英彦山再興プロジェクト|峰入り道をゆく巡礼ツアー

日本古来の山岳信仰に神道や仏教・道教などの教えが合わさり、独自の発展を遂げてきた「修験道」。福岡県と大分県の県境にある「英彦山(ひこさん)」は、日本三大修験の聖地として古くから人々の信仰を集めてきました。そんな英彦山でYAMAPの新たな挑戦が始まろうとしています。「山伏が歩いた峰入道を辿るツアー」や「荒廃した山に鎮守の森をつくる植樹プログラム」などに登山者が参加し、森を蘇らせようとするこの挑戦。なぜYAMAPが英彦山の再興に取り組むのか? YAMAP代表の春山さんにその理由を聞きました。筆者も参加したモニターツアーの様子と合わせてお届けします。

2022.02.28

米村 奈穂

フリーライター

INDEX

日本三大修験の山、英彦山の今

銅の鳥居をくぐり、雪の残る英彦山神宮表参道を行く

日本の山を歩いていると、至る所で耳にする山岳信仰という言葉。日本人は古くから、山川草木に神が宿るとし山を畏れ敬ってきた。その結晶ともいえる教えが「修験道」だ。山中で厳しい修行を重ねる山伏たちは、自然と自分自身を一体化することにより霊力を得ていたという。日本三大修験の霊山といえば、修験道発祥の山と伝わる奈良県の「大峰山」、山形県の「出羽三山」、そして福岡県と大分県の県境にそびえる「英彦山」だ。

かつて英彦山は「彦山三千八百坊※」と称され、3,000人が暮らし約800軒の坊が立ち並ぶ、国内最大級の山伏の集落をなしていた。英彦山信仰の影響は九州地方のみならず、四国地方や中国地方にもおよび、一時は檀那数42万戸といわれるほどの隆盛を極めた。しかし、明治初頭の神仏分離令、廃仏毀釈、修験道廃止令により衰退の一途を辿った。
※英彦山は、1729年(享保14年)、霊元法皇から山号に「英」の一文字を賜り「英彦山」とする命を受けた。それ以前は「彦山」と表記していた。

南岳から中岳の上宮を望む。倒壊の危険性があり、現在は封鎖されている

第2次世界大戦後、信教の自由が保証されるとともに修験道は復権を果たすが、英彦山では1991年(平成3年)の台風による山頂付近の千本杉やブナ林の荒廃、2017年(平成29年)の九州北部豪雨によるJR日田彦山線の一部廃止など自然災害が相次いでいる。山頂に鎮座している英彦山神宮上宮も、度重なる自然災害の影響で倒壊の恐れがあるため現在は閉鎖されており、その復興は順調とは言い難い。

目を見張るような紅葉や、迫力のある霧氷、氷瀑を目当てに、年間を通して英彦山への登山者は多い。しかし、山中に点在する英彦山ならではの修験道文化の魅力を楽しむ人は決して多いとは言えない。登山後の立ち寄り湯や宿泊施設も少なく、下山すればとんぼ返りしてしまう人がほとんどだ。そのせいもあってか、山麓の街にも寂しさが漂っている。

かつては「千本杉」と呼ばれていた山頂直下の場所。度重なる台風被害により今では枯木が立ち並ぶばかり

なぜ今、YAMAPが英彦山の再生に取り組むのか?

YAMAPは今、英彦山の修験道文化を復活させ、熊野古道のように多くの人々が再び「祈りの道」として往来するような山になることを目指したプロジェクトに取り組んでいる。具体的には、山伏が修行を行う峰入りの道を歩き修験道を体感してもらうツアーの企画や、荒廃した山頂部の森づくりを行う登山者参加型の植樹プログラムの開発だ。これらによって地域経済を活性化させ、山も山麓も元気にすることを目的としている。

英彦山神宮の奉幣殿は、かつて修験道の拠点「霊泉寺」の大講堂だった。今は国の重要文化財に指定されている

YAMAPが英彦山の再生に取り組む目的はなんだろう? YAMAP代表の春山さんに聞いてみた。

「英彦山はYAMAPの本社がある博多からも近く、修験道の名残りを色濃く残す歴史と自然、その両方の魅力を併せ持つ人気の山です。英彦山で受け継がれてきた修験の文化は、私たち人類の財産でもあります。英彦山には、近代のアルピニズム的な登山よりもっと前の、日本人が持っていた自然と一体化する登山観が今も残っています。修験道にスポットライトを当てることで、スポーツでもない、ただ自然を楽しむだけでもない、“歩くこと”と“祈ること”がつながっている登山を、現代によみがえらせることができたらと思っています」

