YAMAPが取り組む獣害問題|シカ問題は山問題 !? シカ革製品からはじめる、ひとつの実践

狩猟後に廃棄されるシカの皮を活用し、シカ革製品を作るー。YAMAPの"シカ革製品プロジェクト"に携わるふたり(YAMAP代表・春山 × スタッフ・小島)が、獣害問題や狩猟の現場、本プロジェクトにかける想いを語りました。「獣害ってなに?」と思った方は、ぜひご一読を。

2021.06.15

米村 奈穂

フリーライター

INDEX

YAMAPが獣害問題に取り組むと聞き、話を伺ってみた。狩猟経験を持つ春山代表と、狩猟免許を持つスタッフの小島さんが取り組むこのプロジェクトは、狩猟後に廃棄されるシカの皮を活用し、シカ革製品を作るというもの。話を聞いてみると、製品を通して山の資源をもっと身近に感じて欲しい、それが獣害問題に触れるきっかけになればというYAMAPの姿勢が見えた。

シカが増えると、山はどうなる?

シカのツノの広がり方は、地域によって特徴があるのだという

―獣害とは何か?知らない人にも分かりやすくお話しいただけますか?

小島:獣害とは、大きく二つに分けることができます。一つは、人の営みに対する農林業などへの被害で、二つ目は、生態系や環境へ及ぼす森林被害です。農林業への被害は、イノシシが野菜や果樹を、シカが葉っぱを食べ被害を及ぼします。これらは柵を設置することでなんとか防ぐことができますが、森林への被害は人の手が及ばないところで進行しており、草や葉を食べるシカの影響が大きな問題になっています。

【農作物被害の推移】

―森林被害とは、具体的に森がどうなってしまうのでしょう?

小島:シカの食害がひどいところだと、シカの頭が届く範囲の低層木や広葉樹の幼木、下草が食べられてしまい、そこに雨が降った時、保水力となる植物や落ち葉がないため、土が流れてしまいます。植物によっては、シカに食べられたくない本能が働いて、身を守るためにトゲを生やしたり、毒性を持ったりするようになります。そうなると、その植物をエサとしていた昆虫も住めなくなり、どんどん生態系が乏しくなる。一部の地域では起きつつある現状です。

春山:シカの食害による山への影響を甘く見てはいけないと思います。例えば、2020年7月に起きた球磨川水系の水害は、降雨量がすさまじかったことが主な要因ではありますが、シカが新芽を食べ山の保水力が落ちていたり、シカが山を踏み荒らし土砂が流れやすくなっていたことも、大規模水害につながった背景にあるのではないかと発信されていらっしゃる方がいます。

シカの数は現在も増えています。ですが、増えすぎたことでシカの食べるものが山からなくなり、いずれシカの数は激減する、もしくは里や街に下りてくる。“狩”という字は“獣を守る“と書きます。人間が一定数捕ることが、その生物種を守ることにもつながります。日本の自然は人間の営みを含めての自然です。シカやイノシシの天敵であるオオカミがいない現状では、人間がある程度捕ることで、生態系のバランスが保たれる。そう思っています。

【YAMAP:めぐるしかの取り組みについて】

人と自然が共生していた時代
私たちの祖先は必要最低限の資源を山から調達し、山の手入れをすることで、永続的な生活を営んでいました。

人が自然を破壊しつつある時代
私たちは過度に自然を利用し、その均衡を崩してしまいました。結果、山には鹿が急増しています。増えすぎた鹿の数を調整し、山をあるべき姿に戻していくことが急務となっています。

再び、人と自然が共生する時代へ
持続可能な暮らしを目指し、山を手入れし、荒れた山を豊かな場所に再生していく。私たちの生活と山がつながり、資源が循環する世界を次の世代に残したいと考えています。

―現在はどんな対策が行われているのですか?

小島:農林業被害は、柵を設置するなどの対策により年々減ってきてはいます。それでも、農家さんの25棟に1棟が、農業収入の20%相当の被害を受けています。被害金額は、全国で約54億円にものぼります。野生鳥獣による森林被害の規模は、全国で毎年5000ヘクタール、東京ドームに換算すると1000個分にもなります。その7割がシカによるものと言われています。身近なところでいうと、佐賀県では平成21年から10年かけて、柵を約3700キロメートル作ったことで、農作物の被害はかなり減っているそうです。3700キロメートルというと、地球一周の約10分の1にあたります。そのくらいしないとなかなか被害は止められない状況です。

【野生鳥獣による森林被害】

―素人考えでいうと、柵を立てる対策はキリがないようにも思えるのですが。

春山:確かにキリがないですね。自分の農地だけを守るのであれば、柵をすればいいんですけど、食べるものがなくなったシカやイノシシは、別の森や山へ移動していくことになるので、獣害の被害は根本的には解決されていないと思います。

