大分県九重町タデ原湿原&下泉水山|黄金の草原と錦秋深まる山を巡る絶景ハイク

多くの人々を魅了してやまない景勝地「くじゅう長者原」。ラムサール条約にも登録されるタデ原湿原のトレッキングは一般観光客にも広く愛されていますが、多くの人は湿原の一部を歩いて早々に帰路に着いてしまいがち。しかし湿原から自然散策路の森に至り、下泉水山まで歩くルートを取ると、そこには予想を遥かに超える絶景が広がっていました。今回は、錦秋に染まる山々を歩く絶景ハイクの様子をお届けします。

大分県西部、日田・玖珠・九重の絶景アウトドア。特設Webサイトはこちらから

2021.02.26

Aoyagi Mai

食と暮らし、アートのフリーコーディネーター

INDEX

山歩きは好きだけど、九州の小さな山を数えるほどしか知らない私は、くじゅうを体験したことがなかった。それほど運動が得意ではないので、あえて高い山を選ぶという選択肢がなかったのだ。

だけど、自然に包まれたり、癒されたり、触れたりといった、様々な発見がある山歩きが好きで、20代の頃から自分なりに楽しんできた。自宅で過ごす時間が増え外出する機会が減るなか、自然を満喫できるアクティブな体験がしたい。そう思っていたとき、秋のくじゅうハイキングの誘いがあった。「もちろん温泉つきだよ」というワードにも心惹かれて。

巡るルートは、タデ原湿原~下泉水山~九重星生ホテルの温泉。金色に輝くすすきの草原と、紅葉の森を楽しむ日帰りの山歩きだ。雄大な自然の美しさにうっとりとし、日常をリセットするには、このルートはぴったりだ。
タデ原ハイキングコース(青)と下泉水山登山のコース(緑)。YAMAPの該当地図はこちらから

山の草花や木々、歴史。私にぴったりのガイドさん

朝7時に出発し、福岡から車で約2時間。やまなみハイウェイ沿いに「長者原ビジターセンター」の建物が見えてきた。センターは、くじゅうの山々にぐるりと囲まれた場所にある。

秋の湿原を散策に来た家族連れやカップル、高い山を目指す人、山を降りた人。さまざまな目的や想いをもつ人でにぎわう、まるでターミナル。
大分県玖珠郡九重町に位置する長者原ビジターセンター

センターのすぐ裏手に広がるタデ原は、阿蘇くじゅう国立公園に含まれる湿原で、くじゅう連山の北麓に位置する。約1万5000年前〜6300年前の火山活動によって形成され、周囲からの湧水によって潤されている。

標高1,000mという高い場所にあるため、平地に比べて気温が低く、サクラソウやリュウキンカ、エゾシロネなど、九州では珍しい北方の植物も。近くの坊ガツル湿原とともに山岳地にできた湿原としては国内でもっとも大きく、2005年にラムサール条約に登録されている。

ビジターセンターの窓口でタデ原湿原の情報を探していると、地元のボランティアガイドの方を勧めてくれたので、お願いすることに。

秋晴れの青空のもと、案内してくれたのは、渡辺格雄(わたなべかくお)さんと橋爪文子(はしづめあやこ)さん。この地で生まれ育ち、くじゅうの自然を身近な存在として触れてきたベテランガイドのおふたり。木や花にとても詳しく、その周りに集まる鳥や動物の話、どうやってこの地形が生まれたのかなど丁寧に教えてくれる。
ボランティアガイドのおふたり

「この植物はなあに?」ひとつひとつ聞きたくなる秋の山野草

スタート地点で、渡辺さんが「これはなんだかわかる?」と地面を指差した。土の中から少し顔を出した植物。想像すらできない私に、「センブリという植物だよ。ちょっと食べてごらん」。聞いたことあるような植物の名だなと、小さな芽を口の中に入れると「うわ!にが~い!」。独特な苦みがしばらく口いっぱいに広がる。この山野草は、千回振り出しても苦みが残ることから、その名が付いたそう。昔から胃腸に良いと重宝されてきた。
ビジターセンターのスタート地点で出会ったセンブリ

次に指差した植物は、口のなかで噛み砕くと、ピリリと辛いタデ。タデ原の名の由来となった植物だ。刺身のツマとしてよく食べる紅タデとは違い、ここのタデは緑色、青タデと呼ばれる。地元では、紅タデ同様にお刺身に添えるのはもちろんのこと、煮魚をつくるときに薬味として使うそうだ。
スタート直後から、さまざまな植物のオンパレード

食べることが大好きな私は、食べられる植物に興味を持ち、おふたりにいろいろと訊ねる。土地の人に愛されてきた四季折々の山野草。くじゅうの食を豊かにする、季節ごとの瞬間の美味は山とともにあるんだ。そんなことを歩きながら感じる。
タデや馬酔木、よもぎやフキノトウなど、タデ原の多様な植生を教わる

