ウルトラライトの達人に聞く、手軽に「本格山旅」を楽しむコツ|UL入門(後編)

アメリカのハイキング文化から生まれたウルトラライト(UL)。日本におけるULの第一人者であり、東京・三鷹のアウトドアショップ「ハイカーズデポ」のオーナーを務める土屋智哉さんに、UL哲学や魅力をお聞きしています。インタビュー後編では自身がULを広めようと思ったきっかけや、アメリカと日本それぞれの登山文化、日本でULを楽しむコツなどを伺いました。

UL入門【後編】前回インタビューはこちら

2020.04.20

YAMAP MAGAZINE 編集部

INDEX

UL哲学は現代の生き方に通ずる

ー土屋さんのこれまでの活動は「ULを正しく理解してもらうための場づくり」であり、その根底には「ULを誤解してほしくない」という気持ちがあるということでしたが、その原動力はどこにあるのでしょうか?

土屋:ULは絶対的に面白いと思ったからですね。実際、一般ルートの登山とは距離をおいていた自分がULにより荷物を少なくすることで、まったく違う意識を持つようになったんです。それまで僕がやってた探検部的な活動は、いわばULハイクとは真逆な世界。特に探検部時代にハマっていた洞窟探検では竪穴調査なんかをメインでやっていただけに、ロープ、カラビナ、ハンガー、アンカーと大量のギアを必要とします。さらに大学卒業後に手を出したのが洞窟潜水なもんだから、もうギアだけでいえば超ウルトラヘヴィ(笑)。実際に危険も伴い死亡リスクも高かったので毎回念書を書いて活動に出かけてました。大量の装備を用意してチームとしてひとつのプロジェクトの成功を目指すという活動経験があったからこそ、シンプルな道具で個々人が自然の中の旅を楽しむというULハイクの世界を知って余計に新鮮&魅力的に感じたのかもしれませんね。

東京・三鷹のアウトドアショップ「ハイカーズデポ」オーナーを務める、土屋智哉さん

土屋:あとはULの「足るを知る」的な思想が、現代の生き方にも通ずる普遍的なメッセージになると思ったことも原動力になったのかもしれません。ちょうど当時は「ロハス」、「ミニマリズム」、「断捨離」などの言葉が一般にも認知されてきた頃で、モノを持ち過ぎた生き方をリセットする、シンプル&ナチュラルなライフスタイル…というような考え方が注目されつつあった時期だと思います。本当に必要なものはじつはそれほど多くないんだってことにみんな気づき始めていたんでしょうね。それで「ULはもしかしたら現代の、これからの生き方と繋がっていくのではないか」と思ったんです。MacBook Airが発売されたときも思いましたよ、やっぱりパソコンまでも軽くなってくのねって(笑)。そう考えたら、「軽い」とか「モノが少ない」ってすごく普遍的なテーマなんじゃないかなって。

登山のヒエラルキー文化に疑問を感じて…

ーULの思想を日本で広めようというときに「ウルトラライトハイキング」とうい言葉にこだわったのはなぜですか?

土屋:ハイキングという言葉を日本の中で再定義、再評価、再注目して欲しかったんです。登山をしていると「俺はこんな高い山に登った」とか「こんな難しいルートにいった」というような俺すごい自慢をされることがあると思います。でも、日本の登山者の大半はいわゆる登山道、一般ルートを歩く登山を楽しんでいるはず。それってアメリカでは普通に「ハイキング」って呼ばれる行為なんですよね。日本では長年「トレッキング」や「バックパッキング」という言葉を使ってきたんですけれど、なぜでしょうね。いろいろな要因があるとは思いますが、ひとつには言葉によるイメージのすり替えみたいな要因もあるんじゃないかなって。

ー言葉によるイメージのすり替え…? どういうことでしょうか?

土屋:かつての自分自身もそうだったけれど、登山ってやり始めるとなぜかみんな「登山ヒエラルキー」の枠組みで物事を考えてしまうんですよね。一番下が低山のいわゆる一般ルートを歩く登山。次は北アルプスとか標高の高いところを目指す夏山登山で、沢登り、岩登り、冬山登山、そして登攀要素が入る冬壁やアイスクライミング…と続いていきます。一般ルートを歩く登山はヒエラルキー的には下位ですよね。だけど少しでもかっこよいイメージにしたいじゃないですか。やはり日本における「ハイキング」という言葉にはピクニックに毛が生えたようなものというイメージがすでにあったでしょうから、「トレッキング」や「バックパッキング」とかいう言葉を使って、一緒にイメージもすり替えようとしたということもあったのではないかなと思うんです。

アメリカではさすがに「ウルトラライトトレッキング」という言葉は使われていませんが、「ウルトラライトバックパッキング」という表現もよく見ます。でもトレイルを歩く行為一般はやはり「ハイキング」とみんな言っているんですよね。それが普通なんです。デイハイクもハイキングだし、半年間歩くようなロングハイクも、さらには道からはずれたオフトレイルルートも、すべてハイキングなわけです。