2人の狩猟体験が事業へ

YAMAP小島慎太郎/東京でエンジニアをしていたが、狩猟免許を生かすため、地域おこし協力隊として福岡県新宮町へ。狩猟後に廃棄されるシカ皮を利活用する事業を立ち上げる。2021年よりYAMAPに合流

―春山さんがこの問題に取り組むようになったきっかけを教えてください。

春山:阿蘇に住む叔父と一緒に狩猟をやっていたことと、アラスカに行ってイヌイットの方たちとアザラシ猟、クジラ猟を体験したことが大きいです。叔父は馬の蹄鉄打ちや牛の爪切りを生業にしている人だったんですが、シカやイノシシの肉が好きだったことから、狩猟をしていました。アラスカに行こうと決めた時、叔父が狩猟をしていたことを思い出しました。狩猟を日本でも経験しておきたいと思い、叔父のところに通っていたんです。2004年当時、猟をしながら驚いたのは、罠を10個かけると7個くらいの罠には、野犬がかかっていたことです。狩猟という営みから山を見ると、登山では見えてこなかった山の現状を目の当たりにし、新鮮でした。

―野犬ってそんなにいるんですか⁈怖い…。

春山:もちろん地域や時期によって、状況は異なります。10年後同行した時は、野犬はほとんどかからず、シカやイノシシ、時々サルが罠にかかるようになっていました。野犬が減り、人間が狩りをしなくなっているので、シカやイノシシなどの野生動物が増え続けているんだと思います。シカやイノシシは山で生活しているので、山に与えるインパクトは私たち人間が想定している以上に大きいのではないかと思います。

―問題と捉える前に実体験が先にあったんですね。なぜ小島さんと一緒に取り組もうと思われたんですか?

春山:山の環境を整える上で、獣害問題は大事なテーマのひとつです。いつかはYAMAPでも事業を通して、課題解決に取り組みたいと考えていました。ただ、狩猟を含め獣害問題は事業化が非常に難しい領域なんです。例えば、シカ肉やイノシシ肉といった”ジビエ”は、フランスやイタリアだと高級料理の素材なので高く買い取ってもらえます。ですが、ジビエが浸透していない日本ではジビエ自体のマーケットが小さい。また、シカ皮にしても、なめすのも大変だし、皮を買い取ってくれる業者も少なく、ビジネスになりくい。

そんな中、小島さんが「totonoi(ととのい)」という事業を立ち上げ、シカ皮でグッズを製作・販売しているのを見たとき、本質的なチャレンジをやっているなと感銘を受けました。ただ、大きなインパクトを出す事業に育てるのは、相当ハードルが高いだろう、とも思いました。

YAMAPのアプリのダウンロード数は250万件を超え、山のプラットフォームとして順調に成長しています。YAMAPやYAMAP STOREのプラットフォームを活用しながら、小島さんと一緒にシカ革製品を手がけるのであれば、少しでも早く獣害問題に取り組めるし、小島さんが一人でやるよりもインパクトを出せるのではと考えました。今年1月、私から小島さんに「一緒に事業をやらないか」と声をかけ、4月、小島さんがYAMAPに参画する運びとなりました。獣害課題の解決や森づくりなど、一緒に取り組んでいけたらと思います。

まずは、登山・アウトドアユーザー向けにシカ革製品をつくり、YAMAP STOREにて販売していくことからはじめていきます。

―獣害問題に関心はあっても、実際に狩猟を体験して手を動かしていた人は少ないかもしれませんね。お二人はどういう出会いだったんですか?

小島:もともとは新宮町の地域おこし協力隊に、鳥獣害を解決する隊員として入ったんです。この問題をいかにビジネスにしていくかというところで方向性に迷っていた時に、社会問題をビジネスで解決する、ボーダレスジャパンという企業のアカデミーの募集をしていたんです。そこに飛び込んで、講師をしていた春山さんにお会いしました。初めてお会いした時、波長が近いなと思いました。

自分たちで、やる

YAMAP代表、春山慶彦/阿蘇で叔父の狩猟に同行していた。アラスカでは、アザラシやクジラを食肉としてだけじゃなく、自分たちの身の回りの道具をいただいた命から作る体験をする

―国や自治体ではなく、一企業が取り組む問題としては、いたちごっこといいますか、終わりが見えない感じがするのですが、そこに戸惑いはなかったのでしょうか?

春山:特に戸惑いないです。「一燈照隅、万燈照国」。まずは自分たちにできることからはじめていくのがいいと思います。これは獣害問題に限らずですが、インフラ整備や風景づくり、社会課題の解決を行政にだけ任せる時代はもう終わったと思っています。高度成長期以降、いつの間にか治水を含め、山や森、川や海の整備は、行政任せになっています。「行政がやらないから」と文句を言っていても、社会は何も変わらない。僕らはベンチャー企業です。ビジネスを通して社会課題を解決すべく、小さくても実践していくことが大事。実践を積み重ねていく中で、行政の方を含め理解者を増やし、大きなうねりにしていくことができればと思います。

―獣害問題を放置した先にはどんな世界が待っているのでしょう?

