「金峰山・幻の登山道」を自分たちの手で直す|アークテリクス登山道整備ツアー

最近、登山者による登山道整備の話題をよく耳にするようになりましたが、この秋、奥秩父の金峰山でも整備ツアーが行われました。集まったのは参加した登山者の他に、アークテリクスや甲府市、そしてYAMAPのスタッフ。果たしてどんな思いで彼らは集まったのか?ツアー当日の様子をレポートします。

2024.12.16

池田 圭

編集・ライター

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鍬(くわ)やスコップを手に写真に収まる参加者たち。初対面でも、見事にウェアの色が分かれるという奇跡的なチームワークを見せる彼らは、11月初旬に開催された「アークテリクス登山道整備ツアー」の参加メンバーです。

今回のツアーは、ハードからソフトまで幅広いアウトドアギアを手掛けるアークテリクスが、それらを使うフィールドのケアにも積極的に関わろうと企画されました。じつは、このような環境保全活動に取り組むのは、アークテリクスとして初の試みだそうです。

登山道整備の舞台となったのは、奥秩父の日本百名山、金峰山(きんぷさん・標高2,599m)の「御嶽古道(みたけこどう)」です。

金峰山の表参道「御嶽古道」ってどんな道?


金峰山は現在、富士見平か大弛峠(おおだるみとうげ)方面のルートからアプローチするのが一般的ですが、かつては10ヶ所もの登山口と登山道が拓かれていたと言われています。

中でも、もっとも一般的だったのは創建2,000年の歴史を誇る麓の金櫻神社(かなざくらじんじゃ・甲府市)から黒平(くろべら)、水晶峠を経て、山頂の御神体・五丈岩を目指すルートでした。

深田久弥も一高生時代にこの道を使って金峰山に登り、著書「日本百名山」でこの道を「金峰山登拝の表参道」と表現しています。このクラシックルートこそが、「御嶽古道(みたけこどう)」です。

往時は、沿道に120ものお宮が立ち並ぶほど多くの登山者で賑わっていた道でしたが、戦後、大弛峠側などでの登山道整備が進むにつれ、標高差と距離の長い御嶽古道の利用者は激減。近年は年に数十人ほどの登山者が登るのみとなり、かつての参詣道もすっかり静かな「幻の登山道」になってしまっていました。

登山道は再開通したが…


そんな状況を憂慮した甲府市とYAMAP、地元の登山ショップ「エルク」や登山ガイド、そしてイーデザイン損保が中心となり、2023年に始まったのが「金峰山古道復活プロジェクト」。クラウドファンディングを活用した活動を始めました。

集まった資金を元に甲府市の手で荒廃した林道部分の整備が行われると、登山口までのアクセス環境は大幅に改善。そして、2024年の10月、新生・御嶽古道が再開通したのです。

コースには沢沿いを歩く部分も。歩行者が少なく踏み跡がやや不明瞭なので、ピンクテープを目印にするとよい

しかし、再開通はしたものの、まだ登山道全体の整備までは手が回り切っていません。長いルート上には危険が伴う箇所もまだまだ残されており、継続的に丁寧な整備を続けることが必要不可欠です。

そこで、実際に御嶽古道を歩いてみて、歩きづらさや危険を感じる箇所の整備を登山者自身の手で行おうというのが、今回の「アークテリクス登山道整備ツアー」の狙いです。

ツアー初日は北奥千丈岳へ


大弛峠からスタートしたツアー初日は、まず奥秩父の最高峰・北奥千丈岳に登り、山頂でランチを楽しんでから金峰山を目指します。夜は金峰山小屋(きんぽうさんこや)でのんびり過ごすという欲張り贅沢プランです。

この日は朝から天気にも恵まれ、地元ガイド、温井一郎さんの解説にも花が咲きます。

最高の天気に恵まれたツアー初日。左端がガイドの温井一郎さん

「北奥千丈岳や金峰山周辺の花崗岩は、1700万年ほど前の噴火でできたものと言われています。石英や水晶をはじめとする、鉱物資源が豊富な山として地元産業にはなくてはならない山でした」と温井さん。

ツアー参加者は山域や登山道の歴史の話に耳を傾けながら歩くことで、自分たちが歩き、整備しようとしている山への理解を深めていきました。

西日に照らされ輝く金峰山のシンボル・五丈岩。遠くの山並みは八ヶ岳連峰。金峰山は奥秩父屈指の展望で知られる

この日は、金峰山のシンボル・五丈岩の裏から明日歩く御嶽古道を見下ろすところで終了。登山道整備本番は2日目に行います。

日が沈み始めると、あたりの気温が急激に下がり始めました。暖かな食事と布団が待つ金峰山小屋の灯りを目指し、美しい夕日に染まるハイマツの斜面を参加者たちは急ぎ足で下っていきます。

