アークテリクスが主催する「Backcountry Camp@ Niseko(以下、バックカントリーキャンプ@ニセコ)」が、2月下旬のニセコで開催されました。アークテリクスは革新的な製品作りで知られるカナダ・バンクーバー発のアウトドアブランドですが、10年ほど前からユーザーを対象にした様々なアウトドアベントを世界各地で展開してきました。
今回、その開催地にニセコが選ばれたのはもちろん、日本でユーザー対象のバックカントリーイベントが開催されること自体が初めての試みです。ハイシーズンのニセコでのバックカントリースキー&スノーボードと向き合った2泊3日を、参加したYAMAPユーザーのおふたりを中心にレポートしていきます。
2020.03.27
YAMAP MAGAZINE 編集部
手つかずのパウダースノーを自由に滑りたい。あるいは、美しい自然の雪山に心ゆくまで浸りたい。そんな人たちにとって、スキー場の喧噪から離れたバックカントリースキー&スノーボードは実に魅力的なアクティビティです。けれども、管理されていない自然の雪山を安全に楽しむには、正しい知識と技術が欠かせません。
アークテリクスが主催する「バックカントリーキャンプ@ニセコ」の目的はその点にあります。初めての人には、専用ギアの使い方からスノーセイフティの基本、スキーを使った歩き方、登り方をレクチャーし、経験者にはより以上のスキルアップを図るためのヒントを伝える。ただ滑って楽しむだけではなく、そうしたクリニック的要素が強いプログラムが用意されていました。
キャンプのベースとなった宿泊先は、ニセコマウンテンリゾート グラン・ヒラフにほど近い、ベッドルーム5部屋に広いリビングとキッチンが付いた一棟貸しのシャレー。広々としたラグジュアリーな空間は実に快適で、初めて顔を合わせた参加者同士のコミュニケーションにも最適です。実は最近のニセコでは外国人客を対象にした長期滞在向け宿泊施設が主流で、宿探しが意外と難しいという状況があるのだそう。今回はそんなことも考慮されたようです。
今回のイベントに華を添えたのは、著名な女性プロスキーヤー、ミシェル・パーカーの参加でした。世界のムービーや専門誌を飾ってきたスーパースターで、アークテリクスのグローバルアスリートである彼女は、このキャンプのために来日し、昼間は参加者と一緒にバックカントリーツアー、夜には彼女のスライド&トークと大活躍でした。参加者にとっては、世界のトップアスリートと身近に接することができた点でも貴重な3日間だったに違いありません。
今回参加した10名は、いずれも「スキー場内どこでも不自由なく滑ることができる」という参加条件を満たした方ばかり。そのなかでYAMAP MAGAZINEの募集記事を見て参加されたのが、佐伯知芳(はるか)さんと湯本智子さんのおふたり。「滑るのは大好きだけど、登るのがやや苦手」という佐伯さんと、「どちらかというと、登るほうが得意」という湯本さん。なんとも対照的なおふたりの、2泊3日が始まります。
豊富なパウダースノーで世界的に知られるニセコですが、今年は記録的な少雪シーズンとあって、例年よりもはるかに少ない積雪量でした。それでも雪不足に苦しめられた日本のスキーエリアにあっては、まずまずのコンディションだったのではないでしょうか。2日目の朝は、ニセコHANAZONOリゾートからスタートしました。
まずはベースロッジでのオリエンテーション。ガイドから1日の行動予定、必要な道具の再確認、バックカントリーでの注意点などが参加者に伝えられます。続いてリフトを使ってスキーコースを滑り、参加者のレベルをチェックして班分け。その後、この日予定されている入山口にクルマで向かいます。
あいにく天候は下り坂で、この日、山の上部は視界が悪く、強風が吹き荒れていました。朝の時点で、ニセコ特有の雄大なパウダーランを諦めざるを得ないことは明白です。そんな悪条件下でガイドたちが選んだのが、風をかわす斜面でのツリーラン。上部は風が吹き荒れていても、中腹から下のどこかには、風の影響を受けにくい斜面がある。ニセコの地形を知り尽くしたプロの有資格ガイドならではの判断と選択です。
スキーのソールにクライミングスキンを貼り、ガイドによるビーコンチェックを終えた参加者は、ガイドの先導で一列になって緩やかな雪面を進みます。途中でスキーを履いた歩き方やキックターンなどのレクチャーをはさみ、休憩を1回取った後はルートが傾斜を増していきます。
そうして小一時間ほど登った頃でしょうか。振り返ると、いつのまにか麓の広がりと倶知安の市街が眼下に。そこからしばらく登った先が、最初のドロップインポイントでした。
先ほどまではにこやかに会話していた佐伯さんと湯本さんも、滑走準備を終えたあたりから、次第に笑顔が消えています。森の中にぽっかり開いた小さなオープンバーンは斜度も緩めで、ふたりにとっては楽々滑れる斜面のはず。それでもバックカントリーでは、滑り出す前に誰でもちょっとした緊張感に包まれるものです。
