世界遺産にも登録される巡礼の道、熊野古道中辺路。和歌山県田辺市はその玄関口として、多くの旅行者で賑わう歴史と自然豊かな街です。古道歩きはもとより、太平洋から水揚げされる新鮮な海の幸、そして豊かな山の幸、絶景スポット、みかんや梅などの農作物。その魅力は数え上げればキリがありません。今回は、そんな魅力あふれる街で繰り広げられたアウトドア×ワーケーションツアーの様子をお伝えします。
2021.01.14
竹林 陽子
グラフィックデザイナー
和歌山県田辺市でフリーランスのグラフィックデザイナーを生業とする私。日々、パソコンの前で制作に追われているわけですが、ひとりで黙々と作業しているとどうしても頭でっかちになりがち…。
じっとしていても良いアイデアは出てきません! そろそろ冬支度に入る12月の初頭、やりかけの仕事をノートパソコンごとリュックに詰めて、えいや! と思い切ってフィールドへ。「書を捨てよ、山へ行こう!」 ということで、わたしとは対照的にアクティブな友人と共に田辺の魅力を欲張りに味わえるという”アウトドア×ワーケーション”のツアーに参加してきました!
和歌山県田辺市は紀伊半島の真ん中。あの世界遺産熊野古道中辺路の玄関口として知られています。多様性に富んだ5つの市町村が合併した大きな市で、背後に紀伊山地、目の前にはどこまでも広がる太平洋という素晴らしい自然環境。海と山と市街地を楽しめるのが魅力の街なのです。
ツアーは車ならあっという間に通りすぎるような場所を電動アシスト付き自転車E-BIKEで巡り、いつもは下からボーッと見上げるだけの見慣れた山に自分の足で登ると言うもの。さて、田辺の魅力発見となるか!? と言うより、そもそも体力が持つのか!?
ツアーは2泊3日。まずは拠点となる秋津野ガルテンにチェックイン。 秋津野ガルテンは田辺市街地から車で20分ほどの上秋津という中山間地域にあります。昔懐かしい木造校舎を再利用した複合施設で、コワーキングスペースや会議室、みかんスイーツが味わえるショップ、ジャム作り体験ができる調理室、レストラン、そして宿泊施設などがあります。
田辺市は温暖な気候で、みかんや紀州南高梅の産地として有名です。私たちがツアーに参加した12月はちょうど温州みかんの最盛期。秋津野ガルテン周辺には、オレンジ色の実をいっぱいにつけた木々がたくさん見えます。ああ! 早く収穫してあげなくちゃ! そんな気持ちになってしまうほどに鈴なりです。
さっそく上秋津地区の農家さんに案内していただいて、のんびり歩いてみかん畑へ。12月とは思えない暖かな日差しの中、今まさに旬を迎えた温州みかんを収穫していきます。
普段デスクワークで常に頭の中が混雑している私からすると、収穫は無心になれる心地よい時間です。オレンジ色の果実を収穫した分だけ、みかんの木がすっきりしていくのも気持ちいい。
喉の乾きは穫れたてのみかんで補充。程よい酸味と甘さが口の中にいっぱいに広がり、もうひとつ、またひとつ、とついつい止まらなくなってしまいます。和歌山県民がこよなく愛する「和歌山むき」(写真参照)で3〜4房をまとめて一気に口のなかへ!
みかんの木は、収穫しやすい低めの高さになっており、見上げると様々な種類のみかんが日の光を浴びてキラキラと輝いて見えます。それはとても素敵な光景でした。私はそれを、心の中で「みかん曼荼羅」と呼ぶことに。
お土産にカゴいっぱいみかんを収穫して秋津野ガルテンに戻った後は、お仕事の時間です。さっきまで外で作業していたせいか、頭もすっきりしているような。施設にはパソコンの貸し出しもしてくれるコワーキングスペースがあります。収穫したみかんを頬張りながら夕飯までしばしお仕事。いつもよりはかどる! 気がします…。
田辺市は程よい田舎でワーケーション環境がとっても整った場所です。大阪からは特急くろしお1本で2時間半、東京からは飛行機で1時間で、素晴らしい自然環境に出会えます。
なんでも最近は家族連れで長期滞在して、自然遊びと仕事を両立させる方も増えているのだとか。秋津野ガルテンが主宰する農業体験への参加とワーケーションを組み合わせるのも人気だとのことです。
翌朝、目覚めたら快晴! オカイサン(茶粥)の朝ごはんを食べ、ガルテンで貸し出ししているE-BIKEで高尾山登山口を目指します。噂には聞いていたE-BIKEですが、私はこの日が初体験! E-BIKEはスポーツバイクに電動アシストユニットが取り付けられた自転車です。