登山者に長く愛される道にしたい

YAMAPの斉藤は御嶽古道に並々ならぬ熱意を注ぐ

「僕は山業界に長くいますが、百名山に道ができることに立ち合える機会なんて滅多にありません」

夕飯後にストーブを囲みながらお酒が進むうち、今回のプロジェクトの発起人であるYAMAPスタッフ斉藤克己の話が熱を帯びていきます。

「YAMAPの活動日記を見ても、御嶽古道についてはまだ数十人しか書いていない。再び、この道をみんなが安心して歩けるようになって、何百人、何千人と登山者が増えていく過程に立ち合えたら素敵だなと思って、古道再生のプロジェクトを立ち上げたんです」

アークテリクスでマーケティングを担当する三原淳也さんも、斉藤の熱にあてられたひとり。今回のツアーをYAMAPと共催した理由をこう語ります。

アークテリクスでマーケティングを担当する三原さん

「アークテリクスはアウトドアギアを手掛けるブランドですが、同時に、それらを使う場所にもちゃんと関わっていきたいと考えています。今回の古道再生のように、次代に残せるプロジェクトに関われるのはすごく貴重で、意義のあることだと思います。

御嶽古道は都心からも近い場所なのに、原生に近い自然が残っているのが面白いところ。遠くの深い山に分け入らなくても、みんなが知らない世界、美しい世界を体験できるし、そこを僕らの手で整備できるなんてワクワクしますよね」

「登山者に長く愛される道にしたい」

2人の言葉に、ツアーの参加者たちは深く頷くのでした。

表参道は、奥秩父でも1、2を争うほど見晴らしの良いルート


明けた2日目は、冷たい霧雨と風が吹き付けるあいにくの空模様。しっかりとレインウェアを着込んだ一行は、五丈岩に登り返して登山の無事を祈り、御嶽古道を慎重に下って登山道整備を行う森を目指します。

金峰山のシンボル、五丈岩の下に置かれた石塔に安全登山をお祈り

こんな天候にもかかわらず、道中では登ってくる登山者に何人も会いました。皆さん、古道復活のニュースを耳にしてやって来たという方ばかりで、なかにはクラウドファンディングに協力したという方も数名いらっしゃいました。

遠くに見えるの大岩が山頂に立つ五丈岩

ちなみに、晴れていたら見えたであろう御嶽古道の素晴らしい景色を、秋口に撮影した写真でお伝えしましょう。

奥秩父は山頂に出るまで森の中を登り続けるルートが多い山域ですが、御嶽古道は1、2を争うほど見晴らしの良いルートと言えます。

巨岩が点在する尾根を登りながら、振り返ると富士山が、見上げると金峰山のシンボルである五丈岩が見え続けます。登り進めるにつれて、その見え方がどんどん変わっていくのがこのルート最大の魅力。

6月の金峰山は3種の異なるシャクナゲが咲く

また、金峰山は「花の百名山」にも選ばれていますが、その花は「シャクナゲ」。6月のシャクナゲが咲き誇る時期の登山は忘れられないものになるでしょう。

また、このルートは森歩きも魅力のひとつ。特にシラビソやカラマツなど、針葉樹の甘い香りが漂う豊かな森の中を延びる登山道は、海外のトレイルを思わせるような静けさとワイルドさがあります。


御嶽古道には滑りやすい岩場や長いハシゴ、鎖場があり、距離も長いので、難易度としては中級者向けです。でも、登山口から水晶峠周辺までの森歩きなら、初級者でも十分楽しめるので、ぜひ歩いてみてください。

自分で考え、手を動かして道を作る楽しみ

さて、水晶峠を越えたあたりで雨も止み、歩行に支障がある箇所を見つけた一行は、この斜面が歩きやすくなるようなステップを作ることに決めました。

作業を指導してくれるのは、金峰山小屋の吉木真一さんです。

吉木さんは日頃から金峰山周辺の登山道整備を行っている。この辺りの登山道が歩きやすいのは吉木さんはじめ小屋のスタッフの流した汗のお陰

「皆さん、今日は単純な作業をただ行うのではなく、まずは、どうしたら登山者にとって歩きやすい道になるか知恵を出し合ってみましょう。僕はアドバイスはしますが、まずは皆さんが主体的に考えて整備を進めてください」