一歩一歩、自分の脚で登ってきたからこそ、1ターンでもおろそかにはしたくない。そう思う集中力が緊張感に変わるのでしょう。そうして滑った1本だからこそ、たとえ短い斜面だったとしても、滑り終えたときの充実感は忘れられないものになる。これもまた、バックカントリーの大きな魅力です。
その後は、静かな森を抜けた先にある湿原を目指すことに。これ以上登っても、斜面のコンディションは期待できないという判断です。素晴らしい雪を滑れる日もあれば、こんな日もある。これも自然の中で遊ぶ宿命です。しばらく森を歩くと開けた雪の原。夏には訪れる人も稀な小さな湿原とのことです。山の上部は相変わらず鉛色の雲に包まれています。そこからまたしばらく白い森を抜け、短い斜面を滑り、小さな沢を渡り、気がつくとニセコHANAZONOリゾートのベースの裏手に顔を出しました。
今回の「バックカントリーキャンプ@ニセコ」には、カナダのアークテリクス本社からジャスティン・スウィーニーさんも同行していました。ジャスティンさんはスポーツマーケティングのマネージャーであり、世界3カ所で毎年開催するユーザー向けアウトドアイベント「アークテリクス・アカデミー」のプロデュースも手がけています。
その3つのイベントとは、7月上旬のフランス・シャモニーでの「アルパインアカデミー」、同じく8月下旬のカナダ・スコーミッシュでの「クライミングアカデミー」、そして2月上旬のアメリカ・ワイオミング州「バックカントリースキー&スノーボードアカデミー」のこと。
(注:2020年のアルパインアカデミー、クライミングアカデミーに関してはコロナウイルスの影響で開催未定)
いずれも、コアでテクニカルなアウトドアアクティビティの普及と教育を目的にしたユーザーイベントで、エントリーレベルからエキスパートまでを対象とした30コースほどのクリニックが3日間に渡って開催され、数百人規模の参加者を世界各地から集めています。今回の「バックカントリーキャンプ@ニセコ」も基本的な主旨は同じです。
では、アークテリクスというアウトドアブランドがなぜ、こうしたユーザーイベントに力を注ぐのでしょうか。プロデューサーのジャスティンさんに話を聞きました。
ジャスティン:もともとアークテリクスはクライミング用ハーネスづくりからスタートしていますし、そうしたクライミングのスピリットは今なおブランドの根幹を貫いています。それだけに、安全にクライミングを楽しむ環境作りを非常に重要視しています。そうしてスタートしたのがアルパイン、クライミング、バックカントリーからなる「アークテリクス・アカデミー」でした。
どのアカデミーも今ではローカルコミュニティの協力を得て、数百人の参加者を迎える規模になりましたが、最初は今回のバックカントリーキャンプ@ニセコのように、とても小さな規模からスタートしています。
北米と同じく日本のバックカントリー人気も年々高まっていると聞きます。では、バックカントリーを滑りたいと思ったときに、知らなければならないのが安全のこと。フィールドで安全に楽しむためは、正しい知識と技術が必要です。私たちのイベントが教育に力を入れている理由はそこにあります。
ジャスティンさんに続いて、今回のスペシャルゲストであるミシェル・パーカーにも話を聞きました。実は彼女、アスリート兼クリニック講師として本国主催のアークテリクスバックカントリースキー&スノーボードアカデミーにその当初から関わってきたひとり。世界的なスーパースターにとって、そこにはどんな理由があるのでしょうか。
ミシェル:2歳からスキーを始めた私はレーシングスキーからフリースキーと競技スキーひと筋でした。それが20歳の頃からバックカントリーに興味を持ち始め、いつしか活動の舞台を移したのです。競技スキーは基本的に人と争いますが、バックカントリーでは自分と向き合い、仲間と喜びをシェアします。そこが何より好き。
バックカントリーを最初に目指した20歳の頃に、尊敬する先輩スキーヤーの勧めに従って雪崩のクリニックを受講しました。以来、私は毎年欠かさず、スノーセイフティとマウンテニアリングの講習を受けています。雪山のことはどれだけ学び続けても足りないし、これは一生かけて取り組む価値があると考えるからです。
最初はバックカントリーに連れて行ってくれる友人や先輩に教えてもらう人が多いようですが、それがいつも正しいとは限りませんよね。その意味でもアークテリクスのようなブランドが取り組んでくれることに大きな価値があると私は思います。
私のまわりでは、たくさんの滑り仲間が雪崩で亡くなっています。ホントにつらいことだし、あんな思いはもう二度と味わいたくない。だからこそ、自分から発信していきたいし、スキーヤーとして一生かけて伝えていきたいと考えています。
