山岳ライター・編集者として活躍される一方、数々の登山道具を使ってきた森山憲一さんが、長年使い込んだ登山道具の中から「これは!」と思う逸品を選定・レビューする連載「Long Term Impression」。第4回目はレインウェア「ゴアテックス・シェイクドライ」について。基本スペックから使い勝手まで詳細にお伝えします!
森山憲一さんのギアレビュー #04/連載一覧はこちら
2021.07.13
森山 憲一
山岳ライター/編集者
レインウエアに使われる通常の防水透湿素材というのは、表面にナイロンなどの生地を貼って防水フィルムを保護する構造になっています。
ところが、その表地を省略してゴアテックス・メンブレンが露出しているという驚きの構造をもって数年前に登場したのが、「ゴアテックス・シェイクドライ」。ゴアテックスにはいくつかの種類があるのですが、これはそのなかでもかなり画期的というか、攻めた仕様になっています。
そのシェイクドライを採用したモンベルの「ピークドライシェル」を2年前から使っておりました。常識破りの新素材のため、使い込んでからでないと意味あることが言えそうにないなと思って温めていたのですが、そろそろレポートしてもいい頃合いかと思い、ここに使用感をレポートいたします。
2シーズン使用してみての、個人的感想は以下です。
1.圧倒的な透湿性
2.抜群の乾きの速さ
3.降雨時の快適性の高さ
4.ハードユースには向かないか
5.ルックスは好みが分かれるかも
6.トレイルランナーは全員これにすべき
製品についてレポートする前に、ゴアテックスの構造を説明しておきます。ちょっと理屈っぽい話になりますがお付き合いください。
これが通常のゴアテックス生地の断面です。「ゴアテックス・メンブレン」と呼ばれるフィルム状の素材が、表地と裏地にサンドイッチされた構造になっています。ゴアテックス・メンブレンというのはテフロン系樹脂の一種で、これがゴアテックスの防水性と透湿性を司る心臓部であります。ただし傷つきやすい素材なので、ナイロンなどの表地と裏地で保護する構造になっています。「3レイヤー」って聞いたことがあるかと思いますが、それはこの3層構造のことを指しています。
ゴアテックス・メンブレンに特殊なコーティングを施すことで裏地を省略した「ゴアテックス・パックライト」というものもあります。裏地がツルツルしたゴアテックスウエアありますよね。あれがこれです。
そしてこれが今回の主役「ゴアテックス・シェイクドライ」の断面。パックライトとは逆に、表地を省略した構造になっています。表側は岩や木に引っかけたり、泥汚れがついたり、メンブレンにとっては過酷な環境。そのため表地を省略するのは禁じ手だったのですが、コーティング技術が進み、これが可能になったというわけです。
表地を省略することのメリットはいくつもあります。
ひとつは、表地がないので単純に軽くなる。次に、2層構造なのでしなやかになる。さらに、表地素材の特性に左右されず、ゴアテックス・メンブレン本来の防水性と透湿性が存分に発揮される。
一方で、課題というか疑問は耐久性。本当に表地なしで大丈夫なのか? そこがシェイクドライの最注目ポイントかと思います。そこに注目しつつ、レポートしてみようと思います。
これがシェイクドライ使用のモンベル・ピークドライシェル。
今のところ、シェイクドライを使用した山で使えるレインウエアは、私の知る限り以下のようなものがあります。
アークテリクス/ノーバンSLフーディ
ザ・ノース・フェイス/ハイパーエアーGTXフーディ
ゴアウェア/R7トレイルフーディッドジャケット
ホグロフス/ブレスGTXシェイクドライジャケット
ティラック/ベガシェイクドライジャケット
ホカオネオネ/ゴアテックス・シェイクドライ・ランジャケット
このなかで比べると、ピークドライシェルは機能やスペック的にとくに注目すべきポイントがあるわけではないけれど、他がほとんど4万円オーバーであるのに対して、これは税込でも26180円と破格です。シェイクドライがどんなものかひとまず試してみたいという人にはうれしい価格設定ではないでしょうか。
モンベルの定番レインウエアとスペックを比較してみました。
製品名 | 使用素材 | 税込価格 | 重量 |
ピークドライシェル | シェイクドライ | 26180円 | 185g |