春山さんがこう考えるに至ったのには、登山地図アプリを開発するYAMAPだからこその考えがある。

「グーグルマップで世界中の地理が可視化された現代において、物理的な冒険はなくなりつつあります。人類未到の地を開拓することがこれまでの冒険だったとするならば、21世紀の冒険は、自分たちが住む身近な自然や風景を深く垂直に掘り下げることにある。自分たちの地域や暮らしを見つめ、風景をより美しいものにして後世につなぐこと。21世紀の冒険は、物理的な水平方向の移動ではなく、精神的な垂直方向の洞察にこそあると考えています」

と春山さんは語る。

雪の南岳で祈りを捧げる。ツアー参加者も一緒に般若心経を唱える

また、過去に出会った民俗学の著作や、スペインの巡礼路「カミーノ・デ・サンティアゴ」を歩いた経験も、その思考の根底にあるという。

「民俗学者の宮本常一さんもおっしゃっていたように、人間の思考というのは、風土によってつくられるものでもあります。風景が人の心をつくるといっても過言ではない。“歩く”という行為は、風景と向き合い、心を整える大切な行為なんです。

そして、“祈る”という行為は、人々が脈々と受け継いできた文化に触れる行為。このふたつが合わさることで、旅人は風景と文化の両方から地域を知り、深く考えることができるようになります。“巡礼の旅”は、地域の風景と文化に触れ、自分のいのちを整える旅でもあると思います」

英彦山で今回のプロジェクトを行う理由について、春山さんはさらに言葉を重ねる。

「日本の山には祈りが根付いていて、いたるところで祠や石仏に出会う。日頃楽しんでいる登山に“祈り”の要素を結びつけることができれば、日本人が古来より大切にしていた“山の文化”に、もう一度スポットライトを当てることができるんじゃないかと思っています。それを本社がある北部九州で、地元の福岡で…と考えたとき、英彦山こそ最適な場所だと思いました。

日本三大修験の聖地であるけれど、上宮が倒壊し山頂は荒れていて、山麓には限界集落が広がっている。英彦山の現状は、現代社会と山の関係性の“今”を象徴的に表していると感じています。人々の心が山から離れてしまったが故に、上宮が壊れていても他人ごとになってしまっている。

英彦山が豊かになること、英彦山に人が来ること、英彦山が昔のように上宮も含め整えられることは、単にいち神社が綺麗になるということだけではなくて、山の風景や山に培われてきた文化と私たちの暮らしに対する価値観を、もう一度つなぎ直すことだと思っています。地球誕生以来続いてきた自然や、古来より人々が紡いできた祈り文化を英彦山で体験することができたら。それをツアーという形で表現したいと思いました」

築200年を超える中岳上宮は倒壊の恐れがあり、今年から大改修に取り掛かる。ヘリやモノレールでの資材運搬には莫大な費用がかかるため、英彦山神宮では寄付金を募っている

みんなの思いを結実させたい

「このプロジェクトに取り組むのは今をおいて他にない」と春山さんは力を込めて語る。

「英彦山の禰宜(英彦山神宮に勤める神職)である高千穂さんは、天台宗の寺院でも修行をされていて、修験を含め神仏両方に深いご理解のある方。英彦山の修験道を復活させていきたいとの思いから精力的に活動されており、長い間手付かずだった上宮の再建にも着手しようとされています。また、日田彦山線の水害復旧の一環として、福岡県の各自治体の方々も協力的です。英彦山の宿坊を修復している人たちもいます。いろんな動きが重なっているんです。周囲にもその熱意が広まり、色々な会社や個人が“英彦山で何かやろう”と動き始めています。素晴らしいなと思うと同時に、これが最後の機会かもしれない、みんなの純粋な想いを結実させたいと感じています。

2日目、雪の古処山を行く。町を移動しながら、4日間違う登山口からアプローチするのも、ツアーでしかなかなかできない山行スタイルで新鮮だった

さらに、“ウェルビーイング”や“マインドフルネス”といった世の中の潮流も追い風です。

行き過ぎた資本主義の反動で、豊かさや幸せの定義を再構築しようという動きが今、世界中で起きています。英彦山で今回取り組んでいる一連の活動は、時代のニーズにもマッチしているのです。

“人と山をつなぐ、山の遊びを未来につなぐ”をビジョンに掲げるベンチャー企業として、英彦山の再興は、YAMAPが成し遂げたいことそのものです。このタイミングでやれなかったら悔いが残る。多くの方々と力を合わせながら英彦山再興プロジェクトを軌道に載せ、後世につなげていきたいと思っています」