最終日は、2回目のバックカントリーツアーの予定でしたが、この日は昨日の悪天候に輪を掛けて、ニセコの全スキー場でリフトが運休するほどの猛吹雪。こんな日のバックカントリーは雪崩のリスクが非常に高く、いかにニセコの地形を知り尽くしたガイドでもどうにもなりません。
そこでHANAZONOパウダーガイドの提案によって、急遽、ワイスホルンでのキャットツアーに。雪上車に乗って、休止中のスキーコースを滑るというツアーです。それでも強風の山頂までは登れないので、森林限界近くまでキャットに乗車して3本の未圧雪コースでパウダーランを楽しみ、3日間のキャンプは終わりを告げました。
あいにく天候には恵まれなかった今回のキャンプでしたが、プロの有資格ガイドたちが工夫を凝らしてルートを選び、スペシャルゲストが華を添え、短い期間にしては盛りだくさんな2泊3日だったと思います。さて、YAMAPユーザーのおふたりにとってはどうだったのでしょうか? 最後に感想を聞いてみましよう。
まずは佐伯知芳さん。スノーボードに出合った当初は、北海道のスキー場で1シーズン働きながら滑ったこともあるという佐伯さんは、雪のない福岡で暮らしながら広島のスキー場に通い、年に1、2回は遠く東北まででかけてバックカントリーツアーに参加しているとのこと。そのモチベーションの高さには頭が下がります。
佐伯:いつもは男性グループに女性1、2名という決まった仲間との山行が多いので、今回は普段とは違った人たちと一緒に山に入れた点が良かったと思います。同じ趣味を持つ同じテンションの人たち同士で仲良くなって情報交換することで、ギアやウエアへの意見や、新しい視点をもらえたり。私にとっては、冬のためのオフトレでしかなかった登山をメインに楽しむのもいいなと思えたり…。いろいろな意味で刺激になりました。
続いて湯本智子さん。湯本さんは関西出身で、日常的に山に登れる環境を求めて北アルプスの麓に移住したほどの山好きです。山岳会に入会した今は、夏山縦走はもちろん、冬山やアルパインクライミングまでこなし、スノーボードからスキーに転向したのもバックカントリーでの行動を考えてという、やる気満々の女性。
湯本:白馬エリアで滑っている私にとって、北海道のバックカントリーは休みも費用もそれなりに必要ですし、なかなか敷居が高かったんです。けれども、今回思い切って参加を決めて良かったと思います。
ミシェル・パーカーのことは知らなかったんですが、彼女のスライド&トークショーを観て、すごい人だなと。同じ女性としても刺激を受けましたね。彼女のようなトップアスリートと一緒に過ごせることもアークテリクスのキャンプがほかと大きく違う点ですよね。ミシェルとは毎日一緒でしたから、もっと私に英会話力があれば、得られるものがより大きかったのではと思いますね。ともかく貴重な体験でした。
今回は残念ながら天候が悪かったということもありますが、そのなかで一番良かったのは、スノーセイフティのクリニックですね。私はバックカントリーを始めてから毎年のように受けいますが、やはり、おさらいになります。実際の場面ではパニックになるから何度も練習するのは当たり前なのですが、その機会を得られてよかったです。それに、今まで知らなかった方法も盛り込まれていて勉強になりました。
──湯本さんの言うスノーセイフティクリニックは、2日目のツアー後に開かれた雪上でのコンパニオンレスキュー。つまり、雪崩で埋没した人をアバランチトランシーバー(雪崩ビーコン)、プローブ、ショベルを使って救出するやり方。積雪情報から雪崩のリスクを導き出すには、ガイド並の勉強とトレーニングが必要ですが、コンパニオンレスキューの基本だけは、バックカントリーガイドツアーに参加する人でも最低限身につけておきたい知識と技術です──
佐伯:私もそう思います。私は5年前にバックカントリーを始めた時に教えてもらっただけ。それ以来でしたから、やり方もほとんど覚えていなかった。もちろん、バックカントリーに入る時はビーコンはオンにするし、プローブもシャベルも持って行きますよ。でも、もしものために、という意識だけで、使いこなせるかどうかは別の話。ついつい、「私はやったころあるから」と思いがちでしたけど、やはり、いざというときに使えないと意味がありませんよね。なので、毎年学んだほうがいいと強く思いました。
湯本:スノーセイフティはバックカントリーの入口に立ちはだかる壁ですよね。だから、このキャンプでは、もっと時間を割いてやっていただけても良かったのかなと思います。
佐伯:そうね、2泊3日なのだから、半日くらいの時間を使ってもいいですよね。
湯本:確かに。でも、そうなると滑る時間も足りないか。う〜ん、悩ましいところですねぇ(笑)。
取材・文:寺倉力
カメラ:中西隆裕
モデル:湯本智子、佐伯知芳
協力:アメア スポーツ ジャパン アークテリクス