トレントフライヤージャケット | パックライト | 25080円 | 194g |
ストームクルーザージャケット | 3層ゴアテックス | 22880円 | 254g |
バーサライトジャケット | ウインドストッパー | 16060円 | 134g |
アークのノーバンSLが125gであることを考えても、ピークドライシェルにそこまで軽さのアドバンテージがあるわけではないことがわかります。ただし、定番品とそれほど変わらない価格は、モンベルの企業努力ならではと言わざるを得ません。
耐水圧と透湿性のスペックも公表されています。
製品名 | 耐水圧 | 透湿性 |
ピークドライシェル | 50000mm以上 | 80000g/m²・24h |
トレントフライヤージャケット | 50000mm以上 | 44000g/m²・24h |
ストームクルーザージャケット | 50000mm以上 | 35000g/m²・24h |
バーサライトジャケット | 30000mm以上 | 43000g/m²・24h |
こういう数値はあまりこだわってもしかたないのですが、透湿性には注目。他モデルの2倍前後の数値になっています。ここまで差があると、実用上も感じる違いになってくるのではないでしょうか。実際に使用してみて、この数値の差がダテではなかったことを知ることになりました。
入手した当初、まずは自宅で着てみました。ゴアテックスウエアは、しばらく着ていると蒸れて暑くなってくるのが常なのですが、これはいつまでたってもそうならない。しなやかな着心地もあいまって、自宅の部屋でも普通に着ていられるほど蒸れません。これはちょっと驚きの感覚でした。
山の現場ではこれはさらに明確に体感できました。登りなどで体が温まってくるとレインウエアは着ていられなくなってくるものですが、ピークドライシェルはかなりの部分着っぱなしでいけるのです。もちろん限界はあるわけですが、通常のゴアテックスウエアに比べて、蒸れを感じない範囲が明らかに広い。
体感的には蒸れにくさはこんな感じでしょうか。
通常のゴアテックスウエア < ピークドライシェル < ウインドシェル
「蒸れにくく」「軽い」ため、かなりウインドシェルに近い着用感といえます。私は通常、山には軽いウインドシェルとレインウエアの2枚を持っていって、肌寒いけど蒸れたくないときにウインドシェル、本格的に雨が降ってきたらレインウエアと使い分けているのですが、ピークドライシェルならウインドシェルは省略してもいいかもしれないと感じました。
なぜこんなに蒸れないかというと、それは理屈で納得できます。上のゴアテックス断面図を思い出してください。実はゴアテックスの透湿性はメンブレンの性能だけで決まるわけではありません。表地や裏地を重ねるほど、生地全体の透湿性は低くなっていきます。その点、シェイクドライは、透湿性を妨げる表地がないため、蒸れが直接外に逃げていくというわけです。
雨に濡れて山小屋に着いたときなどは、シェイクドライの優位性に感動する瞬間のひとつです。一度バサッと振るだけで、ほとんど水気がなくなるのです! 振る(シェイク)だけで乾く(ドライ)。まさにこれがシェイクドライの命名の由来なのでしょう。
山小屋に泊まって濡れたレインウエアを干しておいたとき、翌朝になっても乾ききっていなくて、ジメッと冷たいレインウエアを渋々着るという体験をした人は少なくないかと思います。シェイクドライならこういうことはまずありません。
なぜそうなるのか。
それはシェイクドライの表面は、まったく水分を含まない素材だからです。ゴアテックス・メンブレンが露出しているので、そもそも水分を含む余地がありません。浸水性はゼロといっていいでしょう。だって布ではないわけですから。ゴアテックス・メンブレンというのは樹脂。いってみればビニールみたいな質感のものなので、水滴は全部コロコロと転がっていくのみです。
そしてこの性能は半永久的に続くというところもポイントです。
通常のレインウエアは、表地に撥水加工を施して水分が染みこまないようにしてあります。それでもこの加工は完璧ではなく、使っているうちに次第に落ちていきます。使い込んだレインウエアは撥水剤やアイロンがけなどで撥水性の回復をしないと快適性は保てません。
たとえば、レインウエアが下の写真のような状態になっている人は少なくないんじゃないでしょうか?
