大分県西部に位置する日田市・玖珠町・九重町。くじゅう連山や福岡県最高峰の釈迦岳をはじめとする山々に囲まれた、奥深い自然と絶景を楽しむことができるエリアです。
今回ご紹介するのは、そんな日田・玖珠・九重エリアを自転車で走る、初秋の1泊2日の絶景プレミアムライドツアー。サイクリングで見たい絶景が満載のライド企画です。
ちょっと険しくも楽しいこのツアーの様子を、今回のルートディレクションを務め、福岡市でサイクルショップ「正屋」を運営する岩崎正史さんがレポートします。
2023.10.28
岩崎正史
ライター
※プレミアムライドツアーの様子は動画でもご覧いただけます。
残暑の空気が色濃く感じられる9月上旬、ライドツアー初日の朝7時、まずは福岡市の西日本鉄道竹下自動車営業所に集合。ここからサイクリングのスタート地点、日田市にある「田来原美しい森づくり公園」まで、西日本鉄道株式会社のサイクルバス「CYCLE CARGO」を使って移動します。
このバスは18台の自転車を組み立てたまま車内に積むことができ、その上で21名が乗車できるというすぐれもの。バスの荷物入れも大きく、自転車用の空気入れやメンテナンススタンドが常備されているのも嬉しいポイントです。バスのストレージも大きく、自転車用の空気入れやメンテナンススタンドも常備。たくさんのスーツケースや追加の自転車も数台収納することができそうです。
今回の「日田・玖珠・九重プレミアムライド」は一筆書きでこのエリアを丸ごと楽しんでもらおうというもので、総勢18名が参加。先導・伴走するスタッフを含めると20名を越える規模のグループライドです。バスでの移動中はツアーについてのブリーフィングを入念に行います。これも参加者が一緒に移動できるサイクルバスならでは。走行距離、獲得標高、休憩場所、天候予想、集団での自転車走行時のマナー、そしてハンドサインなどを確認します。
また、今回のツアーは山間部中心のルートのため、コンビニエンスストアなどの補給ポイントがほぼありません。そのため、補給食や飲料、スペアパーツなどを載せたサポートカーが伴走しライドツアーをバックアップします。ワクワクしながらのバス移動で、気分は完全に修学旅行。車内では自転車談義に花が咲き、あっという間に初日のスタート地点に到着しました。
スタート地点である「田来原美しい森づくり公園」(日田市)は標高が高く、通常のライドでは自転車で登っていく必要がある絶景ポイント。そのため、普段のライドでは少々ハードなルート設定になりがちですが、今回はサイクルバスの利用でいきなり絶景ダウンヒルからスタート! 初日は約50km、獲得標高約1,500mの行程を走ります。
全身で風を感じながら、最初のチェックポイントまで落ちていくようなスピードで駆け抜けます。自転車を左右に操りながら人車一体となるダウンヒル。遠くは玖珠方面まで見渡す景色は圧巻です。
しばし絶景とダウンヒルを堪能したところで、大山ダムに到着。ここには人気漫画『進撃の巨人』の原作者で日田市大山町出身の諫山創さんにあやかり、物語に登場する主人公エレンとミカサ、アルミンの少年期の銅像がダム下流広場に設置されています。
休憩後はダムの堰堤を渡って、大山ダムに流れ込む小川の流れを遡りながら進みます。
「どんな道が好きですか?」とサイクリング仲間から訊かれることがありますが、「ガードレールと電柱がない川沿いの上り道」が特に好きな道の条件です。この条件が揃った状況でペダルを漕ぐ時、自転車と自分が景色と同化したような不思議な感覚に。川のせせらぎを聞きながら、ただただ無心にペダルを漕ぐと、心が無重力になったような気分を味わえます。余談ですが、日田市街地から焼物の里として知られる小鹿田(おんた)へ向かう県道670号線や玖珠町の宇戸渓谷沿いのルートはまさにこの感覚を味わえる大好きな道です。
