月2.75万円で百名山の山麓に暮らす |注目のサブスク型宿泊サービス

都会から少し距離を置いて、雄大な山並みを眺めて自分らしく暮らしたい──。コロナ禍でのリモートワークの普及によって、そんな憧れを現実にする山好きが増えています。この流れを後押ししているのが、全国各地の好きな場所に定額で暮らせる「住居のサブスク」。特に、不動産・住宅情報サイトで知られる「LIFULL(ライフル)」の「LivingAnywhere Commons(リビング・エニウェア・コモンズ)」は、月額2.75万円で全国のコワーキングスペース付きシェアレジデンスが泊まり放題とあって急拡大中。今回は、YAMAPのメンバーが八ヶ岳の山麓にある施設を訪れ、人気の理由を探りました。

2022.08.26

石田 礼

YAMAP MAGAZINE 副編集長

INDEX

山好きが「LivingAnywhere Commons」に熱視線なワケ

八ヶ岳の登山口まで20分


都心から車で約2時間。ヤギの看板娘ニーナが出迎えてくれたのは、山梨県北杜市の八ヶ岳南嶺にある「LivingAnywhere Commons 八ヶ岳北杜」(以下、LAC八ヶ岳)。約900坪(3,000㎡)を誇る敷地には、バブル期に建設された企業の保養所と、ボーリング場跡地を再活用した宿泊棟とキャンプ場が広がっています。


首都圏の山好きな人にとっては、八ヶ岳南端に位置する編笠山(2,524m)や権現岳(2,715m)の入口である観音平まで車で約20分といったほうが、その場所はわかりやすいかもしれません。

南アルプスも近く、ピラミッド型の名峰・甲斐駒ヶ岳(2,967m)や天空のビーチが人気の日向山(1,660m)の登山口にあたる尾白川渓谷までも車で30分圏内。長期滞在するならば、週末の山の楽しみが広がる場所でもあったことが、今回の滞在先に選んだ理由です。

「LivingAnywhere」で満員電車は過去のものに

水、電気、トイレなどを既存のインフラにたよらない住宅の実験をしているLAC八ヶ岳

施設名にある「LivingAnywhere Commons」とは、日本最大級の不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME’S(ライフルホームズ)」を運営するLIFULLが、地域でのテレワーク環境の整備や、関係人口を構築する事業の一つとして2019年7月に開始したシェアハウスとコワーキングスペースの特徴をあわせ持つコリビングサービス。

「場所の制限をなくす」

宿泊施設にシェアオフィスのあるLAC施設

そもそも「LivingAnywhere Commons」は、「自分らしくを、もっと自由に」をテーマに、自宅やオフィスなど、場所に縛られないライフスタイル「LivingAnywhere」 の実践を目的としたコミュニティ。そこにあるのは、住宅賃貸でもホテルでもない、新しい住まいと暮らし方の提案です。

LACが立ち上がる前に、「住居の再発明」をすべく旗振り役となったのは、LIFULLの井上高志社長と、ソフトバンクグループ孫正義社長の弟で、起業家の孫泰蔵さん(代表理事)が共同設立した一般社団法人「LivingAnywhere」。

「1900年代初頭の米国でわずか10年で自動車が馬車にとってかわったように、新しい住居で日本の満員電車を過去の話にできないだろうか」(孫泰蔵さん)

好きな場所でやりたいことをしながら暮らす生き方を、同法人が研究。それを事業として実装したのがLACです。

生活コストを下げた豊かな生活

さらに、LIFULLは「AIとロボットテクノロジーの発展によって、人間の収入は減るが、自分の時間は増える」(井上社長)という未来を予想。生活コストを下げることで、収入が下がっても、生活のレベルを下げず、趣味も楽しむ余裕ができる暮らし方を提案しようとしています。それは山好きで、いつか移住を考えている人にも、決して他人事ではない将来でもあります。


LACの背景にあるのは、人々のQOL(人生の質)を地方で高めるという理想だけではありません。2030年には30%に上ると予測される空き家や、少子化で増え続ける廃校、維持が重荷となった企業の保養施設など、地方では「負動産」の課題解決が待ったなしの状態。それらを低コストで蘇らせ、「共有」という形で再活用することも目的としています。

北海道から沖縄まで約40拠点に成長


LACは北海道の廃校を使った実証実験などを経て、2019年7月、福島の会津磐梯と、静岡の伊豆下田の2拠点で正式にスタート。現在は北海道から沖縄まで、41カ所(2022年8月時点)で展開し、毎月の利用者数は前年の2倍のペースで増加し続けています。2022年度内には50拠点になる予定で、当初目標としていた100カ所も数年内に達成する勢い。