一方、シェイクドライは撥水性を回復させる必要がありません。何度もいいますが、布ではないのですから。表面加工で撥水性を持たせているのではなく、素材そのものが水分を弾いているので、撥水性の回復という概念自体が不要なわけであります(裏地は布なので汚れの洗濯は必要ですが)。
これはズボラな人間にはかなりの魅力に感じるのではないでしょうか(私とか)。
もうひとつの感動ポイントは、降雨時の快適性がとても高いということでした。
具体的には、まず冷えにくいということ。
新品のレインウエアでも、ザックなどですれやすい箇所を中心に、いくらかは表地が水分を含みます。すると、そこから体温が奪われていたのです。ところが撥水性がほぼ完璧のピークドライシェルを着ると、この冷えをあまり感じないのです。これはちょっと体験したことのない感覚でした。
実例をあげましょう。豪雨の北アルプスで、撥水性が落ちたレインウエアを着ていた同行者が寒くてガタガタ震えていたのに、ピークドライシェルを着ていた私はまったく無問題だったのです。ピークドライシェルのほうが薄手なのにもかかわらず。これは撥水性の差としか考えられませんでした。
もうひとつは、動きやすさというか快適性というか。
水分を含んだレインウエアは多少なりとも重く、体に張り付きやすくなります。それが行動のストレスとなります。ところがピークドライシェルは、雨が降っているときでも降っていないときでも、着心地がほとんど変わらないのです。なにしろ、水分をほとんど吸収しないわけですから。
表面の撥水性がいかに重要か、それがいかに行動中の快適さを左右していたか。ピークドライシェルを着るようになって私は初めて知りました。
ここで念のため、撥水性と防水性の違いについて説明しておきます。
このふたつは混同されがちなのですが、レインウエアについて語るとき、それぞれは異なる機能を指しています。先ほどの断面図を利用すると、以下のような関係になります。
撥水性は「生地表面で水を弾く機能」、一方、防水性は「衣服の内側まで水を浸透させない機能」。
ゴアテックス製のウエアは、メンブレンが破れたり縫い目のシームテープが剥がれたりでもしないかぎり、原則的に防水性がなくなることはありません。ただし、表地の撥水性は使用するにつれて落ちていきます。「ゴアが水漏れするようになってきた」とよく言われますが、その大半は勘違いで、撥水性が落ちて冷たく感じているだけか、汗で内側から濡れているだけなのであります。
で、撥水性が落ちるとどういうことが起こるか。下の図のように、表地が水分を含み、水でコーティングされたような状態になってしまいます。
こうなると、レインウエアは冷たく、重く、たいへんに着心地が悪いことになります。なにより、水コーティングにストップされて、内側からの蒸れが排出できません。せっかくのゴアテックス・メンブレンの機能が台無しというわけです。
ということで、撥水性の重要性がわかっていただけたでしょうか。この撥水性がほぼ完璧でしかも劣化しないシェイクドライが蒸れにくく着心地がよいのは、理屈上からも当然だったというわけです。
さて、さんざん絶賛してきましたが、もっとも気になるであろう耐久性について。
私もここがいちばん気になっていたので、2シーズン、意図的に荒っぽく使ってみました。とはいえ故意にこすったりしたわけではありませんが、特別デリケートに扱うのではなく、普通のレインウエアと同様に使ってみました。
じつはこのジャケットはメーカーからの提供品。自腹で買ったものがすぐ壊れてしまったら悲しいけど、提供品なら腹は痛まない。人々が気になっているけどなかなかやりにくいことを人柱となって試してみる。それこそが、提供を受ける者の役得であり使命でもあろうと思ったわけです。
モンベルでは、「荷物の少ない軽登山やスピードハイクなどで使用してください」と謳っています。要するに、負荷のかかる重いザックを背負うのは推奨しませんということです。表面加工をしているとはいえ、傷つきやすいゴアテックス・メンブレンが露出した構造。一般的なゴアテックスと比べて破損しやすいことはメーカーも認めています。
