自然の奥深くへと入り込むアクティビティで、ハードシェルがいかに重要かを理解していても、数ある製品の中からベストな1着を選ぶのは簡単なことではありません。見た目やデザインが似ていても、同じ素材を使用していたとしても、製品の設計コンセプトが違えば、得られる機能や快適性は大きく変わります。どんなに優れた製品も、用途に合わなければ充分な満足感を得ることは難しいでしょう。
自分にとって本当に必要な1着に出会うために大切なのは、製品の個性を深く知ることはもちろん、何の目的で使うのか、そして将来的にどのようなシーンで使う可能性があるのかも見据えて考えることです。
2025.10.14
小川 郁代
編集・ライター
「ベータ AR ジャケット」
登山やハイキングなどのためのアイテムを集めた、アークテリクスの「ベータシリーズ」の中核として、多くの登山者から支持されてきた「ベータ AR ジャケット」が、今シーズンついにリニューアルを果たしました。
「AR(オールラウンド)」の名のとおり、高山や寒冷期などのシビアな山岳環境で、幅広いアクティビティに使えるマウンテンハードシェル。アルパインクライミングやアイスクライミング、バックカントリースキーなどの、寒冷な環境での着用までを想定した、シリーズのハイエンドモデルです。
「ベータ ジャケット」
同じベータシリーズには、もうひとつの中核とも呼べる「ベータ ジャケット」があります。
軽さと耐久性のバランスや着心地のよさに優れ、高い汎用性を武器に発売後すぐに人気モデルとなりました。
この2つのジャケットは、「多用途に幅広く使える」という共通する特徴を持っています。そのため、「ベータ AR ジャケット」と「ベータ ジャケット」のどちらを選んでも、不自由なく快適に使えるという場面は、さまざまなフィールドで体感することができます。
しかし、それぞれが想定している使用環境の「核」となる部分には、明確な違いがあります。その違いに目を向けながら、「ベータ AR ジャケット」の特徴を詳しく見ていきましょう。
「ベータ AR ジャケット」には、ゴアテックスの中で最もタフで信頼性の高い「GORE-TEXプロ」が採用されています。ゴア社が定めるプロユース基準をクリアしたこの素材は、耐久性、安全性、快適性のすべてにおいてトップクラスの性能を発揮します。
摩擦や引っ掛けなどのストレスが集中する肩や腕、背中の上部、フードには、最大限の耐久性を発揮する100デニール、比較的摩擦の影響が少ないボディ部分には、重量を抑えた80デニールと、2種の厚さの「GORE-TEXプロ」を使い分けて、保護性能と軽さを高い次元で両立させました。
裏地には、摩擦に強い高耐久マイクログリッドバッカーを採用。引っ掛かりのない滑らかな素材感が、優れたレイヤリング性能を発揮します。
デザインのベースは、「ベータ ジャケット」と同じく登山に最適化されたスタイル。シルエットは、適度なゆとりで動きやすく、さまざまなレイヤリングに対応するレギュラーフィット。
共通点の多い2つのジャケットですが、大きな違いのひとつが、脇下に大型ビットジップ(換気が行えるジッパーのこと)を備える点。素早く熱や湿気を換気できるこの仕様は、荒天時も動き続ける冬季のアクティビティなど、ハードな環境で真価を発揮します。
左:ベータ ジャケット 右:ベータ AR ジャケット
フードの使用には、見た目にもわかる大きな違いがあります。
「ベータ ジャケット」のフードは、シングルコードですばやく頭にフィットさせられるコンパクトな形状なのに対し、「ベータ AR ジャケット」はヘルメット対応。内蔵コードで顔回りまでしっかりフィットさせれば、激しい横風や吹き上げる雨もシャットアウトが可能。より厳しい環境を想定した仕様が選択されています。
さらに、特筆すべきは、アークテリクスの製品のなかで唯一の「立ち襟スタイル」を採用していること。
ベータ AR ジャケットの立ち襟スタイル
ベータ ジャケットの一体型フード
多くのジャケットで、ボディからフードまでがつながった「一体型」のフードを採用しているのに対して、「ベータ AR ジャケット」は、独立したフードがハイネックの襟元に取り付けられたような構造になっているのがわかります。
テクニカルなハードシェルで立ち襟型を採用するモデルは、アークテリクス以外でもかなりレア。理由として、生地の分量や縫製の手間や工程などが増えることなどが考えられますが、「ベータ AR ジャケット」が、アークテリクスを代表するロングセラーとして多くのユーザーに愛され続けている理由に、立ち襟ならではのメリットがあるのも確かです。
まず挙げられるのが、首回りの保護性の高さ。首元全体を囲むように高めに設計された襟が、風の侵入をしっかりブロックします。一体型のフードだと、フードを使用しないとき首の後ろが無防備になりがちですが、立ち襟スタイルならその心配はありません。