LIFULLによると、コロナ以前はフリーランスのいわゆる「ノマドワーカー」が中心でしたが、コロナ禍においては、メガベンチャーなどの企業勤めのテレワーカーが急増。利用者の約45%が都内在住で、年代別では20代〜30代が約70%。こうした層がライフスタイルの新たな潮流を作りつつあります。

特に2022年春ごろからは、会社の福利厚生として、法人からの問い合わせも急増。「どこでも働けるというメリットが、人材獲得戦略の一つになっている」(事業責任者の小池克典さん)という世の中のトレンドが垣間見えます。

拠点の一覧はこちら:LivingAnywhere Commons公式サイトを見る

泊まり放題が月2.75万円

百名山踏破など、全国の山巡りをする人にも注目され始めているLAC。その理由の一つが、月額27,500円(税込)で全拠点が何度でも使い放題となる利用プランです。この価格を実現できているのは、企業の遊休不動産や空き家を利用しているからこそ。

LAC施設の個性を伸ばすコミュニティマネージャーとは?

八ヶ岳といえば、ジョニーさん


LACと一般的な宿泊施設の違いは、オフィスのような仕事環境が整ったワーキングスペースと、利用者同士の交流を生み出すコミュニティスペース。特に大きいのが、地域と外から来た人をつなげてシナジーを生み出す「コミュニティマネージャー」の存在です。

そして、全国約40カ所の中でも、異彩を放っているのが、LAC八ヶ岳の渡鳥ジョニーこと、池田秀紀さん(42)。もとは、バンライフが現在のような人気になる前から車中泊生活を続けてきた、自称「ハイパー車上クリエイター」です。

ジョニーさんが八ヶ岳で実践したいこと


東日本大震災の後に「地方を犠牲にするような都市のあり方に疑問を持つようになった」というジョニーさん。都心から熊本に移住し、「古民家改修」「物技交換」などを試しながら、新しい暮らし方の提案を始めます。

その暮らしぶりは、作曲家の坂本龍一氏の目にもとまり、同氏がゲストディレクターを務めた札幌国際芸術祭に招へいされ、自身の生活を「展示」したほど。

そして、芸術祭をきっかけに移り住んだ札幌。「妻と子どもと過ごす、畑のあるのどかな暮らしを…」というはずでしたが、離婚によって40歳を前にほとんどを失ってしまったジョニーさん。都心に戻らざるを得ない状況になります。

しかし、柔軟に生きてきたジョニーさんにとっては、新たな暮らし方のチャンス。「家を出たときの荷物がキャリーケース2つ分しかなかったのですが、逆に所有せずに共有すれば、生きるのに物はほとんどいらないと示せるのでは?」。

東京・永田町のシェアオフィスの前で、マイホームをベンツのバンとした車中泊生活を実践。ジムのお風呂や、コンビニのトイレなどの「共有資産」を活用しながら、都心の高い家賃と満員電車での通勤の問題も同時に解決しました。

「自分が譲れないものは、寝心地の良いベッドと、サウンド・システムに、コーヒーの一式。それ以外は、シェアで十分に成り立ちました」

最小限の物のなかで「本当に必要なものは何か」を考えながら楽しむのは、スリム化を図る山登りに通じるものがあり、今回お邪魔したYAMAPメンバーにも響くものがありました。

ジョニーさんとは何者なのか

車中泊の経験から、水の浄化に関心があったジョニーさん

LACの拠点の中で一番山に近いだけでなく、「一番尖っている施設」と言われており、ジョニーさんを目当てに来る人も多いそうです。

ここまでのジョニーさんの説明だけで、21世紀のヒッピーのような人と考えるのは早計。実は、埼玉有数の進学校、浦和高校から慶應義塾大学環境情報学部を卒業し、外資系の広告代理店のエンジニアとして活躍していた経歴の持ち主です。どこでも暮らせる、自由な生活も、その技術があってこそ実現したものでした。

八ヶ岳北杜は『オフグリッド』の実験場

完全オフグリッド生活の実証実験をしているインスタントハウス。一般の宿泊は未対応

ジョニーさんがLAC八ヶ岳にいる最大のミッションは、車中泊時代に感じた課題にあります。それは、水や電気などをインフラに頼らず、どこでも自分でまかなえるようにする「オフグリッド」な暮らしを実現すること。

インスタントハウス内のリビング

実験の拠点となっているのが、キャンプ場広場に建設された5棟のインスタントハウス。ドーム型の生地を空気でふくらませ、断熱材として発泡ウレタンを吹き付けただけのシンプルな外観ながら、なかにお邪魔すれば、ヒンヤリ。太陽光エネルギーをためる蓄電池があるので、24時間、空調を稼働させられるそうです。

