こんな場所から槍ヶ岳を見たことがある? アクセス簡単!?「伊藤新道の展望台」

圧倒的な山行日数を誇る人気山岳/アウトドアライター、高橋庄太郎さんによる連載「いつかは行きたい! 山の 名 (珍) スポット」。 毎月1ケ所「え、こんなところにこんなものが?!」と驚く、知られざる名(珍)スポットを紹介します。

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2019.11.29

高橋 庄太郎

山岳/アウトドアライター

INDEX

地図の上に書かれた道だけが、登山道ではない!

目の前の山に明確な登山道が付いているというのに、手持ちの地図データには載っていない。そこを歩いていったら、どうなってしまうのだろう……。そんな経験をしたことはないだろうか?

北アルプス中央部、日本百名山の鷲羽岳。地図を見ると、稜線上の三俣山荘から登山道が北東の山頂へ延び、山頂からは北に向かっている。国土地理院の地図でも、市販の登山地図でも、この「YAMAP」でも、それは同じだ。だが、現場を歩いてみるとわかる。三俣山荘を出発して数分で、地図にはない「分岐」が現れ、道が地図と同じ山頂方向と、地図にはない山腹を巻く方向と、2方向に分かれるのだ。分岐には道標まで立てられ、行先の地名もそれぞれ書かれているのだから、これはどちらも登山道の扱いといってよいだろう。

その道の存在は、遠くから見てもよくわかる。例えば、鷲羽岳の南西に位置する双六岳の方向から眺めると、鷲羽岳の山腹へ一直線に道らしきものが付けられているのが確認できるはずだ。それはまるで、山に残された引っかき傷のようである。

鷲羽岳-1

双六岳の方向から見た鷲羽岳。山頂左側の鞍部に三俣山荘があり、そこから中央に延びるようにうっすらと線が見える

鷲羽岳-2

小さな画像ではわかりやすいので、同じ写真に線を引いてみた。グリーンが地図にはない登山道の跡で、ブルーが鷲羽岳山頂に至る一般登山道。それらが交わるあたりに分岐と三俣山荘もあることになる

鷲羽岳-3

さらに同じ写真をトリミングしたカット。中央の線のような登山道がわかるだろうか

じつはこれ、現在では廃道扱いになっている「伊藤新道」の“跡”。伊藤新道とは、山岳書の大ベストセラー『黒部の山賊』の著書である伊藤正一氏(2016年没)が開削した、湯俣を起点に湯俣川をさかのぼり、その後は鷲羽岳の山腹を巻きながら鷲羽岳直下の三俣までつけられた古い登山道である。

三俣の先は北アルプス最奥の地、黒部川源流部と雲ノ平だ。その秘境に登山者をいざなうために、また小屋建設の資材などを運び上げるために、伊藤さんは伊藤新道を1956年に開通させた。ポイントは、できるだけ急勾配の部分を失くして少しずつ標高を上げ、三俣まで最短の時間と距離で上がることができるということ。その結果、伊藤新道が使えたころは、今よりも格段に短い時間で三俣や雲ノ平へと登山者は歩いていくことができていた。

北アルプスのクラシックルート「伊藤新道」の今

この伊藤新道は、半分が湯俣川沿いにつけられた谷のルート、残り半分は鷲羽岳を巻くようにつけられた森のルートとなっている。しかしルート上の谷の岩壁の崩落が激しく、5つ付けられていた吊り橋はすべて破損。1983年ごろには通行不可能になってしまった。それゆえに、以前は正式な登山道だったのだが、現在は登山道扱いされていない旧道になってしまっているわけなのである。

先ほど僕は伊藤新道の“跡”と書いた。しかし、これは正しいともいえるが、正しくないともいえる。なぜなら、そこはたしかに現在の地図からは抹消された登山道なのだが、一方では現在も三俣山荘のスタッフが毎年必ず手を入れ、誰もが歩けるようにしている現役の登山道の区間も残っているからだ。実際、三俣山荘では、このルートのうち、槍ヶ岳がよく見える「展望台」という場所までは“歩ける道”として登山者に紹介している。

展望台の先も森の区間には踏み跡がはっきり残っており、歩けないことはない。しかし谷の区間はいまや沢登りの技術や装備が必要で、エキスパートやガイド同伴の登山者のみが挑戦できる難路となっており、簡単にはお勧めしがたい場所になっている。

鷲羽岳-4 三股山荘

赤い屋根が、鷲羽岳の直下にある三俣山荘。そこから左側に旧・伊藤新道が延びている

三俣山荘

三俣山荘の窓からの風景。裏銀座コースのルート上に位置するこの小屋からは、槍ヶ岳がきれいに見える

三俣山荘では、こんな伊藤新道の情報を積極的に公開している。なにしろ、山荘内にはガイド的なイラストが飾られているだけではなく、入り口の黒板には現在の通行状況も明記されているのだ。

伊藤新道 イラスト

三俣山荘内に掲示されている伊藤新道のイラスト図。ポイントとなる場所の写真や地図に落とし込んだルートは同山荘のウェブサイトから見ることができる

三俣山荘 黒板

三俣山荘の入り口にある黒板。下のほうには伊藤新道の名称も

三俣山荘 黒板 拡大

同じ写真を拡大すると、「伊藤新道 展望台まで可」と書いてあるのがわかる

見どころはたくさん。だが死者が眠る場所も……。

そんなわけで、現在も伊藤新道は「展望台」までならば、多くの登山者が楽しめる現役の登山道となっている。とくに例年、夏の盛りを過ぎた時期に三俣山荘のスタッフが整備を行ない、下草を刈り取ってくれるので、秋は非常に歩きやすいのだ。たとえ地図には載っていなくても、手入れが行き届いていないへたな一般登山道よりもしっかりしているといえなくもない。