「春の峰入りルート」モニターツアーに参加して

秋月から九州自然歩道を歩き古処山へ向かう

ここまで聞けばその道を歩きたくなる。年明けの今にも雪が降りそうな日に、春の峰入りルートのモニターツアーに参加した。峰入りとは修験道の中でも秘技とされる行事で、行場を巡り、岩場や窟で断食をしながら修行を行う。厳しい修行により生まれ変わる「擬死再生」を目的としている。今回のモニターツアーでは断食までは行わないが、そのルートを辿る予定だ。

ツアーの行程は、4日間で宝満山から英彦山までを歩くというもの。さすがに限られた時間で全てを踏破するのは難しいため、途中では車も使う。1日目は太宰府の山麓を巡り宝満山へ。2日目は古処山、屛山、馬見山を縦走し小石原へ。3日目は行者堂から峰入りの核心部、糸ケ峰などの岩尾根を経て大日ケ岳へ。4日目は、英彦山神宮禰宜の先導で英彦山の南岳から中岳を巡り、下津宮で護摩焚きをしてもらうという、修験道の世界にどっぷり浸れる行程だ。さて、4日間で生まれ変われることはできるだろうか。

今回歩くルート。YAMAPの地図はこちら

【1日目】太宰府〜竈門神社〜宝満山〜提谷登山口

宝満山上宮にお参りをする。社殿には、山伏が峰入りを行った証の碑伝(ひで)が納められていた

参加したメンバーは、春山さんを含めたYAMAPスタッフや登山ガイド、造園業に従事する方に筆者も加えた多様なメンバー。途中で、写真家や木工作家も加わるという。見覚えのある顔が…と思えば、英彦山神宮禰宜の高千穂さんだった。英彦山の山開きの際、上宮で登山者にお祓いをされていたのを見かけたことがある。

宝満山は何度も登った山だが、新鮮だったのは山麓を巡れたこと。いつもは登山口に直行で素通りしてしまう山麓の史跡をゆっくりと巡る。令和ゆかりの坂本八幡宮や観世音寺などを見学して竃門神社下宮から山へ。江戸時代に組まれたという100段の石段を登る百段ガンギあたりから雪が深くなり、風は強まり、修行らしくなってきた。途中では、神様に捧げる水を汲む「閼伽(あか)の井」の解説や、宝満山がかつて「竈門山」とも呼ばれ、国家鎮護のために竈門神社が創建されたこと、山頂付近にその名の由来となった「竈門岩」があることなどの説明がなされる。歩き慣れた道も、ガイドさんの話を聞きながら登ると全く違う道のように感じる。山頂で、英彦山神宮の禰宜が宝満山の上宮にお参りしている姿を目にすると、まさに峰入りのようで緊張してきた。

巨岩が組み合わさった中を通り抜ける釣り船岩。ここも峰入りの行場だった

下山路では山伏の修行の場であった窟に立ち寄る。宝満山には、かつて修験道の行場であった「五井七窟」という5つの井戸と7つの窟がある。修験道では、窟や岩を子宮の象徴とした「胎内くぐり」という儀礼がある。狭い洞窟や岩の間をくぐり抜けることで「擬死再生(生まれ変わり)」を体験する儀礼だ。ヘッドランプを灯し七窟のひとつ、法城窟の中に入ると、外の雪と風に守られるように暖かく、山という母の胎内にいるような感覚だった。その後も剣窟、釣り船岩と窟巡りをしながら下山。この日は秋月の旅館まで車で移動し、翌日の登山に備えた。

剣窟か?と伝わる場所だが、修行できるほどの空間がないため定かではないともいわれる

【2日目】古処山〜屛山〜馬見山〜小石原

2日目は、日本山岳遺産に登録された嘉穂アルプスの美しい縦走路を歩く。この日の行程に危険箇所はないが、とにかく長い。行動食をたっぷり準備して気合をいれる。ルートは九州自然歩道でもある。古処山の山頂付近にはツゲの原始林が広がり、雪が降り積もった森をかき分け進むたびに雪だるまのようになる。お互いの姿を笑いながら歩いていると、長い行程も苦に感じなかった。

古処山山頂一帯はツゲの原始林が広がる

調子にのって、英彦山神宮の高千穂さんに「山伏って誰でもなれるんですか?」と聞いてみた。「自分がなろうと思えば、誰でもいつでもなれますよ」。そう答える高千穂さんは、禰宜として初めて英彦山神宮に上がる日に、設置されたばかりのスロープカーの中で、「英彦山は日本三大修験の山だった…」というアナウンスを聞く。「だった…」、この過去形に引っかかり、英彦山の修験道を復活させようと修行を始めたそうだ。

