YAMAPユーザーが地域創生に協力|熊野リボーンプロジェクト2021後編

日本屈指の巡礼路「熊野古道」。和歌山県田辺市は、その主要ルート「中辺路(なかへち)」の玄関口として、平安時代より栄えてきました。「熊野リボーンプロジェクト」は、田辺市の人々とYAMAPユーザーのふれあいを通して、熊野に新しい風を起こし、参加者みずからも新しい生き方を見つけていこうと2020年から始まった地域創生の取り組み。この記事では2年目となる2021年の活動の模様(後編)をお伝えします。

→前編はこちら

2022.02.18

Jun Kumayama

WRITER

INDEX

地域の人々と触れ合う熊野フィールドワーク

2021年11月26日正午。

田辺市の中心にあるJR紀伊田辺駅に、全国からフィールドワーカー総勢12名が集結しました。初回のキックオフミーティングで顔合わせしたメンバー以外、リアルでは初対面。すでにオンラインで見知った仲でありながらも嬉しいような恥ずかしいような…、そわそわした雰囲気が漂います。

そんな中、始まった3日間のフィールドワークの予定は以下の通り。熊野の林業を学び、体験する充実の旅程が参加者一同を待ち構えています。


1日目
・株式会社中川での育苗見学、苔玉ワークショップ、会社説明会
・製材所での木材加工見学
・熊野古道中辺路(なかへち)の玄関口 田辺街歩き
・あかね材をもちいた箸作り体験
・味光路での食事会

2日目
・熊野古道館見学
・高原から近露王子まで熊野古道セクションハイクwith田辺市長

3日目
・林業弟子入り体験
・大斎原(おおゆのはら)を見下ろす七越の峰展望台で昼食
・熊野本宮大社参拝
・熊野本宮館にてワークセッション


果たして、旅の顛末やいかに…。

【1日目】木をめぐる田辺の街歩き

まず一行が向かったのは、3日間を通してフィールドワークの講師を務めてくれる中川さんの会社「株式会社中川」。かつてガソリンスタンドであった会社の前庭には、どんぐりのプランターがズラリと並んでいます。

地元田辺の山で拾い集めてきたウバメガシの種(どんぐり)をここで発芽させ苗にして山に植樹する。20〜30年後には紀州備長炭の原木が採れる。さらに植樹と伐採を進め、アラカシ、ツバキと少しずつ樹種を増やしてゆけば、現在の単層林から多様性のある豊かな森に戻すことができる。

それが中川さんの壮大な計画なのだそう。

どんぐりが金になる? まるでタヌキに化かされたかのような株式会社中川のビジネスモデル

続いてメンバーは発芽した苗木を使って苔玉作りのワークショップを体験。「苗の周りに苔と土を巻きつけるだけ」と聞けば簡単ですが、思うように固まらない土にメンバーも悪戦苦闘。それでもなんとか作り上げた苔玉は、後日各人に宅配されるとのことで、早速田辺の思い出ができあがったのでした。

苔玉完成記念にパチリ!

その後は「株式会社中川」の会社説明会です。地元の木材をふんだんに使ったフリードメインのオフィスの案内から、1,000万円以上の予算をかけて開発した林業用ドローンの披露。ついには「何も隠すことはないので、自由にご覧ください」と会計の帳簿まで公開。一同、予想以上の情報公開っぷりに言葉を失います。

帳簿も全開示⁉︎の会社説明会

中川さんに連れられて次に一行が向かったのは、江戸中期創業の老舗製材所「山長商店」。海辺の工場では山から切り出された木が、皮剥ぎから製材、乾燥、加工され、部材になるまでの全行程を見学することができます。

山長商店の製材工場見学、スギかヒノキか当てクイズのシーン。答えは?

