「心が山を求める」井浦新さんが語る、ライフスタイルと挑み続けるものづくり

俳優、そして「旅」をテーマにしたブランド<ELNEST CREATIVE ACTIVITY>(エルネスト・クリエイティブ・アクティビティ:以下、エルネスト)ディレクターとして、唯一無二のプロダクトを生み出し続ける井浦新さん。「多忙な日々の中でも山に行くことを心が求める」。そう話す井浦さんに、ライフスタイルにおける山との関わり方、そして2025年8月にコラボレーションの最新作を発表するなど、ともに進化を続けるブランド<KEEN>とのものづくりについて伺いました。

2025.08.20

武石 綾子

ライター

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山には自分を魅了するものが無数にある


ー井浦さんのSNSなどでもよく自然の中で過ごされている様子を拝見します。お忙しい日々の中で、山で過ごす時間にどのような意味を感じていますか?

本当に必要な時間です。仕事が忙しければ忙しいほど、野生の力に触れたくなるというか、エネルギーをチャージしたくなるんですよね。

東京近郊には自然の中でチャージできる場所がいくつかあって、好きな写真を撮って、歩いてフィールドワークをして、本や台本を読んだり、写真を撮ったり、そこで過ごすだけでもエネルギーになります。まるまる1日使える時は、さあどこにアタックしようか、と考えるのも楽しい。仕事柄、日焼けやケガへの考慮は必要ですが、どうしても心が求めてしまうので、気を付けながら山にもよく向かっています。

先日も、夏至の日に富士山に行きたくなって。山頂に向かうと確実に日焼けしてしまうので、5号目付近の森をひたすら歩きました。それだけでも心が満たされる感覚がありましたね。

YAMAPさんもゆるやかに歩く「 山歩(さんぽ)」を提唱されていますが、すごく良い考え方だと思います。頂上を目指すことだけが登山ではないし、自分の体力と相談しながら楽しめる山を探して歩いてみる、そんな姿勢が自然と対峙するときにすごく必要だなと。敬意を持って自分なりに楽しむことが、自然や山を愛するということなんじゃないかな、と思います。

ー季節や標高に関わらず、様々な山に足を運ばれている印象があります。

そう言いつつ、実はもともと登山自体が好きだったわけではないんです。最初は山上にある古代遺跡を写真に収めたくて、興味のあるものが無数にありすぎるからしょうがなく、という感じで登りはじめたんですよね。

それを繰り返す中で、いつの間にか山そのものに魅了されていきました。きつい山登りは、今でもしたくはないですよ(笑)。でも、自分を惹きつけるものがあるから行く。遺跡や遺構、動植物、昆虫とか滝とか、写真が好きだったら被写体が無数にありますし、先人たちの痕跡を辿ってみるのも楽しいと思うんです。

元々ぼくは歴史が大好きで、歴史を学ぶ過程で山を知り、知識を得てきました。「山なんて何もないじゃん」と簡単に言ってしまうこともできるんですけど、ぼくにとっては本当に「宝庫」という感じです。

遡って考えれば、縄文時代から人は山に登っているんですよね。今のように登山道なんてない中、裸足で登っている。なぜ彼らが山に向かっていたかと言えば、自分たちの家族や集落や命のために、健康のために、自然を敬うために、自分たちを守ってくれる信仰対象の山に登って、祈りを捧げている。そんな営みの中で山頂には太陽の位置を観察するためのストーンを作ったり、道中に祠を作ったりして。時を経て同じ山で山伏たちが修行をし、霊験(れいげん)を高めながら、心や体を鍛えていく。そこには手で掘られた穴があったり、岩屋があったり、古代から比較的近代のものまで、仙達が登った後の人の痕跡がそこかしこにあるんです。

例えばそんな「視点」を持って歩いてみると風景が少し違って見えるんじゃないかな。本当に、山には無限の楽しみがあると思います。

都市と自然をシームレスにつなぐ、両ブランドに共通する価値観

ーハイカーにもファンの多いKEENとエルネストとのコラボレーションは2011年にスタートし、プロダクトは今シーズンで14作目と伺っています。改めてこれまでの歩みについてお伺いできますか?

