山で働く人|スキー/登山ガイド 長井淳の仕事

冬から春はバックカントリースキー、春から秋は登山や沢登りと、年間を通じて山でガイドを続ける日本山岳ガイド協会認定ガイド、長井淳(じゅん)さんに、山で働く仕事の意義とやり甲斐をうかがいました。春のBCツアーに同行し、普段は知ることのない裏舞台での周到な準備や、ガイドという仕事への信念、登山装備の重要性について紹介します。

2023.03.29

寺倉 力

編集者+ライター

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はじまりは、クルマで寝泊まりしながら山を滑ったこと

長井淳さんは、妻の里奈さんと共に、夫婦でガイドオフィス「ジュンリナ・マウンテンサービス」を主宰している。拠点は新潟県の越後湯沢。スノーシーズンは地元の神楽ヶ峰や谷川連峰を中心としたバックカントリースキーガイド、グリーンシーズンは上信越から日本アルプスまでさまざまな山域で登山ガイド。一年を通じて山が仕事場だ。

2人のファーストネームを組み合わせ、ガイドオフィスを立ち上げたのは2010年のこと。もともとバックカントリースキーが好きだった夫妻は、一念発起して仕事を辞め、世界の雪山を滑る旅に出た。都会で多忙な日々を送るだけが人生ではない、と気がついた結果だった。

帰国後、クルマで寝泊まりしながら、毎日のように谷川連峰を滑っていたある日のこと。顔見知りになったスキーガイドに声をかけられる。

「『毎日山で滑っているのだったら、ウチでスキーガイドの仕事を手伝わないか?』と。それが34歳のときで、すべてはそこから始まっています」

以来、冬は先輩ガイドのもとで約4年にわたって見習いスキーガイドを勤め、その間、春から秋は立山の山小屋で働きながら、富山のベテランガイドに師事して登山技術を学ぶ。2009年には日本山岳ガイド協会の資格を取得。翌年、独立して「ジュンリナ」を立ち上げた。

設立当初は集客もままならず、里奈さんはスキーショップで働き、淳さんはスキー場の駐車場の端に停めたミニバンに寝泊まりしながら山に入ったという。

「お金もなかったので、里奈は店の寮に泊まり、僕は寒さに震えながら毎晩車中泊です。ウェアやグローブを乾かすのもぜんぶクルマのなか。まだ30代だったからエネルギーがあり余っていたんだと思います。もちろん、今なら耐えられませんね」

里奈さんが働いていたのはパウダー好きの滑り手が集まる老舗プロショップだったこともあり、次第にショップを通じて「ジュンリナ」のバックカントリーツアーにお客さんが集まるようになった。また、縁あって夏の登山ツアーガイドの仕事を得たことで、ガイドとしての暮らしは軌道に乗り始めた。以来、今年で13年目を迎えている。

現在、淳さんは50歳。雪のシーズンは雨が降らない限り休みはない。地元を離れた遠方での登山ツアーが続く夏山時期は、月に一度家に帰れればいいほう。それでも毎日続けてこられたのには理由がある。

「あっという間の13年でした。好きだから続けられた仕事だと思います。その間、ずっと継続してくださるお客さんもいれば、卒業して海外の山に行く方もいらっしゃいました。多くの方に支えられてきたおかげです。まわりの皆さんには感謝しかありません」

ガイドの行動と判断は、科学的な裏付けがあってこそ

朝8時半。かぐらスキー場ロープウェー乗り場に隣接したジュンリナガイド事務所前では、この日のツアーを前に、参加者へのブリーフィングが行われていた。平日だというのに、そこそこの人数が集結している。バックカントリーフィールドとしての神楽ヶ峰は首都圏からも近く、また、急峻すぎない地形がエントリー層にも人気を集めている。

だが、スキーガイド長井淳さんの仕事は、その前日から始まっていた。参加者が集まるまでにやらなければならないことが、実は多いのだ。

まず、事前の申し込みデータをもとに、登山届に必要な緊急連絡先や車両ナンバーまで含めたツアー参加者名簿を作成。山のコンディションと参加者のレベルを考慮し、当日の行動予定を組み立てる。また、エントリー向けの「初めてのBC(バックカントリー)」コースなら、レンタル用の各種ギアを用意するなど、BC講習用の準備も必要だ。

