熊本県南阿蘇村|免の石と猫と山麓をめぐるアドベンチャートレッキング

世界最大級のカルデラを持ち、絶景登山スポットとしても人気の阿蘇山。登山者の間では、カルデラの内部にそびえる「阿蘇五岳」が有名ですが、実はカルデラ周辺を囲む外輪山にも隠れたスポットが点在します。「免の石」もそのひとつ。急峻な山肌を登るそのトレッキングは、ガイド同伴でないと入る事が許されない貴重な体験です。今回は、そんな免の石に新ルートが開拓されたとのことで、さっそく訪れてみました。2016年の熊本地震で大きく様変わりしたとも言われる免の石。果たしてどのような絶景が待ち構えているのでしょうか?

2021.01.22

上川 菜摘

エディター

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12年ぶりに「免の石」を訪ねて

「阿蘇といえば阿蘇五岳でしょ」。
そんなイメージを抱いている人も多いかもしれない。中岳・高岳の荒凉とした雰囲気もかっこいいけれど、阿蘇山を取り囲む外輪山にもまた、ユニークなコースが存在する。

南阿蘇にある免の石トレッキングルートは知る人ぞ知る穴場。南外輪山にあり、私有地なども通るため、基本的にガイドを付けないと入山できないコースである。そのため1日に歩く人数はごくわずか。自分たちのみで独り占めできることも多く、プライベート・ビーチならぬプライベート・トレイルが楽しめるのだ。

免の石は「南阿蘇鉄道 南阿蘇水の生まれる里白川水高原駅」から車で10分程度の距離

私は12年前、この免の石ルートができてすぐの頃に取材で訪れたことがある。短いルートながらも鎖場があってアドベンチャーのように楽しいコースだったと記憶している。2016年に熊本地震があってから、またここを歩いてみたいと思っていた。

地震前の免の石

なぜまた歩きたいと思っていたか―。

「免の石」は以前、洞窟の隙間に挟まっていることで有名だった。何万年も「落ちない石」として宙に浮いていたと言われていたけれど、熊本地震で落下。その後どうなったのか気になっていたのだ。

そんな折、チャンスがやってきた。免の石のガイド・柏田さんが新ルートを開拓していて、試験的に歩くというタイミングがあり、お声がかかったのだ。ありがたくご一緒させていただくことに。

ツアー当日は南阿蘇観光案内所に集合し、トレッキングツアーのメンバーと合流。ガイドの柏田さんは南阿蘇村で『キャプテンハウス』というタコスと登山ガイドの店を経営している。元自衛官という正真正銘の“キャプテン”で、この方の爆笑トークはちょっと有名だ。ツアー参加者を「アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ……」と名付けて自衛隊さながらの雰囲気を醸し、あっという間に“キャプテンワールド”に連れて行ってくれる。

「免の石トレッキングツアー」スタート

そんなキャプテンに率いられ、いざ免の石へ! 「鳥の小塚公園」近くにある駐車場に車を停め、YAMAPを起動。新しいコースに胸が高まる。いつもは閉じられているゲートが開き、往復2時間の山行がスタートした。

最初は舗装されている道を登っていく。難しい箇所は特になく、ひんやりした空気が気持ちいい。今回一緒に歩くメンバーと自己紹介をしながら15分ほど歩くと、キャプテンが設置したという看板があり、みんなでしっかりと確認。

ここから山道に入り、梯子やロープがかけられた場所も出てくるのだそう。気を引き締めて足を踏み入れる。

ん……んん? なかなかスリリングな道についへっぴり腰に。バランスを保ちながら3点確保で登っていく。危険な箇所にはロープがかけられていた。木々や植物には名前のプレートもかけられていて、これもキャプテンが仲間たちと設置したそうだ。

12年ぶりのご対面

ロープや梯子などを伝って30分ほど斜面を登ると、キャプテンが「ほら、あれだよ」と指差した先に岩が見えた。落ちた免の石だった。

みんなで岩を囲み、ワイワイと記念撮影タイム。免の石には案内板が付けられ、大きさは縦3m、横2mと書いてあった。横に立ってみると……「なんだか同じくらいの身長じゃない!?」なんてテンションが上がった私と免の石のツーショットが撮れた。勝手に親近感が沸いてしまっている(笑)。

