寒い季節を活動的に過ごすために欠かせないのが、山の定番「インサレーションウェア」。種類やデザインの異なるアイテムが数多く揃うため、どれを選んだらいいのか悩むことも多いアイテムです。
特に、ここ数年で増えてきた新しいタイプの化繊インサレーションウェアは、見た目にはあまり変わりがなくても、従来のものとは違う目的で作られているため、選択を誤ると充分な機能や快適性を得ることができません。何のために作られ、どんな特徴があるのかを理解して選ぶことがとても重要なのです。
今回は、その選び方を、アークテリクスの化繊インサレーションで解説します。
2024.11.01
小川 郁代
編集・ライター
「遮断」「断熱」などを意味する「インサレーション(insulation)」という言葉は、アウトドアアパレルの世界では、ダウンや化繊綿などの「中綿(なかわた)」や「中綿入りウェア」の総称として使われます。
ダウンは、いわずと知れた保温素材の代表格で、軽くて保温力に優れ、コンパクトに持ち運べるのが特徴です。一方で、濡れや湿気などで保温力が低下しやすく、復活しにくいのが弱点。
それを克服するために作られた化繊綿は、濡れに強くて乾きも早いものの、かつては、重くてかさばり、保温力もダウンに劣るとされていました。しかし、近年の素材の進化により、ダウンの代替品の枠を超えた機能素材として、存在感を大きく増しています。
その進化は、登山のインサレーションウェアに新たな用途をもたらしました。以前は休憩時や夜間の防寒着としての「インサレーション」、行動着としての「フリース・ソフトシェル」とおもな用途が分かれていましたが、機能の進化によって、インサレーションに「行動着」としての役割りが付加されたのです。
「行動着」とは、文字通り行動中にミッドレイヤーとして着用するもの。着たまま動き続けることで変化する衣服内環境に対応するため、汗処理や湿気の排出などの機能が求められます。そのため、適度な通気性や速乾性を備え、軽量で着心地のいいフリースが、行動着の主軸として長く使われてきました。
しかし、従来のフリースでは、着脱によるコントロールがしにくい低温環境でのアクティブシーンで、大量の汗を処理しきれずに、濡れの不快感やオーバーヒートが発生することがありました。
止まると寒く、動くと暑いという状態を繰り返す冬のアクティビティで、適切な保温性を保ちながら熱や湿気がこもらない状態をいかにつくるか。その課題を解決するために作られたのが、保温性と通気性という、相反する機能を高いレベルで併せ持つ、進化した化繊綿のインサレーションです。
多くのメリットをもつ「行動系化繊インサレーション(アクティブインサレーション)」ですが、見た目やボリューム感などから、保温力や通気性などをイメージしにくいため、自分にぴったりの1着を選ぶにはコツが必要です。
従来の化繊綿やダウンは、中綿の種類や品質で多少の差はあるものの、物理的な厚みと保温力がある程度比例します。
一方で、行動着として使うことを前提としてつくられた新しいタイプのインサレーションは、高い通気性を発揮するため、見た目の印象だけで判断すると「思ったよりも保温性がなくて寒かった」などということにもなりかねません。快適性や安全性を損なわないためには、充分な下調べやレイヤリングの技術など、使う人の意識や力も求められることになります。
それでは、実際にどのような点に注目して選べばいいのかを、アークテリクスの化繊インサレーションで解説していきましょう。
この秋冬シーズン、アークテリクスでラインナップされている化繊綿のインサレーションジャケットのおもなモデルは3つ。それらを保温性と通気性という「機能性(横軸)」と、行動中と休憩中という「運動量(縦軸)」の表に落とし込みました(※アークテリクス提供の資料をもとに作図)。
3つのモデルの中でも、運動量が多い場面での着用に向いているのが「プロトン」。運動から休憩まで汎用的に使えるのが「アトム」ということが、おわかりいただけると思います。
ところが、実際に2つのモデルを目の前にすると、デザインやカラーの違い以外で、どちらがプロトンでどちらがアトムかを見極めるのは、非常に難しいのです。「さて、保温力はどちらが高いでしょうか」というクイズに初見で正解するのは、50%の確率以外に方法がないといえるほど、2つのモデルの見た目の違いはわずか。
ここからは、改めてそれぞれのモデルの代表アイテムであるフーディジャケットを例に、素材やデザインの特徴を比較しながら、どうしたら自分の目的に合ったものを選べるのかのヒントを紐解いていきましょう。
「アトム」は、前シーズンから続く定番アイテム。さまざまなコンディションに幅広く対応する、保温と通気のバランスが特徴です。風を通さず水を弾く薄手の表地に、丈夫で暖かな中綿素材「コアロフト コンパクト60」を封入。
20デニールの表地は、わずかにグリッドが見える薄手のナイロン素材。軽量で通気性と耐久性にも優れるので、低山から本格登山まで、ミッドレイヤーとしてもアウターとしても使うことができます。
保温性、通気性、透湿性のバランスに優れる「コアロフト コンパクト」は、ストレッチ性も備えるソフトな風合い。アクティブシーンで動きにくさを感じることもなし。
