からない」という不安の解消の助けになるかもしれません。山が大好きだからこそ、それが誰にでも開かれていてほしい、アクセシブルであってほしいと思うんです。

    僕は肩書きの上ではエンジニアですが、アクセシビリティは言うなれば総合格闘技です。山の遊びがどんな人にとっても身近になるような社会に少しでも近づくよう、できることは何でもやっていくつもりです。

    ──ありがとうございました。同じスタッフとしても、ともに考えていきたいと改めて感じました。

    地味で地道で熱すぎる!「アクセシビリティやっていき会」

    会議室にエンジニアが集まり複数人で同じパソコン画面を見ている様子

    「やっていき会」の様子。色覚シミュレーターを使ってウェブサイトの見え方を検証するなど、実践的な学びや工夫の場になっている

    YAMAPでは、有志のエンジニアやデザイナーが集まりアクセシビリティを学ぶ勉強会「アクセシビリティやっていき会(以下、やっていき会)」が、毎週開催されています。
    「やっていき会」では、毎回テーマが設けられ、最新情報や他社事例の共有、技術に関する相談など活発にコミュニケーションをとることで、エンジニアやデザイナーの知見を深めたり、スキルアップに繋げています。

    ここで、「やっていき会」に関わるメンバーからのコメントをご紹介します。

    [エンジニアから]
    「やっていき会」では様々なケースや概念について、より深く学び実践することができるようになりました。(崔)

    YAMAPストアの担当をしていますが、カルーセルUI改善も「やっていき会」で得た視点から改善に繋げることができ、手応えを感じています。(鈴木)

    「やっていき会」で様々なケースを学ぶことで、アクセシビリティに関して自分ごととして捉える感度が上がりました。(綿引)

    お困りごとに向き合い改善することで、みんなにとって使いやすいものにしていけることがモチベーションです。(池田)

    雑談している2名のエンジニア

    「やっていき会」に参加するメンバーは、得意分野やバックグラウンドも様々。それぞれの課題意識に基づいて、活発な議論が生まれる

    [デザイナーから]
    アクセシビリティとデザインは密接な関係があり、視覚、聴覚、操作性、理解のしやすさなど、幅広い知識が求められます。デザイナーだけでなくさまざまなメンバーの集合知で課題解決に取り組める場は、心強いです。(樋爪)

    談笑しているデザイナーとエンジニア

    エンジニアとデザイナー、それぞれの視点でより良い改善を探っていく

    また、社内のチャットツールではアクセシビリティに関する様々な情報が日々共有され、「アクセシビリティ的」な投稿に対して「アクセシブルだね!」というリアクションスタンプが付くこともしばしば。

    エンジニアやデザイナーではないメンバーにとっても、アクセシビリティに関するトピックが身近なものとなっています。

    「地球とつながるよろこび。」を、すべての人に。

    「地球とつながるよろこび。」を企業理念に掲げるヤマップでは、安全登山に貢献する登山アプリとしての機能を、できるだけ多くの人が使えるものとするアクセシビリティの推進は、欠かせない営みであると位置付けています。

    アクセシビリティに配慮されたアプリ画面やウェブサイトの構成は、障害や困難を伴わない人にとっても、より明確でわかりやすく感じるものになるはず、また、そうであれるような提案を理想に掲げ、日々取り組んでいます。

    対応できていない部分や、多言語対応といった未整備の領域もまだたくさん残されていますが、エンジニアとデザイナーが手を取り合ってひとつひとつ改善し、安全登山のパートナーとして皆さんにYAMAPアプリを選んでいただけるよう努めてまいります。

    これからの取り組みにご期待いただくと同時に、当事者視点としてのお困りごとやご意見なども、ぜひYAMAPにお寄せください。ユーザーのみなさんと共に、YAMAPアプリをよりアクセシブルなものにしていけたら幸いです。

    森の中の木道で、登山者3名が談笑している様子

    ある日の社内登山にて。「登山者としての視点」も大切に。

    参考サイト:政府広報オンライン

    松山麻理

    YAMAP コンテンツディレクター

    松山麻理

    YAMAP コンテンツディレクター

    長年食の業界に携わり、環境保全型農業やサーキュラーエコノミーをテーマに取り組む。子育て経験のなかで山の魅力を実感し、2024年にヤマップ入社。虫や動物が好きな娘・息子、高山植物好きの母らと、三世代のファミリー登山を楽しむ。山、海、食、民藝、音楽、文学が好き。