なかでもフィールドワーカーたちはカットの工程で出る端材に興味津々。山積みにされたモザイク状の端材を見るなり「アートに化けそう」と、早速クリエイティブなアイデアが飛び交っていました。

捨てられる端材に食いつくフィールドワーカーたち

たっぷり製材所を見学したあとは、熊野古道・中辺路の起点となっている田辺市街の街歩き。地方都市ながら200店以上の飲食店が軒を連ねる「味光路(あじこうじ)」の見学をはじめ、「蟻通神社(ありとおしじんじゃ)」への参拝、天保年間創業の「辻の餅」では名物・おけし餅に舌鼓を打ちました。

ところ狭しと飲食店がひしめく味光路。一同、今夜の食事会が楽しみな様子

ハイライトは、安政4年建立の道分け石。ここが熊野古道の中辺路と大辺路(おおへち)の分岐点となったとか。一部のメンバーは、石をなでまわしてプロジェクトの成功を祈願します。

いまだ街角に残る道分け石

その足でたどり着いたのが創業110年の老舗家具店・リバラックです。ハイセンスな家具が並ぶ店内に我々を迎え入れてくれたのは、4代目社長の榎本将明さん。榎本さんが、本業の家具店と併せて力を注いでいるのが、前出の中川さんも参加する虫食い材の活用プロジェクト「BokuMoku」です。

リバラック(榎本家具店)の4代目にして、BokuMokuメンバーの榎本さん

かつて紀州材といえば江戸城や神社仏閣の建材として重用されたブランド品。しかし輸入材の進出によって、現在では最盛期の4分の1程度の価格になってしまっています。さらには「スギノアカネトラカミキリムシ」という虫による食害によって「あかね材」と呼ばれる虫食い材が増えたことが、木材価格をさらに押し下げる要因になっているのだそう。

しかし見た目に特徴があっても品質には何ら問題のないあかね材。そこで虫食いの跡をデザイン上の個性として活かし、新たな価値を創出しようと製材業者・グラフィックデザイナー・一級建築士・木工職人・林業従事者(中川さん)・そして家具店(榎本さん)らが一体となって情報発信する。そのユニットがBokuMokuというわけです。

コースターに活かされたあかね材。右半分の模様が虫食い部分

あかね材を使ったワークショップも積極的におこなっているBokuMoku。というわけで榎本さんからBokumokuの説明を受けた後は全員で箸作りにチャレンジ。わずかな時間ではありましたが、一同、黙々とヒノキを紙やすりで削り続けます。

さっさと切り上げる人、納得ゆくまで削り続ける人。この手の作業は性格が出ますよね

集中すると時間は早く感じるもの。テーブルから顔を上げれば、窓の外はすでに真っ暗です。

しかし、メンバーの中には「この後に控える味光路での食事会こそが本番」という面々も。はやる気持ちをおさえつつ今宵の宿、秋津野ガルテンにチェックインすると、第1期のリボーンプロジェクトでお世話になったみかん農家・十秋園の野久保太一郎さんから「ぜひサワーで割って楽しんでください」と柑橘類のサプライズ差し入れが。一行のテンションも急上昇です。

十秋園の野久保太一郎さんからいただいた旬の柑橘類スペシャル

その後の味光路での食事会の詳細は省きますが、高級魚クエと成長の早いタマカイをかけあわせた新魚クエタマのお造りに、アカッポ(高級魚のアカハタ)&ウツボの鍋と、ローカル色あふれる滋味深い逸品が目白押し。差し入れでいただいた柑橘類を使ったサワーも美味しくいただきました。

【2日目】楽しくも険しい熊野古道ハイク

明けてフィールドワーク2日目は熊野古道ハイク。

田辺市の地元有志で結成された「たなべ低山登山部」も交えて、古道ハイクの出発地点「高原」で記念撮影

熊野リボーンプロジェクト第2期はここからずっとハードモード。なにぶん、熊野古道ハイクや林業弟子入り体験と体力勝負が続くのですから。

一般に、中辺路歩きのスタート地点とされているのが、紀伊田辺駅から20kmほど内陸に進んだ滝尻王子です。ちなみに王子というのは参詣者の安全な旅路のため熊野古道沿いに祀られた大小さまざまな祠(ほこら)のことで、巡礼者にとってのチェックポイントとして親しまれています。そんな滝尻王子から熊野本宮大社まではおよそ38km、1泊2日の行程。

今回はその中でも、高原から近露王子まで約9.4kmを歩きます。確保されたスケジュールはたっぷり6時間。

今回歩いた熊野古道中辺路「高原」〜「近露王子」までのルート。YAMAPの地図はこちら

まずは滝尻王子にあるビジターセンター「熊野古道館」で古道のあらましや中辺路の概要を頭に入れたのち、高原に移動。高原では少し寄り道をしてBokuMokuメンバーでもある「岩見木工所」の見学や、クスノキの大木が圧巻の「高原熊野神社」を参拝します。

