知る人ぞ知る名道「富士箱根トレイル」|富士山麓をめぐる癒しの森歩き

富士山の須走口五合目から金時山山頂を結ぶ全長約43kmの「富士箱根トレイル」。「富士山」と「箱根」というハイカーの聖地を結ぶルートでありながら、登山者の間でも知る人ぞ知る、ツウ好みの縦走路です。今回は、そんな「富士箱根トレイル」を推進する静岡県東部の町、小山町(おやまちょう)にお邪魔し、知られざる魅力を探ってきました。果たしてどのような山旅が待っていたのでしょう。ライターの武石綾子さんがご紹介します。

2022.11.28

武石 綾子

ライター

INDEX

都会の喧騒を背にして、新宿駅から約1.5時間ほど。特急ロマンスカー「ふじさん」号で快適な旅を楽しみながら、静岡は駿河小山駅に向かいます。なんといっても小山町は私の出身地、御殿場市の隣町。もうほぼ「地元」と言って過言ではありません。

小山町と御殿場市には共通点がいくつかあります。静岡県という比較的温暖な地域に属しながら冬がやたらと寒いこと、水がとても美味しいこと。いずれも富士山の恵みですね。

そして忘れてはいけない、「富士山への登山口がある」ことも両者の大きな共通点。ただ、富士山へのアクセスといえば「富士吉田口」が圧倒的人気を誇っているのが現実…。小山町も御殿場市も、富士山とともにありながら、魅力の発信にはまだまだ伸びしろがありそうです (※個人の見解です)。

そんな小山町が、地域の山を愛するボランティアとともに地元の山を少しずつ拓き、「富士箱根トレイル」というなんともハイカーの心をくすぐるネーミングの縦走路を推進しているとのこと。これは登りにいかないと!

ハイキングも、縦走も、コース設定は自由自在。「富士箱根トレイル」とは?

「富士箱根トレイル」は、富士山五合目(須走口)から西丹沢と呼ばれる三国山稜・湯船山・不老山を経て、足柄山系の金時山までを結ぶ総延長約43kmの登山道。静岡県・山梨県・神奈川県の県境に伸びる稜線をつないだ縦走路です。

エスケープルートも豊富で、ライトなハイキングから数日かけての大縦走まで計画次第で無限大に楽しめます(お手洗いは数箇所に設置されているものの、避難小屋などの施設はない為注意が必要)。ルート上にはブナ林を始めとする落葉樹林帯が広がり、四季折々の表情を見せてくれます。

【Day1】薫る秋の色、気配漂う冬の色。「明神峠」から「冨士浅間神社」へ

10月下旬、朝8時。天気は快晴! まずは小山町の観光情報が揃う駿河小山駅前交流センターに立ち寄り、情報収集。レンタサイクルやお土産屋さん、カフェスペースになんとシャワールームまである充実っぷりです。

観光案内やパンフレット、登山地図などが設置されています。事前の情報収集はぜひここで

この日は「富士箱根トレイル」のちょうど中ほどに位置する「明神峠」からスタートし、富士山須走登山口にほど近い「冨士浅間神社」までを目指します。休憩も含めおおよそコースタイム5時間程、約8kmの道のり。ゆるすぎず、きつすぎず。大縦走からライトなハイキングまで柔軟にコース設定できるのが「富士箱根トレイル」の魅力です。

2日間の旅をガイドしてくださるのは、小山町役場の池谷精市さん。小山町の歴史から富士山の植生まで、豊富な知識で導いてくれます。

「金時山はあのあたりで…」解説してくれる池谷さん(左)、私(中)、ヤマップスタッフのHさん(右)

明神峠までのアクセスは車か、もしくは公共交通であれば町内で運行している「デマンドバス」が便利。予めアプリまたは電話で予約しておくと、運行時間内のバス停間の移動であれば、好きな時間に好きな場所へ移動することができる予約制のコミュニティバスです。「富士箱根トレイル」を楽しみに訪れるハイカーにとっては、活用しない手はありませんね。バス停は網羅的に配置されているのでほとんどの観光スポットにアクセスできるとのこと。

小山町の「デマンドバス」について知りたい方はこちら

「明神峠」で今一度地図をチェック

スタート地点である「明神峠」に到着すると、ひんやりとした風が吹き抜けます。この地点で標高1,200mほど。木々を眺めてみると緑から黄色、赤へと移り変わったばかりと思われるグラデーション。数日前の強い冷え込みで富士山も冠雪。紅葉が進んだ木々を眺め、季節の移ろいを感じながら歩きます。