これらは前夜までに済ませられる作業だが、当日の朝にしかできないことがある。それは「雪崩ハザード&リスク分析ワークシート」というガイド用ドキュメントの作成。その日のガイディングに必要なさまざまな情報を集めて、天気や雪の変化を含めたリスクマネージメントを考え、お客さんへの注意点などを記入するワークシートだ。

「たとえば今日のように晴れた春の日なら、お客さんへの注意点として、日焼けや熱中症、水分不足、雪目への備え。それから定点観測データ。どんな風が吹いて、気温はどう変化するのか。昨日から今朝までの間に、山のコンディションはどう変化しているのか。その上で今日のハザード、つまり何が危険なのか、雪崩の予測など、定められた項目を簡潔に記入していきます」

こうした確認内容は、プロのスキーガイドには必要な項目だが、それをただ頭で考えるのではなく、あえて文字にして文書に残すことが重要。文字にすることで頭が整理され、その日の状況がより明確になると長井さんは言う。

「たとえば、前夜の降雪が止んで晴れた朝は、放射冷却で道路が凍ったりします。それを見れば誰でも今日は冷えていると分かります。でも実際はどうなのか。そこで気温を計測し、シートに記入する。この作業を毎朝続けていると、感覚でものを考えないことが習慣化してきます。惰性や勘ではなく、数字という科学的な裏付け。それが私たちプロガイドの判断と行動を支えてくれるのです」

雪温を測り、雪の結晶状態をチェックし、手帳にメモする。行動中も雪の観察と考察を怠らない

信頼の目安として、ガイド資格がある

ガイド資格制度が法制化されていない日本では、資格がなくても山をガイドできてしまうのが現状だ。極端にいえば、山の地形とルートさえ把握すれば、人を案内することはできる。

だが、自然のフィールドに潜むリスクをあらかじめ察知し、注意深く回避しながら、安全で充実した1日を提供するとしたらどうだろう。そこには、プロフェッショナルにふさわしい体系だった知識と、経験の積み重ねが必要なはずだ。

現在、長井さんは日本山岳ガイド協会が認定した登山ガイドステージIII、およびスキーガイドステージIIというガイド資格を取得している。夏山向けの「登山ガイド」、バックカントリー向けの「スキーガイド」のなかで、いずれも最高ランクのステージだ。

これらの資格を得るためには、当然ながら多大な費用と日数がかかっている。研修やトレーニングによってスキルを高めたからこそ得られるライセンスなのだ。無資格でもガイドの看板を掲げて活動する人も少なくないなかで、なぜ、そこまでして資格取得にこだわるのだろうか。

「ガイド資格は、技術水準がそこまで達していますよ、という証明のようなもの。お客さんがガイドを選ぶときの目安、判断材料になると思うんです。もっとも、資格を取ってそれで終わりではなく、あちこち研修に出かけ、勉強会に参加して自分を磨き続けなければならない。そうしたプロガイドとしての姿勢を表すものが、ガイド資格なんだと僕は思います」

あわや! ミスから学んだこと

日頃から研鑽を重ねる長井さんでも、実はシリアスな遭難と紙一重だった経験がある。それは数年前の冬のこと。ガイドツアー中に雪崩が発生。幸いにもお客さんにケガはなく、装備を失うこともなかったが、それはあくまで結果論にすぎない、と長井さんは振り返る。

その日は好天に恵まれた週末。朝早くから多くの滑り手が山に入っていた。脚力のあるパーティは速いペースで登り、次々と斜面に滑り込んでいる。それを横目で見ながら、長井さんはお客さんのペースを守りながら山頂に到着。だが、手近な斜面はほとんど滑られてしまった後のため、山頂からさらに進んだ先の奥まったピークを目指すことにした。

たどり着いた斜面は、まずまずの急傾斜で、雪崩が起こる可能性もあった。すぐ手前にはリスクの少ない斜面。だが、そこにはすでに何人かが滑り降りたシュプールが残されていた。そのため、長井さんはリスキーな急斜面を選択する。うまく地形をマネージメントして滑れば、なんとか安全に滑ることができるだろうと判断したのだ。

「今考えれば、誰かが滑った跡が何本付いていようが、そこが安全なのだから、その斜面を滑るべきだったんです。でもその時は、お客さんにはできるだけフレッシュな雪面を滑ってもらいたかったし、せっかくここまで登ってきたのだから、という焦りに似た気持ちもありました。快楽とリスクのバランスが取れない精神状態だったんですね」

