YAMAPフォトコンテスト2024で優秀賞を受賞した、福岡県飯塚市にお住まいの野中香代子(のなかかよこ)さん。受賞作は石鎚山(1972m)の山頂から望む、朝日に染まる天狗岳(1982m)に滝雲という、目の前の感動を全て詰め込んだ一枚。
野中さんに、山野草を追い求める山漬けの日々と、山仲間や家族への感謝の思いを伺いました。
2025.07.01
米村 奈穂
フリーライター
── 登山歴6年ということですが、写真を撮り始められたのはいつ頃でしょうか。今回の受賞者の中で、野中さんが一番花を撮られている印象です。
野中香代さん(以下、野中) 一眼レフで写真を撮り始めたのは、子どもたちが小さいときの姿を写真に収めるためでした。子どもが自立してからは被写体が面白くなくなってきて(笑)、いっときカメラは眠ってたんです。 登山を始めたとき、せっかく持ってるしと思って、福岡県の井原山にカメラを持って登ってみたんです。その頃から写真にハマり出しました。春の井原山に登ったら楽しいと教えてもらってホソバナコバイモを撮ったんです。
── じゃあホソバナコバイモがきっかけで写真にハマったんですね。
野中 そうです。それから写真にのめり込んでいって、カメラも最新機種に買い替えるぐらいハマりました。
福岡県背振山系・井原山にて。押入れにしまっていた一眼レフを持ち出し、このホソバナコバイモを撮ってから、カメラと山野草にハマっていった(2021.2.28)
野中 でもその頃は、オートモードやスポーツモードでしか撮ったことがなかったんです。山にカメラを持って入るようになってから、ちゃんと勉強しようと思ってカメラ教室に通いました。それまではマニュアルとか、isoとかf値の意味を全く分かってなかったんです。
── オートモードからマニュアル撮影に変えた時、悪戦苦闘しなかったですか? 登山中にマニュアルで撮影するのは手間取ったりして難しそうですが。
野中 基本、今もAモード(絞り優先モード)で撮ることが多いです。マニュアルは星を撮ったりマクロで撮ったりするときしか使っていないんですが、前より写真の幅は広がったと思います。
── どのように広がったと感じられますか?
野中 逆光で花びらを透けさせたり玉ぼけをつくったり、前ボケ後ろボケとか、そういう写真が大好きなので、山の中ではいつも「スケスケー!」って騒ぎながら撮っています。
── 野中さんが撮るミヤマキリシマは、ほとんどの人が撮っている引きの写真ではなく、グッと花に寄っていて、ピンクの前ボケの世界でとてもメルヘンチックでした。
野中 くじゅうの山容なんてひとつも入れていないので、どこで撮ったのかもあまりわからない写真なんですけど、そういう世界が好きなんです。
── 登山を始めたきっかけはお子さんの手が離れたということでしたが、それまでは全く登山はされていなかったんですか?
野中 そうなんです。義理の父母は登っていたので山の話は聞いていたんですが、登山は中高年のものみたいなイメージがあったので、最初は全く興味がなかったんです。
紅葉の時季に旅行でくじゅうに行ったとき、山麓の長者原を通ったら登山の格好をした若い人たちがたくさん歩いていて、めちゃかっこよかったんですよ。今は中高年のものだけでもないんだと思って、じゃあやってみようかなとなって、地元の飯塚の低山に試しに登ってみたんです。
頂上から見える景色がもう、とんでもなくきれいで達成感があって、一回でどハマりしました。
── どこの山だったのでしょうか。
野中 福岡県飯塚市の関の山という本当に地元の山です。エビネランが咲くことでも人気の山です。
登山デビューは2018年11月、地元飯塚にある関の山にて。YAMAPも知らず地図も持たずに、前を歩く人のあとについて、なんとかひとりで登頂
── 受賞作を撮られたときの状況を詳しく教えていただけますか?
野中 天気は微妙でしたが、東京から来る友達もいたので、とりあえず登ってみようかということになったんです。暗いうちから登り始めたんですが、そのときから雲海が見えていたので期待が膨らみました。
空が明るくなってきて、雲海と滝雲が見えたときはテンションが上がりました。天狗岳からの稜線のラインと滝雲、朝日に照らされて染まっている雲海、太平洋まで見える山並み全てに感動して、シャッターを押していました。
── 全て揃っていたんですね。シャッターは結構押しましたか?
