北海道で登山者の安全を守る|北海道警救助の最前線

北海道の山々で起こる遭難事故。それらを未然に防ぐ取り組みや、いざという時の救助活動を行っている北海道警察。

今回は、北海道警察で山岳遭難救助活動に携わる、富良野警察署上富良野交番所長の伊藤修平さんと、北海道警察旭川方面本部地域課長の松本孝志さんに、遭難事故の実態と、その取り組みについてお話を伺いました。

2025.12.02

YAMAP MAGAZINE 編集部

INDEX

遭難防止の取り組み

── まずは普段の遭難防止のための活動を教えてください

伊藤さん: 普段は交番や駐在所で制服を着て警察官をしていますが、山岳遭難の事案が入った場合やパトロールは、この青いシャツを着て活動しています。

富良野署としては、月1回以上、管轄内の芦別岳や、富良野岳、上富良野岳、上ホロカメットク山などで山岳パトロールを行っています。具体的には、朝から歩きながら、出会った登山者に遭難防止の啓発活動をしています。

山岳遭難防止のティッシュを配ったり、「怪我や遭難に気をつけてくださいね」と声をかけたりしています。同時に、登山道の危険箇所を把握することも重要な任務として行っています。

松本さん:旭川方面本部の山岳救助隊とも合同でパトロールや遭難対応をすることがあります。しかし、遭難防止の取り組みは、警察だけでは限界があります。

「山岳遭難防止対策協議会」という組織を立ち上げ、森林管理署、消防、自治体、振興局など、さまざまな機関と連携して遭難を減らす取り組みを進めています。

遭難が多い場所では、入林を制限してもらうように、登山口となっているスキー場にお願いしたり、土地の管理者と協力して対策を検討したりしています。私は、関係機関との調整役として、組織対組織で話し合いを進める立場です。

松本さん: 「山岳遭難防止対策協議会」は森林管理所、自治体などが入っています。民間の団体として気象庁や報道機関もはいっています。 また任意の団体として「道北地方遭難対策協議会」などもあります。

「遭難対策協議会」は山岳遭難防止や救助を行う任意の団体です。警察はその一員で、主に救助部門を担っています。

救助の先にある再会。パトロールがもたらす効果

バックカントリーの滑った跡のイメージ(PIXTA)

── 北海道では冬のスキーやスノーボード滑走での遭難事故が目立ちますが、これまで対応したなかで、記憶に残っている事案について教えてください。

伊藤さん:今年の3月にあった事案ですが、単独の40代の男性スノーボーダーから、上富良野町の三段山でバックカントリーで遭難したという連絡が夕方に入りました。「午後から入山してガスに巻かれ、下山方向を間違い道に迷ってしまった」と。

遭難者は本来左に進むべきところを、誤って右に進んでいました。そして、雪庇を踏み抜き、30mほど滑落。その際に表層雪崩も発生し、雪崩と一緒に落ちてしまったとのことでした。自力ではい上がるのは不可能な状況でした。

吹雪の中、小さな光をたどって

伊藤さん:遭難者から共有された緯度経度を頼りに、我々救助隊は日没が迫る中、急いで現場に向かいました。午後3時半に捜索を開始し、遭難者にたどり着いたのは午後7時20分ごろでした。

現場は猛吹雪で、視界はほとんどありません。それでも私たちはロープを使って現場に向かいました。事前に電話で「救助隊が着いたら、携帯のライトを点滅させてください」と伝えていたので、吹雪の中に一瞬、小さな光が点滅しているのが見えたのです。その光を頼りに、私たちは遭難者のもとへたどり着くことができました。

彼は大きな岩の陰にいて、そこだけ風がほとんどない状態。それが幸いし、低体温症にも凍傷にもならず、無傷で救助できました。

「助けは来ないだろう」遭難者が語ったリアルな心境

伊藤さん:救助後、彼は無傷だったため、そのまま搬送はせずに、麓の宿泊施設である白銀荘で暖をとってもらうことになりました。そこで、彼と話す機会があったんですね。

通常救助した後は、我々はすぐに遭難者とじっくり話すことは無いんですよね。救急車で運ばれていくので。

救助を待っている間、何を考えていたかと聞いたんですね。男性は「明日まで生きられないだろうな」「夜だから救助は来てくれないだろうな」と、絶望的な心境だったことを打ち明けてくれました。遭難者のリアルな心情を聞くことができたのは、我々にとっても印象的でした。

愛別岳で遭難したトレイルランナーを捜索して

── 遭難救助の活動の中で、どんなに山に慣れた人でも一歩間違えると、遭難してしまうことがあると思います。印象的な遭難事案はありますか?