伊藤新道分岐

伊藤新道へ至る分岐の近くに立つのは、生前の伊藤正一さん。僕が以前、伊藤さんを取材したときのカットだ

三俣山荘分岐 道標

分岐にはこんな道標がある。伊藤新道はもちろん、湯俣という表示まで残しているのは、近いうちに伊藤新道全体を再整備し、多くの人が通行できる道に復活させたいという三俣山荘の意思があるからだ

鷲羽岳山腹

鷲羽岳の山腹を巻く森の区間。分岐から先は一本道が続き、迷いやすい場所は少ない

展望台に至るまでの区間には、いくつかの見どころが点在する。たとえば、ダケカンバの森。樹齢数百年にもなりそうな大木が並び立ち、じつに見ごたえがある。「庭園」と名付けられた高山植物の草地も2か所あり、時期になると花もきれいだ。伊藤正一さんによれば、その昔、庭園には身元不詳の登山者を埋葬したことがあるらしく、ここは一種の墓場といえなくもない。

ダケカンバ

三俣山荘の現在のご主人であり、伊藤正一さんの長男である圭さんが「ご神木」と呼んでいる巨大なダケカンバ。展望台に向かう途中にドンと立っている

三俣山荘 第一庭園

休憩に適した「第一庭園」。ここまでは三俣山荘から約1時間。近くには「第二庭園」もあるが、現在は樹木が茂り、庭園的な面影は薄くなってしまっている

ついに出現! 北アルプス屈指の大展望台

さて、三俣山荘から歩くこと、約2時間。突然、登山道の右側(谷側)が崖になり、視界が開ける。その場所こそが「展望台」だ! 丸太を削った標も立っており、間違って通り過ぎることはあるまい。

展望台の標高

「展望台」の標高は2106m。三俣山荘は2550mなので、約444mほど下がった場所だ。ちなみに伊藤新道起点の湯俣は、標高1534mである

展望台からは、槍ヶ岳の眺めがすばらしい! 山頂から左に北鎌尾根、右に西釜尾根を延ばし、山頂自身は尖り切っている。僕個人は手前に立ちはだかる荒々しい硫黄尾根の迫力にも心惹かれ、いつまでも眺めていられるくらいだ。

槍ヶ岳がカッコよく見える場所というのは、北アルプスには数か所あるが、じつは僕のいちばんのお勧めは、三俣山荘前だ。モノトーンの槍ヶ岳の手前に赤茶けた硫黄尾根が張り出し、手前には森の緑が広がり、そのカラーリングが美しいからである。だが、それは地図に記載されている「一般登山道」の上に限った話。この伊藤新道の展望台から見る槍ケ岳は、三俣山荘前からの槍ヶ岳に負けるとも劣らない存在感で、甲乙つけがたい。均整がとれているという意味では三俣山荘前のほうがよい気もするが、展望台のほうが槍ヶ岳への距離が近い分だけ、迫力という点では格段に勝っている。三俣山荘から展望台まで往路2時間になるが、それだけ歩く甲斐はあるはずだ。

槍ヶ岳

こちらが展望台からの風景だ! 角度によっては手前の木の枝が少々邪魔になるが、それでも槍ヶ岳の迫力が伝わってくるだろう

一般の地図には記載されていない、この展望台。登り坂になる復路は3時間ほどで、三俣山荘からは往復約5時間になる。三俣山荘に連泊しなければ行きにくいが、ほとんどの人が知らない好ポイントで、あとで誰かに自慢できそうなことも考えれば、日程に1日プラスするだけの価値はあるのではないだろうか?

展望台からさらに延びる旧・伊藤新道にも三俣山荘はある程度の手は入れており、自分で状況を判断する力と体力を持つ人ならば、もっと先まで歩くことも可能だ。硫黄尾根の下部、硫黄沢が湯俣川に合流する場所まで眺められる位置まで下れば、いかにも火山らしい荒々しい雰囲気を目の当たりにでき、展望台以上の感動を味わえるかもしれない。ただし、展望台までとは異なり、誰もが歩けるようには整備されているわけではない。一般の登山道とは別次元のルートであることは、重々承知を!

北アルプスにこんな風景があるなんて! 下のほうに少し見えるのが湯俣川で、この川を下っていくと、いずれ湯俣に出る

この展望台への登山道とコースタイムの目安は、近いうちにYAMAPのデータにも反映されるはずである。今後、北アルプスに行こうと考えている方は、ぜひ参考にしていただきたい。

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トップ写真:田村茂樹
他写真・文:高橋庄太郎

YAMAPで伊藤新道周辺の地図を見る

高橋 庄太郎

山岳/アウトドアライター

高橋 庄太郎

山岳/アウトドアライター

出版社勤務後、国内外を2年間ほど放浪し、その後にフリーライターに。テント泊にこだわった人力での旅を愛し、そのフィールドはもっぱら山。現在は日本の山を丹念に歩いている。著書に『トレッキング実践学 改訂版』(ADDIX)、『テント泊登山の基本テクニック』(山と渓谷社)など多数。イベントやテレビへの出演も多い。

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