野中 めっちゃ撮りました。でもほかの人は天狗岳をメインに撮っていたので、撮っている場所がちょっとほかの人とずれてるなとは感じていました。
SNSとかの投稿を見ても、天狗岳を縦構図で撮ってる人はたくさんいるんですが、天狗岳をこんなに端っこにやって撮ってる構図って少ないなと感じていて、私って変わってるのかなとも思っていました。
でもこの稜線のラインと滝雲と朝日を切りたくなかったんです。どうしても入れたかったし、やっぱりこれの方が好きだなと思って、全部欲張って入れたのを覚えてます。
優秀賞を受賞した作品「奇跡の重なり」。石鎚山の山頂から望む朝日に染まる天狗岳と滝雲、遠くの山並みの奥には太平洋。瞬間の感動を全て収めることができたという一枚
── 目に映った感動するものを、全て収めた写真だったんですね。写真撮影の観点からすると、この天狗岳の岩をどう撮るかとなりそうですが、 野中さんはやっぱり山に登る人なんだなと感じます。 絵をつくるというよりも、そのときの状況や、山に登ったときの喜びが伝わってくる写真です。
野中 仕事用のパソコンのデスクトップに、今まで撮った写真をスライドショーで流してたんです。 その中にこの写真も入れてたんですけど、この写真を見るたびに仕事をしている手が止まっちゃうんです。 やっぱりいいなぁと思いながらいつもこれを眺めていたぐらい、好きな写真です。
── YouTubeの配信を見ていて受賞を知ったそうですが、そのときのお気持ちをお聞かせください。
野中 まさか事前告知がないとは思っていなかったので、自分には関係ないと思って見ていました。ただ、入賞ぐらい引っかかったらうれしいなぁぐらいの気持ちでいました。
── 写真よりタイトルが先に出てきましたが、タイトルで自分だと分かりましたか?
野中 私もこんなタイトルで出してたような気がしたけど、同じような人もいるのかなぐらいでした。あれ?っていう感じで、確かこんな感じだったけど、でも違ったかな?とか思いながら見ていました。
── 受賞された方はみなさんそんな感じで、写真が出てきて初めて自分だと気づいて驚かれていたようです。
野中 写真が出てきた瞬間、近所中に響くような声で叫びました。あんなに大喜びしたのは初めてかもしれません。息子がたまたま帰省していてお風呂に入ってたんです。 興奮し過ぎて、お風呂に入っている息子を呼んで、「ちょっとちょっと見て、これママの写真!選ばれた!」みたいな感じでずっと叫んでいました。
── 息子さんの反応はどうでしたか?
野中 息子もコンデジみたいなカメラで写真を撮っているので、「マジで⁈」みたいな感じで、一緒になって大喜びしました。
── 写真を撮るときに気をつけていることや、こだわりなどはありますか?
野中 花を撮るときは特に、太陽の方向を気にします。 朝早い時間帯や、夕方の太陽の位置が低いときに差し込む光の方が、お花がすごく優しい雰囲気で撮れるんです。 その雰囲気がすごく好きで、あえてその時間帯に登ったりはします。
あとは、自分がワクワクする構図を探したりします。
── ワクワクするのはどんな構図ですか?
野中 例えば、このシラヒゲソウの写真もそうです。これはくじゅうの長者原のタデ原湿原で撮ったんです。草むらの日陰の中に咲いていたんですが、スポットライトのように、そのシラヒゲソウにだけにちょこっと日差しが漏れていたんです。そういう被写体を狙って、あえて露出を下げて撮りました。
くじゅう連山の山麓、タデ原湿原のシラヒゲソウ
── 思い切り周りを消して撮っていますね。
野中 こんな感じで咲いている花を探したりして、うろうろして構図を探し回っています。
── 登山中、足が止まってしまいますね。
野中 止まりますね(笑)。人と一緒に行くと迷惑かけちゃうので、今日はお腹いっぱい写真を撮りたいなと思うときは、ひとりで登ります。
── お仲間との登山も楽しまれているようなので、そうやって分けて楽しむ方が気楽でいいですね。登山中に写真を撮る楽しみはどこにあると思いますか?
野中 難しい質問ですね(笑)。シャッターを押す感じ?
感動を収めたいです。うまく収まらなかったら、またリベンジを繰り返すのも楽しいです。感動した瞬間にシャッターを押しますよね。帰って見返して、「違うんだよな。あの感動はこの写真からは伝わらないな。今回失敗したなぁ。次こそは感動をちゃんと収められるようにしよう」と反省して、その繰り返しが楽しいのかな。
今回の受賞作みたいな、感動が伝わるものを全て写真の中に収めて最高の持ち帰り方ができたら楽しいし、持ち帰れなかったら持ち帰れなかったで、「よしまた次!」みたいな、また別の楽しみがあります。
── 自分だけの感動を持ち帰れるかどうか。そのまま真空パックするみたいなことですね。登山中に好きな瞬間はありますか?
