YAMAP MAGAZINEとアウトドア・フットウェアブランド〈KEEN〉の共同企画「TRAVEL TRAIL」第5弾は、ハイカーとしてYouTubeでUL(ウルトラライト)ハイキングの気づきを配信する『HIKER TIME』を主宰し、山道具メーカー「山と道」に勤めているJKさん(中村ジュンキさん、以下JK)をフィーチャー。KEENの最新シューズ「ネクシス エヴォ WP」を相棒に、ULスタイルで九州の山を歩きます。
2022.06.02
小林 昂祐
撮影と執筆業
目的地に選んだ九州には、日本のロングトレイルのひとつ「九州自然歩道」があります。全長はなんと2,900km。日本屈指のロングディスタンスハイキングを楽しめるフィールドである一方、各地には古くからの歴史や文化に触れられるスポットも多く、旅先としての魅力もたっぷり。
今回の旅では、1泊2日で九州の山と街を取材。目的地は、日本三大修験道の山としても知られる英彦山(標高1,199m)。神道や仏教、道教といったさまざまな祈りの文化が組み合わさることで生まれた日本独自の信仰・修験道の聖地を歩きます。
ナビゲーターは、YouTubeチャンネル・HIKER TIMEを主宰する「JK」こと中村ジュンキさん。2018年にはアメリカ西海岸のPCT(パシフィック・クレスト・トレイル)の全行程4,250kmを踏破し、現在は山道具メーカー「山と道」に勤務しながら、ULを中心としたハイキングカルチャーの発信を行っています。
今回の九州旅でJKさんに着用してもらったのは、KEEN「ネクシス エヴォ WP」。KEENが”ハイパフォーマンストレイルシューズ”と銘打つ最軽量モデルで、独自設計による軽快な履き心地、そして快適な安定性が大きな魅力です。ULハイキングに精通するJKさんに、ULに興味がある方、ULを今後取り入れてみたい方はもちろん、現役のULハイカーにも「ネクシス エヴォ WP」はオススメできるか?という観点で、2日間着用してもらったKEEN「ネクシス エヴォ WP」の率直な感想を伺いました。
JKさん:「このシューズの強みはバランスのよさです。軽量と言っても、クッション性のあるミッドソールやアウトソールのグリップ力の高さ、多少ラフに歩いても指先を痛めないデザインも含めた堅牢性など、登山に必要な機能を適度に備えています。
歩き慣れた山であれば、軽量性を突き詰めたトレランシューズやベアフットシューズでも歩くことができますが、今回のように、岩場や険しい山道もある山では、ある程度幅広いシチュエーションを想定し、機能的にバランスが取れた『ネクシス エヴォ WP』は効果的です。トレッキングシューズの平均重量は450~500g程ですが、これはわずか307g(27cm、片足)で、バランス重視とはいえ十分軽量。防水性のあるシューズは足元の悪さを気にしなくていいという利点もありますよね。ある程度距離があり、バリエーションの豊かなトレイルであれば、ULハイクにも最適なモデルだと言えます」
JKさん:「実際に歩いてみてよかったと感じたのは、適度な柔らかさのミッドソール。しっかりと地面を捉え、かつ着地の衝撃を吸収してくれます。近年はクッション性に優れたシューズも多い一方で、ミッドソールが分厚い分、着地時に横ズレしてしまうのですが、ネクシスにはそういった心配がなかったです。また、かかとの上部を包む設計もお気に入りのポイント。足がシューズ内でしっかりと固定されるので、悪路でも安定感が維持されました」
JKさん:「自分が得意とするULの視点で見ると、『ネクシス エヴォ WP』は、これから軽量化に挑戦したいという方にも最適なシューズだと思いました。これまで重い登山ブーツを履いていた人が、いきなりトレランシューズで山を歩くのはやはりリスクがあります。このシューズはその中間のスペックを備えているので、これから装備を軽量化していきたいという方は安心して使えると思いますし、逆にトレランシューズでは少し不安を感じていた方にも安心感のあるシューズだと思います。」