それなら「ハイキング」のままでいいんじゃないかな、と思ったんですよね。ヒエラルキーの中の地位の取り合いにこだわるあまり言葉を曲げてしまうのではなく、ULがうまれた本場アメリカの在り方を普通の言葉でそのまま素直に伝えたかった。そうすれば向こうのハイカーともコミニケーションしやすいですしね。「ハイキング」と名乗ることである種のマウント合戦からも自主的にフェードアウトできますよね。一番下ですって名乗っているようなものですし。僕みたいに登山の価値観を見直せる人も出てくるかもしれないという期待もありました。どこを歩くかはヒエラルキーの問題じゃないんだって、ヒエラルキーの上からではなく、あえて一番下から言うのもいいかなと決めたんです。「ハイカー」とずっとプライドをもって名乗っていた友人にも影響をうけました。だから「ハイキング」「ハイカー」という言葉にはこだわってきたつもりです。

奥多摩の森を歩く土屋さん(提供:土屋智哉/撮影:矢島慎一)

ー「ハイカーズデポ」という店名には、評価軸を変えるという狙いが込められていたんですね。

土屋:登山におけるヒエラルキーは、あくまで技術的なヒエラルキーだと僕は思っています。行動範囲や時期を増やすには登山技術を上げなければいけません。そこでは技術の上下はあって然るべきなんだけど、楽しみ方や山の本来的な価値という点で言ったらすべて等価でいいはずですよね。それが日本では、技術的ヒエラルキーが価値のヒエラルキーにすり替わってしまうことがある。僕も技術的ヒエラルキーの階段を登ることを楽しんでいた一人ですけど、ULを知ることで考え方が広がりました。変わったというよりも広がったというのが正しいですね。アルパイン的な登山の世界観、技術を大事にする登山行為はいまだに大好きですけど、全員がそこを目指す必要はないわけで。もっと自分の山登りを自由に楽しんでもらいたいですね。

オフトレイル300キロをULで歩く意味

オフトレイルを歩いたときの一コマ(提供:土屋智哉/撮影:勝俣隆)

ー2018年はシエラネバダ山脈のオフトレイルに設定された「シエラハイルート」を歩かれていますね。どうしてそこを歩こうと思ったんですか?

土屋:感覚としては開業前の2008年にアメリカの「John Muir Trail(ジョン・ミューア・トレイル。以下、JMT)」を歩いたのと同じです。今やるべきテーマみたいな。

ーどういうことでしょうか?

土屋:ULを知らない人に興味を持ってもらうには、ハイカーズデポも僕自身も、何かしらのテーマをもってハイキングができたらいいなと思うんです。そんな意識でJMTを歩いたのが2008年でした。今でこそ情報も入手しやすくなったし、日本人でも実際に歩いた人がかなり増えましたけど、当時はそうじゃなかった。日本人がULでJMTスルーハイクにでかけ るという行為そのものがULハイクというテーマをきわだたせてくれたし、今よりずっとエキサイティングな体験でした。

オフトレイルを歩いたときの一コマ(提供:土屋智哉/撮影:勝俣隆)

土屋:それから10年が経った時に初心に帰ってまたJMTを歩くのもいいかもしれないけれど、10年を積み重ねたからこそのテーマを持ちたいなと考えたときに浮かんだのが、シエラハイルートだったんです。JMTはアメリカの自然保護の父、ジョン・ミューアの功績を讃えるために作られたルートです。しかしジョン・ミューア自身が歩いていたわけではありません。じゃあ彼が100年前、実際に歩いていたのはどんなところなのかと考えたら、それは当時まだ道のないシエラネバダの山々だったはずです。ジョン・ミューアが歩いたであろうシエラネバダの自然を追体験するなら道がないオフトレイルルートに行くことが一番だと思いました。

それに、アメリカでトリプルクラウンを終えたハイカーが次に計画するのがオフトレイルルートみたいな流れを知っていたことも影響しています。オフトレイルを歩くという行為はクラシックなハイキングでもあり、エッジの効いたハイキングでもあると言えます。これは体験しておいた方が僕自身いろいろな理解が深まるなと思ったんです。店やメディアでお客様に紹介できる環境にいるわけですから、普遍的でもあり、現代的でもあるハイキングを自分自身にインプットをすることで、ハイキング全般に対する説得力が深まるといいなと思っています。
まぁこんな理屈を話していますが、道がないから人がいないし、大自然の中に自分達しかいないって状況が好きなのは間違いないです。

日本でロングハイクを楽しむコツは?

ー歩くことの文化や魅力についてたっぷりと教えていただきました。日本でもロングトレイルを楽しみたいと思ったら、どのようにするのが良いでしょうか?

