圧倒的な山行日数を誇る人気山岳/アウトドアライター、高橋庄太郎さんによる連載「いつかは行きたい! 山の "名スポット・珍スポット"」。 毎月1ケ所「え、こんなところにこんなものが?!」と驚く、知られざる名(珍)スポットを紹介します。
高橋庄太郎の「いつかは行きたい!」山の名スポット、珍スポット #02/連載一覧はこちら
2019.12.26
高橋 庄太郎
山岳/アウトドアライター
「イタコ」という盲目のおばあさんが故人の霊と引き合わせてくれる「口寄せ」で知られる「恐山」。青森県の下北半島の中心に位置し、高野山、比叡山とともに日本三大霊場のひとつとして古くから信仰を集めてきた。
もっとも「恐山」といっても、ズバリそのような名称の山があるわけではなく、火山の火口に水をためたカルデラ湖である宇曽利山湖を中心に展開する外輪の山群全体を指している。そして湖畔の一角に恐山菩提寺があり、その場所が霊場としての「恐山」なのだ。
古くから山岳信仰が根付き、山中に寺社を建立することが多かった日本では、寺社を創始することを「開山」ということはよく知られているが、そのためにこの一帯は山という意味でも、霊場という意味でも「恐山」と呼ばれているわけだ。ちょっとややこしい。それだからか、とくに恐山菩提寺がある場所に関しては、「霊場恐山」という言い方が定着しているようである。
また、この地域をもう少し広くすると「恐山山地」と呼ばれるようになり、その最高峰は標高878.6mの釜臥山だ。しかし霊場恐山から周囲を眺めると、圧倒的に存在感を放っているのは標高828mの「大尽山」。宇曽利山湖越しに印象的な三角形の山がそびえ、この地を聖なる霊場恐山として印象付けるのに大きな役割を果たしている。それなのに、この山に登れることを知り、登山の対象として考える人は意外と少ない。
そこで今回紹介するスポットは、この「大尽山」の山頂。霊場恐山から大尽山を見上げられるように、大尽山からは霊場恐山を見下ろすことができる。あの霊場を山の上から眺めると、どんな風に見えるのだろうか?
まずは前知識として霊場恐山を簡単にお見せしよう。入山料を払って入る総門の内側はかなり広い。血の池地獄、賽ノ河原、極楽浜など名前が付けられた場所を巡り、展望台にも足を延ばしたりしていると、あっという間に1~2時間以上経ってしまう。それだけでもちょっとしたトレッキング感覚だ。とくに天気が悪いときは恐ろしい雰囲気で、亜硫酸ガスがうっすらと漂い、モノトーンの火山岩の中に硫黄で黄色くなった岩石が混じっている風景はいかにも異世界という感じである。
宇曽利山湖の周囲には全長12kmの遊歩道が作られている。だが、実際に歩く人は少ないようで、雑草が生い茂り、倒木も放置されたまま。とくに霊場恐山の真正面に位置する大尽山登山口まで時計回りで歩く道筋はなかなか厳しい。だが、車道から近い場所から歩き始められる反時計回りのコースならば最低限の手は入っており、登山口まで問題なく行けるだろう(年によって異なると思われる)。
車道の横から遊歩道に入り、大尽山までは3時間少々。湖畔沿いの平坦地を歩く前半に比べ、山頂へ向かう後半は急登が続き、意外と苦労するはずだ。宇曽利山湖は標高210mほどで、山頂までの標高差は優に600m以上なのだから、舐めてはいけない。
魚が住みにくい宇曽利山湖に比べ、樹海のように広がる森はじつに豊かだ。足元にはドングリやシイノミがいくらでも落ちており、動物の痕跡が至る所にある。ツキノワグマも生息しているに違いない。いや、むしろこういう場所にツキノワグマがいないのなら、日本のどこにいるのだろう? クマ避け対策はしておいたほうがいい。
ところで、“山としての恐山”は「蓮華八葉」と呼ばれる大尽山、小尽山、北国山、屏風山、剣の山、地蔵山、鶏頭山、そして釜臥山の八峰で構成される。つまり大尽山も恐山のひとつだ。だから、大尽山から霊場恐山を眺めれば、「恐山のひとつから、別の恐山を眺め下ろす」ということになる。なんだか複雑だが、ちょっとおもしろいではないか。
じつはこの山行時、僕は途中からカメラのトラブルでクリアな写真が撮影できなくなっていた。そのために一連の写真はあまりきれいではないのだが、それでもなかなかの光景だとイメージできるはずだ。
山頂から見る霊場恐山は、思いのほか気持ちよさそうな場所に見える。本当は火山性ガスなどによって草木も生えない荒々しい平地なのに、遠くから見れば平和で解放的な空間に感じられるのだ。こういう角度から霊場恐山を眺めた人だけが体感できる、おもしろい感覚といえるだろう。
大尽山への往復は、順調にいけば5~6時間。霊場恐山を朝から見物して登り始めても、夕方前には戻ってこられる。反対に朝から大尽山に向かえば昼過ぎには下山でき、それから霊場を巡ることが可能だ。
僕のお勧めは、はじめに大尽山に登り、それから霊場巡りをすること。下北半島にある恐山は海に近く、とくに夏の午後はガスがかかりやすい。そこで早めに登ったほうがクリアな眺望が期待できるからだ。また、霊場の食堂と休憩所は16時、温泉は18時まで。早く下山すれば、霊場見物のついでに食事と温泉ものんびり楽しめるのである。
ところで、この山行が終了してから知ったことだが、大尽山の山頂にあった大岩は、「この世とあの世の境」になる岩なのだそう。おっと、知らずに登ってしまったよ! いろいろ調べても、あの岩に登ってはいけないという話は出てこなかったので、大きな問題はなさそうだが……。
少なくても現時点では、僕にはなにかの罰が当たったという実感はない。だが、これから行ってみる人は少し考えたほうがいいかもしれない。
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文・写真:高橋庄太郎