乗ってみて感動! 普段デスクワークでなまり切ったわたしの体でも、アシスト機能でスイスイ前に進めます。登り坂や下り坂でギアチェンジしながら操縦したり。これは楽しい! 快適〜! と騒いでいる間に奇絶峡登山口へ到着しました。
奇絶峡は田辺の名勝として知られる大きな奇岩がゴロゴロしたダイナミックな渓流。都会では考えられないかもしれませんが、地元の子どもたちは夏の間、この川で泳いだりして遊びます。川にかかる赤い橋を渡ると小さな滝があり、そこから606mの山頂までは文字通りの急登。息を切らしながら一気に登ります。
登り始めてさっきまでの元気はどこへやら。急な坂道に口数がみるみる減る体たらく。スタート地点の橋からしばらく歩いた地点で、岩に描かれた大きな仏様(磨崖仏)に出会います。無事に帰って来れますよう、手を合わせてさらに先へ進みます。
道中、足だけでなく手も使って険しい道を7割ほど登ると、ようやくほっとひと息つけるなだらかな道に。木々も拓けて時折見える美しい景色に励まされます。
ちなみに、高尾山は松茸が獲れる山。収穫期の10〜12月頃までは入山届けが必要なのでご注意を。
山頂へ到達すると、これから向かう天神崎や、会津川、そして田辺の市街地、白浜半島まで見下ろすことができ、きつい山道の疲れも吹っ飛びます。眺めの良い山頂では、秋津野ガルテンで作ってもらった手作りお弁当をいただきました。絶景と美味しいものの組み合わせは本当に最高です。
高尾山の展望台は2ヶ所あり、迫力ある岩場の東展望台は写真映えスポットとして人気が出そう。私は鈍臭いので岩場を歩かず友人の写真撮影に集中。眼下には明日サイクリングする熊野古道早駆け道が通る長野・上野方面の山々が広がります。
高尾山を下山したら、またE-BIKEに乗って今度は田辺市街地へ。レトロな商店街を走り抜けて神社へお参りします。2016年に世界遺産に追加登録された鬪雞神社は、熊野三山の別宮的な存在。神社の謂れは、武蔵坊弁慶の父とされる熊野別当・湛増(たんぞう)が、源平合戦でどちらに味方するかを決めるときに、御神前で鶏を戦わせて神意を占ったこと(鶏合神事)に由来するのだそうです。
社殿は明治の水害で流される前の熊野本宮大社の配列と同じです。本宮大社まで行けない人は、この神社で手を合わせ、その奥の熊野に想いを馳せていたのかもしれません。
鬪雞神社を出発して、今度は最近「田辺のウユニ塩湖」として人気沸騰中の天神崎を目指します。その途中、熊野街道が通る北新町商店街の中心地にある「辻の餅」に寄り道。重厚な看板には創業天保年間と書かれています。
名物の「おけしもち」をおやつにいただきました。平い丸型のお餅の表と裏に粒餡をつけたもので、できたては柔らかく飲み物のようにスルスルと喉の奥に流れていくほど美味しい! 登山後の疲れた体の隅々まで染み渡る甘さ。一気に5つぐらいはペロリと食べられそうです…(ダイエットのため自主規制)。
甘いもので体力をチャージし、再びE-BIKEで出発。高尾山の山頂で見下ろした会津川を渡り、歴史の古い漁師町・江川地区の路地を走ります。江川地区の路地は向かい合う軒同士がくっつきそうな細さで入り組んでいます。旅情を掻き立てられ思わず写真を撮りたくなる街並みです。
江川漁港では夕方にも競りがあり、シーズンにはその日上がってきたカツオが並びます。新鮮なカツオはもちもちした食感で「モチガツオ」と呼ばれ、地元の人たちはお刺身で楽しみます。これは絶対に味わって欲しい田辺名物です。
また、今回は時間がなくて立ち寄れなかったけれど、江川地区の路地には知る人ぞ知る超ローカルグルメ「江川のちゃんぽん」のお店が点在します。「お好み焼き」と書いた青いのれんが目印です。(詳しくはこちら)
そんな江川地区を通り過ぎて、北へ少し進むと天神崎へ到着。天神崎は日本のナショナルトラスト運動(自然環境を守るために市民が寄付を集めて土地を買い取って保全する運動のこと)発祥の地として有名です。また「和歌山県の朝日・夕日百選」にも選定されるほど美しい夕日が見られます。
最近では、潮が引いた後にできる浅い潮だまりで鏡面反射の面白い写真が撮影できることから、前述した通り「田辺のウユニ塩湖」として人気沸騰中。一定の条件が揃えば誰でもフォトジェニックな写真が撮れるので、チャレンジしてみては。
私たちも流行りに乗って記念写真をパシャリ。まるで水の上に浮いているような写真が撮れました!