下水も浄化する小型濾過装置

上下水道も完璧に濾過する設備があり、自然の中や僻地でもインフラに頼らず、街中と変わらない暮らし。現在は宿泊施設ではありませんが、数年での商用化を見据えています。

自然を楽しむヒント

すべての電力を太陽光でまかない、エアコンも24時間効いたオフグリッドの実験棟

人が分散することで、上下水道や電気、ガスなど、インフラの維持が課題になっている日本の地方。暮らしの効率でいえば、人が集まる都市が便利なのは確かです。

しかし、オフグリッドな住居があれば、もはや、インフラに関係なく、景色のいい場所で都市と同等の生活が可能に。それは「山小屋などにも応用できる可能性があります」とジョニーさん。LAC八ヶ岳は、自然環境を大事にしながら、アウトドアを楽しむためのヒントが得られる場所でもあります。

YAMAPメンバーが泊まって気づいた「豊かさ」とは?


LAC八ヶ岳の目指す方向がわかったところで、実際の宿泊施設とオフィスの使い勝手も、気になるところ。宿泊棟は、バブルのときに建設された商社の元保養所とあって、和室では旅館のようにくつろげます。

旅館のようにくつろげる施設

大浴場も完備

約40人を収容できる本館はもちろん、キャンプ場やインスタントハウスでもWi-Fiを完備。軽トラの荷台に作られたサウナの脇には、八ヶ岳からの清流がそそぎ、爽やかな風が肌にやさしくあたります。

清流のほとりは、仕事よりも、サウナの後のととのいスペースに

ジョニーさんによると、敷地の端でもしっかりとWi-Fiがつながるので、ここで仕事をする人も多いそう。ただ、せせらぎのBGMは作業用というよりは、快眠用。あまりにも気持ちよすぎて、仕事を続けるのは難しいので、サウナ後にととのう場所として、ゆったりと目をつむりながら過ごすのがおすすめです。

八ヶ岳と南アルプスにすぐに登りに行ける

2階の窓から奥秩父方面を眺められる

ジョニーさんによると、登山にこれまで接点がなかった人が、その滞在中に八ヶ岳に挑戦するケースも多いそう。

滞在中は天気に恵まれずに登山にいけませんでしたが、「2階のラウンジの大窓からは、晴れていれば富士山はもちろん、南アルプスの名峰、甲斐駒ヶ岳や奥秩父の金峰山まで見渡せる」とのこと。山好きなら、この眺めに、次の山行を決めずにはいられません。

2階のラウンジスペース

実は2階には、カウンターバーのある共有スペースがあり、ジョニーさんにお酒を出してもらえることも。宿泊客には、IT企業の最先端の事業を手掛けるビジネスパーソンやエンジニア、デザイナーらも多く、彼らと日頃から接しているジョニーさんは引き出しも豊富。山だけでなく、都会にはない交流を楽しみたい人を歓迎してくれます。

帰りの不毛な渋滞知らず

八ヶ岳の麓にあるLAC(LIFULL提供)

LAC八ヶ岳を拠点にすれば、週末のたびに都心からアクセスし、帰りに中央道・小仏トンネルの渋滞で不毛な時間を過ごすこともなし。山行後はゆったりと達成感あるビールを楽しみ、読書や勉強をしながらインプットに励むのも自由です。

標高1000mの高原にあるので、都心で35度を記録した日も、木陰ならエアコンいらずで涼める快適さ。いかに都会の暑さと湿気に疲れていたかが実感できました。

LIFULLによると、山のそばの物件では、福島の磐梯も人気のスポット。「山梨は普段の週末にすぐ来れるから、せっかくなら遠くの山に行きたい」という人は、こちらもおすすめです。

移住ではなく、多拠点の時代に

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夏の暑いときには、北海道。スギ花粉がつらいときには沖縄。山をながめたいなら、山梨。月2.75万円で、全国41カ所(2022年8月時点)ある施設を季節と気分に合わせて利用できるのがLACの最大の魅力です。都心と同じ生活の便利さを失わず、会社員でも好きな場所で働き、学び、遊べる時代が到来。服やインテリアのように、暮らし方も好きなようにアップデートしてみてはいかがでしょうか。

料金プランの詳細:
月定額 27,500円(税込)
1回分  6,600円(同)
5回分 27,500円(同)
11回分 55,000円(同)

LivingAnywhere Commonsの詳細はこちら:公式サイトを見る

石田 礼

YAMAP MAGAZINE 副編集長

石田 礼

YAMAP MAGAZINE 副編集長

インドネシア邦字紙と北海道新聞社で報道記者、アウトドアメディア編集者を経て、22年6月からヤマップ。登山歴は約17年。山歩きのほか、山スキーや渓流釣り、パックラフトなどで、日本の季節の移ろいを楽しんでいます。山多めのツイッターはコチラ→https://twitter.com/hokkaidododo