ここまで続けてこられたことは、本当に幸運としか言いようがありません。もちろん進化はしていますが、最初のプロダクトを作った時から常に1本勝負、これが最後かもしれない、と思って臨んでいますから。この緊張感に慣れることはないです。

KEENは日本に入ってきた当初から「なんだこれ!?」と思わず手に取ってしまうような独特で革新的な存在感を放っていて、ぼく自身、ユーザーでありファンでもあります。自分自身のライフスタイルの中に根付いているブランドだからこそ、色々なものを作りたいというより、「これが作れたら夢だな」とまで思える唯一のものを目指して、試行錯誤をしている感じですね。

<ELNEST CREATIVE ACTIVITY>×<KEEN>2025年秋冬コラボレーションモデル「ジャスパー ザイオニック」カラー名:ELNEST VAPOR/ALLOY(本モデルはメンズのみの展開)

ー最新作では、KEEN定番のアウトドアスニーカー「ジャスパー」にトレイルシューズ「ザイオニック」のソール機能を融合させたハイブリッドモデル「ジャスパー ザイオニック」に挑まれていますね。

「ジャスパー」は昔からあるオリジナルモデルですが、実はエルネストとのコラボレーションにおいては手を出さないと決めていたんです。定番で人気もあり、既に十分に知れ渡っている商品なので。

エルネストはタイミングなどが合わずにメインストリームに乗らなかった隠れた名作にスポットライトをあてたいと考えるような集団で、発掘することでそれを知ってほしいという思いもあって。「ザイオニック」も実際ユーザーとして履いていますが、デザインも大好きで、街履きからフィールド、旅やライトトレッキングまでカバーできるものすごく良い靴なんです。それぞれが既に高い価値を提供して認知もされているから、ぼくらは遠くから見ていようか、と考えていたんですね。

クライミングシューズをモチーフにしたKEENのオリジナルモデル「ジャスパー」 (左: ROGUE GREEN/DAZZLING BLUE 右: SILVER MINK)※写真の商品はエルネストとのコラボレーションモデルではありません

日本庭園の枯山水をモチーフにしたアウトソールデザインにも注目したい「ジャスパー ロックス エスピー」(左: SKY CAPTAIN/VINTAGE INDIGO 右: CORK/JAVA)※写真の商品はエルネストとのコラボレーションモデルではありません

そんなことを思う中で、定番要素は守りながらも新しい「ジャスパー ザイオニック」が開発されたんです。ぼくらの重視するストーリーにおいて、今このタイミングで挑戦するのであればすでに定評のあるオリジナルの「ジャスパー」コレクションよりも、新たな融合モデルである「ジャスパー ザイオニック」だと、それであれば類を見ないものを作れるかなと考え、最終的にこのプロダクトにたどり着きました。

「ジャスパー」の信頼感に「ザイオニック」のソール機能が追加され、街にも山にも最適な「ジャスパー ザイオニック」(左:DARK OLIVE/BIRCH 右:FIG/LILAS)※写真の商品はコラボレーションモデルではありません

ー独特で目を引くデザインですね。どのようなところから着想を得られたのでしょうか?

日本古来の民具からインスピレーションを受けたテキスタイル(織物・繊維)を融合させようと、エルネストで日本の蓑柄をモチーフにしたオリジナルのテキスタイル「隠れ蓑」を作りました。今回、それを使って新しい「ジャスパー ザイオニック」ができたら、培ってきた信頼感はそのままに、どこか日本の民芸運動の香りが感じられるようなプロダクトになるかなと。KEENさんには「今回も一緒に苦しんでくれますか」と言い添えながら(笑)。

これは新しい物と古い文化、手触りのある物を混ぜ合わせたプロダクトがどう見えていくのか、という実験でもあります。モデルとしてはもちろん新しいけれど、テキスタイルの存在によって伝統や昔ながらの手仕事が混ざり合う様子を、一足の靴から感じてもらえたら嬉しいですね。

天然皮革のアッパーには日本の伝統である「蓑柄」をイメージした細かなレーザー加工が施されている


踵部分に刻印されたエルネストのロゴ


スピードと機敏性を追求したトレイルシューズがルーツのアウトソールは、防滑性に優れた独立型のアグレッシブなラグパターン。着地時の衝撃吸収力を高め、スムーズな重心移動を実現


自然の中に調和しながら、独特の存在感を放つデザイン

—人びとを都市から自然へとシームレスに誘ってくれるという点で、両ブランドは相性が良さそうですね。

エルネストは旅をテーマにしたブランドで、都市での格好のまま自然に出ていけるようなイメージでものづくりをしているので、KEENとはとても親和性が高いですね。KEENのカジュアルラインのシューズもフィールドでよく使っています。ガレ場や岩山を登って、自分の足で歩いて「山もこれなら十分いけるな」とか「岩場でもこのソールなら足が痛くならない」とか、とことん試したうえで提案します。