野中 暁(あかつき)や東雲(しののめ)の時間帯が好きです。
暁は、朝日が上がる前のまだ夜の割合が大きい時間帯で、空には星も見えていて深い濃い青色をしています。その後の、ちょうど朝と夜が同じぐらいの時間帯で、地平線だけがうっすら赤くなっているのが東雲です。それから、朝の割合が多くなってオレンジ色の光が差し込んできたら曙(あけぼの)ですね。
── 段階があるんですね。ひっくるめて明け方だと思ってました(笑)。
野中 そうなんですよ。曙の後もいくつかあるらしいんですが、 時間帯によってちょっとずつ言い回しが違って、日本語って素敵だと思いました。日が出る前までの時間帯がトータルで本当に好きです。
── 登山歴6年で結構いろんなところに登られていて、雪山にも行かれていますが、もともとスポーツをされていたとかですか?
野中 コロナ禍まではママさんバレーをずっとやっていました。身長があるので、とりあえずネットの前で立っててという感じで地域のチームに誘われたんです。コロナになってバレーは止めて登山1本です。基本的に運動は好きです。
── 学生時代もバレー部だったんですか?
野中 帰宅部です(笑)。
── そうなんですね。山に登るようになって潜在能力が花開いたんですね(笑)。
野中 写真の仲間たちと一緒に登るようになって、一気にレベルが上がりました。
── 撮れる写真の幅も広がりますよね。
野中 そうですね。この方たちがいなかったらいろんな経験もできなかったし、こんなにすごい景色も見ることはできなかったので、本当にみんなのおかげだと思ってます。
北アルプスの表銀座に行くためのトレーニングでランニングをしていた最中に、普段から山で9時間とか10時間とか普通に行動しているから、「いけるんじゃね?」 と思って、去年福岡マラソンに初挑戦しました。
福岡マラソンは制限時間が7時間なんです。7時間行動だったらしょっちゅうやってるし、「いけるなこれ、私いっちゃうか!」みたいな感じでエントリーして完走して、今年調子に乗って北九州マラソンにも出て完走して、マラソンにもハマっちゃいました(笑)。
── 山に背中を押されたんですね。 ご家族の反応はどうですか?
野中 どこに向かっているんだろうとは言われています(笑)。
── 写真に撮ってみたい山や景色、瞬間はありますか?
野中 山ほどあります。毎年撮りたい景色は、ダイヤモンドダストと山野草です。
── ダイヤモンドダストは絵本のような写真をいただいてました。これはどこですか?
野中 これは偶然見れたんです。一昨年のお正月の三連休に木曽駒ヶ岳に行ったんですが、天気が悪くて千畳敷カールで撤退したんです。 そして次の日に、とりあえず霧ヶ峰から朝日を撮ってみようということになりました。 写真好きの人たちと行動してるから、素敵な写真が撮れそうな場所をみんなチョイスするんです。
その日はマイナス15〜16度のすごい冷え込みの日で、カメラを持ってる人たちがズラーっと並んでたんですよ。 それで、「ここに何かあるんじゃない? 行ってみよう」となったんです。
その人たちからダイヤモンドダストが見れるかもしれないと教えてもらって見れたのが、これだったんです。 生まれて初めて見て、いまだに私の携帯の待ち受け画面はこれなんです。
── 写真を撮るようになって、ご自身の登山に何か変化はありましたか?
野中 同じ山に何度登っても違う景色や花があるので、何度でも楽しめるようになったことです。井原山は毎年行かないと気が済まない山です。3月になるとうずうずします。季節や時間によって山の景色ってこんなに違うんだといつも思っていて、同じ山でも飽きることはないですね。
── 例えば、百名山の山には一回登ればもう終わりという人もいますよね。 それも1つの登り方ですが、同じ山に何回も登って初めて分かることもありますよね。
野中 私は特にお花が好きなので、同じ山に何度も登っていると、またこの季節が来たなと季節の移ろいをより感じることができますよ。
── 花を撮るときに気をつけていることや、好きなお花の構図やアングルなどはありますか?
野中 逆光が好きです。花びらを透けさせたり花びらの縁が太陽に光っていたりとか、そういう雰囲気が好きです。このコマクサは、夕方の横からの柔らかい光を狙って撮りました。
このときはコマクサを撮ることをメインで山に入っていたんで、日差しが夕方になるまで、そのときに天気にならないかなとか思いながら、待っていた記憶があります。
白馬岳(2932m)の登山道にて。夕方の柔らかい光を待って撮ったコマクサ
── 夕方の光を逆光にして、開放気味に撮られたんですね。
野中 基本、帰ってからライトルームで結構調整します。あと花を撮るときは、ブラックミストフィルターを付けてさらにふんわりとした柔らかい写真になるようにしています。
── フィルターは毎回付けていますか?