汗をかきやすい脇下からボディのサイド部分には、中綿のないストレッチ生地を配して、通気性とフィット感、動きやすさも確保しています。
「プロトン」は、以前のモデルから素材を変更して再登場した、今シーズンの注目アイテム。
適度な保温力と、行動中に生じる熱を効果的に放出する抜群の通気性で、運動負荷の大きなシーンの体温コントロールを任せられるクオリティを確保しました。
表地には、非常に高い通気性を備え、耐摩耗性にも優れる「フォーティアス エア」を採用。きめ細やかでスムーズなテクスチャは激しい動きで生じる摩擦にも強く、ハードなシーンでの繰り返しの使用に耐える素材選びがされています。
中綿は、濡れによる保温力低下を防ぐ性能が非常に高く、優れた通気性を備える高機能インサレーション素材「プリマロフト ゴールド」を採用。耐水撥水加工が施された中綿は、濡れたときに保温性が低下しにくいのが特徴です。ストレッチ性も備え、洗濯後も安定した性能を維持することができます。
2つのモデルを比較すると、表地はどちらも厚みは同じ20デニール。中綿の厚みは、60 gsmのアトムに対して、プロトンは80 gsmと厚いのですが、実際には手触りや重さで、明らかな違いは感じられません。どこが違うかに意識を集中すると、アトムのほうがややしなやかで、プロトンはコシやボリューム感がわずかに大きいことがわかる程度。
さて、ここで先ほどの、各製品をプロットした表をもう一度確認してみましょう。
プロトンはアトムよりも通気性が必要なシーン向けで、保温性はアトムのほうが高いという位置づけだったはず。しかし、実際に手に取った感覚では、ほんのわずかながら、表とは逆に、プロトンのほうが「温かそう」に感じられたということです。
これがまさに、行動系化繊インサレーション選びの難しいところ。厚みやボリューム感、手触りや着心地などの直感から得られる「あたたかそう」の感覚だけでは、自分が必要としているものを正しく選べない可能性があるということです
保温性に優れ、ほどよい通気性を備えるアトムは、幅広いコンディションや運動量に対応することを目的としたモデル。比較的穏やかな環境では1枚で、寒さの厳しい環境ではミッドレイヤーとして使えるよう、保温性、通気性のどちらかに極端に偏らない、バランスのよさが特徴です。
表地には、単体での着用を考えた耐風性のある素材のチョイス。コンパクトなフードにもボディと同じ量の中綿を入れて保温性を確保しています。登山、ハイキング、キャンプや雪の低山歩きなど、日常に近いアウトドアから深くフィールドに入り込むアクティビティまで、幅広いシーンを想定しているのがわかります。
一方、プロトンのフードは、ボディより薄い60gsmの中綿を入れた、ヘルメット対応のアルパイン仕様。
アトムにはないチェストポケットがあることや、背面の裾がやや長めのシルエットなど、ハーネス着用時の利便性を考慮した設計。立体構造のパターンで動きやすく、レイヤリングしやすいソフトなニットカフなど、長時間快適に着られる工夫も施されています。
アウターとして着るときは、通気性と保温性のベストバランスをキープし続け、防風シェルの下では、ボリュームのある中綿が保温性を発揮。体温が上がったら、シェルのベンチレーションで換気をすれば、通気性を最大限に高めた素材構造が、一気に内部の熱や湿気を放出します。
寒冷なアルパイン環境で、脱ぎ着をせずに1日中ストップ&ゴーを繰り返すシビアなシーンのために、保温性と通気性の幅を最大限に広げた構成は、見た目にはあまり違いのないアトムとは、違うコンセプトで作られていることがわかると思います。
暑さやムレの感覚は、個人の体質や感じ方、環境や体調によっても変化するため、すべての共通する正解はありません。
しかし、自分に合う行動系インサレーションを選ぶときに、カラーやデザイン、価格などの情報だけでなく、それぞれの製品がどんな目的で作られたか、なぜその素材やデザインを採用しているのかに目を向ければ、どちらが自分に必要なものか、おおよその道筋はきっと見えてくるはずです。
もちろんそれは、確かなコンセプトを持って、技術や情報を惜しみなく注ぎ、ラボやフィールドでテストを繰り返して作られた、信頼のおけるブランドが作ったものであることが前提なのは、いうまでもありません。
幅広い場面で、ときには保温着として、ときには行動着として、気軽に使えるものが欲しいなら、使いやすいアトム。
立ち止まる時間を惜しむように、1日中着たまま動き続けるシビアなシーンの相棒が欲しいなら、機能を突き詰めたプロトン。
これが、2つのモデルの使い分けの、大まかなヒントになるかもしれません。
あとは、製品を見て、触れて、自分なりのメリットを最大限に生かす使い方ができるかを、じっくり考えて選んでください。いつどんな場所で何をしたいのか、寒さや暑さに対する自分の体質や好み、今使っているウェアの足りていないところや気に入っているところ。ショップスタッフとこんな話をするうちに、いろいろな要素がキーになって、最適な1枚にきっとたどりつけるはずです。
原稿:小川郁代
撮影:中村英史
協力:アークテリクス カスタマーサポートセンター/アメア スポーツジャパン