高原熊野神社の裏手にあるクスノキの大木

フィールドワーカーの多くが山歩きをたしなみこそすれ、その登山レベルはさまざま。なかには完全なるビギナーもちらほら。しかも高原はスタート直後から急登。第1期メンバーの筆者としては、老婆心ながら脱落者が出ないか心配でした。

突然の急坂に始まり、ジワジワと登り調子が続く高原からの古道歩き

しかしそれは杞憂に終わり、現場ではみなワイワイと会話をしながら古道歩きを楽しむことができました。むしろ運動不足の筆者こそ人の心配をする余裕もなく、近露に着いた頃には脚力ギリギリ。3日目もこっそりヒザをいたわりながら取材していたことを告白いたします。

閑話休題、古道歩き。

小一時間ほど歩いた先の十丈王子では、お弁当とともに、田辺市長・真砂充敏さんが一行をお出迎え。ここから熊野古道の語り部として近露王子まで一緒に歩いてくれるというのです。

ヒノキを編んだ伝統工芸品・皆地笠(みなちがさ)をかぶった真砂市長。皆地笠は熊野古道の語り部にとって定番スタイルですが、後継者不足で幻の品となっているそう

真砂市長は、熊野古道のそばで育ったというだけに山歩きはお手のもの。御年65歳とは思えないほどの身のこなしです。しかも古道の解説から田辺の市政まで、信憑性の薄いエピソードには時おり「知らんけど」と冗談をまじえながら、軽快にフィールドワーカーを案内します。

市長のよもやま話に笑顔が絶えないフィールドワーカーたち

しかしながら、そんな楽しい山歩きも、出発から5時間も経つ頃には疲労も困憊。さんさんと輝いていた陽光もいつのまにか隠れてどんよりとした空模様。次第に冷たい風が吹いてきて、とうとう雪がチラつく始末。これには一行も肩を寄せ合い苦笑い。第2期、なかなかにシビれます。

あんなに暖かかったのに、いつのまにか雪…。悪天候でも最後まで付き合う市長はさすがのホスピタリティです

後半戦は下り基調で幾分かペースも上がりましたが、目的地の近露王子に着いたのは日没後。11時のスタートからかれこれ6時間も歩き通したのでした。

日没後にようやく到着した近露。苦楽をともにしてメンバーの絆が深まる瞬間です

その夜は、近露の民宿に分泊。1日歩き通した疲れで一同、すぐに眠りについたことは言うまでもありません。

【3日目】ワークショップならぬ本気の肉体労働

古道歩きの疲れもまだ癒えぬ最終日。これまで市街地散策・ワークショップ・古道ハイクと、お楽しみ要素も多分なプログラムが続きましたが、最終日に配られたスケジュール表には「林業弟子入り(ガッツリ植栽)」と記されていました。そう、最終日に一行を待ち受けるのは、純然たる肉体労働。

「なんちゃって植樹体験なんて面白くないじゃないですか」とニコニコ笑う中川さんに導かれるまま到着した現場は、株式会社中川が業務委託を受けた植栽放棄地。ここにウバメガシの苗200本を植えるまで帰れません。

山が深く太陽光が入らない現場。これは体験ではなく労働です

この日、体験する「植栽」とは、一定間隔で穴を掘って苗を植えてゆく作業なのですが、複雑に傾斜する地形にみな右往左往。それでも苗を植えてしまわないことには終わりはこない。ある者は積極的に、またある者はあきらめた様子で、黙々と穴を掘っては苗を植えてゆきます。

林業体験風景。体験というよりも「ガチンコ弟子入り」と表現した方がぴったりのハードな内容

そして、約2時間が経過した頃、ようやくすべての植栽が終わりました。疲れた身体に暖かな日差しがありがたい。

ウバメガシの苗200本、植えきりました!