伊藤さん:2019年10月、ひとりのトレイルランナーが愛別岳で遭難したという情報が入りました。30代の男性で、YAMAPで家族に位置情報(みまもり機能)を共有していたそうです。

遭難者が残したGPSの軌跡をたどると、位置情報が途切れている場所がありました。ちょうどそこは電波が届かなくなる場所で、「この先で滑落したのか、沢に迷い込んだのか」と推測しながら、私たちは捜索を始めました。

プロフェッショナルなトレイルランナーだと聞いていたので、安易に道に迷うような人ではないはず。そう思い、通信が途絶えたあたりを中心に、広範囲にわたって探しました。しかし、前々日から雪が降り積もり、視界も悪く捜索は難航しました。

すぐそばにいた遭難者

伊藤さん:最終的に遭難者が発見されたのは、捜索開始から4日後、遭難から6日目のことでした。

天候が回復し、遭難者の山仲間が捜索に入ったときのことです。なんと、GPSの軌跡が最後に途絶えた、まさにその場所で、50センチほどの雪の中に埋もれていた遭難者の手が見つかったのです。何日もその場所を行き来していたのに、発見できなかったのです。

後悔が残った出来事

松本さん:遭難した日は10月下旬でしたが雪がうっすらと積もっていました。おそらく遭難者は急な下りでスピードを出しすぎて激しく転倒してどこかを痛め、動けなくなってしまったと思われます。それがなかったらたぶん普通に帰ってこれた方だと思います。ストックも折れていたので。

伊藤さん:私たちもゾンデ棒(※)で雪の中を探したのですが、発見現場のほんの少し手前で捜索をやめてたんです。3日間、必ずいるはずだと思い、懸命に探したんですね。でも天候がよくなくて、吹雪になったりさらに雪が積もったりと非常に条件が悪かったんです。

もし、あと数メートル先までゾンデ棒を刺していたら、もしかしたら彼を見つけられたかもしれない。そう思うと、悔しくてなりません。

YAMAPの位置情報が、これほど正確なことに驚くと同時に、プロフェッショナルな人でも、たったひとつの不運で命を落としてしまう山の怖さをあらためて痛感させられた出来事でした。

そして、その遭難者を我々が見つけられなかったので、本当に悔やまれました。

※ゾンデ棒・・・遭難救助の際雪に突き刺してあたりを探るもの

たった数メートルの違いが、生死を分けた

冬の羊蹄山(PIXTA)

── 北海道全域を見ている松本さんにもお聞きします。北海道では、自然の山を滑るバックカントリースキー、スノーボードでの事故が多さが近年目立ちますが、怖さを感じた事案などはありましたでしょうか。

松本さん:2024年3月に羊蹄山(1898m)で発生した雪崩事故ですね。

羊蹄山の北斜面で、5人組のパーティのうち、2人が亡くなった事案がありました。一人ずつ滑り降りていき、最後の5人目が滑り始めた、その瞬間に雪崩が発生したのです。

他のメンバーは下にいて、それぞれ待機している場所が違ったので、巻き込まれた人は逃げることができなかった。端の人は幸いにも枝に捕まり、雪崩を免れることができ助かった人もいた)」

同じパーティで滑っていたにもかかわらず、わずか数メートルの位置の違いが、生死を分けることになりました。

最初の人が引き起こすとは限らない雪崩

松本さん:富良野をはじめとする北海道の山々は、海外からも多くのスキーヤーが集まる人気のエリアです。しかし、その一方で雪崩が非常に発生しやすい危険な山でもあります。

雪は一見安定しているように見えて、実は非常に不安定な状態で積み重なっていることがあります。そこに人が滑り込んだり、わずかな振動が加わったりするだけで、雪崩はあっという間に引き起こされてしまいます。

誰が引き金を引くかは分かりません。最初の人が滑って雪を不安定にさせ、最後の人がとどめを刺す、そんなことも起こり得るのです。

ビーコンの重要性

松本さん:雪崩が発生すると、短時間で多くの捜索人員を動員しなければなりません。自衛隊や消防の方にも協力を仰ぎ、数十人態勢で捜索にあたることもあります。

もし遭難者がビーコン(雪崩埋没者捜索用発信機)を装着していなければ、人力で一本一本ゾンデ棒を刺し、雪の中を探すしかありません。これは想像を絶する大変な作業です。

最近ではビーコンを装着している人が増え、発見率も高くなっています。雪山に入る際には、技術や経験だけでなく、こうした安全装備がどれだけ大切か。そして、自分たちだけでなく、後から滑ってくる人にも危険が及ぶ可能性があること。雪崩の危険性も十分理解した上で山に入って欲しいですね。

「ジャパウ」が世界を魅了するワケ

世界の人を魅了するニセコのパウダースノー(PIXTA)

── 多くの外国人が北海道の雪山に魅了されているそうですね。その理由は何でしょうか?

