「山の道具は、軽いほどいい」。2000年代に生まれたウルトラライト(以下UL)のムーブメントは、今や、登山装備のスタンダードになりつつあります。そんな中、この春、マウンテンハードウェアが初めてリリースしたULバックパックが「カザム」と「アラカザム」です。創業以来、8000m峰への挑戦にも耐える装備を作り続けてきたブランドが、本気でULバックパックを開発したらどうなるのか? 魔法の呪文のような名前をもつこの2モデルの特徴と、フィールドでの実践的な使い方のアドバイスを紹介します。
2026.04.01
池田 圭
編集・ライター
「カザム」と「アラカザム」は、マウンテンハードウェアが初めて手がけたULバックパックです。長時間に及ぶスルーハイクや縦走登山を想定し、より快適に、もっと先を目指すために設計されています。そのため、軽さを追求するだけではなく、快適な背負い心地も兼ね備えていることが特徴です。
2つのモデルの違いは、本体に使われている素材が異なること(カザム:ナイロンポリエチレンリップストップ素材/アラカザム:アルーラ素材)。ここでは45Lサイズで820g(S/M)、60Lで860g(S/M)と、よりULバックパックとしての特徴が色濃い「アラカザム」を例に、3つの大きな特徴をピックアップしてみます。
アラカザムの1つめにして最大の特徴が、本体に採用した最新素材「ALUULA(アルーラ)」です。鋼鉄の最大8倍もの強度対重量比を誇る、非常に軽くて丈夫な素材で、防水性があって水を含まないので濡れても重くなりません。
ダイニーマ系の素材に似た特徴を持っていますが、分子同士を結合させるボンディング加工によって形を作れるため、縫い目のない完全防水仕様に仕上げられること、修理が容易なことも特長です。また、レインカバーが不要なのも軽量化を図る上で大きな利点となります。

2つめの特徴は、「ゲートキーパー」と名付けられたヒップベルトデザインです。
腰の中心を軸に体の動きに追従する可動式のヒップベルトが、行動時の荷物の横ブレを抑えつつ、ハーネスが常に体にフィットし続けて疲労を軽減してくれます。好みによって固定することも可能です。
UL系バックパックではほとんど例のないこの仕様は、フラットな移動の多いロングトレイルハイキングよりも、急峻なアップダウンを繰り返すアルプスでの縦走のようなシチュエーションで、より効果を発揮してくれるディテールといえるでしょう。

3つめの特徴は、画期的なコンプレッションシステムです。
サイドのコードを引くと、側面にジグザグに入ったコンプレッションストラップ全体が連動。ワンアクションで荷物全体を圧縮できます。背負ったまま調整できることもポイントです。荷物がコンパクトになるだけでなく、背中側に荷重をギュッと引き寄せながらフィットさせられるため、歩行時の安定感が高まります。
ULタイプのバックパックの性格を左右するのは、軽さと背負い心地、使い勝手のよさのバランス。その点、アラカザムは驚異的な軽さを実現しつつ、耐久性や快適性を犠牲にしていないバランスのよさが魅力です。

例えばショルダーハーネスには、ここ数年のトレンドでもある幅広なベストタイプのハーネスを採用。
フィット感と表面積を高めて胸部や肋骨周辺にも効率よく荷重を分散させているので、軽やかな背負い心地に驚かされるはずです。その分、ウエストハーネスは従来のものよりもライトな造りにまとめ、軽さも追求しています。

ULバックパックの中には、重量を削るためにフレームを省いたモデルもありますが、アラカザムはV字型のアルミフレームを内蔵。内部でヒップベルトと接続させてあり、軽量ながらしっかりと荷重が分散できる構造です。
また、背面は通気を促すメッシュ構造。速乾性にも優れ、日本の蒸し暑い夏にも対応する仕様です。

容量の大きな3つの外ポケットも見逃せないポイントでしょう。なんと、外ポケットだけで約20Lもの容量があります。底部分には水抜き用のドレインホールが大きめに取られているので、雨の日や沢などでも排水性は十分。濡れたレインウェアやテントなどを入れるのにもよさそうです。
サイドのポケットにも独自の工夫があります。前側に短いスリットが入っており、背負ったまま手を伸ばしてボトルなどにアクセスできます。ポケット自体はかなり深さがあって、トレッキングポールやテントポールなど、長さのあるものをしまうのにも安心です。

トップベルトは、たっぷりと長さがとられています。これは元々、アメリカのロングトレイルを歩く時にベアキャニスター※を固定するために設計されたものだそう。マットなどの外付けにも使えます。
※登山者の食糧をクマから守り、クマがその味を覚えないようにするための保管容器

次に、アラカザムのようなULバックパックを、より快適に使うためのポイントを考えてみましょう。
アドバイスをくれたのは、マウンテンハードウェアのサポートアスリートである登山ガイドの伊藤伴さん。じつは、アラカザムの開発テストにも参加しており、彼の意見が反映されたディテールもあるそうです。伊藤さんがフィールドで使って感じたメリットも含めて、話を伺いました。

「まず一番の特徴は、アルーラを採用したことによる耐久性と防水性の高さです。軽量なULバックパックの中には、取り扱いに気を使うものも少なくありませんが、雨でも岩場でも、濡れや擦れを気にせずにガンガン使えるのがアラカザムのメリットだと思います。濡らしたくない荷物を防水のスタッフサックに小分けしたり、レインカバーを付け外したりする煩わしさもありません」(伊藤さん)

「軽くてシンプルな造りですが、フィット感が高く、荷物がブレづらいのも特徴です。外ポケットが大きいのでポッテリした形に見えますが、じつは本体部分はすっきりとしたボックス構造。コンプレッションをかけると、荷重が中心にしっかりくる安定感があります。自分はアルパインやクライミングではよりシンプルなモデルを使っていますが、テント泊縦走などの用途なら、通年、このバックパック1つで対応できると思います」(伊藤さん)