免の石は落ちてしまったけど、ちゃんと見つかった。割れずにほとんど原型を留めていた。以前は高いところにあって触れなかったけど、今は触ることができる…。「落ちた」と聞いたらマイナスに感じてしまうけど、プラスに捉えるといろんなものが見えてくる。

ひと通りみんなで写真を撮ると、鎖を伝って急な斜面を一気に登り、今回新たに作られたという展望所へ向かった。ここは阿蘇五岳と南阿蘇の田園風景が一望できる場所。この山では開けた場所が珍しく、開放感のある抜けた風景にしばし酔いしれる一行。うーん空気がおいしい。

南阿蘇といえば、雄大な阿蘇山と南外輪山に囲まれた場所。水源があちこちに点在し、豊かな水がこんこんと湧き出ている“水の生まれる郷”だ。飲食店や温泉など立ち寄りスポットも多く、町めぐりも楽しいエリアである。

免の石までの往復コースなら2時間くらいなので、下山後に観光をくっつけるのが正解だと思う。下山したら、ランチと温泉に立ち寄ろう。眼下に広がる絶景を眺めながら、そう心に誓うのであった。

景色を堪能したらこのルートの核心部へ移動。いよいよ、以前免の石が挟まっていた洞窟へと向かう。果たしてどんな景色が待っているのだろう。

免の石が落ちたら猫が現れた

免の石が落ちた後の洞窟に現れたのは、猫のシルエットだった。

キャプテンはこの景色を「守猫、招き猫、猫神様のようでしょう? 落ちた免の石は、猫の首輪の鈴だったんですよ。なんとも不思議でパワーを感じずにはいられないでしょう」と説明。そして「厄除け、開運のパワーもある!」と続ける。

このエピソード、もしやキャプテンが強引に作っているのでは……と思うほどの熱弁、そしてキレイなオチだったが、話を聞いていると自然と笑顔になってくる。免の石は落ちてよかったのかも、とさえ思えてくる。

自然には神様が宿る。この洞窟にはきっと猫の神様が宿り、この土地を見守ってくれているのだろう。「何でも良い方向に考えた方が縁起が良いけんね!」。そんな前向きな気持ちをキャプテンは教えてくれる。

キャプテンのモットーは「お客さんを楽しませること」。笑顔になってもらわなきゃガイドの意味がない、と断言する。今回の新ルートの開拓は、「いつまでも私が案内できるわけではないから、登山者が自分たちで行けるルートを開拓したい」との想いもあるそうで、免の石トレッキングルートへの愛をひしひしと感じた。新ルートの完成も楽しみだけど、キャプテンによる免の石トレッキングガイドも、いつまでも続いて欲しいと思う。

ところで、猫の形はどこから撮ったらきれいに撮影できるんだろう? 次はいつになるか分からないからキレイな写真を撮っておこうと、洞窟内の2カ所で試してみた。


左は洞窟の前方にある小さな岩の上から撮影する著者の後ろ姿。右はこの時スマホで撮った画像だ。


続いて左の写真は、洞窟の一番右奥から撮影する著者。右はこの時スマホで撮った画像。どちらも猫には見えるけど、前者の方が丸みを帯びた綺麗な猫の形になった。撮る場所で形が変わるので、いろんなところから撮ってみるのがおすすめだ。

今回はピストンなので、洞窟の中を堪能したあとは同じ道を下ることに。鎖場は急なので、ゆっくり足元を確認しながら前の人と間隔を空けるのがポイントだ。登山初心者というメンバーもいたが、ロープや梯子のかかった場所も全員スムーズに下山できた。

12年ぶりにこの山を歩いてみたが、今回の印象も前回とほとんど変わらなかった。鎖場あり、ハシゴあり、洞窟あり。アドベンチャー気分を楽しめ、阿蘇のトレッキングコースの中でも特別な存在感を放っている。私の中ではいい意味で「異端児」だ。そこに「猫」という要素も加わり、場所は変わっていたけれど免の石に会うこともできる。広がり続ける免の石ワールド。次は今回のコースに加えて、原生林の探検も楽しめる周回コースを訪れてみたいと思う。

下山後、その足で「鳥の小塚公園」へ向かった。きれいに整備された小高い丘に鳥居があり、さっきまで登っていた洞窟が肉眼で見えた。かつて巨石が落ちる前の「免の石」の縮小版のモニュメントもあり、記念にパチリ。

