カメラを構えたことで見えた大事な時間|YAMAP フォトコン 2024 優秀賞・森田梨沙さん

YAMAPフォトコンテスト2024で優秀賞を受賞したのは、都内在住の森田梨沙(もりたりさ)さん。受賞作は北アルプス・ジャンダルムの上に広がる天の川と彗星で美しい構図を生み出した一枚です。森田さんに、一眼レフを手にしたことで変わった山登りと自分自身について伺いました。

2025.07.05

米村 奈穂

フリーライター

INDEX

自分を奮い立たせ向かった末の一枚

── 優秀賞の受賞おめでとうございます。受賞された時の感想をお聞かせください。

森田梨沙さん(以下、森田) YouTubeのライブ配信で、最初にタイトルが出たときは、聞いたことあるなと思いました。自分のだという確信は持てなくて、写真が表示された時はドキーン!としすぎて心臓に悪かったです。でも、認めてもらえたようでとてもうれしかったです。

有楽町マルイの「山歩しよう。展」も見に行きました。大きく展示していただけて感動しました。パソコンの画面のサイズでしか見ていなかったので、思っていたよりノイズがあって粗さに気付けなかったのがショックでした。もっと技術を上げて美しいものに仕上げるぞという目標ができました。

東京都在住の森田梨沙さん。登山歴7年。夏の天狗岳で初めて森林限界を経験し、それ以降どっぷり山にはまる。今では季節問わず年中山へ。秋田駒ケ岳にて友人に撮ってもらった1枚(2024.6)

── 受賞作を撮られた時の状況を詳しくお聞かせください。

森田 パートナーと二人で、上高地から重太郎新道を経て穂高岳山荘で一泊して、星空を撮るために夜の奥穂高岳に登る計画でした。前日出張だったパートナーが疲れてしまって、星の撮影を諦めてしまったんです。

奥穂には昼間にソロで登ったことはあったんですが、日が落ちてからヘッドライトをつけて一人で登るのはとても心細いし怖くて、山荘で目の前の壁を前にして、行くか行かないか葛藤しました。でも、写真を始める時にいろんなことを教えてくれた人の「撮るのがつらくてしんどい時、人が撮らない時にこそ撮る」という言葉を思い出して、行かなかったらきっと後悔する、今が頑張る時だと自分を奮い立たせました。

登り始めてすぐに、山頂で日の入りを過ごしていたらしき男性が下りてきました。ジャンダルムと天の川を撮りに行くと伝えると、「それは気になるから三脚を取りに戻ってまた来るかも」と言われました。その方と話せただけで心強かったです。

結局、山頂の少し手前まで進んだところでその方が追いついて来られて、二人で撮影に挑みました。星がベストポジションになるまでお話ししながら、1時間以上待ってシャッターを切りました。いつもなら積雪があるはずの10月下旬でしたが2024年は全く雪がなくて、その場で1時間待っていられる気温でした。8万年に一度の彗星が来ていて、たくさんの幸運に恵まれた素敵な時間でした。

優秀賞を受賞した作品「デルタ」。ドンと構えるジャンダルムの左上に広がる天の川と右に流れるアトラス彗星で美しい三角形の構図を生み出した作品

── 構図は事前に考えて行かれたんですか?

森田 インタビュー的にはそう答えた方がいいかもしれませんが(笑)、実はもうちょっと天の川が右にあって、ジャンダルムのてっぺんにドーンと刺さっている写真が撮れるんじゃないかと思ってたんです。 もう少し調べてみると、ちょっと左に寄りそうでもあったんですが、とりあえず行ってみようと思いました。 アトラス彗星も撮影の1カ月前ぐらいに存在を知ってたんですが、特別撮ろうとは思っていませんでした。

現地では雲も多くて、 これは天の川は撮れるかな? と思っていたらだんだん雲が下がってきて、天の川も思っていたより左だなぁとなった時、「あれ?これアトラス彗星と天の川を一緒に撮れるじゃん!」と気づきました。その時はまだきれいな三角形じゃなかったので、この形になるまで1時間ぐらい待って撮影しました。

── 現地で浮かんだ構図だったんですね。何時頃から登られて、撮影した時間帯はいつ頃だったんでしょうか?