こうしてツアー一行はまっさらな急斜面を滑ることになった。もっとも、エキスパート揃いの参加者にしてみれば、それはもう願ってもないラインだったわけだ。

「この斜面の上部はリスキーな地形なので、僕が先頭を滑りますから、僕がやるように地形を利用して慎重に滑ってください」と説明をした長井さん。そこから1人ずつ斜面を滑り降りていく。

だが、数人目のお客さんが滑った時に斜面が破断、雪崩が発生した。幸いにも降り積もってから何日も経っていた密度の濃い雪だったため、巻き込まれたお客さんよりも、重い雪が先に流れ落ちていった。結果、誰もケガすることなく無事に下山できたのだった。

雪崩のリスクが高い斜面は、同時に滑って楽しいバーン。安全に滑るには雪崩の正しい知識とトレーニングされたスキルが必要。写真は春以降で注意が必要な全層雪崩の跡

「僕の説明が十分に伝わらなかったこともありますが、この斜面を選んだ時点で、自分のマネージメント自体がそもそも間違っていたということです。そこは雪崩が発生する条件を満たしたリスキーな地形だったのですからね」

この雪崩事故の一件がウェブニュースに載ったことで、ジュンリナは一時期炎上状態だったという。だが、お客さんに危険が及ぶことに比べたらそんなこと…と長井さんは言う。

「これを結果オーライで済ませたら、また同じことが起こります。だからそれ以来、より一層、雪崩やリスクマネージメントの勉強に力が入るようになり、それは今も続いています。ガイドは謙虚な姿勢でコツコツと日々積み上げていく仕事。そこが大事なのだと本当に実感した経験でした」

いざというとき頼りになるのは「ゴアテックスウェア」

年間を通したガイドである長井さんにとって、アウターウェアの重要性は言うまでもない。厳冬期の風が強い日は、分厚い生地のアウタージャケットが欲しくなるし、気候が穏やかになる春なら、薄手で軽量なジャケットで軽快に山を歩きたい。だから、コンディションによってアウターを使い分けるのが基本だという。

3月半ばのこの日は、前日の雨が夜には雪に変わり、山は真冬のような雪景色に包まれた。だが、気温は厳冬期ほど低くはなく、高気圧に覆われてしばらく好天が続くという予報で、吹雪や大雨に見舞われる恐れはほとんどない。

そこで長井さんは比較的薄手のアークテリクス製アウタージャケットをチョイスした。

「今日は春のようなコンディションなので、この選択です。ジャケットは薄手で快適なゴアテックスCニットバッカーとパックライトのハイブリッド。次の週末は雪になる予報ですから、間違いなくゴアテックス プロ素材を使ったウェアの出番になるでしょう。共通しているのは、どんなアウターを選ぶにしても、ガイドの仕事を続ける以上、ゴアテックスは欠かせないということ。また、コンディションに応じて、さまざまなゴアテックス素材から選べる点もいいですよね」

冬山では降雪や吹雪、夏山では雨や嵐に見舞われるガイドの仕事は、防水性と防風性の高い素材が不可欠だ。けれども、いくら防水性が高くても、熱気と湿気を表に出す「透湿性」という機能がなければ、ウェア内は汗で結露し、かえって体を濡らすことになる。その点で、高い防水性と防風性、さらに透湿性や耐久性をも兼ね備えたタフなゴアテックス素材一択なのだという。

「日本は高温多湿で、ときには厳冬期でもみぞれや雨といったウェットな状態にさらされることがあります。島国で海が近く、山は複雑に入り組み、風の吹き方も単調ではない。そこはアメリカやヨーロッパの大陸とは大きく違うところ。また、吹雪といっても強弱があるから、かなり厳しい気象条件といっていい。そんなコンディションでは、やはりゴアテックスウェアしかあり得ないと日々実感しています」

実は長井さんはゴアテックスウェアと出会う前に、別のアウター素材で痛い目に遭ったという。

「ガイド検定の時、土砂降りのなかでのロープワーク試験だったのですが、僕だけずぶ濡れになりました。他の受講生は全員ゴアテックス素材のウェアだったんですよ。また別の山では、汗が抜けなくて、ウェア内が結露して凍ったことも。ああ、これからはもう絶対にゴアテックスだな、と思った瞬間でした」

ウェアの機能のなかでも素材の性能は、なかなか実感しにくいものだ。天気の良い日に山に登っている時は、なおさら、その差が見えづらい。だが、山のコンディションが厳しくなるほど、素材自体の性能を実感できる。そしてそれは、優れたガイドにも通じる話だ。