野中 今は付けていますね。このフィルターもカメラ仲間が「かよさんはこういう写真が好きでしょう? そしたらブラックミストフィルター付けた方がいいよ」って教えてくれて、付けたら本当に素敵な写真になりました。
── とても柔らかい光の写真ですね。このカタクリもきれいですね。下を向いている感じがいいです。
雨のしずくをまとった寂地山(じゃくちさん、1337m)のカタクリ
野中 雨が降って本当はとんでもなく残念な日だったんです。 花びらがくりんとなっているカタクリなんてひとつもなかったんですけど、雨のしずくでしっとりと潤って婉容な感じというか、なんて言い表せばいいのか日本語って難しいですね。
── 野中さんの活動日記を拝見していると、花のカタカナの学名の後ろに漢字の名前も添えてあるので素敵だなと思いました。
野中 自分で名前を覚えるためでもあるんです。カタカナだけだとなかなか覚えられないですよね。
── 確かに!漢字で一旦頭に入れた方が覚えやすいですね。
野中 漢字の並びで名前が出てくることもありますよね。このサバノオもかわいいでしょ?
雨宿りをする高塚山(453m)のサバノオ
── 本当ですね。なんだか雨宿りしているみたいです。カタクリもそうですが、野中さんの撮る花は、花が主役ではあるけれど、水滴とか周りの要素にも目がいきます。
野中 花なんだけど、物語が見えるような雰囲気が好きです。
── 人格がありそうな花に見えます。花を撮るために、どんなふうに山を選んだり山行スケジュールを立てていますか? お花の時季ってベストを狙うと焦りますよね。
野中 まだ見たことのない花もたくさんあるんです。 今年はずっと見に行けなかったセツブンソウが見たいなと思ってます。 なので、見たことのない花の優先順位を上げて選んでいます。
アケボノソウもまだ見たことがないので、今年は優先順位を上げて見に行きたいなと思ってます。あとは、久しぶりに見てないからあの花を見に行こうかなとか、春は特にこの花が見たいからということで、山が決まることが多いですね。
── 花の見頃は何を参考にされていますか?
野中 YAMAPで見てます。いろんな方の活動日記を見て、知らない花があったら咲く時季をメモしておいて、来年に登る優先順位が上がってくるみたいな感じです。
── 春は大忙しですね。今後、登ってみたい山はありますか?
野中 山野草が咲いている山と、花の百名山には登ってみたいです。
秋の日向岳(1085m)にて、紅葉の絨毯をバックに
── 最後に、まだ一眼レフを手にしたことはない人へ、カメラを手に山へ入るとこんなふうに山が変わるよという誘い文句を一言いただけますか?
野中 200人ぐらいの登山サークルに入ってるんですけど、そこで写真好きお花好きっていうのは結構知られていて、一緒に登ることによってお花好きな人が増えてきたり、カメラ好きな方が増えてきたのは感じています。
── 花だったりカメラだったり、好きなものがあると自然と仲間も増えていくんですね。
野中 そうですね。仲間も汚染してます(笑)。
── 何が撮りたいとか、何が好きだというのが伝わるお写真ばかりで、見ているこちらも山に登る楽しみを分けてもらえる感じがしました。
野中 ただ山に登るだけじゃなくて、こんなに楽しみがたくさんあって深いんだなぁっていうことを、登りながらつくづく感じています。新たな楽しみが増えそうな予感として、今回の受賞でトレランシューズをいただいたので、山で走ってみたいなと思っています。
── さすが!潜在能力爆発してますね。
野中 爆発してます。山ひとつだけで、山野草と写真と、普通に登山とトレランと、あと仲間も増えました。県を超えてのお友達とか、娘より若い子たちともお友達になれて、年齢の幅も距離も関係なくこんなに友達が増えて「素晴らしいとしか言いようがないな、登山は」って、つくづく思ってます。
── 野中さんにとって、山の中での「特別な時間」があれば教えてください。
野中 初めて出会う山野草を見た瞬間もそうですが、仲間と一緒に最高の景色を見るっていうのは、いつどこでも最高の瞬間だと思っています。感動が何倍にも膨らみます。 そんな仲間ができたこと、そして連れていってくれた仲間に、本当に感謝しかないですね。
千畳敷カールにて写真仲間と。みんながいるから見れている景色(2025.01.11)
あと旦那さんから今回、ひとつ言っておきなさいと言われたことがあります。
「土日はしょっちゅう泊まりがけでどっかに行っちゃうし、ゴールデンウィークやお盆も3、4日も家を空けてしまうような不良の主婦なんですけれども、何の文句も言わずいってらっしゃいと送り出してくれる家族に、ありがとうございます」。
これだけは伝えなさいと言われましたので、それだけは付け足して書いておいてください。
── 快く送り出してくれるご家族あっての登山ですね。ご主人の言葉も忘れず入れておきますね。
野中 よろしくお願いします!これだけは!
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