阿蘇といえば“あか牛丼”

……さて。下山したらちょうどお昼の時間だった。阿蘇といえば“あか牛”ということで、近くにあるオーガニックカフェ『ASOBIO』へ向かった。

あか牛カレーやあか牛そばもあったけど、やっぱりあか牛丼をチョイス。薄くスライスされたあか牛に濃厚な肉味噌、プルプルの温泉卵がオン。少しずつ絡ませながら、はやる気持ちを抑えてゆっくり味わった。ここのカフェはオーガニックにこだわっていて、自家栽培した無農薬野菜がキレイに盛られたサラダもおすすめだ。

店内は雑貨販売もあり、オリジナルの化粧品や石鹸などを眺めるのが楽しい。ここではオーガニック野菜のほかハーブも育てているそうで、ハーブを使った商品もたくさん揃う。火山灰の積もった肥沃な大地で育てられるハーブは香りも良いのだろうか? どれも香り高く、癒しの時間を提供してくれそうなものばかりだった。

復活した“地獄温泉”へ

南阿蘇にはいくつか温泉があるが、今回どうしても行きたい場所があった。それは、2016年の熊本地震と水害で被災した『地獄温泉 青風荘.』。苦難を乗り越え、昨年立ち寄り湯がついに復活したのだ。ここは小さい頃連れられて来た記憶があるが、足下からボコボコと湧出する地獄のような温泉をはっきりと覚えている。

混浴の「すずめの湯」は足元湧出温泉。湯浴み着か水着を着て入浴するため、お客さん同士のコミュニケーションも楽しみのひとつだ。「体に傷を負ってしまった人やジェンダーレスの人が温泉に入ることを躊躇していることを知り、湯浴み着を採用しました」と社長の河津さん。これにより、老若男女で同じ湯を楽しむことができるようになった。源泉そのままの湯は本当に気持ち良い。こんな湯は、みんなで入るべきである。

……と思ったら、本当にそんな掟があるそうだ。

宿に残る入湯の「掟」。現代風に訳すと「湯は皆のもの 自然からの贈り物 我が物顔で入るべからず 皆で有難く頂くべし」といった心得が書かれている。


左から社長・河津誠さん、中央は副社長・河津謙二さん、右は料理長・河津進さん。兄弟三人で力を合わせて復旧に努め、2019年秋には男女別の大浴場「元の湯」「たまごの湯」が再開。その後、宿泊も再開した。「食事処だった曲水庵はゲストハウスになり、キッチン付きの湯治個室やリッチなお部屋も用意しました」とのこと。全館再開も間近とのことで、嬉しいばかりだ。


熊本市と阿蘇を結ぶ国道57号線が開通したり、熊本地震で崩壊してしまった阿蘇大橋が再建間近だったり、明るいニュースが続く南阿蘇。免の石しかり、地獄温泉しかり、2016年の地震から着実に前に進んでいて、パワーをもらった。温泉でポカポカと温まった体を、のむヨーグルトでクールダウン。美味しさと優しさが沁みわたる……。

今日は南阿蘇の自然と魅力をコンパクトに楽しんだな。空はまだ明るいなぁ、白川水源寄って帰ろうかな、なんて思ったりしたけど、きっと物足りないくらいがちょうど良い。何度も来たいから満喫しすぎない。こまめに訪れてサクッと楽しむ。これが私の南阿蘇の楽しみ方かもしれない。

遠方の方はどうぞお泊まりで。水の生まれる町なので、水源巡りも忘れずに。


免の石のトレッキングツアーのお問い合わせはこちらから

このエッセイでご紹介した免の石トレッキングツアーに興味を持った方は下記よりツアーにお申し込みください。免の石のトレッキングコースは私有地を通過するため、必ずガイドに案内してもらうようにしましょう。

みなみあそ観光局公式Webサイトはこちらから

上川 菜摘

エディター

上川 菜摘

エディター

九州・熊本在住。地元の出版社に編集者として所属し、冊子編集・ライティングから企画や広告の立案まで幅広くクリエイティブに携わる。2020年独立。九州ローカルの冊子編集や取材に従事。登山愛好家でありアウトドアライターとしても活動中。興味関心は持ち物の軽量化、国内外を歩いて旅すること。