「雪山って、“なんとなく”危険が多そう…」そんな漠然としたイメージお持ちではありませんか? 正しく雪山の危険やその対策を知っておくことが、雪山登山への挑戦の第一歩になります。今回も、登山ガイドの石川高明さんが雪山登山の注意点をわかりやすく解説。凍傷やホワイトアウトなど、雪山特有のリスクだけではなく、計画の立て方や水分の取り方など、初心者が見落としがちなことまで教えてくれます。出発前にしっかり読んで、安全&快適な雪山登山を楽しみましょう。
雪山初心者必見!登山ガイドが教える「雪山登山の基本」 #02/シリーズ一覧
2023.02.02
石川 高明
信州登山案内人・登山ガイド
雪山の危険は、凍傷やホワイトアウト、雪崩といった、いわゆるイメージしやすいものから、実際の危険度に比べてあまり大きくクローズアップされることのない、低体温症や水分補給といったことまで多岐にわたります。
危険に対する基本的な態度として、どんなレベルの方に対しても私がお勧めするのは、正しく「臆病」になること。そうすることで、「本当にこのルートで合っているかな」「天気が急変するかもしれないから早めに下山した方が良いかも」「念のためレイヤリングの調整をしておこう」など、いたるところに潜んでいる危険の芽を潰していけるようになるのです。
雪山登山での注意点と、その対策について順に説明していきましょう。
凍傷やシモヤケ、低体温症といった寒さからくるトラブルは、「濡れ」と「風」が引き金となっています。そもそもなるべく汗をかかないことが大事です。汗で濡れてしまったら乾いた服に着替えるなど、濡れた状態でいないことを徹底しましょう。下着や靴下は替えを十分用意しておくと安心です。
また、風もあなどれません。一般に、体感温度(人間が肌で感じる温度)は、風速1m/秒増すごとに約1℃下がると言われています。もし、外気温が0℃で、風速10m/秒だと、それだけで-10℃の体感温度となります。風を受けるような場所に出るときは、保温のミッドレイヤーを充実させ、シェルレイヤーで風を防ぎましょう。
雪山ではどっかり座りこむような長い時間の休憩はしません。なぜなら、歩いて温まった体が冷え切ってしまうからです。登山ガイドの経験上、特に雪山では、長く休憩した後は足をつってしまうお客様がかなりいらっしゃいます。そのため、疲れないようにゆっくり歩くようにしています。また、休憩を取る場合は、5分以上は休まず、短くこまめに休憩するなど工夫します。
雪山では汗をかきにくく、のどの渇きも感じにくいため、水分補給を怠ってしまいがちです。寒いからといって水分補給しなくていい訳ではありません。冬は空気が乾燥していますし、血中の水分量が少なくなると血液循環も悪くなり体調へも影響するので、夏山同様にこまめに給水を行うことが大切です。冷たい水分は取りにくいので、保温ポットに暖かい飲み物を入れておくのがおすすめです。
慣れない雪上歩行や、雪山に対する意気込みなど、夏山とは異なる環境に焦りを感じてオーバーペースになり、早々にバテてしまう人も多くいます。特に冬は日が短いため、余裕のある行動計画を立て、日没時間などもしっかり確認しておきましょう。
雪山への不安から、ウェアやギアなどの荷物を充実させがちになります。アイゼンやピッケルなど、重量のある装備を持った上に、さらに余計なものをたくさんパッキングしてしまうことで、シャリバテ(エネルギー不足で体が動かなくなること)になる初心者も多くいます。もちろん、慣れない雪山歩行で無駄な体力も消耗しがち。出発前に荷物を見直すこと、また、普段から体力をつけておくことは大切です。
雪山というだけで、気持ちが焦ってしまう人も多いはず。どうしても心が落ち着かないという人は、雪がない無雪期にそのルートを歩いておくといいでしょう。かつての山岳会やクラブでは、初見での雪山登山は許されないというところが多くありました。雪が降る前に下見をし、どこを通るルートなのか、風を遮るものがあるかなど、ルートや周囲の状況を確認しておきましょう。
天候が急変する日本の雪山は、世界的に見ても過酷な環境です。1日のうちで、雨交じりの雪から本格的な降雪に移行し、夜は晴れて明け方には放射冷却で極寒になる……と、目まぐるしく変化することも。天候に合わせてレイヤリングを調整したり、ときには勇気ある撤退を決めたり、環境に柔軟に対応する必要があります。
近年、災害に近い異常気象が続いています。一方で、天気予報は格段に精度が上がって、入手も容易になっています。事前に気象予報を入手して分析し、くれぐれも無理な雪山登山は控えましょう。
雪山ではルートを読む力が問われますので、普段から地図読みや地形を見抜く力を養っておく必要があります。雪でルートを見失う、雪庇を踏み抜く、ホワイトアウトで道に迷う、雪崩に遭遇するなどのトラブルは、基本的なルートファインディングを怠ることで生じます。
携帯する地図には、分岐点や地形的な特徴など、ポイントを記入しておくこと。その際は、ガイドブックを参考にするとよいでしょう。雪崩に関しては、過去に発生した場所が記録に残っていますので、近づかないことが最善の策です。素早く通過するなどの対処法もありますが、的確な判断ができないようなら難易度を下げ、雪崩の危険が少ない場所を選ぶようにしましょう。またGPSなどを合わせて携行するようにしましょう。
雪山登山のトラブルを事前に検討することも大切ですが、実際に雪山の雰囲気や状況を体験して、どんなトラブルが生じやすいのか実感してみることも重要です。まずは、コースタイムの短い(2〜3時間程度)の山から、雪山の雰囲気や状況を体験してみることをおすすめします。
その際、単独行はできるだけ避け、ガイドや経験者と一緒に入山しましょう。これは雪山に限ったことではなく、夏山でも言えることです。一番の理由は、何かトラブルが起きたときに1人では対処が難しいからです。経験者と一緒に歩けば、知識や技術を学ぶこともできますので、メリットも多いはず。一気にハイレベルな山を狙うのではなく、少しずつ経験を重ね、ステップアップしていくよう心がけましょう。
ここまで、いろいろと注意点を書き連ねましたが、雪山の環境下だからこその長所もたくさんあることを最後にお伝えしたいと思います。
1つ目は、当たり前のことですが、寒くて汗をかきにくいこと。レイヤリングに気をつけていれば、汗冷えしにくい環境であると言えます。そもそもよく考えてみてください。登山のウェアは、ダウンジャケットやフリースなど、「寒いときに暖かくするもの」ばかりですよね。逆に「暑いときに涼しくするもの」は、ほとんどありません。登山というスポーツの発祥は寒い地方(ヨーロッパの標高の高い山岳地帯。夏でも標高4000mの山では雪が降ります)。だからこそ、寒さを乗り切るためのウェアや装備が多く、冬こそ快適に過ごせるはずなのです。
転んでも(雪の上だから)汚れないし、ケガをしにくいという良さもあります。そして、意外と気がつかないのが「疲れにくい」こと。夏には岩の段差や急な斜面に合わせて歩く必要があり、歩幅が合わなかったり、筋肉をより使ったりしています。一方、冬は一面が雪に覆われていますので、自分の歩幅で歩きやすい斜面を選んで歩けます。実は、雪上歩行さえマスターしていれば、楽に歩ける環境なんです。特に下りは雪のおかげで膝への負担が小さくて済みます。
ぜひ、登山を愛する皆さんには、雪山を正しく理解して、正しく「臆病」になり、雪山登山を楽しんでいただきたいと思います。
トップ画像提供/石川高明
写真/宇佐美博之(提供写真以外)