襟元に適度な余裕があるので、保温性を上げたいときはボリュームのあるネックゲイターもスムーズに収まり、バラクラバやフーディタイプのインナーなどとの相性も申し分なし。
また、フロントファスナーを途中まで開けたとき、一体型のジャケットではフードが後ろに引っぱられて、首元が詰まったような感じになることがありますが、立ち襟は首元が独立しているためそんなストレスはなし。頭を動かすたびに顎のあたりがファスナーにあたるなどという不快感も解消されるでしょう。
悪天候時のプロテクション性をたもちつつ、フードが必要ない環境での快適性にも優れる。立ち襟スタイルには、「幅広いシーンで快適に使える」というこの製品のコンセプトに、とてもよくなじむデザインです。
さて、冒頭でも触れたように「ベータ AR ジャケット」は、今シーズからリニューアルした新しい姿で店頭に並びます。しかし、外から見てわかる変化は、左胸とフードに配されたロゴの種類くらいしかありません。
それでも、見えないところでは、とても大きな変化を成し遂げています。
ゴア社が長年の研究の末に開発した「ePEメンブレン」は、環境負荷の大きいPFAS(有機フッ素化合物)を使用しない防水透湿メンブレン。従来のメンブレンと同等の機能を備えたまま「PFASフリー」化を成し遂げました。
すでに数シーズン前に「ePE GORE-TEX」への切り替えが完了していた「ベータ ジャケット」に続き、より厳しい基準が課せられる「GORE-TEX プロ」もePEメンブレンへの移行に成功。これをもって、「ベータ AR ジャケット」を含むアークテリクス製品に使われるすべてのゴアテックスが、PFASフリー化したことになります。
この変化は、環境にとってもちろん大きな前進ですが、性能面でも製品に確かな進化をもたらしてくれました。第一に、メンブレンが薄くなったことによる「軽量化」。さらに、透湿性能が向上したことで、「快適性」もアップしました。
これを受けて、「ベータ AR ジャケット」は、従来の80デニールだった表地を100デニールに変更。メンブレンが軽くなったぶん表地を厚くして、重量を増やすことなく、より厳しい環境に耐えるタフさと、長く使い続けられる「耐久性」も向上させたのです。
その結果、「ベータ AR ジャケット」は使用範囲をさらに広げることができました。生地が厚くなったにもかかわらず、風合いや軽さは「ベータジャケット」に引けをとらないほど。
荒天時の縦走や冬山登山に対応できる強度を備えつつ、春秋のトレッキングにも気負わずに使え、収納サイズがコンパクトになったので、予備として持ち運ぶという使い方もしやすくなりました。
「ベータ AR ジャケット」が、厳しい環境や冬のシーズンを核に、より幅広く使える1着へと進化したことで、「ベータ ジャケット」をはじめとするほかの製品と活躍の場が重なることも増えました。その結果、何を選ぶかの選択が、より一層難しくなったともいえます。
しかし、今何をしたいのか、これから先に何をしたいのかにい目を向けると、その答えがクリアに見えてくるでしょう。
たとえば、岩稜帯を含むアルプスの主稜線縦走や冬山登山をしていて、より厳しい条件の山にも挑戦していきたいと考えているなら、迷わず「ベータ AR ジャケット」を選びましょう。優れた耐久性や修理しやすい仕様で、あらゆるコンディションで長い年月を共にする確かなパートナーになってくれるに違いありません。
北アルプスの夏山縦走や日帰りの低山、キャンプや日常まで気軽に使える1着が欲しいなら、「ベータ ジャケット」が第一の候補にあがります。
しかし、いつかはロープを使うような登山や冬山にも挑戦してみたいという気持ちがあるのなら、「ベータ AR ジャケット」を選ぶのもよい選択。今少し背伸びをして手に入れる1着があなたの可能性を広げ、まだ見たことのない景色に出会うための、新しいチャレンジを後押ししてくれるでしょう。
日常のお手入れや修理をしながら、この先何年も使うものだからこそ、今だけでなく将来も満足できるものを選ぶこと。そして、時間が経っても愛着をもって着られ、着ている自分に自信が持てるようなものを選ぶこと。これが「ベータ AR ジャケット」を選ぶ理由です。
最後に、アークテリクスらしい粋な演出を一つご紹介しましょう。
「ベータ AR ジャケット」のインナーポケットやそのファスナーには、ボディのカラーとは違う色が使われています。これは、「このジャケットにはこの色を合わせると素敵に着こなせますよ」というカラーコーディネートのアドバイス。デザイナーとは別に、カラーだけを扱う専門職スタッフを抱えるアークテリクスらしい粋でおしゃれな演出も、この1着を選ぶ理由になると思います。
原稿:小川郁代
撮影:中村英史
協力:アークテリクス ゲストサービスセンター/アメア スポーツジャパン