「尊敬する先輩ガイドは、『いざというときに役に立たないガイドほど、使えない存在はない』とよく口にします。それはウェアも同じなんですよね。自分もいざというときに役に立つガイドでありたいし、そんなウェア選びをしたいと思っています」

春のやわらかな雪に、スキーを走らせる

ジュンリナの拠点がある越後湯沢の神楽ヶ峰エリアは、かぐらスキー場のロープウェイやリフトを乗り継いだ最上部に入山口がある。そこには入山ゲートが設けられ、バックカントリーを滑る人や登山者はそこから山の上部を目指して歩き始める。

最後のリフトを降りた長井さんは、ゲート脇のポストに登山届を提出し、ビーコンチェッカーの表示が赤いバツから緑の丸印に変わったことを確認してから入山ゲートを通り抜けた。

ビーコンとは、万が一、雪崩に巻き込まれた時にレスキューの手立てとなる電波送受信機。これをパーティ全員が身につけることで、もしもの時に備えるのだ。ちなみに、ゲート脇に据え付けられたビーコンチェッカーは、スイッチの入れ忘れや、ビーコンが正しく機能しているかを確認してくれる便利な機材だが、装備を持たず、無自覚に雪山に入る遭難予備軍に注意を促す、一種の抑止機能にもなっている。

ゲートを通った地点で、カカトが上がるようブーツとビンディングをモードチェンジし、スキーのソールに「シール」と呼ばれる滑り止めシートを貼り付ける。これでスキーを履いて雪の斜面を登ることができるようになる。

ビーコンなどの雪山装備は持っているだけでは意味がなく、使いこなせることが大事。慣れない人に対して実践的に使い方をレクチャーするのもガイドの仕事だ。

日本の山は基本的に、どこでも自由に登山を楽しめる。それと同じく、自然の雪山をスキーやスノーボードで滑り降りるのだって自由だ。ただ、そのためには雪山登山者と同じく、適切な知識と経験、それから装備とウェアが必要だ。

たとえば、ガイドが信頼するゴアテックスのウェアは、なにもプロやエキスパート向けというわけではない。厳しい自然のコンディションから身を守る機能は誰に対しても等しく、むしろ、技術や体力の足りないツアー参加者や、エントリークラスの人たちにこそお勧めだ。

技術や体力は一朝一夕では身につかないが、必要な装備と高性能なウェアを揃えることはすぐにでもできる。それが安全で楽しい経験につながる大事なキー。備えあれば憂いなし、なのだ。

バックカントリーツアー中のガイドが背負う装備一式。無駄なものは何ひとつないが、もしもの時に備えれば、ツアー参加者よりアイテム数が膨らむのは言うまでもない

雪を踏みしめながら白い斜面を登っていくと、周囲を覆っていた乳白色の霧は姿を消し、気がつけば足元には美しい雲海が広がっていた。空はすっかり晴れ渡り、少し冷えた空気がほてった体に心地良い。ああ、なんて気持ちのいい瞬間なのだろう。

あとわずか30分も登れば、このエリアの最高地点、標高2,030mの神楽ヶ峰のピークに着く。そこからは春のやわらかな雪に、思う存分スキーを走らせるのみ。コツコツと誠実な仕事を重ねていれば、こんなご褒美のような時間に出会うこともある。

「山岳ガイドや、国際山岳ガイドといった資格に挑戦していくガイド仲間もいます。僕も一時は憧れてトレーニングを重ねました。でも、冬のことを考えた時に、スキー以外のガイドをする自分が想像できなかった。やはり僕がやりたいのはスキーガイド。滑る山で仕事することが好きなんですよね」

そう語る長井さん。少し前を歩く彼の表情を見ることはできないが、おそらく、心のなかでは会心のガッツポーズを掲げて笑っているはずだ。

取材・文:寺倉 力
撮影:西條 聡
協力:GORE-TEX Brand

寺倉 力

編集者+ライター

寺倉 力

編集者+ライター

高校時代にワンダーフォーゲル部で登山を始め、大学時代は社会人山岳会でアルパインクライミングを経験。三浦雄一郎が主宰するミウラ・ドルフィンズを経て雑誌「Bravoski」の編集としてフリースキーに30年近く携わる。現在、編集長として「Fall Line」を手がけつつ、フリーランスとして各メディアで活動中。登山誌「PEAKS」では10年以上人物インタビュー連載を続けている。