羽黒山は12年に一度のスペシャルイヤー|御縁年こそ神意に触れる歩き旅をしよう

山形県が誇る山岳信仰の聖地・出羽三山。そのひとつである羽黒山が今年、12年に一度の特別なご利益がある「御縁年」を迎え、注目を集めています。この地をめぐる山旅の魅力を、東北に縁の深い低山トラベラーにして文筆家の大内征氏が、自身の体験も交えながらご紹介します。

現在・過去・未来を巡る“生まれ変わりの山”を歩くことは、現代を生きる私たちに何をもたらしてくれるのでしょうか。大内氏ならではの奥深い信仰の山の歩き方。どうぞお楽しみください。

2026.08.05

大内 征

低山トラベラー/山旅文筆家

INDEX

今年は「山岳信仰」をテーマに山旅へ出よう!

ローカルの信仰や山の神仏の物語が面白くて、日本各地の霊山をたずねている。人はむかしから樹木や岩石といった森の自然物に精霊が依りつくと考え、天体や大地の森羅万象を畏怖しつつも、自然そのものに神意を見いだして尊んできた。

時を経たいま、ぼくらは山の神社や寺院を詣でることで、山麓の里宮や山頂の奥社に祀られる“姿を現した”神や仏に接することができるし、あるいは、自然現象や神話奇譚を起源とする“目には見えない”ことへの信仰に触れることができる。日本の山に伝わる多様な神々と祈りの文化はじつに興味深く、ローカルの信仰の地を巡る“歩き旅”がほんとうに楽しいと感じる。

そんな信仰の起こりや寺社の成り立ちを「縁起」という。縁が起こると書く、なんともめでたい言葉である。寺社創建の経緯と祭神や本尊の関係性を深く堀っていくと、山の個性や地域的な魅力がみえてくるのも面白い。

たとえば午歳の令和八年なら、よい縁起とウマくいく兆しが重なる「御縁年」を迎えた羽黒山に注目したい。山形県鶴岡市にある山岳信仰の聖地だ。

自分の気持ちの「いま、ここ」を確かめる旅。羽黒山を歩き、現世の幸せに感謝する

いままさに羽黒山は12年に一度の特別な神意に包まれている。このタイミングで山頂の出羽三山神社をお詣りすると、12年分のご利益があるというありがたい年なのだ。

じつをいうと、ぼくは12年前の御縁年にここを訪れ、そのご神徳を授かっている。不思議なことに、それをきっかけとして日本各地に広がった羽黒山の信仰地を偶然にも訪ねる機会が増えた。こういうことを「ご縁がある」というのだろう。そんなこともあり、ぼくにとって羽黒山は“推し”の低山でもあるわけだ。

さて、12年前の午歳、夏の終わりのこと。ぼくは山形県の羽黒山と月山を訪れて、かの地を隈なく歩いた。どちらの山も日本三大修験のひとつ「羽黒修験」の霊山である。とくに月山は深田久弥が記した『日本百名山』の一座として、全国の登山者から慕われている。YAMAP MAGAZINE読者のなかにもたくさんのファンがいるに違いない。

羽黒の修験道においては、標高414mの羽黒山が「現在」をうけもつ端山(はやま。低い山や浅い山のこと)であり、標高1,984mの月山は「過去」をつかさどる深山(みやま。高い山のこと)だ。さらに、標高1,500mの湯殿山は「未来」を意味する神域となる。これらを合わせて出羽三山と呼び、古今の修験道の道場となってきた。山伏たちはこの三山を歩いて自然と自分とに向き合い、現在・過去・未来をめぐる「三関三渡の行(さんかんさんどのぎょう)」を経て、生まれ変わっていく。

前回の御縁年のとき、ぼくは個人的な願いをもって、この生まれ変わりの道のりを歩いた。おりしも「低山トラベラー」と名乗って文筆活動をはじめたばかりで、それまでの会社勤めの働き方とはガラリと変わり、新しい生き方に悪戦苦闘していたころだった。

はたして、羽黒山を歩きながら現在の自分自身を見つめる絶好の機会になったし、月山では過去を省みる有意義な時間を過ごすことができた。そのおかげか、物書きをしながら個人の力で食べていくことの不安と希望にしっかりと向き合い、あたらしい未来に向けて気持ちが整った。期せずして個人的な「三関三渡」の山歩きとなったわけだ。