そんな上り坂を上手に楽しく走るには頑張りすぎないことが大切。頑張りすぎると動きが無酸素運動に切替わり、体力が長持ちしなくなってしまいます。目安としては鼻で呼吸できるくらいの運動強度がベストで、サイクリングでは仲間とおしゃべりしながら登るくらいがおすすめ。山登りでいえば、軽いトレッキングやハイキングに近い感覚です。
小さな峠を越え、三隈川に注ぐ支流の一つ「大山川」を渡って天瀬町五馬市(いつまいち)へ向かいます。古墳時代、この辺りの台地にはいくつかの国があり、五馬媛(いつまひめ)というリーダーによって統治されていたそう。今回のルートから少し外れて寄り道すると、八重桜で有名な「五馬媛の里」や五馬媛を祀(まつ)る玉来神社を訪れることもできます。
見渡す限りの大パノラマが広がる高原「五馬高原」に入ってからは里山を避けるルートで塚田地区に向かいます。この辺りには日帰り入浴もできる「塚田温泉センター」もあり、サイクリストにもフレンドリー。杉林から差し込む日差しが心地よく、思わず「ヤッホー」なんて叫んでみたくなります。
お待ちかね、初日のランチ休憩ポイントは塚田の阿蘇神社。綺麗な水が豊富なこの地の厳かな雰囲気が漂う神社です。ランチは地元・天瀬町の店「桜滝KITCHEN」の「日田産柚子入りジャポネソースのステーキ弁当」を頬張ります。
食事の後は、日田から九重に向かっておしゃべりしながらゆっくり登っていきます。のどかな田園風景にぴったりの時間が流れる里山ルートは深呼吸すると森の香りが体の中まで入ってきます。懐かしい日本の原風景を肌で感じられるのが素晴らしく、これなら日頃の悩みもすべて洗い流してくれそう…ですが、当面の悩みはこの後に続く長い登り坂!
「下りはまだか!」とみんなの心の声が聞こえます。次こそ次こそ…とペダルを回し続けたその時、いきなり広がる草原の下り道。心地良すぎる向かい風に心がすっかり洗われます。
気がつけば九重町に入り、道すがら石窯ピザやスイーツが名物の観光農園「ベリージュファーム」で休憩をとります。
ここではブルーベリー摘み取り体験ができるほか、併設の店舗では石窯ピザやブルーベリーのスイーツを食べることもできるため、ツーリングやドライブで訪れる方などで賑わっています。僕らはブルーベリージュースをいただきましたが、その濃厚な味にびっくり。おかわりでソフトクリームを食べる参加者もチラホラ。
日田・九重の景色を堪能してたどり着いたのは、標高1,000mの山峡にある筋湯(すじゆ)温泉にある本日のお宿「九重悠々亭」。
千年以上の歴史を誇るという筋湯温泉、開湯は958年(天徳2年)。文字通り筋(すじ)の病によく効くことから「筋湯」と云われるようになったそうです。温泉郷の中にあり、日本有数のうたせ湯として知られる共同浴場「うたせ大浴場」は、約3メートルの高さから落ちる18本のうたせ湯が自慢。ここでライド初日の疲れをしっかり癒します。
2日目のライドは九重でのアウトドアのベース「長者原(ちょうじゃばる)」を経由して、玖珠町探検をしてから日田市を目指します。下り基調で、約70kmの行程。秋の気配を感じる涼しさの中、長者原に向かって一行は出発します。
峠を登り、身体がちょうど温まってきた頃、突然視界へ飛び込んできたのは…身震いするような大パノラマ。
山々を右手に眺めながら、次のチェックポイントである「泉水グリーンロード」までのダウンヒルを進みます。自転車に身を任せ、気分はジェットコースター! 気持ちのいい道をみんなで走ると感動もひとしお。下り終わった瞬間に「もう一度走りたい」と誰もが思う素晴らしさです。
エキサイティングなダウンヒルの後は、休憩を兼ねてくじゅう連山(1,791m)をバックに記念撮影。大自然の中にいることに幸せを感じる瞬間は、自転車で訪れることでその思いもさらに膨らみます。来るたびに違った表情を見せてくれるくじゅう連山の峰の一つ「硫黄山」も魅力の一つ。
ここからくじゅう連山の裾野に広がる飯田高原へ抜ける裏道も大好きなルート。適度な下り坂が心地よく、ペダルを踏まなくても流れるように進んでいきます。