「TRAVEL TRAIL(トラベル トレイル)」の楽しみは「山」だけでなくその地域の文化や伝統を知ること。1日目は、福岡空港からレンタカーで竈門神社(かまどじんじゃ)を経由して「秋月」へ。秋月は、鎌倉時代から16代にわたってこの地を治めていた秋月氏が築いた城下町。第二次世界大戦では空襲の被害を受けなかったため、江戸時代の建物も多く残っています。九州の小京都とも呼ばれる街並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定されています。
漫画『鬼滅の刃』ファンにとって聖地ともされる竈門神社で参拝した後は、登山口に向かう前に秋月の街の散策です。古くから葛の生産地として知られる九州。せっかく行動食を買うなら名産品を選びたいと、江戸時代から葛を使った和菓子を手がける廣久葛本舗で葛湯を購入。福岡県を代表する名所・太宰府天満宮からも近く、旅先としてもオススメな場所です。
つづいて秋月から車で30分ほどの位置にある馬見山(977m)へ。逢拝所登山口からスタートし、山頂を経由してから馬見山キャンプ場登山口に下山する、所要時間4時間ほどのループコースを歩きます。
登りはじめは沢沿いの苔むした森を歩いていきます。山頂までは2kmほどの距離ですが、600m以上もハイクアップする急登ルート。低山でありながらも、ところどころに花崗岩の巨岩が点在し、目を楽しませてくれます。登山道は比較的整備されていますが、岩が露出していたり、木の根が出ていたりとラフな箇所も多々。こんなシーンでは、「ネクシス エヴォ WP」のグリップ力が活躍します。
標高を上げていくと、巨大な岩と祠が目に飛び込んできました。馬見山には馬見神社があり、高さ24mもある巨岩「御神所岩」はその上宮。岸壁の窪みには小さな拝所が祀られています。かつての山岳信仰の残り香を感じつつ、山頂へのルートを急ぎます。
ヤブツバキの森を抜けると馬見山の山頂に到着。手軽に楽しめる1,000m以下の低山でありながら、迫力ある巨岩や緑豊かな自然林を楽しめるのが魅力。
JKさん:「馬見山は、自分がよく歩く関東の山と雰囲気が近いのですが、巨大な岩が点在していたり、見たことのない植生があったりと、歩いてこそ感じられる魅力や違いがありました。今回はデイハイクでしたが、九州自然歩道縦走路の一部になっているので、ロングハイクで歩いてみたいと感じました」。
山頂からは周辺の山並みを見渡し、ベンチでランチをとることに。手際よくアルコールストーブでお湯を沸かすJKさん。秋月で求めた葛湯はお湯で戻すだけの、まさにドライフード。栄養価も高く、ハイキングの栄養補給に最適なのだとか。自然素材ならではの優しい味わいを堪能し、のんびりと下山ルートへと向かいました。
投宿したのは、英彦山の麓にある宿坊・松養坊(しょうようぼう)。かつて英彦山は修験道の聖地として興隆を極め、参道周辺には800軒もの宿坊がひしめいていたのだとか。しかも修行していた修験者の数はなんと3,000人。明治時代の廃仏毀釈で修験道が衰退して以降、英彦山は静まり返り、修験者や参拝者が体を休めた宿坊は数少なくなってしまいました。松養坊は今もなお旅人を迎え、修験道の歴史を伝えつづけている宿坊のひとつです。
松養坊ではご主人に英彦山の歴史や宿坊のことを教えていただきました。英彦山の名前の由来や、かつて修験道が盛んだった江戸時代のこと、廃仏毀釈の令を受けて英彦山が神道を選んだこと、修験道から神道の山になった今のことなど、英彦山を古くから知るご主人だからこそのお話を伺うことができました。
「TRAVEL TRAIL」2日目。松養坊のご主人に見送られ、参道を登っていくと「奉幣殿」と呼ばれる大きなお社に到着。ここはかつて英彦山が修験の山だった時代に築かれた、霊仙寺の大講堂。現在の建物が再建されたのは1616年、国の重要文化財に指定されている、英彦山を代表する史跡です。