白山権現を祀る古処山山頂。古処山城跡でもあり、山頂周辺の大将隠しや奥の院に往時の名残りが見られる

本当の峰入り修行では、体を清めるため動物性の食べ物は取ることができないそうだ。その教えは徹底されており、例えばカツオなどの魚介類を使った出汁などもNG。行動食を買うときは、成分表示を見ながら揃えるという。水は7リットル運ぶ。高千穂さんいわく、水と塩さえあれば人間はなんとかなるらしい。

昔の山伏は、窟に3ヶ月こもって修行することもあった。苦行により途中で息が絶えそうになった者は、石を積まれて生きたまま埋葬されたそうだ。かつて山伏たちが生死を賭して拓いた道を歩いているのだと思うと、身が引き締まる思いがした。この日は焼き物の里、小石原へ下山し、旧小石原小学校を利用した宿泊施設に泊まった。

この日3座目にして最後のピークである馬見山山頂

【3日目】小石原・行者堂〜陣尾山〜(大日ケ岳〜斫石峠)

行者堂のそばにある山伏の飲み水が湧く「香水池」。その横にある膝の病が治るという「膝石」に列をなす参加者たち

この日は峰入り道の核心部ともいえる岩尾根を歩く。スタート地点の行者堂は、修験道の開祖である役行者が修行したと伝わる場所。英彦山と宝満山の境界にあたる重要な行場で、かつて山伏たちが峰入りルートの中でも最も長く滞在し修行を行ったという。周囲には、山伏が植樹した樹齢200年〜600年のスギの大木が立ち並び、神聖な空気を醸し出している。

激しいアップダウンを繰り返し、いよいよ核心部の岩尾根に。しかし、凍結した岩場の通過はなかなか厳しく、巻道も雪に埋もれた状態。体調不良者も出て、メンバー全員での通過は厳しいという判断となり、やむなく引き返すことに。宿に戻り、テントサウナで疲れた体をゆっくり癒すことになった。

ガイドさんは難なく登れた核心部の岩場だが、天候と足元の状況を判断して勇気ある撤退を決断

コースと時間のチェック中。紙地図とアプリを併用すれば鬼に金棒

サウナ…。そう、今回のツアーには何故かテントサウナが組み込まれているのだ。なぜ修験道にサウナ? 春山さんに聞いてみると「サウナは禊」との答えが返ってきた。

日本の風呂の原型は蒸し風呂といわれ、「ムロ」と呼ばれていた。それが訛って「風呂」となったとか。今のように水をたくさん使う風呂は江戸時代から始まったといわれ、日本に古くからあった風呂は熱気によって身を清める蒸し風呂だった。「修験道では“穢れ”を祓うことが重要視されます。自然と向き合い、心を清らかにすることと同じく、身体を清浄に保つことが大切なんです。サウナは身を清め、感覚を鋭くするという意味で今回のツアーと相性がいいと思い、取り入れました」と春山さん。サウナは苦手だったけれど、そう言われて挑戦することに…。

キャンプサイトに設置されたテントサウナ。中に入ると、雪が積もっていることなど一瞬で忘れ去ってしまう

もとは小学校だった宿泊所には、施設の正面に広々としたグランドがありキャンプ場になっている。ファミリーキャンパーがくつろぐテントが点在する中、煙突からモクモクと煙を上げる明らかに他とは様相の違うテントがひとつ。我々のテントサウナだ。恐る恐る様子を伺っていると、テントから出てきたツアー参加者が、寒空の中、外にある長椅子に横たわりくつろいでいる。いたって晴れ晴れした表情。その顔につられ入ってみて分かった。歩いた後のサウナは最高! これまでは、暑さを耐えるものというイメージがあったけれど、汗をかいた後、外気にあたることが重要だったのだと知る。この日はぐっすりと眠ることができた。

テントサウナの中で火をくべるYAMAP STORE福岡店長の木村さん。何でも涼しい顔でこなす

【4日目】英彦山・銅の鳥居〜南岳〜中岳〜下津宮で護摩焚き

今日はアイゼンを付けず、山伏と同じわらじに挑戦。意外と快適に歩くことができ、低山では必需品になりそう

いよいよ英彦山へ登る日。今日は、英彦山神宮の高千穂さんが山伏となって先導してくれる。山中で祈りを捧げながらの山登りと聞き、やや緊張する。奉幣殿にお参りし、その先の下津宮で山伏と合流、祈りを捧げ、法螺貝の大きな音とともに出発した。先頭を行く山伏が「慚愧懺悔(さーんぎさーんげ)」と唱えると、我々は、「六根清浄(ろっこーんしょーうじょー)」と唱える。その声だけが静かな山中にこだまする。そこに時々法螺貝の音が混ざる。すれ違う登山者に、ずっと聞こえていましたと声を掛けられた。