現在のことに悩んだり、自分のことで迷ったりしているなら、ぼくのように羽黒山と月山を歩いてみるのは一案だろう。それぞれの山を訪れた意味を自分なりに考えながら歩くことは、なにかの兆しを掴むきっかけになるかもしれない。なにより、歩くことによって散らかった思考が整っていくから不思議なものだ。

いまこうして書きながら、ぼくもまた歩きたいなーと思いはじめている。なぜって、人生に悩みや迷いは尽きないものだから。出羽のお山に、呼ばれているのかもしれない。

見どころ満載にして手軽に登れる羽黒山。しかし歴史は深いのだ

自然だけでなく文化的な景観にも恵まれた羽黒山は、現地を歩くことでなおのこと魅力的に感じられる。コンパクトだけれど歴史は深く、見どころが多い山だ。

歩いたコースはこちら:羽黒山往復コース

まず随神門をくぐると、いきなり谷底へと下ることに面を食らう。祓川に架かる神橋を渡るやいなや、空気がガラリと変わるのがわかる。その先は、神仏の世界。橋のそばを須賀の滝が勢いよく落ちているから、落水の力で穢れを祓う滝行や水垢離を想像して、心を清めて前に進む。

おびただしい杉の木立のなかには、山内最大級の巨木である爺杉を発見することができる。樹齢千年を超える特別天然記念物だけあり、見るからに膨大なエネルギーに満ちている。かつては隣り合う婆杉があり、夫婦杉として名物コンビだったそうだ。

さらに奥へと進むと、無数の杉に同化するようにして、国宝の五重塔が厳かに建つ。平将門が建立したと伝わる東北最古の木造の塔であり、羽黒山のシンボルのひとつだ。自然に溶け込んだかのようなこのビジュアルは、読者のみなさんもどこかで目にしたことがあるのではないだろうか。

美しい杉並木の中を、山頂の出羽三山神社まで石段の参道が続く。木立は整然として気持ちがよく、ときおり風が吹き抜け、陽ざしがこぼれてくる。そんな森の中を歩くだけでも、心身がどんどん浄化されていくのがわかる。車で山上までアクセスできるところを、わざわざ歩いて登る意味と価値が、ここにはあるのだ。

羽黒山を歩きながら「サンドウ」という音について考える。山道は、参道であり、また産道でもある。参道から山奥に入った自分が、ふたたび産道から表に戻ってくるイメージは、母体から世に産まれ落ちることそのもの。出羽三山神社には月山神社と湯殿山神社も合祀されているから、羽黒山に詣でれば一度に三山を巡ったことになる。まさに「三関三渡の行」を体験できるわけだ。それだけ縁起のよい山が、今年は御縁年として輪をかけて縁起がよいのだから、これはぜひとも歩いて生まれ変わりたい。

ちなみに、羽黒山の神さまは伊氏波神(いではのかみ)と稲倉魂命(うかのみたまのみこと)の二柱。前者は出羽国の国魂(くにたま・その国を守る神)であり、後者は稲荷神社の神さまと同一神である。産業の神さまでもあるから、その方面で祈りたい人にとっても羽黒山はおすすめだ。

年に一度のタイムスリップ。この夏は“過去の山”へ、ご先祖さまに会いにいく

それはそうと、夏の月山もすばらしい。深い雪に育まれた高山植物が咲き乱れ、野鳥やオコジョの姿も楽しめる。たおやかな稜線のいたるところに、夏でも残る雪が眩しい。夏の緑の山肌と、白い雪の斑紋は、まるで牛の背。目のまえに巨大な牛が横たわっているかのような、月山らしいたおやかな夏山風景が広がる。夏は暑い山形にあって、このさわやかな眺めはとても印象深い。

その一方で、地元の山形をはじめ、ぼくの故郷である宮城でも、月山は亡くなった人の魂が集まる深山だと伝わる。月山は過去を意味する山であり、とくに羽黒修験においては、亡くなった人の魂が33年の供養を経て、月山の頂で神さまになるという。

山を歩くようになってからというもの、その話がぼくの心に刻まれ続けている。以来、お盆の時期になると月山に登ることが増えた。亡くなったご先祖さまや友人知人といっぺんに会えるのだから、私的な供養登山のようなものである。みんなのお墓参りをするのはなかなか難しいけれど、登山をすることでそれが一気に解決できるのだから、山登りをする身としてはありがたい。毎年夏になると、まず月山のことが頭に浮かぶようになったのは、そういう理由がある。

この話を東北の友人たちにしたところ、彼らも感銘を受けたようで、地の利を活かしてぼく以上に月山に通っている。その山行にぼくは不在のことが多いけれど、SNSで月山に詣でた仲間の投稿を目にするたびに、ああ夏だなあと、なんだかうれしい気持ちになる。