ふわふわと揺れるススキの穂。このあたりは東京より、秋が来るのも終わるのも少し早い

「トレイル」の文字がハイカー心をくすぐる

1時間程のんびり歩いて「三国山東登山口」に到着。駅で眺めた時よりも、金時山がだいぶ小さく見えます。

小山町のシンボル、金太郎が道案内をしてくれる道標

まずはひとつめのピーク、「三国山(1,343m)」へ。しばらくは気持ちの良い樹林帯の道が続きます。「富士箱根トレイル」の木々は落葉樹が多く、紅葉時期はもちろん、四季を通じて「山の色」の移り変わりを楽しめることが特徴のひとつ。足元には役目を終え土に還ろうとしている枯れ葉の絨毯が敷かれ、さく、さくさく、と心地よい足音が響きます。池谷さんいわく、新緑の時期も最高なんだとか。そうそう。このあたり、夏は涼しくて本当に過ごしやすいんですよね。

「ぼくはね、この木が好きなんですよ」。

10分程歩いたところで振り返って立ち止まる池谷さん。指差した先には目を見張るほど太く、空に向かって伸びる大きなブナの木。樹齢100年ほどはたっていそうな、力強く太い幹から、天高く何本もの枝が伸びています。このあたりは「巨木の森」と地図に記載される通りに、ブナを始めとした巨木が連なる一帯。葉の間から木漏れ日があたたかく差し込み、包まれているような心地よさを覚えます。

池谷さんお気に入りのブナの大木

徐々に紅葉が進むブナの木

木々が美しくて、空気が美味しくて、もう最高。

訪問者があまり多くないというこの山域、もっと多くの人に来てほしいような、この気持ち良さを独り占めできる特別感も悪くないような…。そんなことを考えながら歩いていると、ところどころ現れる坂道。ほどよく歩きごたえがあり心地よい疲労感があります。

出発地である明神峠からおおよそ1時間程。本日1座めのピークである「三国山」へ到着。

静岡・山梨・神奈川のちょうど境目であることからその名がつけられており、山梨方面に降りれば「鉄砲木の頭」へ、そこからは山中湖方面、山北町の「高指山」方面へと分岐します。車で向かうのがスタンダードと思っていましたが、小山町から山を超えて山中湖へ降りるロングルートもなかなか楽しそう。

様々な色味の赤が目にまぶしい

驚くほど大量に落ちていたブナの実の皮。食べ物が多く、動物たちにとっても住みやすい様子

少しずつ変化する植生、土の色。富士山の麓へと

ふたたび、ゆるやかな稜線歩き。2座めの楢木山(ならきやま・1,353m)、3座めの大洞山(おおぼらやま・1,383m)へと続きます。この日は「富士箱根トレイル」に坐する7座のうち、4座を踏破する計画。富士山周辺の山を一気に縦走できてしまうのも面白いところ。このあたりから、足元の土が段々と黒く砂状になっていることに気付きます。約300年ほど前の宝永噴火による火山灰の堆積が、段々と富士山に近づいていることを感じさせます。

富士山麓ならではの土質や植生の変化に注目してみるのも楽しい

随所に立っている親切な道標にも注目したいところ。裏側をよく見てみるとなにやら個人名がずらり。聞けば、これらの道標はトレイル整備に参加したボランティアの方々が自ら運んで設置されたもので、刻まれているのはその方々のお名前だそう。なんとも粋な取り組み。自分の名前がトレイルを拓いた証として山の中に残るなんて、ハイカーとしてこんなに嬉しいことはないですよね。

日の傾きと共に少しずつ標高を下げていきます

休憩ポイントである「アザミ平」で紅葉を愛でながらランチ。ここでは富士山の頭がちらり。引き続きブナ林を抜けると、道は立山(たちやま・1,330m)へと続きます。

ここまでは樹林帯が中心。木々や花々、土質の変化を楽しむ山歩きでしたが、須走立山展望台へ行くと…

素晴らしい富士山がお目見えしました~!御殿場から見る富士山とはまた全然違うその姿。数日前の降雪により神々しさが増してより一層美しい。

富士山の展望に見惚れる私たち

不思議な木の実や、初めて見るキノコもたくさん。

2日間で予定しているコースも2/3を終え、富士山との距離を縮めながら「紅富台(こうふだい)」に到着します。

青白く浮かび上がる富士山に、草木の赤と黄色が混ざった「ここにしかない富士山」の風景

紅富台付近から見る富士山は、「紅葉の額縁」に納まってまた美しい。

長いように感じられたトレイルもあっという間に終盤。絶景の富士山を目に焼き付けたら、須走方面へと下山します。

「最初は何も無くても、人が歩くとしっかり“道”になるんですよね」。

2年ほど前に作られたばかりという新しい道を歩きながら、池谷さんがそう話します。全国から様々な想いを持った人たちが集まって少しずつ確立されてきた道であることを実感する、そんな山歩きとなりました。