小島:環境の変化に弱い生態系が待っているのかなと。今の生態系をピラミッドにして、底辺が100だとしたら、シカが草を食べて、そこに住んでいた生き物がいなくなって、底辺が100から50になったとする。何かしらの大きな環境変化が起きた時に、100では耐えられたとしても、50では耐えられなくなって、そこから50から30、20とどんどん減ってしまう、環境変化に弱い生態系になってしまうと思います。

―そう考えると、人間もそのピラミッドの中に入っているから、必然的に自分たちの生活にも影響が出てくるということですね。

小島:自然が生み出す空気や水などを、生態系サービスというんですけど、そういうものも享受できなくなる環境が待っているかもしれません。

シカ問題は、山問題

革のカシミヤといわれるシカ皮は、軽くて手触りがしっとりと滑らか。通気性、吸湿性に優れるという。なんだか山道具に似ていて親近感がわく

―獣害問題を解決するにはどうしたらいいでしょう?社会全体の問題だけでなく、一登山者が関われることはありますか?

小島:一つは、現在行っている鳥獣対策で数を一定数まで減らすことです。もう一つは、スギやヒノキが植えられている場所でシカの餌がなくなり、他の場所に被害が広がっているので、使わないスギ、ヒノキの森があれば、餌の豊富な広葉樹の森に遷移させていくなどして、豊かな森に戻していく。その両方が大事です。「シカ問題は山問題」という言葉にも表れているんですけど、どちらもやらなければ解決しないのかなと。個人レベルでいうと、森を豊かにするような活動を知ってもらって、参加できるようであれば参加していただくことかなと思います。

―知ってもらうことはもちろんなのですが、問題意識を持っていない人がそこに意識を持っていくことは難しいとも感じます。発信されていたとしても、そこに目がいかないというか。登山をしていても、動物に対面する機会がそうあるわけではないので、身近な問題として考えにくいのかなとも思います。

小島:そうですね、その一つのきっかけづくりをシカ皮からやりたかったというのもあります。ジビエも普及はしてきているけれど、人によって好き嫌いもあるので。革製品であればいろんな方に手に取ってもらえるので、そこからきっかけを作っていければなというのは思っていました。

―そうですね、もしかしたら食よりも身近になれるかもしれませんね。暮らしの中に溶け込めるというか。

春山:シカ皮は、甲州印伝などにも使われている貴重な皮です。皮の中でも丈夫で軽いんです。まずはシカ皮の良さを実感してもらいたいですね。その後にでも、なぜ今、YAMAPがシカ革製品を販売しているのか、獣害問題を含め背景のストーリを知ってもらえたら嬉しいです。

―そうですね、問題を知ってくださいと言われるよりも、これいいですよって言われた方が聞いてしまうかもしれません。小島さんがシカ革のグッズを作り始めたきっかけは何だったんですか?

小島:最初は興味本位で狩猟を始めて、肉は自分で食べて、内臓は地元の人に肥料として畑で使ってもらって活用できていたんですが、皮は捨てていたんです。ジビエの加工場でも皮は捨てられていました。歴史を辿ってみると、日本人は弥生時代からずっとシカ皮を使っていたんです。これは文化の掘り起こしというか、今の形にアップデートして生み出せば、シカも報われるんじゃないかと思ってシカ革の事業を始めました。

―狩猟を始められたのは、地域おこし協力隊に入られてからですか?

小島:入る前から狩猟免許は持っていたんですが、狩猟を始めたのは地域おこし協力隊になってからですね。

―狩猟に興味を持つのは、なかなか敷居が高いと思うんですが、何かきっかけがあったのでしょうか?

小島:きっかけは、学生の頃に見た「INTO THE WILD」という映画です。ちょうど、この先どうしようかと迷っている自分と、映画の主人公がリンクしたんです。アラスカの自然の中で、人というより、一つの生き物として自然と対峙している様がいいなと思いました。ゆくゆくは自分もこういう世界で生きていきたいと思っていたのが、だいぶ前倒しになって20代から狩猟を始めました。免許を取得したのは、大学を卒業してすぐでしたね。

次世代ハンターと、抱える問題

対談は、小島さんが活動拠点とする新宮町の里山の山小屋でおこなわれた。街のすぐそばにあるこの周辺で、シカやイノシシ、タヌキ、キツネ捕れる

―最近は、狩猟がメディアで取り上げられたり、若い人や女性の中にも興味を持つ人が増えたりしている印象を受けるのですが、それはなぜでしょう?