そんなわけで、羽黒山に行くなら月山も歩いてみてはどうだろう。夏なら高山植物とご先祖さまの供養。秋ならもちろん紅葉がすばらしい。錦秋という言葉にふさわしく、月山ならではの秋の色彩に出合うことができる。

注意したいのは、町に近くて標高の低い羽黒山と比べると、月山は驚くほど早く雪がつくということ。そして、ものすごく寒くなる。東北は夏が短いけれど、秋もまたあっという間に過ぎ去っていく。月山に行くなら、現地情報と天気予報はしっかり確認しておきたい。それと、防寒対策も。

出羽三山とぼくの、超個人的な関係

写真:大内征

ところで、ぼくは山形については、ちょっとうるさい。まだまだ書きたいことがある。美味い板そば、間違いない肉そば、絶品の辛味噌ラーメン、並んででも食いたい団子などなど。極上の温泉もたくさんあるし、いい低山もたくさんある。とはいえ、ここではそれ以上に書いておきたいことがあるから、もうひと息お付き合いいただければ嬉しい。

ぼくは山形県と奥羽山脈を分け合う宮城県の出身だ。仙台と山形をむすぶローカル路線を利用して、こどものころからよく山形に遊びに行ったものだった。もちろんいまは、山歩きでよく訪れている。

そんなぼくの育った家の隣には、なにを隠そう羽黒神社がある。月山神社と湯殿山神社もある。それも山形から直接的に勧請されたわけではなく、伊達政宗によって福島から仙台に移されたという、珍しい経歴の出羽三山の神社だ。こどものころは祭りに参加してお神輿を担いだもので、いまでも正月の帰省時には初詣を欠かさない。超個人的なことだけれど、ぼくにとって羽黒山がむかしから特別なご縁のある山だということを、ここで書き添えておきたかった。

写真:大内征

最後に、出羽三山それぞれに「御縁年」があることを読者のみなさんに伝えて、この稿を締めくくりたい。

つるおか観光ナビによれば、月山は卯歳らしい。月読命を祀る月山神社の本宮には、月の神さまのご眷属としてウサギが祀られてもいるから、これはなんとなく想像がつく。もう一つの湯殿山は、丑歳だそうだ。理由はよくわからない。

しかしながら、羽黒山のウマ、月山のウサギ、湯殿山のウシ、それぞれの頭文字に「ウ」がつく法則性はちょっと気になる。十二支のなかで「ウ」がつくのは、この三つだけ。ウは「羽」と解釈することができる。ここは出羽の国、出羽三山。それは偶然か深読みなのか、まさに神のみぞ知る、だ。

おっと、余談が過ぎてしまった。今回、物書きとしてはありがたい執筆依頼だったけれど、12年前の御縁年の効力も、さすがに薄れてきていることだろう。ぼくも今年のうちに羽黒山と月山を歩きたい欲が出てきた。もし、この記事を読んでくれたYAMAP MAGAZINE読者の方と山形で会えたなら、それは間違いなく出羽三山の神々のご神意に他ならない。それもまたうれしい「御縁」である。

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原稿:大内征
TOP画像写真:じゃらさんの活動日記より

大内 征

低山トラベラー/山旅文筆家

大内 征

低山トラベラー/山旅文筆家

歴史や文化を辿って日本各地の低山をたずね、自然の営み・人の営みに触れる歩き旅の魅力を探究。ピークハントだけではない“知的好奇心をくすぐる山旅”の楽しみ方について、文筆・写真・講演などで伝えている。 NHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」コーナー担当、LuckyFM茨城放送「LUCKY OUTDOOR STYLE~ローカルハイクを楽しもう~」番組パーソナリティ。NHKBSP「にっぽん百名山 ...(続きを読む

歴史や文化を辿って日本各地の低山をたずね、自然の営み・人の営みに触れる歩き旅の魅力を探究。ピークハントだけではない“知的好奇心をくすぐる山旅”の楽しみ方について、文筆・写真・講演などで伝えている。

NHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」コーナー担当、LuckyFM茨城放送「LUCKY OUTDOOR STYLE~ローカルハイクを楽しもう~」番組パーソナリティ。NHKBSP「にっぽん百名山」では雲取山、王岳・鬼ヶ岳、筑波山の案内人として出演した。著書に『低山トラベル』(二見書房)シリーズ、『低山手帖』(日東書院本社)などがある。宮城県出身。