森田 登り始めたのが18時ちょっと前です。 夕日が沈んで、西の地平線がまだちょっと明るくて、空は暗いなっていうぐらいの時だったんで。撮影したのは19時半ぐらいですね。

── 1人で暗い中、穂高岳に登るのは勇気がいりますよね。

森田 丹沢とかだったら1人でナイトハイクもしたことがあるんです。 でも、穂高岳山荘を出てすぐの目の前の壁で、行きがけに1箇所怖いと感じたところがあったんです。重太郎新道で来たので、行きに通ってきたんですよ。そこを暗い中1人で行って帰ってこなきゃいけないと思うと、ちょっと怖いなぁというのがありました。

── 写真を教えてくれた人の「人が撮らないときにこそ撮る」という言葉は大きな力になりましたね。この言葉の意味はどのように受け取られていましたか? 

森田 例えば風がすごく強かったりするハードなシーンや場所。みんなきっとカメラを出さないけれど、そんな時こそすごい写真が撮れたりするので、あえて撮ろうみたいな意味だったと思うんです。

けど、私の場合はメンタルが一番ネックというか、足を引っ張ってしまう乗り越えなきゃいけないところなんです。風もそんなに強くないし、天候は全然ハードじゃなかったんですけど、私の心がハードでした(笑)。

写真だけが目的ではもったいない山時間

抜けていく雲と現れたブロッケンに大興奮。大変な道のりも全てが報われたと感じる時。塩見岳(2024.7)

── 山の中で撮る写真で好きなモチーフとか、つい撮ってしまうモチーフみたいなものはありますか?

森田 一番の目的は、モルゲンロートとかアーベントロートとか夜は星なんですが、行動中や目的地での滞在中など、景色を撮影するタイミングじゃない時は人を撮ることが多いです。

一緒に行った人たちとも下山後にラインとかで写真を共有し合って、それを見返すのがすごく好きです。 最初は人の写真を撮ることは多くはなかったんですけど、他のみんなの写真を見ていると楽しかったことを思い出せるので、私もみんなのことを撮ってあげたいと思うようになりました。

── 登山中に写真を撮る楽しみはどこにあると思いますか?

森田 一緒に登っている人たちとのやりとりが細かいところまで残せることです。「こんな会話したよな」「このとき面白かったな」など、下山後も余韻を味わえます。決めポーズで撮った写真ももちろんかっこいいんですが、スナップ写真的に撮ったものも好きです。

── 確かに景色の写真でも思い出せはするけれど、そこに誰がいたとか、誰と一緒に登ったとか、その方が山のことをより思い出せたりしますよね。

森田 一時期は、これだ!という写真を撮りたい思いが強すぎて、それ以外の写真を全く撮らなかった時期もあったんです。目的地までの間にカメラを出して撮るのは疲れるし、時間もかかるので、無意識のうちに撮ってなかったんですね。

でもそれって、撮りたかった写真が撮れた時はいいんですけど、撮れなかった時は下山後に手元に残るものがあまりないんです。下山した直後は覚えているんですけど、時間が経つとなんとなく忘れてしまいます。 それはなんかもったいないなと思って、ちょっとしたものでも撮っておきたいと思うようになりました。

── カメラを抱えて山に入る人の中には、同じような状況になっている人って結構いるんじゃないでしょうか。そこに気づけるかどうかであって。

森田 無意識のうちになってましたね。写真を撮りたいなと思って山には行ってるんですけど、一番は写真じゃなくて、やっぱり山のいい景色を見たいなと思って。

これだっていう決め打ちの1枚以外のところもちゃんと楽しまないともったいないなって思うようになりました。三脚を使って撮るような写真以外は撮らない、みたいにはなりたくないなと思って。

── ご自身でよくそこに気付きましたね。

森田 そうですね。1人で登っているとは気付かなかったと思います。撮影以外のことも楽しめる人たちがいたからかな。

大切な記憶を残すために撮る

定番の谷川岳トマの耳をかっこよく撮れた!と自己満足している一枚(2025.1)

── 登山歴は7年ということですが、雪山にも登られてますね。

森田 はい、年中行きます。

── 雪の谷川岳の写真は、雪に覆われた山容が美しいですね。この構図は最初から頭の中にあったのですか?

