登山に持っていく「カップ」に自分なりのこだわりを持っている方も多いのではないでしょうか? シェラカップや木製のカップ、シンプルなアルミコッフェルにチタンマグなど、その種類は多様。今回の「低山トラベラー大内征の旅する道具偏愛論」はそんなカップのお話です。果たして登山をより情緒豊かに演出してくれる珠玉のカップとはどういうものなのか? 今回もめくるめく道具偏愛の世界にしばしお付き合いください。
低山トラベラー大内征の旅する道具偏愛論 #03/連載一覧はこちら
2020.10.06
大内 征
低山トラベラー/山旅文筆家
本当に、山ではなにを食べても美味しいものだ。下ごしらえをした食材を山上まで背負って、クッカーを使って自ら調理をすれば、なおさらのこと。そしてそんな時、食べ物に合う飲み物を添えることができれば…、山ごはんタイムは完璧なものとなる。胃も味覚も満たされた山旅は、もうそれだけで満足度が極限まで高まる。
山で飲み物と言えば、水、お茶、コーヒー、そしてスポーツ飲料も欠かせないだろう。夏山ではコーラが悪魔的に美味いし、冬山なら甘酒とかハチミツ湯が五臓六腑にしみ渡る。コーラも甘酒も普段はあまり飲まないけれど、山においてはどちらも欠かせない存在なので、季節になると常にザックに忍ばせておく。
山小屋泊の場合は下山のスケジュールやリスクを考えなくて済むから、ビールとか日本酒を買って、小屋の売上に積極的に貢献するのは言うまでもない。山上で飲むビールの突き抜けるような美味さは、下山後の温泉&ビールの染み込んでいくような美味しさともまた異なるものでよい。
テント泊だったらザックにウイスキーや芋焼酎を忍ばせておいて、山の清水を加水して飲むのも気分だ。お湯割りにすれば、平地より気温の低い山中にあって、胃の底からポッポと身体を温めることができる。
おっとっと、またもや脱線。酒の話をしたいわけではないのだった。
今回のテーマは、山においては食べ物に合った飲み物を欲する、ということなのだ。いや、もっと言うと、その山に相応しい飲み物を求めているとも言える。水が美味しい山にいるならなおさらのこと、その水でコーヒーを淹れたいし、水割りも楽しみたい。それが叶うなら、なんと贅沢な山旅となることだろうか。
で、そんな時に欠かせない相棒が「カップ」だ。これがあれば山ごはんの時間は素晴らしいものとなり、美味しい登山を楽しむことができる。
カップは日常生活に必要なものだけれど、わざわざ山用に買うという感覚は、あるいは登山をしない人には理解できないかもしれない。ところがぼくらハイカーは、たいてい自分のお気に入りの“山専用”を持って行く。コーヒー用のマグカップとスープ用のボウルを使い分けている人もいるし、ひとつのシェラカップをあらゆる用途に使い回すタイプも多い(筆者はそのタイプ)。使い方は人それぞれでも、愛用する道具を山に連れて行きたいという気持ちはハイカーみな共通のこと。道具によって気分も高まるってものだ。
カップの材質や形状も、実にそれぞれ。アウトドアらしい工夫のあるデザインもある。たとえば取っ手の部分がカラビナ仕様になっているとか、ネックストラップで首からぶら下げておけるとか。木工品にもアウトドアに向いた器が実は多いし、今では屋外専用の商品を製作する工房もたくさんある。
例のごとく、ぼくは地方で木工品を扱うお店に入ると登山やキャンプで使えそうな道具を物色する。これが山旅の楽しみのひとつとなって久しい。ビンテージのミリタリー用品や古道具なんかも熱い。気がつけば、道具整理に使ってる大型のバスケットが、カップとかボウルだけで溢れる事態を招いてしまった。上の写真の3~4倍の量があるから、収集癖にもほどがあると、これを書きながら自分で自分に呆れてしまった……。
というわけで、カップを制する者は山ごはんを制す。ここからは、実際に低山歩きやチェアリングなどでよく使っているカップに絞って、偏愛の道具考察を進めていきたい。今日はいつもより長くなりそうだ。
アウトドアのカップといえば、ド定番のシェラカップ。しかし形状やサイズはさまざまで、容量のメモリが刻印されたものは計量カップとしても代用できる優れもの。読者のみなさんも、ひとつくらいは持っているのではないだろうか。
サイズは素人採寸につき、およその計測ということでイメージの参考にしていただければと思う。
①外径10cm、高さ3cm、容量150mlの小さなサイズ。飲み物用として使うには小さいものの、たとえばスパイスとかソース用の器として使うとちょうどよく、テント泊をするような山行には必ず持っていく。そこに日本酒があるならば、これを盃代わりにすることも多々。意外と使える。
②外径12cm、高さ4cm、容量300mlの一般的なサイズ。アウトドアショップでよく見かける形状だ。底の浅い造りはちょっと喉を潤すくらいに適しており、食事をとり分ける器としても活躍する。