英彦山を登る前に、英彦山神宮の禰宜(神社に奉仕する神職)高千穂有昭さんからお話を伺うことができました。高千穂さんは、天台宗の寺院でも修行を行い、神道と仏教両方の知識を持つ稀有な方。現在、英彦山の修験道を復活させるために精力的に活動しています。
高千穂さん:「奉幣殿は、修験道の時代には教えを伝える講堂として使われていました。修験道は、古くは531年に中国からお坊さんがやってきて修行をはじめたのが最初で、長い歴史のある宗教なんですかつて講堂には多くの仏像が並んでいたようですが、明治時代の廃仏毀釈で焼き討ちにされてしまいました。現在は神道の施設として、英彦山の中岳、北岳、南岳をそれぞれ御神体とした神様が祭壇に祀られています」。
奉幣殿からつづく参道をはずれ、登山道へ。英彦山山頂へは、修験道時代の修行の場所として使われていたという「大南神社」や樹齢1,200年にも及ぶ巨木「鬼杉」など見どころがたくさん。参道と比べアップダウンも多い、健脚向けのコースを歩きます。
心地よい沢沿いに聳える「鬼杉」で一休み。ここでJKさんに愛用しているULギアについて、そして「ネクシス エヴォ WP」についてのインプレッションを伺いました。
JKさん:「今回は、調理ギアはアルコールストーブを中心にセレクトしました。クッカーには、『山と道』の人気コンテンツのひとつ『チープハイク』でも紹介している100均のマグを改造したもの。110のOD缶がぴったりと収納できるシンデレラフィットなサイズがポイントです。意外と身近にもULハイクに使える道具があるので、探してみるのも面白いですね。バックパックは『山と道』の『MINI2』。ほかにはレインウェアやヘッドライトに加え、ファーストエイドキット。カップは、木製のジンカップです。ULハイクでは軽量性を重視しますが、気に入っているものは取り入れたり、我慢しないスタイルというのも大切だと思います。YouTubeの動画撮影のための『GoPro』もそうですね。
『ネクシス エヴォ WP』についてですが、ここまで岩場を登ったり、川を渡ったりと、バリエーション豊かなシチュエーションのトレイルを歩いてきました。そのなかで再認識したのは、やはり汎用性の高さは安心につながるということ。グリップ力がとてもよくて、岩を捉えてくれるので登りやすいですし、水に濡れても安心。足元を気にせず、歩くことに集中できました。シューズ自体が軽量なので、負荷が少なく長距離のULハイクとも相性がいいと思います。
また、『山でも街でも使えるシューズ』というのは、UL的でもあると感じました。ULとは装備を軽くすることなのですが、兼用して荷物の総量を少なくするのも有効な手段です。日常生活で使っているものが山でも使えたり、1つのなにかが2つ以上の使い道を果たすのであれば、それはUL的と言えます」。
ご自宅から「ネクシス エヴォ WP」を履いてきたというJKさん。山と街をシームレスにつないでくれる「ネクシス エヴォ WP」はULなのだと、その魅力を話してくれました。
どの道も、山に続いています。だからこそ、家を出た時から帰るまで、どの道を歩いていても快適であることが重要。「ネクシス エヴォ WP」は、それを叶えてくれます。
鬼杉から南岳へとつづくルートは、急登や岩場が連続するハードなセクション。しかし、その分高度感のある眺望を楽しめるのが魅力です。高度が上がるにつれて周囲の山々と山麓の景色を見渡せるようになり、いかに英彦山が奥深い山域にあるかを再認識します。
南岳から少し下り、登り返していくと山の上に佇む上宮が目に飛び込んできました。奥深い山のなかにひときわ異彩を放つ社殿は、かつて修験の文化がいかに興隆していたかを物語っていたよう。実はこの上宮、老朽化と2019年の台風被害で崩壊の危機にあり、立ち入り禁止。今年から復旧が行われるとのことで、一日も早い再建が待たれます。