人が山に入り、踏み固めることで、新しい「道」ができていく

下山後は「道の駅すばしり」に立ち寄りつつ、下山の報告をしに「冨士浅間神社」へ。ここには、貞節聡明・眉目秀麗な姿から日本女性の鏡と言われ、古くから国民に親しまれてきた「木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)」が主祭神として祀られています。平成25年には、世界遺産富士山の構成資産として登録されました。社務所では富士山の歴史に関する展示がされており、覗いてみるとこれがなかなか興味深いのです。ここまで来たらどっぷり富士山の歴史に浸かってみるのも面白いかもしれません。

富士山おみくじもかわいい。ちなみに「小吉」でした

【Day2】里山ルート:足柄古道|歴史、滝、渓流の里山を歩く

富士山方面を目指した前日とは反対に、翌日は足柄駅をスタートし、金時山方面へ向かいます。足柄古道を抜け、赤坂古道を経由して足柄城址・足柄峠まで。コースタイムはトータルで2時間半ほどの里山ルートです。「富士箱根トレイル」の本ルートからは若干逸れますが、暮らしのすぐ傍らにある自然と知られざる歴史を楽しむ、そんな一日になりそうです。

スタートは足柄駅。懐かしいなぁと思いきや….。

このウッディでモダンな建物は…?

2020年に供用開始された足柄駅の新駅舎。設計は隈研吾建築都市設計事務所

なんと、足柄駅ですって!?

無人駅の素朴さを漂わせていた以前の駅舎はどこへ…。知らぬ間にこんなにスタイリッシュに姿を変えていたとは。一瞬目を疑いましたが、小山町の木材を使用し建造されたというその佇まいは周囲の自然の中に少しの違和感もなく溶け込んでいます。御殿場線の停車駅に隈研吾氏が上陸するとはなんとも感慨深い。1時間に1、2本のワンマン列車(2両編成)を待つのも全く苦ではないですね。時代の流れを感じます(遠い目)。

さて新生足柄駅をじっくり見学したところでのんびり歩き始めます。足柄古道の散策は、小山町が推進する「気候性地形療法」(自然を活用したドイツ発の運動療法)のコースとしても推奨されている、ほどよく歩きごたえのあるハイキングコースです。

ここにも金太郎が登場

背の高い木々が連なる森を、渓流の音を聞きながら歩く

金時山にもつながる足柄古道と言えば思い浮かぶのはやはり「金太郎」ですが、それは幼名。足柄古道の滝付近で平安時代の武将である源頼光と出会い、家来となった後に「坂田公時(さかたのきんとき)」と名を改めたと伝わります。それも含め、言い伝えが史実か創作かもわからない謎多き人物である点も興味深いです。

複数の歴史が伝承されるこの一帯。

例えば鎌倉時代から室町時代へと至る転換期、後醍醐天皇側の新田義貞と天皇に反発する足利尊氏との間で起こった「箱根・竹ノ下の戦い」が行われた場所としても知られ、ほど近くに竹之下古戦場の石碑が立てられています。

他には足柄古道を1時間程歩いた先にある「虎御前(とらごぜん)石」。こちらは『鎌倉殿の十三人』にも登場した、「曽我兄弟の敵討ち」で有名な曾我祐成の妾であった「虎」が、敵討ちの成功を祈っていた石だという伝承が残されています。

派手さはなくとも奥深い。知れば知るほど味わい深い。

足柄古道にはそんな歴史・史実が多くあり、小山町にはそれを後世に伝えようとする人々がいます。その物語を知り、想像してみることでまた別の表情を魅せてくれるのが、この道なのかもしれません。

足柄古道の中ほどにある「銚子が淵」

足柄城址に続く「赤坂古道」はまさに「里山」的ルート。地元の方が管理してくれていますが、季節によっては草が茂っている場面もあるのでご注意を。(そんなところも知る人ぞ知る裏山っぽくて楽しいコースです)

「赤坂古道」を登りきり、車道を抜ければ「足柄城址」に到着です。歩いてみて、またびっくり。恥ずかしながら知りませんでした。地元にこんな立派な山城跡があったなんて。曲輪(くるわ)の様子もしっかり残っており、山城好きにはたまらないスポット。公園としても整備されているのでとても歩きやすく、階段を登れば絶景の展望が開けます。歩きなれていない家族や友人とも、ここであれば気軽に遊びに来られそう。

整備されて歩きやすい足柄城址。ちょっとしたお散歩にも最適!