昼食を挟んで熊野本宮大社への参詣がてら、中川さんと一緒に境内のどんぐりを採集。このどんぐりを各々の自宅に持ち帰り、発芽させて田辺の山林に還すのがフィールドワーカーに与えられた最後のミッションであり、田辺と彼らとつなぐ絆のひとつというわけです。

学んで、歩いて、働いて……ようやくたどり着いた熊野本宮大社そばの「大斎原」。フィールドワーカーの喜びもひとしおです

旅の締めくくりは各人の感想と現状で考えているアイデアを共有する会を実施。この3日間の体験を通して、フィールドワーカーの目に田辺はどう映ったのか? 一体、どういう地域創生のアイデアを思いついたのか? 3週間後の最終発表会でその全貌が明らかになるのです。

熊野を感じ、人々と触れ合うことで生まれたアイデアの数々

和歌山県田辺市での現地フィールドワークを終えて3週間後の2021年12月18日。とうとう熊野リボーンプロジェクト2021を締め括る最終発表会の開催です。フィールドワーカーに加え、メンターの大内さんや真砂市長をはじめ、現地でお世話になった田辺市のみなさんもオンラインで出席しました。

いよいよ、始まるプレゼンテーション。なにせ登壇者は12名。1人に与えられた発表時間10分と質疑応答5分だけでも、たっぷり3時間かかる計算です。くわえてレビューや休憩時間も加味すると足かけ4時間にもおよぶ長丁場。一同、緊張の面持ちで自分の順番を待ちます。

トップバッターはエンジニア兼メディアアートクリエイターの平田智也さん。「クリエイターがつなぐ熊野と人・過去と未来」と題して、熊野の魅力や林業の実状をアートや音楽といったクリエイティブの力で発信することを提案。ご自身も早速制作に着手したそう。「表現でつながりを作って未来を共創したい」と語ります。

この提案には中川さんも「間に合えば2022年のみどりの日にでも田辺の森の中で芸術祭をしたい」と好感触。

平田智也さんは早速メディアアート作品を制作し、大阪で山好きアーティスト×林業をテーマにしたイベントを開催する

続く、デザイナーの永井里沙さんは、熊野古道で語られる逸話や昔話、歴史……真贋入り混じるさまざまなエピソード(音声)を集めて共有するSNSサイト「聞いて、歩いて、熊野古道、知らんけど。」のモックをいきなりお披露目。ぜひ、オーディオブックのように聴きながら熊野古道歩きを楽しんでほしい、とのこと。

「『知らんけど』は諸説ある話を紹介するのに便利な言葉。親近感もわくので私もよく使う」と真砂市長。中川さんも「確かに『知らんけど』には田辺イズムを感じる」のだとか。

永井さんが作成したSNS「聞いて、歩いて、熊野古道、知らんけど」

3番手の松井美樹さんは「熊野で体験したことを、かたちにして持ち帰りたかった」と、熊野本宮大社の境内で拾ったどんぐりや、フィールドワーク初日に訪れた製材所「山長商店」で入手したヒノキの皮などを用いて染めた布で、美しいアルバムや御朱印帳を制作。「今後もチクチクとなにかを作ってどこかで発表したい」。

これには多田さんも「みんな何かを持って帰りたい気持ちがある。良いヒントをいただきました」と感心しきり。

左から、ヒノキ+ミョウバン媒染、どんぐり+鉄媒染、ヒノキ+鉄媒染、どんぐり+ミョウバン媒染、どんぐり+鉄媒染で染め上げた布

熊野古道のヘビーリピーターの看護師・角野しずさんの発表テーマは「熊野古道と私の関係の変化」。彼女が人間関係に疲れた時、いつも癒してくれたのは古道のひとり歩き。そんな彼女の持論は「熊野はソロのスルーハイクが至高」というもの。しかし今回、他の参加者と古道を歩いたことで心境に変化が生まれたそう。「ソロもいいけど、みんなと歩くのも楽しい。これからは夫とも歩いてみたい」と、新たに発見した熊野古道の一面を発表してくれていました。

真砂市長も「自由な巡礼スタイルを受け入れるのが熊野古道。それぞれに良さがある」と拍手喝采。

フィールドワークの1週間後、ふたたび夫婦で熊野古道を歩いたという角野さんのプレゼン資料

スポーツシューズメーカーでコピーライターとして勤務する菅原瑞穂さんは、「NHK『ネコメンタリー』への道」と題し、これから2025年までのキャリアプランと田辺市との関わりをストーリー形式で発表。3年後には売れっ子作家となって、NHK番組「ネコメンタリー」に出演。そこで自身と田辺の関わりについて語るのが目標だとか。