飯田高原を走り抜ける途中、田園風景の中をゆったり気分で走っていると、そこかしこから声が掛かります。地元の皆さんは、とにかくフレンドリー。笑顔に送られて次の絶景ポイントを目指します。歩行者用として日本一の高さを誇る吊橋「九重夢大吊橋」、幻想的な「九酔峡(きゅうすいけい)」を抜けて川沿いのルートを進みます。
絶景とは裏腹に、ここにはまだ水害の爪痕が残る箇所もちらほら。美しいのみではない自然の一面を感じる瞬間です。
ツアー2日目の後半戦となる玖珠エリアで、休憩を兼ねて立ち寄ったのは「豊後森機関庫公園」。ここは1934年(昭和9年)に完成し、九州で唯一現存する「扇型機関庫」が残る鉄道公園です。機関庫と車両の方向を変えるための転車台は、貴重な鉄道遺産として国登録有形文化財、近代化産業遺産に認定されています。園内にある1周316mのコースを走るミニ列車は、地元の子どもたちで賑わっていました。
しっかり脚を休めた一行は、玖珠エリアおすすめの絶景ポイント「伐株(きりかぶ)山」を目指します。伐株山は玖珠盆地の中にどっしりと腰を据え、まるで伐採されたかのような不思議な形をしています。自転車でも登ることができる山頂には「天空のブランコ」があるほか、玖珠盆地の全景を見渡せるパラグライダーのフライトも体験できます。伐株山についての詳細はYAMAP MAGAZINEの記事にてご一読を。
玖珠川のほとりにある「三日月の滝公園」は、滝の落ち口が三日月の形をしていることからこう名付けられたそう。公園内には温泉や宿泊施設、キャンプ場、パークゴルフも併設されている玖珠のアウトドア観光スポットの一つです。
ここで一同お待ちかねのランチタイム。2日目のランチは「道の駅・童話の里くす」へお願いした大盛りのお弁当で、体力消費の激しいロングライド中のサイクリストには嬉しいボリュームです。地域の食材でエネルギーをチャージして、ツアーのフィニッシュ地点となる日田市街地を目指します。
玖珠町と日田市街地の中間に位置する天ヶ瀬温泉街に差し掛かり、和菓子の「田代屋」にて休憩。田代屋さんには、2022年に「日田山輪探検サイクルルート」で開催した日田・天瀬復興プレミアムライドというイベントでもお世話になりました。
2020年7月の九州豪雨で甚大な被害を受けた天ヶ瀬温泉街。田代屋さんも目の前を流れる玖珠川の氾濫で浸水し、営業停止を余儀なくされたそうです。その後1年をかけて復旧作業を行い、今では元気に営業されています。
名物は葛もちアイス。「シャリシャリ」とした食感で、時間がたつと「もっちり」「ぷるぷる」となるこの食感は、癖になります。全6種類あるので、次のライドの際もぜひ立ち寄りたいところ。
九州随一の大河「筑後川」の上中流域にあたるのが、水郷(すいきょう)・日田を流れる「三隈川」です。
隈町とよばれるこのエリアの川沿いには、温泉旅館が立ち並びます。この川沿いに遊船(屋形船)が並ぶ脇を自転車でのんびり走ると、実に気持ちいいんです! ここをすり抜けて「太鼓橋」と「沈み橋」という2つの橋を渡ると、今回のツアーのゴール地点、日田の「亀山公園」に到着。この公園はトイレや駐車スペースが整備されており、日田での自転車ライドの拠点におすすめのスポットとなっています。
天候にも恵まれ、初秋の日田・玖珠・九重プレミアムライドは無事終了。福岡への帰路もサイクルバスを利用します。
今回走ったルートは日田・玖珠・九重エリアのごく一部、まだまだ楽しいルートが満載です。クールダウンを兼ねて記念撮影と帰り支度をしながら「またこの地をみんなで走りたいね」とライドの思い出を語り合います。
話の続きは帰りのサイクルバスの中で。日田・玖珠・九重それぞれの地域に暮らす人たちに触れ、大分県西部の絶景アウトドアを堪能しながら駆け抜けた2日間は総走行距離121kmで獲得標高は2,422m。ヒルクライムとダウンヒルを中心にエリアをまるごと楽しんだ1泊2日のライドツアーとなりました。
文:岩崎正史
写真:丹野篤史、広渡浩一、岩崎正史