土屋:まず一つは「歩く道の選択肢は無限にある」と考えること、でしょうか。海外のロングトレイルって、ずっと登山道なわけではないんですよ。もちろんトレイル(登山道)がメインにはなるんだけども、ジープロード(砂利道)、こっちで言う未舗装林道を歩くこともあれば、半日とか一日、延々と舗装路を歩かされることだってある。で、街に下りてシャワー浴びたり、洗濯したり、食料の補給をして、またトレイルへと入っていく…。日本では「登山=街から切り離された自然の中を歩くこと」というような感覚が一般的だけれど、北米的なロングハイクの考え方はそうじゃない。ピークを目指す目指さないという単純な話でもなくて、場を問わず「歩く」という行為の可能性を楽しむ、歩いてできる旅を楽しむ、というのが今のアメリカのトレイルカルチャーの在り方だと思います。アメリカでも既存のトレイルを旅するだけでなく、テーマをもって自分自身でルート設定して歩き旅を楽しむハイカーがでてきています。

日本の場合はアメリカと気候も違うし、数ヶ月かけて歩くような長いトレイルがいくつもあるわけではありません。だったら自分でルートを設定してしまえばいいんですよ。登山道だけを繋ごうとすると確かに選択肢は少なくなるけれど、自然歩道や未舗装林道、舗装路までをもひっくるめて全て道だと考えれば、その分、選択肢も広がりますよね。ちなみに全国各地に設定された長距離自然歩道はすべて合わせると27,000キロもあるそうです。整備状態にムラがありますが、これは日本における大事な資産だと思います。最初は1泊2日でも2泊3日でもいい。地図を広げていろいろ想像してみるんです。この街からこの街まで山道をこえて行けたら面白そうだとか、この山のあたりなら静かな歩き旅が楽しめそうだとか、そこには自分だけのテーマ、自分だけのトレイルがうまれますよね。距離が長いならいくつにも分割して歩けばいい。日本人は真面目だからロングトレイルは一度で踏破しなきゃって思っちゃう人もいるようですが、いいんですよ。セクションで長く時間をかけて楽しむのもまたいいんです。

ロングトレイルは「旅」

こちらもオフトレイルを歩いたときの一コマ(提供:土屋智哉/撮影:勝俣隆)

ーなるほど。セクションハイクの概念は日本ではあまりポピュラーではないと思いますが、選択肢としては断然アリですね。

土屋:ロングトレイル、スルーハイクっていう典型的なスタイルが紹介されてきたからそう感じるかもしれないけれど、もともと日本ではセクションハイク的な長旅のスタイルを楽しまれる先達がたくさんいらっしゃいましたよ。日本海から太平洋まで週末をつかってあるいて繋げる方がいらしたり、カヤックでも週末をつかって少しずつ漕いで日本一周された方とか、今でもそうした旅をされている方はたくさんいらっしゃるんじゃないかな。お店のお客様でも少しずつみちのく潮風トレイルを歩いている方がいらっしゃいます。そうした方々にとってはまさに「旅」なんだと思う。「旅」という感覚は大事にしたいです。ロングトレイルの本質は「長く歩くこと」と「補給のために街に降りる」という行為だと思うので。

ー距離の長さと補給、ですか?

土屋:はい。よく「縦走登山はロングトレイルですか?」って質問をされることがあるんですが、ある意味ではそうだし、ある意味では少し違うと思うんです。ロングトレイルの本質をより味わおうと思うなら、縦走していったんは麓の村に下りて、そこで洗濯したり、補給したり、休んだりしてからまた別の山脈へ縦走しに入山するといいですよ。よりロングトレイル感が増すと思います。というより、北米でおこなわれているロングトレイルの実情とはこういうことです。

ー麓の村、街を経由してまた山へ入っていく。山と街を分けず、ひとつなぎの旅として楽しむと言うことですね?

土屋:街に下りることで人との出会いや交流がうまれます。その土地土地を歩いて旅するなかで文化の違いや移り変わりを肌で感じることもできます。洗濯したり、シャワーを浴びたり、買い出ししたり、そんなまさに旅ならではの生活もある。それらをひっくるめて、長いひとつなぎの旅なんです。ロングトレイルの醍醐味でよくその土地の文化に触れるといいますよね。それはその土地の観光名所にいくことだけではないんです。むしろもっと日常に近い出会いや生活の中にこそ濃密にあるはずです。日本でもそうした発想で歩き旅を楽しむ方がこれからもっと増えたらいいですね。

土屋智哉(つちや・ともよし)
Hiker’s depot オーナー
東京三鷹にてウルトラライトハイキングの専門店ハイカーズデポを営む。北米のジョン­・ミューア・トレイル、コロラド・トレイルなどをスルーハイク。日本国内でも奥多摩から北アルプス立山までの300km山岳ハイクなどを実践。また、パックラフトによるアラスカでの川下りもおこなっている。著書に『ウルトラライトハイキング』(山と溪谷社)がある。

関連記事:ハイカーズデポ土屋さんに聞く「ウルトラライトハイキング」の魅力|UL入門(前編)

YAMAP MAGAZINE 編集部

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登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。