ただし、撮影に夢中になりすぎて潮だまりに落ちないよう気をつけてください(わたしは落ちて下半身がずぶ濡れになりました)。
天神崎を堪能したら、足を伸ばして元嶋神社へ。左手にサンセットを眺めながらのE-BIKEは最高の気分です! 海の上にポツンと浮かぶ鳥居はさながら「田辺の宮島」かしら。
田辺のナイトライフを語る上で欠かせないのが「味光路(あじこうじ)」。E-BIKEを宿に一旦置いて、夜は味光路に繰り出します。この一帯はJR田辺駅の西側、約200m×150mのエリアの路地に200店舗以上の飲食店が密集する和歌山随一の飲食街です。
夕方上がってきたモチガツオを食べたい時は、「モチあるか?」と店主に聞いてみると良いとか。運が良ければモチガツオにありつけます。
この日はギリギリまで飲んでいても走れば3分で終電に間に合うぐらい駅近、いきつけのお店にお邪魔しました。
残念ながらシーズンオフでモチガツオはありませんでしたが、幻の高級魚「クエ」の唐揚げなどを堪能、田辺の夜を満喫しました。
居酒屋、バー、スナック、と、2軒、3軒とハシゴ酒するのが味光路の醍醐味ですが、この日は激しく後ろ髪を引かれながらも翌日のサイクリングに備え、大人しく帰ることにしました。
いよいよ最終日。ずっと楽しみにしていた早駆け道E-BIKEサイクリング。早駆け道は、秋津野ガルテン界隈から長野の捻木の杉まで、上秋津〜長野〜潮見峠の里山の風景を色濃く残す約10kmの道程です。この早駆け道を経由して秋津野ガルテンから熊野古道滝尻王子まで全長20kmをE-BIKEで走ります。
早駆け道はのっけからそこそこ急な坂道を登っていきます。普通の自転車なら立ち漕ぎしても絶対に登れないような急傾斜も普通に登っていくので、なんだか強靭な脚力と体力を手に入れたかのような錯覚に陥ります。E-BIKEすごい! とはいえ、自分の足でこいで前に進むので、それなりの負荷もあり、充実感もしっかり味わえます。
走り出してすぐに見えてくる「千光寺」のお堂裏手からは昨日登った高尾山を望むことができます。作業中のみかん農家さんに「こんにちは〜!」と手を振ったりしながら、みかん畑の間をアップダウンを繰り返しどんどん進んでいくと、右手に海が見えてきました。
少し道がわかりにくい場所もあるので、「早駆け道」の案内看板を注意深く確認しながら進まないと迷子になるかも。地図を用意していくと安心です。
コースの後半からは、少し薄暗い林道のような杉木立の道をひたすら下っていく道に入ります。木々の間からこぼれ落ちる光が、道路にマダラ模様を作り出し幻想的。車がほとんど通らないのか、枝や小石が所々落ちているので、あまりスピードを出し過ぎないよう注意して進みます。
一願寺を過ぎ、坂を降りきったところにある川辺の茅葺き屋根の一軒家が、お昼を食べる「ねむの木食堂」。旬のものを使った素朴な手作り定食が地元の人たちにも大人気で、市街地からわざわざ足を運ぶ人もいるほどです。
この辺りは歌舞伎の演目などで知られる「道成寺」の大蛇になってしまった悲劇のヒロイン・清姫が生まれた里と言われており、清姫が幼い頃に泳いだとされる淵が食堂から見えます。淵の濃い緑色に、ゾクリ!
お昼を食べたら、目と鼻の先の滝尻王子までもうひと頑張り。滝尻王子から高原まで歩いて登るので、E-BIKEとはここでお別れ。楽しかった分、なんだか名残惜しい気持ちになります。
滝尻王子は熊野九十九王子の中でも特に格式高いとされる「五体王子」のひとつで、聖地熊野の入口とされた大変重要な場所でした。神社に手を合わせ、旅の無事を祈ってから参詣道に入ります。今回は語り部さんと一緒に登ります。
滝尻〜高原区間は、中辺路ルートの中では急な登り坂が続く険しいコースとされていますが、語り部さんのガイドを聞きながらだと、楽しくて体の疲れも忘れます。途中には、大きな岩の下の空洞をくぐる「胎内くぐり」や、狼伝説が残る「乳岩」など、古の道ならではの不思議な言い伝えも。
坂を上りきってしまうと、ウバメガシの林が広がるなだらかな道へ。落ち葉を踏みしめながら歩いていくと、果てなしの山々が広がる展望地へとたどり着きます。
熊野高原神社が今回の旅のゴール。朱色の社の周りには大きな木がたくさん生えています。
神社の裏手に入っていくと、神々しいまでの楠の巨木がひっそりとたたずんでいました。この大きな木を見るために、辛い道を歩いてきたんだ、と思える感動がそこにありました。
旅の締め括りは、霧の郷たかはらのウッドデッキで果てなしの山々を眺めながら、暖かいコーヒーを。気付いたら、お仕事のことすっかり忘れてた! まあいいか。たまには。そしてバスにゆらゆら揺られて帰途につきます。
秋津野ガルテンを起点とした今回の旅。E-BIKEで風を感じ、汗をかいて自分の足で山を登り、なまった体に適度に負荷をかけ、苦労してたどり着く絶景の素晴らしさは、何ものにも替えられませんでした。海と山を自転車で行き来できるのは、海と山が近い田辺ならでは。改めて田辺のポテンシャルを実感!
こんなふうに、遊ぶように仕事ができる拠点を心の中にいつも持っていると、毎日の仕事にもメリハリが出て楽しいと思います。まとまった休暇をとることが難しかったとしても、ワーケーションなら仕事人間でも安心だし。その環境が整っているのが田辺市なんだと思います! とっても楽しかったので、また体の辛さを忘れた頃に、友達をそそのかして、E-BIKEと山登りの旅をしようと思います!