ありがたいことに1年に1回ぐらいのペースでコラボレーションを発表していますが、もちろん何でも作れる訳ではないんです。特に山などで使うことを想定すると、安全性含め、技術的にも実現可能なのか、アメリカ本社を含めたKEEN側の判断もありますし。そういう意味では「あんまり無理難題を言わないでくれよ」と思われているかもしれない(笑)。

でも難題だからと言ってすぐにNGを出すのではなく、共に考えてプロダクトに昇華してくれるのがKEENというブランドです。理想と現実を混ぜ合わせながら毎回やっているので、1足作るのに1年以上かかることもあって…、もちろん苦しい場面もあるけれど、それがコラボレーションの楽しさでもあり、醍醐味でもあるように思います。

1つ山を越えて、次に見えてくるのがどんな山なのか、ここも登りたいけど、あえてこっちに登るのもめっちゃ面白くないか?とか。作ってきた流れや足跡を振り返りながら、まだ霞がかかる山に挑んでいくような感じですね。自分たちもものづくりの志をアップデートさせる必要があるし、今だからこそコラボレーションの意義を感じさせるような、期待を超えていけるようなものを作りたいです。

多くの楽しみをくれる自然に、行為やものづくりを通じて還元したい

—KEENとのコラボレーションはもちろん、それ以外の取り組みも含め、井浦さんのものづくりは環境への配慮の意識がとても高いと感じます。

自然の中で遊ばせてもらっているうちに自分自身もアップデートされた気がしています。足を踏み入れることが環境破壊につながってしまうとしたら、その分違う何かでマイナスをゼロに近づけるような行いをしたいという気持ちが生まれてきたんですよね。

ぼくは自然や山から本当に多くの楽しみをもらっているので、自分の行為が自分だけでなく、誰かのために、ひいては地域のためになると信じたい。自然という壮大なものに対して恐れ多い部分もありますが、自分自身の行動や生み出すプロダクトをきっかけに山や自然、地域などの環境に還せるものがあれば嬉しい。コラボレーションのベースにもその考えがあるし、そんな想いを120パーセント実現させるためにも、必要なプロダクトを作り続けたいと思います。ウェアも靴もギアも道具も、実感している嘘のない範囲で、リアリティのあるものを作っていくことが、自分のクリエイションのあり方です。

ー最後に、今後挑戦してみたいことや構想についてお伺いできますか?

個人としては、未来のビジョンを思い描くことも大事ですが、目の前のことに常に挑戦する姿勢を持ちたいです。1日で終わる挑戦もあれば、1年かかるもの、ライフワークとしての挑戦もあります。エンジンを常にドライブし続けることがぼくの生きる実感で、充実につながるのかもしれません。

デザインの仕事をしていると人が身につけているものにも自然と目がいって、素敵だなと思ったりしますよね。知られていなくても目を引くデザインって、日常にすごくたくさんある。ぼくらのプロダクトもそんな存在になればいいなと、いつも思っています。自然の中はもちろん、たとえば美術館に行った時、数ある作品の中で「あ、なんか面白い靴履いてるな」とさりげなくも驚きを提供するような存在であってくれれば嬉しい。そんな楽しみや期待を、いつもプロダクトデザインに込めるんです。

日常の中に目を喜ばせたりワクワクさせられるものがたくさんあれば、少し気持ちがほぐれたり、心が潤う人が増えると思うんです。そんなプロダクトで溢れかえればいいなと。選んでくれた人たちを色々な所に連れていってくれて、行く先々で目を引くパブリックアートのような機能を果たせれば、作った甲斐がありますよね。それが山の中だったらもちろん嬉しいですし、街の中でも電車の中でも。都市と自然をつなぎながら、ぼくらのプロダクトが日常の中に当たり前のように存在してくれたら、夢のようだなと思います。

インタビュー・執筆:武石綾子
写真:池本史彦
協力:キーン・ジャパン合同会社

武石 綾子

ライター

武石 綾子

ライター

静岡県御殿場市生まれ。一度きりの挑戦のつもりで富士山に登ったことから山にはまり込み、里山からアルプスまで季節を問わず足を運んでいる。コンサルティング会社等を経て2018年にフリーに。執筆やコミュニティ運営等の活動を通じて、各地の山・自然の中で過ごす余暇の提案や、地域の魅力を再発見する活動を行っている。