さっそく腹ごしらえをしながらの作戦会議が始まりました。

この斜面、急すぎるから迂回するようなルートを作ってはどうか。
階段を作る材料は、倒木にするか川原の石を使うかどちらにしよう。
作業時間を考えると、こだわりすぎるとタイムアップになってしまうかも…

ああじゃない、こうじゃないと、10代から50代までの参加者たちは大盛り上がり。

狙いを定めたのは、この斜面

まずは実際に何度も歩いてみてから、どう整備するのがベストか作戦を立てます

その後、おおまかな整備方針も固まり、登山道を管理する甲府市が事前に運び上げてくれた山道具を手に取り作業に入ります。

最初はクワで段差を削り平らな面を作る


次に沢から担ぎ上げた大きな石をセット。隙間に石を詰めてグラつかないようにするのがコツ


ケガのないよう、参加者同士が声を掛け合いながら作業を進めた

ツアーの参加者が主体的に、「どうしたら歩きやすいか」をイメージしながらの整備作業は試行錯誤の連続。クワで斜面を削り、河原の石を持ってきてステップを作ります。

大きな石は安定するけど、段差が大きくて歩きにくい。ならば、中型の石を組み合わせたらどうか。崩れにくくするために、小さな石を隙間に詰めたらどうだろう⋯。


みんなで協力しながらの作業は、想像以上に熱を帯び、あっという間に数時間が経過していました。

「普段はいつも1人きりで粛々と道直しをするので、今日はみんなでワイワイ楽しくできただけでも成功かな。それにしても、皆さん、今回が初対面とは思えないくらいの素晴らしいチームワークですね」と吉木さん。

これまで日本の登山道整備は、行政、地元山岳会、山小屋などの手で行われてきましたが、近年、地域の高齢化や財源不足からシステムの維持が危ぶまれています。今後は、こうした一般登山者が整備に参加する機会も増えてくるかもしれません。

皆さん作ったばかりの立派な石のステップを一歩一歩踏み締めるように通って、下山口を目指しました。

完成した整備箇所を前に記念撮影。参加者もとびきりの笑顔を見せてくれました

金峰山登山道整備のこれからとアークテリクスの思い


「僕はアークテリクスが大好きで、毎日サイトやSNSをチェックしています。今回、思い切って初めて1人でこういうツアーに参加してみました。普段は一緒に山登りできないような年上の人たちと歩くことができたし、登山道整備もすごく楽しかった。これは友達に自慢できる!」とツアー後に話してくれたのは、今回最年少の参加者となった15歳の中学3年生、佐藤さん。

20代の参加者、八百さんも「僕はアークテリクスのデザインが好きで買い始めたのですが、アウトドアブランドなのに街でしか着ないのはもったいないと思い、登山を始めました。野外でのリアルイベントに参加したのは今回が初めて。すごく雰囲気が良くて、ぜひまた参加したいです。大好きなブランドがこうした企画を行うことで、ますます好きになりました」と語ってくれました。

彼らのような感度が高く、発信力のある若い世代に関わってもらうことは、今後も継続的に登山道整備を続けていくうえでは重要なことなのかもしれません。

なお、アークテリクスは、今後も継続的に金峰山の登山道整備や清掃活動をサポートすることを検討しているそうで、まだ計画段階ですが、より大きなプロジェクトも進行中だとか。

幻の登山道を復活させるだけでなく、さらなる魅力を加えてより魅力的な道へと生まれ変わらせようとするアウトドアブランドならではの挑戦。今後もアークテリクスの活動から目が離せません。

■取材協力
<アークテリクス>
<金峰山小屋>
<甲府市役所>

※登山道を整備するには特別な許可が必要です。自主的な登山道整備はお控えください。本ツアーは専門家の立ち合いのもと、許可を得て実施しています。

※御嶽古道に至る林道は2024年12月現在、冬季閉鎖中です。開通は、2025年5月31日(土)を予定しています。

原稿:池田圭
撮影:矢島慎一
協力:アークテリクス、甲府市、金峰山小屋(吉木真一さん)、温井一郎さん・BRAVO MOUNTAIN

池田 圭

編集・ライター

池田 圭

編集・ライター

登山、キャンプ、サーフィンなど、アウトドア誌を中心に活動中。下山後に寄りたい食堂から逆算して計画を立てる山行がマイブーム。共著に『”無人地帯”の遊び方 人力移動と野営術』(グラフィック社)、編集を手掛けた書籍に『Two-Sideways 二刀流』(KADOKAWA)、『ハンモックハイキング』、『焚き火の本』、『焚き火料理の本』(ともに山と溪谷社)、『サバイバル猟師飯』(誠文堂新光社)など多数。