とはいえ、実はぼくはこのサイズを登山に持っていくことは、ほとんどない。理由は「深さ」にある。この次に紹介するやや大き目サイズの方が、その意味で使い勝手がよいからだ。キャンプには必ず持っていくけれど。
③これも外径は12cmと②とほぼ同じである。しかし高さが6cmあるので底が深く、容量は500mlもある。やや大き目のサイズだ。
これが抜群の使い勝手で、飲み物はもちろんのこと、パスタにラーメンに汁物にと、スープと具材が入った食事はだいたいカバーできる底の深さ。それがぼくの気に入っている。ふだんは食事もコーヒーもこれひとつで済ます。
というわけで、以上3つのシェラカップはそれぞれ取っ手があるベーシックなもの。木の枝に引っ掛けて乾かしたり、キャンプなら出番が来るまでテーブルなどに引っ掛けておいたり、収納時に細引きのロープやカラビナで括ってまとめることもできる。いずれも直火にかけられるから、冷めた汁やコーヒーを温め直せるのもメリットだろう。とはいえ熱くなるので、火傷には要注意である。
④外径11cm弱、高さ4cm強、容量250mlの掌にピッタリ収まる形状とサイズで、いま一番のお気に入り、アルマイト加工のアルミボウル。シルバー主体のコッヘルの中で個性を放つマットなゴールドに、コロンとした形がとても愛らしい。両の掌に包み持ったときに、なんだか懐かしさを感じてしまう不思議なデザインに惹かれ、仙台のENstyleで即買いした。もうひとつ上のサイズも欲しいなあ……。
ぼくは、お気に入りの椅子とちょっとした食べ物と飲み物を持って、自然の中でチェアリングを楽しむということをよくやる。昼にのんびり渓谷や公園に出かけて行き、ビールに添えてスモークナッツやアーモンドチョコなどを①の小さなコッヘルに盛り付けるだけ。デイキャンプをもっと簡素化したものだ。
それにしてもどうだろう、これだけの準備でビアパブの一角のような雰囲気が出るではないか。登山の気分じゃない時は、ぜひご近所でチェアリングをお試しあれ。これだけでも、身心のチューニングには効き目がある。
⑤外径12cm、高さ6cm、容量400mlのマッコリカップ。まさしくマッコリ、というか酒を飲むために買ったものだけれど、食事の器として使ってもいいし、意外とキャンプに持ち出すことが多い。アウトドア用のシェラカップに比べるといささか野暮ったい印象だが、それが味でもある。
①~⑤の中で、ビールを満たした時に一番美味そうに感じるのは、断然このマッコリカップだろう。アルミのシルバーに、ビールの黄金。最高のビジュアルだ。
というわけで、以上2つのカップはアルマイト加工が施されていて、摩耗や腐食に強くできている。これにビールを注ぐ時の高揚感は、本当に堪らない。お酒好きなみなさんと、ぜひこれで乾杯したいものだ。
もし、これら5つのコッヘルの中で、ひとつだけ日帰り登山に持っていけるとしたら、ぼくは迷わず③を選ぶ。形状と大きさが飲食両方に合うためだ。いや単に大食いだからだろう、とか言われそうだが。テント泊などの山行だったら①③、キャンプなら①③④、または全部かなあ。
あ、そうそう。こんなものを山中で見かけたことはないだろうか。
見たまんま、フライパンに棒きれが立てかけてある。しかし、底に描かれた絵を見れば、その用途は一目瞭然だろう。
そう、これは熊よけのためのもの。この道を通るハイカーはみなこれをカンカンと打ち鳴らし、山中に人がいることを示すのだ。もともと山に存在しない音を響き渡らせて、動物たちが警戒してくれることを狙ったもの。実際、これは群馬のとある低山の登山道にあるものだが、たびたび熊の目撃情報が出る山域でもあるので、地元の方が備え付けたものだと思われる。
なにが言いたいかというと、このことを応用すれば、コッヘルだっていざという時の“熊よけ”になる、ということ。硬めの棒、あるいは鉄製のスプーンやナイフでもいい。それをコッヘルの底に打ち当てて音を鳴らすことによって、急場の熊よけにするというわけ。まあ、最初から熊鈴やホイッスルを持っておくの方がよいのだけど、そんなアイデアも共有しておく。
これから迎える季節、外で飲むコーヒーがやたらと美味くなる。肌寒さも、飲食に必要な演出要素となるのだ。木製のカップに温もりがあるのは、職人による手作りのものが多いこともあるし、その山域にある社会的な課題に向き合って、苦労を重ねて製品化したものもあるからだろう。
登山は、地域を知る最高の手段だと、ぼくは考えている。だから山旅で計画する行程は登山のコースだけではなく、麓に下りてから巡る文化や産業に触れるまち歩きも同時にセットするのだ。木工品、陶器、家具、鋳物に刃物などなど、日本の文化の勉強にもなるし、山で使える伝統的な道具に出会うことも多々ある。これが楽しくて仕方がない。