これには大内さんも「成功する人はみなロードマップを描く」と期待を寄せます。

「シナリオライターとしての成功」というご自身の野望も織り込んだ菅原さんの未来日記

花屋にお勤めの平田尚子さんは「熊野×植物 -薫薫(KUNKUN)プロジェクト-」と題して、熊野の自然や植物が持つ香りに注目。とりわけこれまで捨てられていた、みかんやレモンの皮、切り株、廃材、木くずなどのさまざまな香りをキャンドルやボックスフラワー、リースといったかたちで定期配送するサブスクリプションのサービスを提案しました。

早速食いついたのは中川さん。「もったいないをかたちに変えるのは僕のテーマとドンピシャ。一緒にビジネスコンテストに出ませんか?」とラブコールが飛び出すほどに興味津々です。

田辺で採集した植物で、平田さんが制作したボックスフラワーとキャンドル

具体的なビジネスに発展しそうなのは、リフォーム会社でプランナーとして働く竹内怜実さんの発表。「あかね材を積極的に利用したい」とすでにBokuMokuとの商談が始まっているのだとか。さらに、あかね材でリフォームしたお客さんには田辺のどんぐりを育ててもらい、それを田辺の山に還す植林活動も展開したい、と夢が広がります。

BokuMoku榎本さんも「ぜひあかね材を世に広める拠点になってほしい」とコメント。

リフォームのお客さんにあかね材を提案したい、と竹内さんのプラン

小学校教諭の藤原愛里さんのプレゼンは、「子どもも大人もいっしょに学ぶ くまの森の教室」というタイトルで、田辺市の小学校に森林教育をおこなう教室を作り、市民に開放することを提案。林業に従事する地域の大人と交流しながら、子どもたちが森林について学ぶ機会を作り出すことを目指します。

「森の教室は素晴らしいアイデア。単発の授業で終わらない仕組みに育て上げたいですね。ぼくもぜひ参加したい」と中川さん。

小学校の先生ならではのカリキュラムまで考慮したプレゼン

一時は高野山に住んでいたこともあるユエンさんは、今回の発表のために友人にヒアリングをしたそう。その結果「熊野は近くにありながらも、神道色の強そうな土地としてイメージが湧きにくい場所」というイメージを持つ人が多かったとか。それは他の旅行者も同じではないかと仮説を立て、「遠方から熊野に訪れてもらうためにはどうすればいいか」をあれこれ考察。なかでも日本人向けには、出版物での情報発信も大事だと、入門書作りを提案します。

「確かに熊野古道や田辺についての入門書は少ない。これは力を入れないといけない分野ですね」と真砂市長。

REたなべと題されたユエンさんのプレゼン。中でもテキスト販売が大事と主張する

鉄道会社職員という安定を捨て、林業での脱サラを目論む三宅洋平さんは間伐材をテーマに「間伐材×伝統工芸」「間伐材×リユース、リデュース」「間伐材×高付加価値」「間伐材×食料自給問題」などなど、あらゆるアイデアを展開。とりわけ2024年から本格的に始まる森林環境譲与税の使いみちとして、全市民へのペレットストーブ支給を提案します。

森林環境譲与税が全国で4番目に多く配分される田辺市だけに、使いみちの提案には真砂市長も苦笑い。

あまりに考察が多岐にわたり制限時間の10分を大幅に超えてしまった三宅さんのプレゼン

プレゼンテーションもいよいよ佳境。残るはフィールドワーク後も延泊し、熊野古道の中辺路歩きに玉置神社参拝、ついには伊勢参りとかれこれ2週間近くも南紀・伊勢を満喫し、道中でソウルメイトとなった甲斐千晴さんと鈴木久子さんコンビです。

広告プランナー・甲斐さんの提案は、かつて熊野の信仰を全国に伝えていた熊野比丘尼(くまのびくに)を現代に復活させる「クマノビクニサーキュレーション再誕構想」。全国から熊野に惹かれて田辺に集まった人々が、味光路の飲食店で接客を担うことで田辺市民と交流。稼いだお金が旅の資金となり、また帰路についた際には田辺の魅力を伝える広報担当として活躍する、とします。