が、その注意書きは無視して、2シーズン、荷物が重かろうがなんだろうが、できるだけピークドライシェルで山に行っていました。レインウエア出さずじまいだった山行も多いですが、南アルプスのテント泊で12kgくらいのザックを背負っていた山行もあります。すべて特段の気遣いはしませんでした。
(そういえばひとつだけ気遣いしてました。私は通常、レインウエアはスタッフバッグに入れず、そのままザックの隙間に押し込んでいるのですが、ピークドライシェルはスタッフバッグに入れてからザックに収納するようにしていました。ザックの中で尖ったものに当たったら破れちゃうかもと思ったので。)
結果、いまのところ劣化や破れなどはありません。ザックがすれる背中の部分がややテカテカしてきましたが、使用上の問題はないようです。何度か洗濯もしました。普通に洗濯機に入れてガランガラン洗いましたが問題はありませんでした。
ただし、引っかけには弱そうです。ここはさすがに意図的にこするなどはしてはいませんが、岩角など尖ったものに対しては弱いでしょう。シェイクドライヘビーユーザーの知り合いが、岩角に不意に引っかけたところ、一撃で破れたという話も聞いたことがあります。
もうひとつの弱点は、防風性がイマイチなこと。なんかちょっと寒いです。
ゴアテックスのレインウエアというのは、防風性がかなり強力というところも大きな魅力。肌寒い稜線で風に吹かれたときなど、これを着るだけでググッと暖かくなりますよね。ところがシェイクドライはその効果がいまひとつに感じます。
この理由はよくわかりません。ゴアテックス・メンブレンは風を通さないので、実際に風がウエアを突き通しているわけではないはず。しかし単純に生地自体が薄いので、表面から熱が奪われやすいんじゃないかと思われます。
ということで、通常の3レイヤー・ゴアテックスのウエアなどより防風性・保温性に劣るのは確か。真夏でも、北アルプスクラスの縦走で使うのはあまり向いていないかなという印象です。
ご覧の通り、シェイクドライはかなり特徴的なルックスをしています。全面光沢感のあるツルツルした生地なので、なんとなく革ジャンみたい。従来の登山ウエアとは異なる質感なので、コーディネートは難しいかと思われます。
しかも色はブラックしかありません。これはシェイクドライの特性で染色ができない/あるいは難しいらしく、他メーカーのシェイクドライ製ウエアも黒ばかりです。
今後、カラーバリエーションが増えていく可能性はあるかもしれませんが、少なくとも現状ではツルツルブラックほぼ一択。ここは抵抗ある人も少なくないんじゃないでしょうか。
さて、まとめとして。
ちょっと煽った見出しを付けましたが、このジャケットはあらゆる点から、ずばりトレイルランナーに向いているという結論です。
蒸れにくい → 運動量が多く、汗をかきやすいトレイルランニングに最適
軽い → 最軽量ではないけれど、かなりの軽さ
擦れに弱い → 重いザックを背負うことのないトレイルランナーには関係なし
見た目が独特 → スパルタンなトレランスタイルにはむしろ合う
どうでしょうか。すべての要素がトレイルランニングにうってつけといえませんか。
トレイルランニング用のレインジャケットには、いまや100gを切るものも登場している時代なので、軽さだけでいえばシェイクドライより上のものもいくつもあります。が、それらは大概蒸れにくさを犠牲にしています(つまり蒸れやすい)。
ゴアテックスならではの完璧な防水性にこの蒸れにくさを備えたシェイクドライジャケットのほうが、行動中トータルの満足度と快適性には勝ると思われます。
*
使用範囲がそれなりに限定されるとはいえ、シェイクドライには個人的にかなり未来を感じました。
従来のフッ素を使う撥水加工は環境によくないらしく、多くのメーカーが加工方法を変更しているのが現在の潮流。しかしフッ素加工を超える撥水性能を持つ技術を生み出すのが非常に難しい。「ならば撥水加工を必要としない生地を作ればいいじゃん!」というのが、シェイクドライ開発のひとつのきっかけでもあったそうです。
今はまだニッチな製品だけど、今後、どんどん開発リソースをつぎ込んでシェイクドライはより進化し、レインウエアのスタンダードとなっていく……という未来さえあり得ると思うのですが、どうなんでしょうか???
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