そういうところで手に入れたものや、ブランドストーリーのあるギアを、ザックにパッキングするときの幸福感たるや。漆器もいい。自宅に眠っている椀などがあれば、山で使ってみよう。漆器は使う度に洗ってよく拭いてを繰り返すことでツヤが出るため、より味わいが増していく。メンテナンスをすれば長く使える道具なのだから、登山道具として取り入れてみると楽しいかもしれない。
木製のコップ、椀、そしてコッヘルを並べてみた。それぞれに入っているのは、麦茶とドライフルーツ&ナッツ、そしてチーズおかき。コンビニで調達できる、なんの工夫もないセレクトでも、この通りの雰囲気。こういうことを楽しむ、まずはそれでいいと思う。
あ、とはいえスプーンは不要だったかな…。
いわゆるコンテナの類は、登山との相性が抜群によい。右端にメスティンを、左端にイワタニ・プリムスのガスカートリッジ定番サイズを置き、その間に3つのコンテナを置いてみた。これでサイズ感がだいたい掴めるだろう。
①は、ジップロック・コンテナー。これがかなり軽くて丈夫なので、たとえば形を崩したくないおにぎりとかパンとかを入れて山に持っていくのに重宝する。②のアラジン・アコーディオンコンテナ(M)は、文字通りアコーディオン式に畳めるので、携帯に便利。ぼくはこれらのどちらかをザックに入れておき、ゴミの持ち帰りに使っている。
こんな風に、山ごはんで出たゴミをコンテナに閉じ込めてしまうのだ。密閉だからザックの中に臭いが漏れることはほとんどない。汁なども紙に吸わせてビニールに包み、その上でこれに閉じ込めれば、まあ帰路の間に漏れ出てくることはないだろう(ぼくは今のところ、臭い漏れも水漏れも、経験したことがない)。
山にはゴミを残さず、必ず持って帰ろう。水と白湯は別として、パスタの湯で汁や食材を洗った水は、わずかながら味と匂いがついている。本来そこにあるものではないのだから、捨ててはいけない。動物たちが人間社会の文明に驚いて群がってきてしまう。
ゆえに、こうした道具のことを知っておくと、上手に活用する想像力を磨くことにつながる。ルールやマナーを面倒に思わず、ツールやギアで対処するアイデアを培っていくことも、登山の面白さのひとつだと、ぼくは考えている。
そんなこんなでアラジン・アコーディオンコンテナのSとMとを、どんな風に使おうかとあれこれ思案していたところ、こんなシンデレラフィットを発見してしまった。
アラジンのアコーディオンコンテナSを小さく折りたたんでメスティンに入れると、こんな感じでピッタリと収納できるのだ。クッカー系をミニマムに持ち歩く場合、ここにバーナーと100円ライター、カトラリー類も一緒に収納している。あとは小さなガスカートリッジを持つだけだから、荷物が小さくて済む。
ちなみに、③のボウルは組み立て式になっている。通常は一枚のプラスチックボードになっているため、ザックにしまう場合は背中側に沿わせると収納しやすい。ザックの表側に沿わせるなら、形状を整えるのに役立つだろう。
これはスナップボタンで四角をとめていくことによって立体化させると、ボウルとして使えるようになるものだ。切り分けた食べ物を入れたり、スナック菓子などをお裾分けする器にするといった用途の他に、濡れたテーブルに食べ物などを載せる際のランチョンマットとして使ったりもできる。まあその時はボウルではなく、広げて使うのだけれど。
さて、今回の旅する道具偏愛論は、カップをメインテーマにしている。ボウルやコンテナなどを含め、主に飲み物やスープのための器たち。ちょっと脱線しつつも、メインテーマから外れすぎない範囲で、もうちょっと偏愛を論じたい。道具って面白いなーって話。
登山を始めると、実は紙コップを使うことが、あまりなくなってくる。お気に入りのカップがあれば洗って繰り返し使うことになるからだ。ゴミを出さないということも、もちろんあるだろう。
ところが、こんな木工品があると、紙コップを使うときにワクワクしてしまうのではないだろうか。見ての通り、装着するとハンドルになる仕様なのだ。
うーん、アイデアだな、と唸る。
キャンプやBBQなんかをする時に、大勢の分を用意すべく紙コップを買うことは、ままあることだろう。50個とか100個とか、必要以上に入っていることが多いから、残ったものを持って帰ることになる。そんな時、たまにこのハンドルを付けて、紙コップでホットコーヒーを飲んでみるのも悪くない。
ああ、そうだった。お酒のくだりで書くの忘れていたことがある。
クッカーの鍋、ちろり、猪口の組み合わせのことだ。湯を沸かし、ちろりを投入して湯せんすれば、屋外で熱燗が楽しめる。これからの季節は出番の多くなる、お手軽な熱燗セット。
……結局のところ、お酒の話で締めくくってしまったなあ。
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