上宮から参道を下り、英彦山神宮・奉幣殿のすぐ上にある下宮へ。下山するJKさんを待っていたのは、修験者を指導する山伏に衣替えした高千穂さんでした。高千穂さんは英彦山の修験道を復活させるため、神道に仕える禰宜でありながらも、天台宗で仏教の教えを学び、修験道の知見を得て、山伏として活動しています。そんな高千穂さんに、修験道方式の祈祷をしていただきました。
修験道の信仰対象は不動明王。大日如来の化身とも言われ、火炎の中で剣と縄を持ち、怒りの形相をしているのが特徴です。その不動明王に向けて、護摩を焚くことで自身の心を清め、願いをする「護摩焚き」。太鼓の音にあわせて唱える般若心経とともに、高千穂さんの祈祷がはじまりました。
JKさん:「高千穂さんとお話しているときは、とても柔らかな印象なのに、護摩焚きがはじまった瞬間に表情が変わって驚きました。護摩焚きは、炎の前に仏様を呼んで、供物を用意して、みんなの願いを叶える行為。40分間ずっと力強く祈祷をしていただきましたが、高千穂さんのパワーに圧倒されました。
英彦山に登って浄化されたような気持ちになっていたのですが、この護摩焚きでさらに気を入れていただきました。英彦山は登るだけでも魅力的な山ですが、修験の山としての歴史を学ぶことで、より豊かな経験となる旅になったように思います」。
秋月、馬見山、そして英彦山と、九州の山を巡ったJKさん。国内外のトレイルを歩いてきた経験こそあれど、神社仏閣をめぐる旅ははじめてだったのだとか。登山道を歩き、自然を楽しむだけでなく、その土地の歴史に触れたり、暮らす人と触れ合ったりすることで、ハイキングの新たな魅力に出会えたと語ってくれました。
JKさん:「今までは、ハイキングをいかに早く、面白く、楽しくできるかを追求してきました。英彦山は信仰の山ということもあり、修験の人たちや、地元の人たちのことを考えながら歩くという、新しい視点を得ることができました。日本には、四国のお遍路や和歌山の熊野古道など、巡礼の道があることは知っていました。でも、実際に英彦山を歩いてみて、明確にそれはどういう人たちなのか、つまり修験の人たちが歩く姿がしっかりと目に浮かびました。
英彦山神宮の高千穂さんをはじめ、宿坊のご主人にも、暖かく迎えていただいたのも嬉しかったですね。山を歩くときは効率性を求めてしまうことがあるのですが、こういう旅のような歩き方、人との関わりがもたらしてくれる深み、味わいはいいなと改めて感じました」。
九州自然歩道、そして日本三大修験の山のひとつ、英彦山。歩く道、登る山としての素晴らしさもさることながら、日本で発展した山岳信仰・修験道を体感できる貴重な場所です。トレイルを歩き、その土地の文化に触れることで知見を深める「TRAVEL TRAIL」こそ、英彦山を楽しむベストな手段なのだと実感できました。
そして、再興に向けて大きな転換点を迎えている英彦山を訪れることは、これからの文化を作る手助けにもなります。修験道や山岳信仰のことを知らなくても、訪れ、歩き、人と関わり、少しずつ学ぶことができればいい。まずは体感すること。そんな山との向き合い方を英彦山が教えてくれたように思います。
共にローカットとミッドカットを展開する防水モデル「ネクシス エヴォ WP」、非防水モデル「ネクシス スピード」の計4モデルが揃う「ネクシス」コレクション。環境の変化が大きいタフなロングハイクから気ままなライトハイクまで、山域やスタイルに合わせて選ぶことが可能。安定性・クッション性・確かなグリップ力を備えながら、KEEN史上最軽量に仕上がっているのもポイント。装備の軽量化に挑戦したいハイカーにこそ試してもらいたいアイテムです。
ナビゲーター:中村ジュンキ(JK)
写真・文=小林昂祐
協力:キーン・ジャパン合同会社