登山者の軌跡データを活かして進化を続けるYAMAPの登山地図。先日アップデートした内容は、登山者の通行量でルートの線の太さが変わるという、今までになかった登山地図の新しい形でした。YAMAPのデータサイエンティスト・松本英高が、その意義を紹介します。
2022.05.31
松本 英高
データサイエンティスト
いくつかの山を登ったことがある方なら、実際の山には様々なバリエーションの登山道があることをご存知だと思います。
例えば、メジャーな登山道は行政・山小屋・地元の有志によって整備されており、歩きやすい道になっています。特に都市部に近い山は登山者も多いため、踏み跡で道が明瞭なことが多いでしょう。そこまでメジャーでなくても、赤テープやロープで安全面に一定の配慮がされた登山道も見かけます。あるいはほとんど人の手が入っていない、荒廃した登山道もあるでしょう。
このようにそれぞれの登山道には個性があり、かつ、整備状況や荒廃の度合いは登山の安全面への影響が大きい一方、1種類(あるいは一般・バリエーションの2種類)の線のみで登山道が記された旧来の登山地図では、それらを見分けることが困難であるという課題がありました。これは特に登山の経験が浅いほど大きな課題になると、私達は考えました。
みなさんは、思いがけず手入れがなされていないマイナーな道に入ってしまい、怖い思いをしたことはないでしょうか? 特に登山の経験が浅いうちは「登山中に人と全くすれ違わないのは心細い」「なるべく人が多く通っているメジャーなルートを歩きたい」と感じるものだと思います。
私達ヤマップは登山の素晴らしさをより多くの人に広め、後世の人たちに山の自然や登山文化を受け継いでいきたいと考えています。そのためには、山を始めてみたいという方が不安なく登山を楽しめることが大切です。
そのため、登山初心者にとって大きな課題となりうる「ルートの整備度合いを登山地図から見分けることは難しい」という状況を、テクノロジーで解決できないものかと考えました。そして「一般的にルートの整備度合いは、そのルートが良く歩かれているのか否かである程度説明ができる」という仮説を立てました。
つまりルートの通行量を見分けられるようにすれば、登山者が整備されている可能性の高い道を選ぶ助けになるだろうというわけです。
YAMAP の地図データを支える裏側の仕組みは日々進化しており、活動日記の GPS データを照合することで、誰がいつどのルートを通ったかを分析するシステムができあがりつつありました。このシステムを応用することで、特定のルートの通行量が割り出せます。
後はそれを登山者に分かりやすく提示するにはどうすればよいか。たどり着いたのは “登山ルートの線の太さを変える” というシンプルな結論でした。
Google マップや Apple マップに代表される地図アプリケーションでは、幹線道路は太く、住宅地の道路は細く表示されており、そこから私達は直感的に道の通りやすさを解釈できています。この概念を登山地図にも応用し、太さでルートの通行量を表すことにしたのです。
今回の「通行量の可視化」を進めるプロジェクトでは、YAMAPのメンバーが実際の山で検証を繰り返してきました。iOSアプリの開発を担当した竹ノ内さんはYAMAPに入社してから登山を始めたというまだまだ経験が浅いメンバー。その竹ノ内さんが、実際にYAMAPアプリを使いながら、検証も兼ねて登山に行った様子をお伝えしましょう。
検証のフィールドに選んだのは、以前から気になっていたという、福岡県の貫山(平尾台・711m)。初めて訪れる場所です。
竹ノ内:「これまでは登ろうとしている山についての事前知識がないと、どの道がメジャーなルートなのかが分かりづらいなと感じていました。手がかりがない状態だと、単に距離の短さから選んでみるなど知らず知らずのうちにマイナーなルートを選択することも……。初心者にはルート選択のハードルが高い印象がありました。
今回のアップデートで、登山計画を作る段階から線の太さでルートのメジャー度合いがわかるようになり、そのハードルが下がりました。今回の登山は通行量が多いルートを中心に選択しつつ、計画を作成しました」
竹ノ内:「実際に登山をしてみると、自分が今通っているルートやその先のルートの太さを読み取りながら進むことができます。ショートカットや寄り道の際にも、整備がなされていないようなルートに迷い込まないよう、なるべく太いルートを選ぶようにすると良さそうだと感じました。
また、太いルートは確かによく整備されていて、他の登山者の方とすれ違うことが多かったので、安心して登ることができました。登山の経験が浅い方にこそ、おすすめできる機能だと思います」
ひと目でルートの通行量が区別できるようになると、実はとても嬉しいことがあります。
YAMAPは2年前より「伊能忠敬プロジェクト」という取り組みで、ユーザーのみなさんの軌跡データからルートを自動抽出し、効率良く地図にルートを追加してきました。しかし、旧来の地図ではメジャー・マイナールートの区別なく、同じ赤線として地図に掲載されます。従って「あまりにマイナーなルートを掲載して、うっかり登山初心者が入り込んでしまうと危険だ」という懸念があり、ルート掲載の基準を厳し目に設定していました。いわばマイナールートの掲載に“足枷”をかけていたのです。
今回の通行量が見分けられる地図は、その“足枷”を解き放ちます。なぜなら、マイナールートはひと目でそれと識別できるので、登山者自身が地図から情報を読み取り、自身の経験や好みに合わせて適切なルート選択ができるようになったからです。今後はルート掲載の基準を見直し、今まで以上にマイナーなルートも掲載していく予定です。
このような地図を作り上げることは、安全登山のプラットフォーマーとしての悲願でした。私達ヤマップは「人と山をつなぐ。山の遊びを未来につなぐ」という理念のもと、山の楽しみを大衆に広げていくことと、安全に山を楽しむためのサポートを両輪で行ってきました。直感的にメジャー・マイナールートを区別できる新しい地図により、登山初心者の安全面にも配慮しつつ、より充実した登山地図を目指していきたいと思います。
YAMAPの登山地図には全長4万3千キロメートルのルートが掲載されています。地球1周が約4万キロメートルですので、凄い長さですね。
そして、これらは全てYAMAPユーザーみなさんの軌跡データにより支えられています。ルート自体も通行量情報も、みなさんが何気なくYAMAPアプリで登山したデータが元になっていること、その素晴らしさを実感していただけると嬉しく思います。
あなたがYAMAPアプリで活動を記録してくれれば、地図情報がアップデートされます。
あなたの登山の一歩一歩は、登山者全体の安全に繋がっています。
それはまるで、現代デジタル時代の伊能忠敬。登山者全員が伊能忠敬であるようだな、と。そういう世界を実現していきたいと、私たちは思っています。
(トップ画像:華山からの眺望を楽しむ、YAMAPデータサイエンティストの松本)
・通行量が見分けられる地図について
・YAMAPのルートは地球一周分
・伊能忠敬プロジェクト