鬼怒川温泉駅から日光市営バスに揺られること1時間半。
女夫淵のバス停からさらに奥鬼怒遊歩道を1時間半ほどトレッキングした先にたどり着くのは、江戸時代に開湯し、古くから湯治に利用されてきた山の秘湯・奥鬼怒温泉郷。
その宿のひとつが、奥鬼怒湿原や日光湯元、尾瀬沼、大清水、丸沼方面への登山口近くにある、昭和6年開業の老舗山小屋「日光澤温泉」です。
今回、奥鬼怒山の南麓にある天空の湿原・鬼怒沼を目指す中継地点として「日光澤温泉」を訪れました。
温泉の泉質のよさはもちろん、コロナ禍での対策やおもてなし、味わいに満ちた同宿の魅力をレポートします。
2020.11.13
庄司 真美
元山岳部のライター
鬼怒温泉郷に数軒ある宿の中でも、一番奥の登山口近くに位置するのが、創業89年の老舗「日光澤温泉」です。
出迎えてくれたのは、看板犬のチャング母さん、わらび(娘)、サンボ(息子)。「チャンわらサン」の愛称で親しまれる三匹は、常に登山者や宿泊客と接しているだけあって、とても人懐っこく、その愛くるしい姿で私たちを癒してくれました。
また、建物は古いながらも趣があって清潔感を感じさせます。
お話を聞いたのは、曽祖父の代からこの日光澤温泉を受け継ぐオーナー夫妻の根本智規(とものり)さん、晃子さん。
「うちは送迎なしで営業していることもあって、登山者のお客様がメイン。近年はSNSの影響もあって、20〜30代の利用者も口コミで増えています。古くからのお客様も多く、夏山では尾瀬の方から10時間かけて歩いて来られる元気な80代の女性の方もいらっしゃいます」(晃子さん)
老舗の山小屋だけに、利用者の年齢も幅広いことが伺えます。
部屋に案内されると、座卓にはお茶とお菓子まで用意されてありました。布団はていねいに畳まれて、糊のきいたシーツとともに人数分用意されています。
そのほか、浴衣と手ぬぐいも付いていました。希望すれば有料でバスタオルや湯たんぽを、ドライヤーは無料で貸してくれます。
上述した設備やサービスでお気づきの人も多いと思いますが、同宿は山小屋が前提ながら、一般的な山小屋から比べると、かなり旅館寄りです。以下、その特徴を紹介していきます。
まず、秘湯といわれる奥鬼怒温泉郷だけに、かけ流しの温泉のよさは折り紙つき。白濁した硫黄泉が歩き疲れた体に染み渡ります。
温泉は内風呂が男女各1つ。不思議なことに、女性の内風呂だけ天気や気圧によって白濁したり、透明になったりして変化するのだとか。(時間で男女入れ替えあり)
「朝一番で入ると透明なのに、人が入ると白濁するため、古くから“神霊泉”と呼ばれて昔は湯治に利用されていました」とは、オーナーの晃子さん。
それ以外に開放的で野趣あふれる露天風呂が2つもあり、19時から21時は女性専用で、それ以外の時間は混浴になります。
夜はかなり暗めなので、混浴でも女性はトライしやすいかもしれません。
なにより、内風呂も露天風呂も24時間入浴できるのが、温泉自慢の山小屋ならでは。心ゆくまで登山の疲れを癒し、温泉を堪能できるのが嬉しいかぎりです。
食事はソーシャルディスタンスを保ちながら、和室の食堂でいただきます。提供された夕食がこちら。この日は岩魚の塩焼きや野菜の天ぷら、豚の生姜焼き、なめこおろしなどでした。
なにより山小屋としては珍しく、旅館のようにお膳で出てくるのには驚きました。
華美ではないけれど、彩りもきれいでバランスのとれた、登山前のパワーチャージにちょうどいいメニュー構成です。鬼怒川源流だけに水がいいせいか、炊きたてのごはんがとにかくおいしく感じられ、思わずお代わりしてしまうほど。※味噌汁も付きます。
同宿では、長年通う常連客の提案で、看板犬をデザインしたてぬぐいのほか、Tシャツやマスクを販売。販売の経緯をオーナーの智規さんは、はにかみながら教えてくれました。
「とくに看板犬のキャラクターを売りにしようと思っていたわけではなく、常連のお客様と縁があって、デザインを買ってくださることになりました。基本的にうちはあまり商売っ気がないんですよね(笑)」(智規さん)
同宿には、エントランス近くに大きなストーブと食堂脇に囲炉裏を囲む談話スペースがありますが、新型コロナウイルスの影響で、残念ながら今はあまり利用されていません。
登山口が目の前にある日光澤温泉の広場には、木のテーブルや椅子が置かれ、宿泊者はもちろん、日帰り入浴を利用する登山者の中継地点や憩いの場にもなっています。
10月、11月の紅葉の時期はハイシーズンとなりますが、冬場の1月、2月も雪景色を楽しみに多くの人が訪れます。昔は付近の宿はほとんどクローズしてしまい、冬場に営業しているのは同宿くらいだったといいます。
「冬場にいらっしゃるお客様も多いですね。これからも山を愛し、この宿の雰囲気を好きな人に楽しんでいただけたらと思っています」(智規さん)
「少人数で運営しているため、どうしてもかぎりはありますが、来ていただいたお客様にはできるだけ気を配り、尽くせたらと思いながらやっています。作業に追われると、なかなかお客様とコミュニケーションをとれないので、そこは課題ですね」(晃子さん)
登山者を中心に、若者から80代のシニア層まで利用者の年代の幅は広く、世代を超えて愛される日光澤温泉。
今の時期は秋山を楽しむべく、ここを中継点に鬼怒沼を目指したり、尾瀬まで縦走したりするのはもちろん、宿までの遊歩道をトレッキングするだけでも十分楽しめるはず。
ハイシーズンとなる秋を越えて、冬場もオープンしているので、山と温泉の両方を堪能しに利用してみては?
日光澤温泉
住所:栃木県日光市川俣874
電話0288-96-0316
http://www.nikkozawa.com/
アクセス
奥鬼怒遊歩道で1時間30分~2時間
※積雪期は30分~1時間ほど余裕を持ったスケジュールがおすすめ。
編集協力/EDIT for FUTURE 写真/駒田達哉