森田 この時に一番撮りたかったのは西黒尾根のモルゲンロートで、この写真はその撮影後の消化試合みたいな感じだったんですよ。 よく撮られている谷川岳のトマの耳の写真って、こんな感じに手前がウネ〜となった写真ってあまりないと思うんです。 いい場所から撮れたなと、ちょっと自己満足な写真になりました。

── 手前の稜線の形が効いていますね。

森田 雪の写真は足跡が付いてしまうと美しさが半減しちゃうし、いい感じに雪がモリっとなっている場所を探すのは大変なんですけど、この時は「ここすごくいい!」と思って撮りました。

── 構図が決まる場所を結構歩いて探したんですね。

森田 トマの耳とオキの耳の間を歩いている途中で振り返った時、あそこから撮ったら良さそうだなと思ってちょっとだけ移動して、そこからは各角度を探してという感じでした。

── 雪の写真を撮るときに気をつけていることはありますか?

森田 夏の稜線もすごくきれいなんですけど、雪の場合は風で稜線の形が変わるのがきれいだと思うので、そういう形を撮れる場所や角度を探します。トレースが1本付いているくらいだったら様になるんですけど、踏まれまくってぐちゃぐちゃになっていたらやっぱり汚いんで、そのためには何時頃入ったらいいかとか、スタート時間を気にかけますね。

朝日に染まる西黒尾根を行く友人を撮る。モルゲンの中にいることが幸せ。谷川岳(2025.1)

── 写真を撮る時のこだわりなどはありますか?

森田 私が写真を撮る理由は、後から見た時にその時の空気や光、色、温度、風、心情などを鮮明に思い出せるからです。命を全うする時にできるだけ記憶を忘れずにたくさん持って行きたいから。だから、あまり写真のルールや約束事には捕らわれず、心が動かされた瞬間を逃さないようにしています。でもその感動を写真で表現するのはとても難しいです。日々勉強です。

── 森田さんの中では、作品を残すというよりも自分のよりよい登山のために撮るというところが大きいんですね。登山中に好きな瞬間はありますか?

森田 モルゲンロートやアーベントロートの光の中に自分がいる瞬間です。世界が光に溢れていて、まるで夢の中にいるようです。あと泊まりの山行のビールも大好きです。エビス派です。

── 印象に残っている山行はありますか?

森田 2021年9月に、地震に遭ったソロ北穂高ですね。震度4ぐらいだったんですが、槍穂辺りが震源地でニュースにもなっていた時です。北穂小屋の裏の大キレットを見渡せる場所で1人で写真を撮っていたら地震が起きました。

左ではガラガラと岩が落ちるし、常念山脈の方には土煙が立ってるし。 今、話していても鳥肌が立つくらいの体験でした。少しだけトラウマですがその日の夕景は本当に美しかった。今もその時の景色を求めて北穂に通っています。

2021年9月。地震が発生した30分後の北穂高小屋裏より。ここから見る夕陽は本当に美しい

地震発生時にいた北穂小屋にはその後も何度も通う。ここからの景色は格別。日の出前の北穂高岳(2024.11)

昨年の雲ノ平も印象に残っています。残雪期から小屋閉め前までの5か月間で、黒部源流エリアへ4回訪れました。景色や登山道の変化、季節の移ろいを今まで以上に感じることができて感慨深かったです。同じ場所を何度も歩くことで、周りを見て感じる余裕が自分にもできているんだという気付きもありました。

昨年4回訪れた黒部源流エリアの集大成となった雲ノ平(2024.10)

── 5カ月の間に何かテーマを決めて通われたとか、今年は黒部源流を攻めようと決めていたとかですか?

森田 たまたま行きたいところがそのエリアだったんです。ゴールデンウィークは鷲羽岳、8月はTRJの応援も兼ねて黒部五郎岳へ。その2週間後ぐらいに水晶岳。小屋閉め直前には雲ノ平へ行きました。

── 季節の移り変わりを同じエリアで感じる上り方もいいですね。同じエリアを歩くことで撮る写真も変わったりしましたか?