松本さん: 「ジャパウ(Japow)」という言葉があるのですが、これは「ジャパンパウダー」の略で、日本のパウダースノーのことです。

偏西風が北海道に雪を運んできます。北海道は海が少ないため、水分を含まないサラサラの雪が積もります。オーストラリアやカナダは海に面しているため、重たい雪が降るんです。

緯度が高く、気温が低い、海が少ないという条件が揃っている北海道は、世界的に見ても珍しい場所です。また、札幌のすすきのから車で30分でスキー場にアクセスできるなど、立地も魅力的です。ニセコにオーストラリアから移住してきた人が、20年ほど前に「ジャパウ」という言葉を使い始め、そこから海外に広まっていきました。

軽装備の登山者たち、その安易な選択が招く事態

── 最近、山での救助要請が増えているそうですね。どんなケースが多いのでしょうか?

伊藤さん: はい、本当に増えています。特に気になるのは、「装備不十分」による通報です。滑落して大怪我をした、というよりは、「足が少し痛くて動けない」「ヘッドライトがなくて動けない」「蜂に刺されて動けない」といった理由が多いんです。日没が迫っているのにライトを持っていなかったり、濃いガスに巻かれて身動きが取れなくなってしまったり……。

── そういった方たちの救助は、どのようにされるのでしょうか?

伊藤さん: 連絡があれば、私たちが行くしかありません。自力で動ける方にはできるだけ動いてもらいますが、ライトがなくては下山もままなりません。ですから、「その場で動かないで」と指示を出し、私たちの方でライトなどを持って迎えに行きます。通報があった以上、何もしないという選択肢はありませんから。

登山ブームの裏側で、広がる「無知」の連鎖

富良野岳の縦走路(PIXTA)

── 今日も山を登っていて気づいたのですが、サンダルで登っている人や、手ぶらで歩いている人もいました。

伊藤さん: そうなんです。コロナ禍で登山ブームが起こり、健康志向の高まりもあって、手軽に情報を手に入れられるようになりましたよね。「よし、自分も行ってみよう」と、気軽に山に入ってしまう人が増えています。装備や知識が十分でないまま、安易に足を踏み入れてしまうケースが全国的に増え、コロナ禍前と比べて顕著です。

── 年齢層は関係なくですか?

伊藤さん: ええ。以前は中高年の方の遭難が多かったのですが、今は若い人も増えています。もちろん、中高年の方で新たに登山を始める方もいらっしゃいます。

昔は、山岳会に入って山の知識を教えてもらってから山に入るのが主流でした。しかし、今は「人とのしがらみが煩わしい」と感じて、ひとりで山に入る人が多い。また、SNSなどで他人の登山記録を見て、「この山、2時間で行けるんだ」と安易に考えてしまい、実際には4時間もかかってしまう、なんてこともよくある話です。

全国の登山者へ、北海道の山からのメッセージ

── 全国から北海道に来られる登山者の方に向けて、最後にメッセージをお願いします。

松本さん: 北海道の山は、本州と比べて圧倒的に土地が広いです。その分、登山道が整備されていない場所も多く、登山道から少し外れただけで、自分がどこにいるか分からなくなってしまう人が少なくありません。

だからこそ、YAMAPのような登山地図アプリを積極的に活用してほしいです。アプリで自分の現在地を常に把握していれば、万一道に迷ってしまっても、正確な位置情報を私たち救助隊に伝えることができます。夜間でも救助に向かうことができるので、道迷い防止のためにも、ぜひ活用してほしいですね。

伊藤さん: まず、YAMAPなどでしっかりと登山計画を立てて、提出してください。北海道の山は本州と違い、獣道のような道が多く、山小屋やトイレも少ないです。無計画な「弾丸登山」は絶対にやめてほしい。

そして、一番伝えたいのは、「無理な登山はしないでほしい」ということです。

「帰りの飛行機やフェリーの時間が決まっているから、無理してでも今日中に登りきらなきゃ」というパターンが非常に多いんです。

どうか、日程に余裕を持ってください。悪天候や体調不良など、何かあったときには、勇気を持って引き返す決断をしてほしい。命はひとつしかありません。このことを忘れずに、北海道の山を楽しんでもらえれば嬉しいです。

YAMAP MAGAZINE 編集部

YAMAP MAGAZINE 編集部

登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。