「注意点としては、外ポケットの容量が大きいのでついいろいろ入れたくなりますが、重たいものを外側に入れすぎないこと。荷重のバランスを考えると、水などの重たいものは体に近い本体側に入れた方がいい。
ちなみに、テスト時はフロントポケットの開口部全面にゴムが入っていたのですが、より取り出しやすいように一部だけにゴムを使う形状に変更してもらいました。これは日本からの意見が取り入れられたディテールです」(伊藤さん)

「左右のフロントハーネスに備えた大型ポケットも使い勝手がよくて気に入っています。スマホやソフトフラスク、地図なども入るサイズなので、休憩のたびに荷物を下ろす手間がありません。ドロップインポケットとは別にジッパー付きのポケットがあって、スマホなどが落ちないのも地味に便利。
他のULバックパックにも言えることですが、背負い心地にも配慮された設計のモデルとはいえ、快適に背負うためには荷物はできるだけ重くしない方がいいと思います。自分は数日のテント泊縦走であれば、45Lサイズを使っています」(伊藤さん)

アラカザムの本体素材をリップストップナイロンに変更し、より手の届きやすい価格帯に落とし込んだのが兄弟モデル「カザム」です。
45Lサイズで1,140g(S/M)、60Lサイズで1,180g(S/M)と十分に軽く、細かなディテールはアラカザムと同じものが採用されています。

本体に使っているのは、軽量なナイロンポリエチレンリップストップ素材。完全防水仕様ではありませんが、こちらも高い防水性と耐久性を備えています。
ハーネスや可動式のヒップベルト、背面構造などはアルカザムと全く同じディテールを採用していますが、カザムには雨蓋が付いています。必要に応じて着脱し、より軽いセッティングにすることもできます。
オーソドックスなバックパックからULバックパックに乗り換えることに抵抗がある方は、使い慣れた形に近いカザムの方が手にとりやすいかもしれません。また、同サイズで3万円近い価格差も検討ポイントになるでしょう。
アメリカ本国で製品開発を担当したデザイナーのベンさんとシンディさんにも、このULパック誕生の背景を伺ってみました。

製品開発チームのとメンバーたち。手前右がベンさん、二人目の女性がシンディさん
ベンさん曰く、日本と同じようにアメリカでも、ULのトレンドは2000年代に経験した「歯ブラシの柄を切って1gでも軽くする」といった“我慢してまで軽さを追求する”方向性ではなく、快適さや安心感、楽しさを最大化することが重視される新たなフェーズに入ってきているとのこと。
「そのようなマーケットを取り巻く状況は、我々がこれまで手がけてきたULテントに続く“ULコレクション”を本格的に立ち上げる良いタイミングだと感じていました。一般的なULパックが軽量化のために犠牲にしがちな部分、特にサスペンションシステムは私たちが長年マウンテニアリングパックの開発で培ってきた経験がある強み。つまり“私たちなら最高の荷重効率と快適性を持ったULパックを作れるはずだ”という強い自信が、このプロジェクトを動かした動機でした」(ベンさん)
開発時に特に時間がかかったのは、新しい高機能素材「アルーラ」が従来の生地とはまったく異なる特性があったため、加工法から新しいアプローチが必要だったことだそう。
「何度も試行錯誤を重ねた結果、接着剤を使わず、生地同士を熱で融合させることで縫い目を排除した非常に高い強度と優れた防水性を備えた構造を実現することができました。しかし、パターン設計や形状作りの自由度が大きく制限されるため、メインボディは縫製してシームテープで防水処理を施す方法を選択しました。この方法でも完全防水の構造を実現しています」(ベンさん)

背面のサスペンション構造や可動式ヒップベルトは、これまでエクスペディション用の大型ザックで実績のあるシステムを活かし、より軽さと通気性を持たせた形に仕上げられています。しっかりとしたフレームのバックパネルとサスペンションシステムを備えているので、従来のバックパックと同じような感覚で背負えるULバックパックということができそうです。
「ULバックパックだからといって、特別な扱いをしなくていいのが、このパックの素晴らしい点のひとつです。多くのULバックパックのように“快適に背負うためには荷物はこう詰めなければいけない、こう背負わなければならない”ということがないのです。大切なのは体に合ったサイズ選びと正しいフィッティング。これだけできていれば完璧です。それでは、良いトレイルを!」(ベンさん)

カザムとアラカザムは、軽さと耐久性という登山者が求め続ける相反する要素を、まるで魔法でも使ったのかのように見事に両立させたバックパックです。
最新の高機能素材を惜しみなく使った驚くほどの軽さに目が行きがちですが、実際に触れてみると背負い心地や使い勝手のよさも全く諦めていないことがよくわかります。ULバックパックというカテゴリーにありながら、まさに限界に挑戦し続けてきたマウンテンハードウェアならではの完成度といえるでしょう。
軽さを求めるハイカーにとってはもちろん、これからUL装備に興味を持つハイカーにとっても、新しい選択肢となりそうです。
<製品情報>
アラカザム45Lバックパック /¥71,500(税込) 800g(XS/S)、820g(S/M)、860g(M/L)
アラカザム60Lバックパック /¥77,000(税込) 840g(XS/S)、860g(S/M)、900g(M/L)
カザム45Lバックパック /¥42,900(税込) 1,120g(XS/S)、1,140g(S/M)、1,160g(M/L)
カザム60Lバックパック /¥45,100(税込) 1,160g(XS/S)、1,180g(S/M)、1,200g(M/L)
原稿:池田圭
写真:永易量行
協力:コロンビアスポーツウェアジャパン