先達の高千穂さん。山に登りながら全く乱れない声もさることながら、歩く速さにも驚く。寒そうに見える装束は、冬はちょうどよく、夏は涼しいという

「慚愧懺悔」とは、自分の悪行を恥じ、許しを請うこと。「六根清浄」は目、耳、鼻、舌、身の五つの感覚と、第六感の意識を浄化する意味がある。最初は登りながら唱えるのが精一杯だったが、いつの間にか声を出すことにより体に力が入り、足が上がるようになってきた。法螺貝の音にも背中を押され、南岳を経て中岳に無事到着。雪が降りしきる中、祈りを捧げる。現在は倒壊の危険があるため封鎖されている上宮だが、前はこんな雪の日には、風を防げるありがたい場所だった。山頂直下の行者堂では、春山さんが植樹の説明をしてくれた。

今は封鎖されている上宮でお祈りを捧げる。改修が安全に行われるよう願った

今回は雪のため行えなかったが、植樹もこのツアーの大事なプログラムだ。前述したように英彦山の山頂付近は、度重なる自然災害や鹿の食害のため、裸地が広がっている。英彦山は遠賀川、山国川、筑後川の源流域でもあり、土砂災害が続く現在の状況を考えても、この森を再生させることは重要だ。しかし、本プロジェクトの植樹には「森を豊かにする」以外の狙いもある。参考にしたのは、奈良県の吉野山や和歌山県の熊野本宮大社で以前行われていた参拝方法だという。

かつて、これらの場所には、苗木を持参しお供えする参拝作法があったという。人々がお参りに行くことと、山を豊かにすることがつながっていたのだ。日本に古来より伝わっていた「祈り」と「自然保護」の両立。その文化を英彦山でよみがえらせたいと春山さんは語る。

一人ひとり、護摩木に願いを込める

下山後は、このプログラムのフィナーレ「護摩焚き」だ。下津宮の中に入り、凍える手で護摩木に願い事を書く。太鼓の音と錫杖の音が鳴り響く中、護摩木が次々と火にくべられる。みんなの願いが火となり、煙となり、灰になっていくのをじっと見ながら音に身をまかせていると、不謹慎にも祈祷というより、なにかライブ会場にでもいるように心地よくなってしまった。この瞬間は、英彦山にもう少し深く入れた気がした貴重な時間だった。

護摩が焚かれる様子を真横で見られる貴重な体験。太鼓の音が体に響く

護摩木と供物が火にくべられ、みんなの願いが昇華していく

修験道の醍醐味は、感じること

モニターツアーが終わったあとの感想では、修験道の知識をもっと持って参加したかったという意見が目立った。確かにそうすれば見える景色は違ったかもしれない。しかし春山さんは、頭ではなくまずは体感して欲しいという。

「修験道の醍醐味は、頭で理解することではなく、いのち全体で実感することにあります。知識や意味ではない。まずは、自分の身体で感じ、何を思うのか。経験を何より大切にしています。それは、生物的な感覚・感性と言ってもいい。都市生活では閉じがちな感受性を、自然を歩く中で開放していってほしい。その思いもあって、予備知識や事前の知識はこちら側からあえて提供していません。感じること、自分で考えることに重きを置きたいんです」

修験道を宗教としてとらえるのではなく、自然とつながるひとつの装置としてとらえてもらえればと言われ、少し心が軽くなった。自然から学ぶ点においては、私たち登山者も山伏も同じだ。違うのは山とどれだけつながれるかということ。次に英彦山に登る日が楽しみだ。

英彦山の峰入り道のYAMAP地図はこちらから


YAMAPは現在、英彦山の森を再生させる「鎮守の森プロジェクト」を立ち上げている。アプリ内で貯められるDOMOというポイントで植樹プロジェクトを支援できる。詳細は下記から。

米村 奈穂

フリーライター

米村 奈穂

フリーライター

幼い頃より山岳部の顧問をしていた父親に連れられ山に入る。アウドドアーメーカー勤務や、九州・山口の山雑誌「季刊のぼろ」編集部を経て現職に。