湿原はほうっておくと森になる

一面に群生する金色のすすきが美しい秋のタデ原湿原。まるでナウシカの風の谷のような光景を前に、子どものように心が小さく踊る。
タデ原のほぼ中央を流れる白水川を渡り、木道を歩いて湿原のなかへ

しかし、現在の日本の気候では、湿原はほうっておくと森になる。昔は放牧のための野焼きで湿原を保ってきたが、農業が機械化されて放牧が行われなくなった今は、地域のボランティアの方々によって春に野焼きが行われている。こうした伝統が受け継がれているおかげで、初夏にはみずみずしい新緑に包まれた草原を、秋には風にゆれるすすきの群生を楽しめる。
この季節、すすきの群生の隙間には、リンドウやヤマラッキョウといった可憐な植物が花を咲かせる。さわやかな風にそよそよと揺られて気持ちよさそう

「最近はオオハンゴウソウやセイタカアワダチソウなど外来種も増えているんです」。美しい自然を守るため、外来種を見つけたらガイドの方々も抜き取って、定着を防いでいるそうだ。地域の方々の手を介して、湿原の環境を好む希少な植物をはじめ、野鳥や小動物など、多様な生き物の生息地が守られている。大自然が残る山々においても、人とのかかわりは切っても切れない。
九重町と竹田市久住町との境にある標高1,744mの三俣山や標高1,449mの指山、すがもり峠に見守られ、湿原には四季折々の草花や小動物が生息する

ふかふか落ち葉の小道を歩いた後は、山のターミナルで昼ごはん

すすきの群生の南側には、野生の水苔が生息する静かな森が広がる。森の入り口では、クヌギ・カシワ・ミズナラ・コナラの木が仲良く並んでお出迎え。ふかふかの落ち葉の下には愛らしいどんぐりが。まるっこかったり、とんがっていたり。秋の実りが隠れている。

さらに森へと進む分岐点に差し掛かり、ここで渡辺さん、橋爪さんとお別れ。「次は春の野焼きも良いですし、ピンク色のじゅうたんがきれいな5月のサクラソウもぜひ見にいらしてください」。くじゅうを愛するおふたりと別れ、静かな森のなかを深呼吸しながら歩く。ゴールとなる長者原ヘルスセンターに到着するとちょうどお昼だ。
森の中は黄色や赤、茶色に緑と色とりどりの木々のトンネルだ

長者原ビジターセンターの隣にある長者原ヘルスセンターは食堂や土産ものスペースを併設している。食堂はすでに混みあっていた。

メニューには定番のうどんやカレーに並んで、とり天定食やだんご汁定食といった郷土料理も。とり天定食も気になるのだけれど…。今回はせっかくなので大分の名物だんご汁をいただこう。
とろりとした汁の中には素朴の味わいのだんごと野菜が。身も心も温めてくれる

だんご汁は、小麦粉で練ってちぎった団子や麺状の具が入った汁料理。この食堂のだんご汁は、かぼちゃ、大根、人参、生姜などが入った白みそ仕立てだ。1時間ほど歩いた体に、アツアツのうまみがじんわり染みわたる。 “だんご”のもっちりとした歯ごたえもたまらない。雄大な山並みを眺められる外のテーブル席で、澄んだ空気ごと地のものを味わう喜び…。
絶景を眺めながらゆっくりと食事。贅沢なひととき

さあ、おなかを満たしたら、くじゅう連山の雄大な景色を楽しむべく下泉水山へ。

秋の錦×草原からの展望が素晴らしい泉水山

長者原ヘルスセンターの駐車場脇の遊歩道を過ぎ、泉水山登山路(長者原登山口)へ向かう。
長者原の駐車場奥に泉水山への登山口はある

少し下って、奥郷川のダムの堰堤上に架けられた橋にさしかかる。岩場と森を抜けると、周囲が突然明るくなり、山の傾斜地に沿って広がるすすき草原に出会う。

11月のくじゅうは寒いだろうと、数日前から気合いを入れ準備してきたけれど、日差しはあたたかい。急な坂道で息が上がり、全身がぽかぽか。
ここから牧草地の縁に沿った防火帯が続き、少し急な坂となる

傾斜がきつく、後ろを振り返るのが少し怖い。登り切った先で足を止め、周囲をゆっくりと見渡せば、目の前にすすきの原っぱが広がり、その下に飯田高原が広がる。ずっと先には由布岳の頂も。
広葉樹の森と植林された針葉樹の境界がはっきりと見える。秋にだけ出会える風景だ

ただよう雲が大地にくっきりと影を落とし、雲の隙間から差し込む光が飯田高原ののどかな稜線を浮かびあがらせる。壮大な景色を記憶にとどめたい。そんな想いに駆られて何度も周囲を見渡す。後ろを振り返れば、さきほど歩いたタデ原湿原を見下ろせ、その先にそびえる三俣山と指山がこちらを見ているようだ。
圧巻な景色を眺めながら、ここで一息つく