森田 ここって季節が変わるとこうなるんだ、 じゃあこう撮りたかったなぁとか毎回発見があるんです。 反省が次の登山ですぐに生かせるっていうのはありましたね。 写真の面では良かったんですけど、結構遠いじゃないですかあの辺って。 もう自分との戦いでしたね。

仲間がいたから出会えた景色

── レンズはどのぐらい持っていかれるんですか?

森田 1本もしくは持っていっても2本ですね。メインは標準ズームで、余裕があるときは広角を持っていきます。 でも最近は標準ズームに星用のフィルターだけで、1本で済ませちゃうことの方が多いかもしれないです。

── やっぱり重いからですか?

森田 重いというのと、レンズを変える作業が増えることで余計なことを考えちゃうんです。「こういう写真を撮りたい」と頭の中で考えるスペースがなくなっちゃいそうで、1本で済ませちゃった方が撮ることに集中できる気がします。

今この瞬間にこれとこれを入れて撮ったらいい写真が撮れるんじゃないかなっていうのもあるので、そういうことも思いつかなくもなっちゃいそうで。

── ご自身をよく分析されていますよね。先ほど話されていた、写真だけになると登山の楽しみが削がれるかもしれないとか、よくご自身のことが見えてるなと感じました。

森田 回数だけは行ってるので、そこで反省とトライを繰り返しているんだと思います。

冬毛の雷鳥。雷鳥に出会った時は、かわいいタイミングを逃したくなくて連写しまくる。白馬岳(2024.4)

── 山のトレーニングは山でといわれるように、写真のトレーニングも回数なんですね。今後撮ってみたい山や景色、瞬間はありますか?

森田 ずっと撮りたいと思い続けているのは、ドラマチックな山の写真です。

── ドラマチックな写真とは?

森田 光の明暗があったり、雲や風の動きを感じるような、何かしら心にくるような写真です。

── 谷川岳の雪の写真も風がつくった稜線を撮りたいとおっしゃっていました。動きを感じさせるものを撮ることも自然の写真の醍醐味なんでしょうか。

森田 それらが見られる時間ってすごく短いじゃないですか。その時、その場にいた人しか見られなかったものを撮れたらいいなと思います。

── 写真を撮るようになって、ご自身の登山に何か変化はありましたか?

森田 私は超慎重派で怖がりなんです。岩場や強風、雪のトラバース、急斜面などはいつだって怖いと思っています。でも、それを乗り越えた先に感動する景色がある。それを写真に残したい。じゃあ、どうやって怖さを乗り越えようか? と、思考が前向きになったと思います。

昔の自分だったら怖いものは避けていたと思います。同じものを目指して一緒に乗り越えるパートナーや友人たちも増えました。自分の撮りたいっていう気持ちだけじゃなくて、寄り添ってくれる同行者がいてくれたから行けるのかなって思います。

テント泊をしていた登山者が偶然にも全員知り合いで、「知っている人しかいない!」という奇跡の日。小蓮華山(2024.4)

── 今後、登ってみたい山はありますか?

森田 たくさんありますけど、まだ行ったことのない朝日岳や飯豊山など東北の山が気になっています。海を越えた北海道や九州も未踏なので行ってみたいです!「 この山のこれを撮りたい」っていうのはあるので、あとは天気だけです。

── この山のこれとは?

森田 朝日連峰の以東岳の雪解けしたゼブラ模様の稜線を撮りたいのと、飯豊山ではハクサンイチゲを撮りたいです。もう計画は立てています。

── 最後に、山の中での「特別な時間」があれば教えてください。

森田 山で出会う人たちは、社会ではいろんな仕事をしていて、役職についていたり、親だったり孫がいたりと、さまざまな立場の人がいるけれど、山では老若男女、年齢問わず、みんな子どものようにはしゃいだり、ひたむきにがむしゃらに目の前のことに一生懸命になっています。

そんな真っさらになった状態の人たちと触れ合う時間が最近は心にしみます。むしろ涙ぐみます。うまく言えないんですけど、 山をやっていなかったら、なかったものがいっぱいあります。

森田梨沙さんのアカウント
YAMAP:nico_risa
Instagram:@nico_risa

米村 奈穂

フリーライター

米村 奈穂

フリーライター

幼い頃より山岳部の顧問をしていた父親に連れられ山に入る。アウドドアーメーカー勤務や、九州・山口の山雑誌「季刊のぼろ」編集部を経て現職に。