小山町のお店で購入したお弁当でランチ

食後のデザートは「道の駅すばしり」で購入したチーズケーキ

小山町の山をたっぷりと満喫した2日間。もちろんそれだけではもったいない。町を楽しむのも忘れずに。足柄城址でたっぷり休憩したら、「誓いの丘公園」へ。(カップルの聖地のようですが、私たちは3人で鐘を鳴らしました)足柄駅同様、隈研吾氏設計のモニュメントも必見。

足柄城址にほど近い「誓いの丘公園」。手前に映るモニュメントも隈研吾建築都市設計事務所によるもの

今回の旅は足柄峠まででしたが、「富士箱根トレイル」のメインルートでは、ここからさらに「金時山(きんときさん・1,212m)」までアクセスすることができます。金時山といえば、金時神社口や金時山登山口から山頂を目指すコースが人気ですが、足柄峠からのルートは富士山を眺めながら歩くことができます。ぜひチェックしてみてくださいね。

旅の最後は2022年3月にオープンしたばかりという豊門カフェで名物のわさび最中入りパフェをいただきます(旅で出会うスイーツは全部別腹。何個食べても良いのです)。豊門公園には小山町近代化の基礎を築いた企業・富士紡績株式会社に関する登録有形文化財が複数立ち並んでいます。それぞれの施設で近代の歴史に触れるのもまた楽しい時間です。

登録有形文化財である豊門公園内「西洋館」

右側が「豊門パフェ」。小山町の名店丸中わさび店のわさび最中入り。左側は季節限定のかぼちゃプリン

「富士箱根トレイル」を中心に、小山町の表面・裏面を存分に楽しんだ2日間。個人的な話をすれば、地元再発見を繰り返し、「知らない」ことが何よりもったいないことだなぁ、と少しの反省と、大きな嬉しさがありました。おそらく、まだまだ知られていない魅力が眠っているようにも思います。

複数の山を歩く間に変化する富士山麓ならではの植生や土性。コース設定次第で、ハイキングも冒険的登山も両方楽しめること。そして何より、「ここにしかない“富士山の景色”」があること。実際に歩いてみて、「富士箱根トレイル」が持つ数々の魅力に出会うことができました。

日本最高峰の麓にありながらどこか里山のような懐かしさを感じる、そして春夏秋冬違う色を楽しめる山域「富士箱根トレイル」に、ぜひ足を運んでみてください。

最後に、「富士箱根トレイル」のモデルコースをご紹介

金時山から富士山須走口五合目まで、全長約43kmの「富士箱根トレイル」。今回の記事で紹介したルートは、全体のおよそ3分の1ほど。まだ見ぬ魅力がたっぷりのこのトレイルは、記事中でも紹介しているように、数日に分けて違うルートを探索したり、季節を変えて踏破を目指すのがおすすめです。日帰りで歩くことができるコースは、以下のモデルコースとしてご案内しているので、ぜひ覗いてみてくださいね。

富士箱根トレイル(足柄駅〜金時山〜駿河小山駅)
富士箱根トレイル(明神峠〜不老山〜駿河小山駅)
富士箱根トレイル(明神峠〜立山〜冨士浅間神社)
富士箱根トレイル(冨士浅間神社〜富士山須走口五合目〜冨士浅間神社)

*一部通行止めのお知らせ
本記事公開時現在、「富士箱根トレイル」にうち金時山登山道(足柄コース)は、大雨による登山道の悪化のため一部通行不可となっています。詳しくは、富士箱根トレイル公式ホームページをご確認ください。
冨士箱根トレイル公式ホームページはこちら

文章:武石綾子
撮影:根本絵梨子
協力:小山町

武石 綾子

ライター

武石 綾子

ライター

静岡県御殿場市生まれ。一度きりの挑戦のつもりで富士山に登ったことから山にはまり込み、里山からアルプスまで季節を問わず足を運んでいる。コンサルティング会社等を経て2018年にフリーに。執筆やコミュニティ運営等の活動を通じて、各地の山・自然の中で過ごす余暇の提案や、地域の魅力を再発見する活動を行っている。