とすれば、熊野リボーンプロジェクトのフィールドワーカーがすでに現代の熊野比丘尼なのかもしれません。

グラフィックレコーディングの技術をもつ甲斐さんだけにイラストを多用した賑やかなプレゼン

アンカーをつとめるのは編集者の鈴木久子さん。どうすれば「体験しないとわからない」熊野や田辺の魅力を伝えていけるか? 東京オリパラのボランティア体験を参考に、その仕組み作りに思いをめぐらせたとか。そのなかで田辺の住民と旅行者をひきあわせるマッチングサービス作りや、田辺の自然や味覚、行事などを網羅した旬のカレンダーの制作といった提案がなされました。

「確かに四季折々でいろんな魅力・旬があるのが田辺の魅力。今、田辺に行けば何が体験できるかわかるのは、旅行者にとってありがたい情報かも」と大内さん。

鈴木さん提案、自分ごとを見つけられる田辺体験カレンダー

溢れ出る情熱を抑えきれず、発表時間の10分を大幅に越えるプレゼンテーターもちらほらいて、予定時間の4時間はあっさりオーバー。フィールドワーカー、田辺のみなさんともどもまだまだ話し足りない、もっと語り明かしたい、そんな雰囲気のなか最終発表会はいよいよ大団円を迎えます。

熊野リボーンプロジェクトは終わらない

プレゼンテーションの締めくくりとして、レビュアーのみなさんから最後に一言ずついただきます。まずは株式会社中川の中川さんから。「率直に言って、みんなパワフルでぶっ飛んでるなと驚きました(笑)。この発表会は終わりじゃなくて、皆さんと私たちの始まり。田辺に来たらいつでも連絡してください! 」と、参加者との絆を強調。

続いて田辺市熊野ツーリズムビューローの多田さんは、「皆さんの発表を聞いて、事業の妄想が膨らみました。熊野リボーンプロジェクトの狙いは、移住でも観光でもない、その中間にある関係人口創出の試みだったのですが、みなさんと田辺の間にしっかりと絆が結ばれ、田辺の関係人口の一員になってくれたことが本当に嬉しいです」と語ります。

そして真砂市長。「期待を遥かに超えたプレゼンテーションでした。最初から目的意識がはっきりしていて、このプロジェクトを実施して良かったなと感じます。熊野古道では語り部の押し売りをしてしまいましたが、本当に楽しかった。この発表は終わりではありません、これが皆さんと私たちの絆のスタートです。これからもよろしくお願いします」と感慨深げです。

最後にメンターの大内さん。「田辺のみなさんがおっしゃっていたように、これが始まりですよね。来年には1期と2期の有志を募って、熊野古道を歩いたり、田辺でワーケーションをするといった計画も立てています。また、来年お誘いします! ありがとうございました」

そんな嬉しい言葉の数々で締めくくられた最終発表会。しかし、みな去りがたいのか、誰もオンラインミーティングから退席することなく、いつまでも画面には面々の顔が写り続けます。その様子こそが、まさにこのプロジェクトの成功を物語っているようでした。

旅のひとコマ。3ヶ月にわたる挑戦は、フィールドワーカーの間にも新しい絆を生み出したようです

熊野古道に新しい風を起こし、参加者みずからも新しい生き方を見つけていこうと始まった熊野リボーンプロジェクト。ここでは今まで縁もゆかりもなかった土地に、また会いたくなる友だちができるような、また帰りたくなる地元ができるような、不思議な関係が生まれます。それをある人は「関係人口」と呼び、またある人は「絆」と呼ぶのかもしれません。

そんな絆が作られ、広がってゆく熊野リボーンプロジェクトは、2022年にも第3期開催を予定しています。2期のテーマは「林業」でしたが、3期では新たなテーマを設定する予定だとか。それは「観光」か「農業」か、はたまた「狩猟」か? ご興味を持った方はぜひYAMAPでの続報にご期待ください。

Jun Kumayama

WRITER

Jun Kumayama

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ライター/アーティスト。好きなものは山と旅とアート。ライフワークは夕焼けハント。アバターぬいぐるみ「ミニくまちゃん」でぬい撮り活動も。現在は、東京と沖縄の二拠点生活中。