春山:各地の大学で、狩猟サークルが立ち上がってきているみたいですね。

小島:情報量と思考の変化かなと思います。情報量は、まず国がなんとかしなきゃということで発信しているのと、インターネットやユーチューブで気軽に情報を得られる環境が整ったことが挙げられると思います。思考の変化では、今はものが溢れていて、若い人たちはどちらかというと、心の豊かさというか、ものじゃないところに豊かさを求めています。狩猟をやりたいという人と話していると、自分の力で食べ物を得たいとか、そういうところに喜びを感じています。これまでも一定数はいたと思うんでが、それが表に出てきたというか、活動に至るまでになっているのかなと思います。

―そう聞くと、明るい未来が想像できますね。

小島:でもそこには一つ課題があって、狩猟免許を取る人は増えているんですが、それを生かす場所、コミュニティーを見つけることができずに、ペーパーハンターになってしまう人が結構いるんです。そこを少しでも解決したいなという思いで、「FUKUOKAわなシェア」という団体を作りました。狩猟に興味のある人を集めて、実際にどういう風にやっていくのかを楽しみながら一から十まで教えています。参加後に免許を取る人もいて、いい方向に向かっているのかなとは感じています。

―以前山小屋で、ご主人が作られたシカのあばらのジャーキーをいただいたんですが、本当に美味しかったです。商品になったらいいのにと思えるくらいでした。

春山:いわゆるスペアリブ、美味しい部位ですね。シカ肉やイノシシ肉って、臭い、まずいというイメージを持ってる人がまだ多いように感じます。血抜きなど適切に処理されたお肉は、臭みもないし、味もいい。いずれは、シカ皮だけでなく、お肉も取り扱いできるようにしたいですね。

取ってばかりの人間にできることとは?

―最後に、小島さんに質問なのですが、狩猟をするようになる前と後では、自分の生活の中で変化したことはありますか?

小島:狩猟をしていると言うと、よくかわいそうとか残酷という印象を持たれるんですが、自分では優しくなったと思っています。自然の中では、水が流れるように命の循環がぐるぐる回っていて、その中に自分もいるという大きな感覚にとらわれるというか、大きな視点で見られるようになりました。一つ一つの命に対してちゃんと向き合わないといけないなという思いが、優しさに表れているのかもしれません。

―優しくなれたとは、どんな風に?

小島:ちょっと前は、家にいるハエとかむやみやたらに殺していたんですけど、今は窓の外に逃してあげられるようになりました(笑)。人はよく自然と共生とかって言いますけど、人って生き物の中では、生み出すというよりは、何かしら得ながらしか生きられない生物だと思うんです。だからこそ自然資源とうまくつきあわなくちゃいけない。里山文化のようなものが現代でうまく再現できれば、自然とうまく付き合っていけるのかな、ということは狩猟をしながら感じました。

春山:小島さんの話を聞いて、養老孟司さんの言葉を思い出しました。

人間以外の生物も含めた死に向き合う機会にふれていないと、死がいかに重要なものかわからないため、殺人や自殺に至りやすくなるのではないでしょうか。私が子供のころは、平気で虫を殺していました。あるときから残酷という感情が芽生えて無用な殺生はやめたのですが、とくに最近の都市部の子供はそのような経験が少なくなっていると感じます。死を経験することは生を理解することでもあり、やがて「自然界の生物には、生きている理由が必ずしもあるとは限らない」と実感することにつながるのではないでしょうか。(Newton 別冊『死とは何か』)

狩猟をすることで死生観が変わるし、自分を含め生命(いのち)への眼差しも自ずと変わっていくのだと思います。

✳︎

私たち登山者は、山に近い場所にいる。せっかくだったら、山の問題としてシカ問題に目を向けてみてはどうだろう。いや違う。YAMAP風にいえば、まず触る、食べる、使う。そうやって、山の恵みを体感しよう。その先に何が見えてくるかは、山との付き合い方次第なんだろう。

狩猟後に廃棄されていたシカの皮で、「山で、街で、使える革小もの」を作りました。

シカ革製品を扱うことで、獣害問題や自然のことを考えるきっかけになればーー。そんな想いから生まれたYAMAPのプロジェクト「めぐるしか」。

山バッジを飾るタペストリー、キャッシュレス時代にぴったりなL字型財布、大切なスマホや貴重品を携帯するためのポシェットなどを企画し販売しています。

狩猟後に廃棄される野生のシカの皮を使うため、一つひとつ、柄やシミの個体差、風合いを感じられるのが魅力です。

ご興味のある方は、ぜひ一度特設ページを覗いていただければと思います。

米村 奈穂

フリーライター

米村 奈穂

フリーライター

幼い頃より山岳部の顧問をしていた父親に連れられ山に入る。アウドドアーメーカー勤務や、九州・山口の山雑誌「季刊のぼろ」編集部を経て現職に。