すすきの丘の向こうには錦秋に染まる森が広がる

頂上にある岩場は、くじゅう連山を望める特等席

登山道は泉水山・黒岩山を指す標識に沿って、南に向きを変える。先ほどのひらけた風景とは一転、豊かな森が広がる。階段状に土留めがあり、ほどよいアップダウン。日ごろ動かさない体には少しきついが心地よい。
下泉水山頂上の直前はうっそうとした樹林帯

もう少しで頂上だ!と一歩一歩足を進める。頂上付近では馬酔木(あしび)のトンネルが出迎えてくれた。
木陰をつくる馬酔木の群生。夏ならここでしばらく休憩したい気分になるだろう

一瞬、頂上はどこ?と思ったが、「下泉水山1,296m」と書かれた標識の横にある岩場を登った途端、いきなりの大絶景。南側に上泉水山や星生山。東側には三俣山や久住山。そして、西側には涌蓋山(わいたさん)。くじゅう連山を360度見渡せる大パノラマだ。

岩のすきまから望むのは一面の錦秋。赤や黄色、だいだい色に染まった紅葉のじゅうたんが広がり、とてもきれいだ。

遠くに車が走るやまなみハイウェイや、九重”夢”大吊橋などが見え、非日常の風景までの道のりを振り返る。自然のなかに自分の身を置き、人と自然のかかわりに、もういちど想いを馳せた。
山頂の岩からの眺望。暖かな陽光に包まれ、いつまでも座っていたい気持ちになる

帰りは、ふかふか落ち葉を踏みしめる足音を楽しめるほど、気持ちに余裕が出ていた。来た道なのに、行きでは気づかなかった木の実やきのこなど小さな命を発見。
ススキの草原が広がる斜面側とは打って変わって、山側には豊かな植性が広がる

タデ原とその周辺の秋を、近くから、中から、そして、山頂から楽しんだ山歩き。風の音や澄んだ光ごと、心にとどめておきたいと思った。

登山客や地元の人々に愛される「山恵の湯」

下山後は車で5分ほどのところにある、九重星生ホテルの日帰り温泉「山恵の湯」を訪ねた。私が到着したのは15時ごろ。山の景色と癒しを求めて、地元の人や登山客などが次々に立ち寄り、人気をうかがえる。
絶景の露天のほか、桶風呂や打たせ湯、ジャグジーなども揃う山恵の湯

泉質は、硫黄泉、単純泉、酸性緑礬泉、冷鉱泉の4種類からなる、かけ流しの天然温泉。多彩な泉質を楽しめる露天の湯船からは三俣山などくじゅう連山を一望できる。湯の花が舞う、熱めのお湯は下山後の疲れたからだを癒してくれた。いつか、星空を見ながら入ってみたい。

くじゅう長者原といえば、美しい自然を求めて多くの観光客で賑わう人気のスポットだ。ただ、大半はタデ原湿原を少し歩く程度で、その魅力や奥深さを知る人は意外と少ない。

金色の草原を歩き、そして、一面に広がる錦秋のじゅうたんを山頂から見渡す。爽やかな山歩きで汗をかいた後は、癒しの温泉でゆっくり。1日をたっぷり使った秋の大自然に触れる体験は、思ったよりも気軽で、きっとみなさんにも楽しんでいただけるはずだ。


タデ原湿原・下泉水山の詳細な情報はこちらから

長者原ビジターセンターのWebサイトでは、タデ原湿原や下泉水山を始めとしたくじゅう一帯の登山情報を入手することができる。タデ原湿原のガイドツアーは、無料で参加することが可能。詳細は電話でお問い合わせを。

長者原ビジターセンター
住所:大分県玖珠郡九重町大字田野255-33
電話番号:0973-79-2154
Webサイト:https://kujufanclub.com/
営業時間:9:00 ~ 17:00 (11月~4月 16:00閉館)
休館日:12月29日~1月3日


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北部九州のほぼ中央、福岡市街から車で約1時間の場所に位置する大分県日田市・玖珠町・九重町。大分県西部と呼ばれるこのエリアは、美しい山々と川に恵まれた、九州を代表するアウトドアの聖地です。登山に川遊び、キャンプ…。ファミリーでライトに楽しむのも、ひとりでディープに楽しむのも思いのまま。絶景のアウトドアフィールドがここには広がっています。

Aoyagi Mai

食と暮らし、アートのフリーコーディネーター

Aoyagi Mai

食と暮らし、アートのフリーコーディネーター

1981年、福岡県生まれ。エディター、ライター、プランナー。香川県直島において地域に根付いた美術館の設立に携わってきたほか、福岡の食品会社にて、食と暮らしが楽しくなる商品の提案や、イベント企画、飲食店の器のコーディネートに関わってきた。遺跡やアート好きが高じ、さまざまな地域の文化・歴史に触れる里山歩きはライフワークとなっている。

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